068 魔素になる
*** ハル ***
この世界で生を受けてずいぶん時間が経つ。
私はとっくに成人も独り立ちもしてしまったし、日々の食べ物に困るようなこともない。
ダンジョン攻略もおそらくそろそろ終盤だろうというところまで来て、私はペイネとディモンより一足先にその挑戦権を手に入れている。
初めて魔素を感じた日。
初めて精霊素を捉えた日。
鮮烈な記憶として残る、私にとって特に重要な日。
今まで分かっている事を頭の中と、それから紙に書きつつ整理する。
たまにこういう時間を作ると、ふと気付いていなかったことに気付けたりするのがいい。
魔素はどこにでもあって、魔法を形づくる燃料や媒介になる。実はよく分かっていないところだけど、今後も分からないままの気もする。火が燃える仕組みを自力で解明できるかと言われてもできないのと同じ理由で。
その魔素の動きには精霊素が付き従い、あるいは精霊素が動きを補助している。
魔法の属性にも関わってくる精霊素の種類ごとの相性は人によるけれど、これは後天的なもの。一応得意属性は、この相性をなんとかすれば同時にいくつも持てる。
あらかじめ物に刻まれた演算装置であるセーン文字は、特定の魔素の流れによって特定の精霊素を引き寄せることでその属性魔法を生み出すようだ。
一方で人の魔法はその人に纏わりついている精霊素が補助していて、そして人それぞれ、体に魔素なり精霊素の流れる道筋が出来上がっている。
魔法を使えばそれだけ道筋が確かなモノになり、より強い魔法へと導く。
人によってはこれが他の精霊素の介入を妨げることにもなりうる。この辺りはまだ調査中。
魔素制御しかしてこなかった場合・・・これは私のことだけれど、集まってくる精霊素の種類に偏りはなさそう。
このまま特定の精霊に馴染もうとしないままだと、どうなるんだろう?できればすべての属性に精通したいんだけど。
セーン文字は魔法を起動していない間はただの模様なので、精霊素の集まりが持続しない。このため、魔力を流し続ければ魔法の規模はちょっと上がるけれど、精霊素の拡散との釣り合いで大体その規模は一定に保たれている。
私が体内で魔素によってセーン文字を構築した場合、保持し続けていれば日用品同様に少しずつその威力は上がる。けれど、やめてしまえば精霊素は拡散してしまう。
これも調査中。セーン文字というシステムそのものが実は精霊素と相性が良くないのかもしれない。
セーン文字での魔法をずっと、それこそ寝ている間も絶やさずにいれば好きな時に特大の魔法を使えるかもと考えたけど、起きてから寝るまででそれを試した時、威力は思ったほど高まらなかった。その上、一度途切れさせるとまた一からやり直しになった。
文字の大きさもあまり威力とは関係がないみたいだし。
うまい具合にできている。というかむしろ、うまい具合に魔法の力を削がれている。そう感じてしまう。
ペイネ曰くトーキーオの魔術大学でも一通りセーン文字については習うらしいが、その起源には触れられなかったそうだ。
そういうわけで現状、セーン文字は日常レベルでしか使えていない。
アポロア記を読むに、他には天使や悪魔の使う魔法陣が魔法の発動体としては存在するらしい。
一度も現物を見たことがないので、とりあえずセーン文字の上位互換を想像してみる。
想像だけで全然分からないので、もしかしたら魔素と精霊素以外の要素が関与しているのかも?と楽しみを自ら増やすスタイルでいるのもいいかもしれない。
魔法についてはこんな感じ。
私は人族に限定すれば、魔法の研究者としてかなりいい線までいってると思う。多分。
・・・けれどこんなもんじゃ足りない。
そう思わざるをえない。
だって、そうだろう?
私は異世界転生者で、この世界の行方を担うかもしれない存在の可能性が、無くもないと思われるわけでこう・・・そんな気配だ。弱気だ。
いや、ここは思い切って私が主人公と仮定しよう。
そうなれば今の実力では全然足りない。
私の知っている “異世界” の半分くらいは、こんなにヌルくない。
突然ラスボスが降臨する。
国家規模の敵が攻めてくる。
唐突に裏切られる。
謀略に無理やり組み込まれる。
そういう問題が絶え間なく降ってくる。当たり前のように。
そんな状況が私にも当てはまったら、今の私じゃあ対処できないだろう。
・・・でも一応順番に考えてみる。
魔王ケルオスが斃されて久しいが、この世界のラスボスとは?
新たな魔王が魔族領で君臨している可能性。天使や悪魔。神。実は私が最終的に人類の敵パターン。いや、最後のはないか。
いずれにしても絶対の逃避手段がないので詰み。
つい最近ダクスパーナを起点に起こった国家間戦争の緊張感は、なんとなくだけど味わった。
でも私個人がどこかの国と敵対しているわけではないし、どこかの国に肩入れするつもりもないので、国と戦う予定はない。
霧の里を越えて魔族が大挙する可能性と、ダンジョン再活性化の可能性は残る。
裏切り・・・うん。これは考えなくてもいいでしょ。
ペイネとディモンに裏切られたら、多分立ち直れない。その気配は微塵もないけど。
もし本当にそうなったら、もう私が魔王でいい。
政略とか貴族のいざこざは徹底的に避けてきたつもりだけど、ダクスパーナの一件で私たちは政治に関してヒヨッコということがよく分かった。
誰か意見を聞ける信頼のおける人を早々に探すべきかもしれない。
候補としては、マルシ会長とか娘のオレグアさん?
うーん。
他にも私が対処できないだろうことは多いけど、パッと思いつく内で重要なのはそんなところ。
結局、私が個人でできることはせいぜい魔素について調べて実践するくらいで、軍事的、政治的に私が国レベルの力を持てるようになる見通しは立っていない。
・・・あぁ、わかった。
私は単に、いつか起こるかもしれない厄災の候補、その中でも集団という名の強大な個が襲ってくる可能性を特に恐れているんだ。
国という社会の中で生きる以上社会からはみ出せない窮屈さ。
出る杭は打たれて沈むか、それを気にしないほどの厚顔無恥だけが声を荒げる歪な共同体。
前世で刷り込まれた集団が内包する力や圧に対する潜在的な恐怖が、こういった不安として現れている。
そして、やっぱり認めないといけないのは、私の力が伸び悩んでいるということ。
ペイネやディモンから見たらどうかは分からないけれど、私は最近魔素制御の限界を感じ始めている。
認識できる魔素の最小単位に行き着いてしまった感じ。操作の細かさもそれが律速段階になっている。
かといって新しい要素である精霊素の方も、無属性らしきものが見当たらないので割り切ってどれかの属性に手を出さないと次を望めなさそうだが、これは私の親和性の許容量という懸念材料があるので手を出すのが躊躇われるというジレンマがある。
遠隔操作はナイトゴーレムでかなり習熟した。
ネフとフレアの力の抽出も、二人の魔法の最大出力を殆ど取り出せるので、これも二人次第。
例のゴーストの下半身は使い道がないまま。
こんなんじゃ、常識を超越した存在や地を埋め尽くすほどの大群には殺されてしまう。
私がこの世界ではカンストしてしまったということなんだろうか?
いや、思い出せ・・・何か重要なことを見落としている。
常識を超えた存在。
私を遥かに超えた存在がいた。
・・・そう、デンス=トレスだ。
『いずれ理の方からやってくる。真実が開かれる』
彼はそう言った。いや、彼に誰かがそう言ったんだったか?今はそれはいい。私が強くなる方法とは関係がないだろう。
関係あるのは彼の強さの方だ。
当時はまだ精霊素がよく見えていなかったから、漠然と分かったのは彼の内に膨大な魔素が渦巻いていたということ。もちろん精霊素も。
彼の強さにそれがどう繋がる?
操作できる魔素の量が増える。精霊素の集まりが増える。
それで私の身に宿る魔素は増えたか?
答えは否。
私の内には、せいぜい私が見てきた人族の上位 10% と同等くらいの魔素しか、魔素操作を別にすれば滞留していない。
例えばエンダやディモンは、基本の魔素含有量とでもいうべきものが私よりもずっと多い。
魔法の威力は外部からの魔素の取り込み式だと考え、限界が予測できる各個人に固有のものはあまり気にしてこなかった。
けれど、どうしてトレスのことを忘れていたんだろう。圧倒的強者を前に思考が停止し、自分とは無意識に切り離してしまっていたんだろうか?
・・・人が固有に持っている魔素の寡多には意味があるんだ。
うん、きっとそうだ。
私はこの考えを具体的に私の力に還元するための方法をいくつか考え、そして大雑把な目標を決めた。
『そうだ、“魔素生命体” になろう。』
新しく言葉を作ってみた。
イマイチ想像しにくいけれど、漠然とした考えを無理やり言葉に当てはめるなら、つまりこういうことになるんだと思う。
いざ意気込んでみると悩みの種が少し減った気分になった。
ディモンとペイネが序列戦を抜けるまで、フレアとネフが新しい課題をこなす傍ら、私はこの目標を現実にするべく気持ちを新たにした。
*** リーデンローザ=ディモン ***
「私、魔素になるから!」
あぁ、またソロジーが変なことを言い出した。
そう思いつつボウェルを見ると、ボウェルも僕と同じことを思ったらしく、いつものなんとも言えない困り顔で僕の方を見ていた。
僕たちは今暗闇の城の中でも魔物と遭遇しにくい場所で休んでいる。
「えっと、どういうことか聞いてもいいかな?」
こういう時、ソロジーは待ってましたとばかりに嬉しそうに説明してくれる。
「私、最近伸び悩んでて、その打開策を考えたわけ。それで、結局何をするにしても魔法を使うことは変わりないんだから、私が魔素そのものと同化すれば魔素も制御するって次元を超えて使役できて、魔法もいい感じに高まるはずって思ったわけ」
分かるような分からないような。
「言いたいことは分からなくもない、けど、具体的にどういうことなの?」
僕は尋ねる。
「具体的には体を魔素で構成できないか探るってこと。大抵インクで構成されるセーン文字が魔素で代用できるなら、その逆もできるんじゃないかと」
「あぁ、なるほど」
ボウェルは理解できたらしい。
「でもそれって、クレアの体はどうなるの?」
「どうなるんだろ。体がゴーレム化するってことかな?それとも物質としての体は置換されていくか」
「分からないってことね」
「現状想定した最終目標を言ってみただけだから、結果は変わるかもしれない」
「ふうん。でも、面白そうね」
「でしょ」
二人は企み顔で楽しそうにしている。
ゴーストみたいになるってことなんだろうか?そうだとしたらちょっと怖いけど。
いやそもそも。
「ソロジー、伸び悩んでたんだ」
「うん、気付かなかった?」
「序列戦も余裕そうに見えたから」
「そうかな」
少なくとも僕にはそう見えた。
でも、意外だ。僕やボウェルが目に見える形で壁にぶつかっているのと同じ様に、ソロジーも人知れず悩んでいたなんて。
もちろんソロジーがあれこれ魔法について試行錯誤しているのは知っていたけれど、大体はさらっとその成果を披露して、どんどん先へ進んでいるものだと思っていた。
例えばライナでダライアさんの記憶を覗いたり、ロッキンガム大祭でイレイザーカノンを放ったり。
そして僕は気になったことを聞いた。
「ねぇ、それって僕らもそのうちやるの?」
ソロジーが満面の笑みで答える。
「成功したらねっ」
その笑顔に、僕は苦笑いを返すことしかできなかった。
僕はそろそろナイトゴーレム使いのカーネースに勝てそうだ。
そうなれば、速度特化の序列 4 位オイクサにも、僕と同じ水系幻影魔法剣士の序列 3 位チュウヒにも勝算がある。
少しずつでも確実に進めている。
ソロジーにいつまでも引っ張ってもらうばかりではいられない。
なんてったって僕はパーティ唯一の男だから。フレアとネフの性別は知らないけど。
そのために、魔素制御と同じくらい時間を割いている空間魔法をそろそろ実践レベルに仕上げてしまいたと、僕は気持ちが逸るのを感じている。




