067 秘密だよ
*** フェンディ=フレディ ***
戦術大会での優勝を機に、私の日々は少し変わった。
少し、と表現してみたけど、それは私がこの急激な変化をまだ受け入れられていないのをごまかすための言葉で、本当はかなり変わった。
ロッキンガム大祭の戦術大会に私の参加を促したパーティのみんなは相変わらず冒険者として活動しているけれど、私はというと冒険者からギルド職員に立場を移した。
それもいきなり、バスタの副ギルドマスターとして。
ギルドマスターが言うには本部への足掛かり、その短い準備期間なのだとか。
そういえば本部って始めて聞いたけど、どこにあるんだろう?南ベースの地下か、実は実体が無いか、それかメンバーのみが決まっていて固定の所在は無いか、はたまた本部という名のグランドマスターだけのパターンか。
ともかく私はギルドからの引き抜きで職員へと身分を移し、そして最近は私たちが拠点にしていたバスタで冒険者たちの運用に関わっている。
冒険者たちはある程度気ままな存在だ。運用対象と捉えるのはちょっと申し訳ないけど、そういう見方が欲しいと言われたのだから特に問題無いと思うし、仕方ない。
ご意見番的な役割に仕立て上げられようとしているのがなんとなく分かるけれど、たかがアルファスボードができる小娘に・・・いや、もう小娘って歳じゃないけど、私なんかに頼っていていいものかとも思う。
でもまぁ、冒険者の配置だとか、フィールドワークをする側だった時に思うところがあった部分には積極的に意見して、それが受け入れられているから私としては悪くない気分。
そんなことを思いつつ過ごし始めて半年も経たないうちに、かなり大きな仕事が舞い込んだ。
ダクスパーナからの、族長会議に関する依頼だった。
事前資料としてダクスパーナ周辺だけでなく、ギルドが持っている情報の多くを提示された上で、ギルドとしての方針について意見を聞かれた。
私はとんでもないことに巻き込まれたなと思わざるをえなかった。
そもそもギルドといえば広く世界中の冒険者の窓口として開かれた施設群の名称であると同時に、実力者を束ねる巨大軍事組織的な側面も持っている。
もちろん由来の違う冒険者たちが完全に一致団結するわけではないので、ある意味、ということだけど。
そしてギルドは多様な文化の中に紛れているにも関わらず、なぜか全体としてうまい具合に纏まっている。
少なくとも私はギルドそのものが国や個人と大きく衝突したという話は聞かない。
せいぜい、同じ目標を国の軍と冒険者とが目指した時の事後処理ないし仲裁があったとか、その程度。
本部というものが確かに存在するのなら、それはロッキンガム国王の暗殺を阻止した影の存在以上の実力者集団ということになるんだろう。
そしてこの予測は同時に、私が既に一線を超えた存在としてギルドから監視されているのだろうことも想起させる。
私はみんなには雰囲気が緩いだとか色々と言われてきたけど、だからと言って「こんなに簡単に重要書類を渡すなんて、無用心ね・・・」なんて言って、そこで思考を止められるるほど鈍くはない。
監視されている。そして試されている。
仕方がないから数日じっくり資料と向き合って、いくつか追加で欲しい情報を数日から数週間かけて用意してもらって。
そうやって考えた対応方法を私は紙に記し、どうせ誰かが見てるならと、この仕事をまとめた日はちょっと大きな声で呼びかけてから部屋を後にした。
「できましたので持って行ってくださいねー!」
こんな感じで。
翌朝私の机からは、やはりその報告書は無くなっていた。
族長会議が終わって詳しく話を聞いたところによると、結局概ね私の提案した対応策がとられたようで、そして事の顛末にしても私の想定の範疇だった。
多分選択肢とか可能性は幾つもあって、それは関わる人の質や数が変わればどんどん変質していくんだろう。
けれど、だからと言って可能性を無数に羅列するだけなら、適当に人数を集めて意見を言わせ続ければいい。
大切なのはいざその時に動けるための最小限の、しかし確率の高い予測だけ。
・・・うん、こうしてみるとギルド管理もアルファスボードの延長かな。
ともかく仮想敵は殆ど私の報告通りに動き、そして結末も、それが良いのか悪いのかはともかく、私が想定したうちの一つにおさまった。
一応ギルドの存続を最優先事項として勝手に設定していたので、事後処理も含めて上手くやれたんじゃないかと思う。
どうですかね、本部の皆さん?
「あー。フェンディまた寝てるよ」
私が机で伏しているのを開け放った窓の外から見つけた、元パーティメンバーのリリカが言う。聞こえてるよ。
「まぁまぁ、寝かせてあげようよ。それに元々いっつも寝てるようなぼんやり具合だったじゃないか」
ニッコがフォローしている。フォローになっていない。
「そうだぞ。それにもしかしたら、案外ギルド職員も大変なのかもしれん」
パンマンはちゃんと分かってくれて・・・。
「デスクワークはただでさえ眠くなるからな」
分かってなかった。
私も結構大変なんだからね。
もちろん、彼らが知る必要はないのだけど。
*** ミクスト=カルサノ 夢幻のリーダー ***
この前南ベースで久しぶりにデイブレイクと遭遇した。
彼らは城下町の先へと進んで、そこでメンバーそれぞれのレベルアップを図っているらしい。
城下町がゾンビ地帯ではなくなった今、町エリア本来の魔物たちの相手は夢幻にはかなりきついので、私たちも個人の技量を伸ばさないといけない。
「ねぇソロジーさん、魔法の修練でアドバイスがあったりしません?」
ソロジーさんとはアイテムやセーン文字好き同士ということもあって、デイブレイクの中では話しやすい。
私以外の 3 人は幻影についてディモンさんと意見を交わしている。ダイナダは、以前アバレティナンでディモンさんには模擬戦で負けていることもあって、魔法剣士としても彼に興味があるみたいだ。
「うーん・・・。あ、そうだ。ちょっとまだ自分で整理できてないから、適当な事は言いたくないんですけど」
ソロジーさんはそう言って一呼吸置く。
「属性魔法ってあるじゃないですか。個人個人で得意な」
「えぇ・・・それは誰でも知っていると思いますけど、それがどうかしましたか?」
「その得意属性って、多分本人の魔法との親和性というかなんというか、ともかく伸ばせる余地が相当あります」
うん、それはそうだと思う。でもそれも、誰もが知っていることのように思う。
私が訝しげにしていると、それを察したのかソロジーさんは更に続けた。
「誰とは言えないんですけど、光魔法の適性がありそうだったので練習してもらったら、もう少しで実践にも使えそうなくらい上達した例があるんです」
ボウェルさんだろうか?
「もともと別の属性に既に馴染んでいたのに、ですよ?結構面白いと思いません?」
「つまり、他の属性も試してみたら、ということ?」
「あー、いや、伸び代の話なので。確かにこれだと頭打ちの件とは別に聞こえるかも知れませんね」
うん、私にはそう聞こえた。
「どう説明したらいいのかなー」
そう呟いて考えること十数秒。ソロジーさんは「まぁいっか。どうせ・・・」と、何かを諦めたように肩を竦めて私に言った。
「さっきも言いましたけど、まだ確証がないので触れ回らないでくださいね。ウェッジさんと、それからパーティメンバーまでで」
「えーっと?」
「適当なことを言ってると噂されるのは嫌なので」
何のことかは聞かないとわからないんだろう。
なら、こう答えるしかない。
「分かったわ」
ソロジーさんは少し声を潜めて教えてくれた。
「・・・つまりですね、ウェッジさんがかつて一度だけアイテム越しに見たという精霊には実際のところ種類があって、その種類が属性魔法と繋がってるんです。ごく簡単に言ってしまうと」
・・・え?そんな重大なこと聞いてよかったの?これ大丈夫?
「それで、その精霊というかその素というか、そういうモノとの親和性は私の予想では際限なく高められそうなんです。そこでさっきの話に繋がるわけなんですけど」
「ちょ、ちょっと待って。あの、ソロジーさん?」
「何ですか?」
「もしかしてソロジーさんも “異界のぞき” のようなアイテムを手に入れたんですか?」
“異界を覗く” とお母さんが呼んでいる、精霊が見えたというアイテムのことを思い出す。
「あー、うんまぁそんな感じですかね」
なんだか歯切れが悪い。興味はあるけれど、かといって人の物を無理に試させて貰うつもりもないんだけど。アイテムが本当に特別な存在ということは、私だってよくわかっているから。
「ただ、どうやってその親和性を高めるかは、人によってやり方とかコツが違うかも知れないので、そこは試行錯誤して頑張るしかないかもしれないです」
「・・・わかったわ。ありがとう」
教えてもらったのはいいけど、こんなに貴重な情報をタダでもらうのは気が引ける。
「私からあげられる情報は大したものがないから、お礼にミスリルを受け取ってもらえないでしょうか」
「いえ、私も絶対の話をしたわけではないですし。むしろこのことが皆さんの足を引っ張ることだって有り得ますから」
ソロジーさんはわざわざ他人を貶めるようなことをする人には見えないけれど。
「いえ、それでも是非」
結局私はみんなと合流した後で、今回の探索の一番の成果だったミスリルをソロジーさんに受け取ってもらった。
情報の重要さを思えばこれでも全然足りないのは分かっているから、いつかきっとデイブレイクの力になろうと、そう一人で誓った。
去り際にソロジーさんが「どうしよ、余り始めてたからなー」とすごく小さい声で言った気がしたけれど、ダンジョン探索で疲れていた私の幻聴だと思いたい。
精霊の属性、精霊の素、魔法の属性、魔法の可能性。
秘密厳守と何度も前置きして、ソロジーさんから聞いたことをメンバーに話す。
南ベースで過ごしたその夜は、夢幻にとってここ最近で一番の盛り上がりを見せた。
そしてこの件は私たちのスポンサーでもあるお母さんに相談して、今後の方針を立て直そうということになった。
影の薄いデイブレイクのリーダー。
それがいつの間にか名前を知られるようになったのは、他のメンバーの知名度に引っ張られたからではなく、単に彼女の多角的な能力の高さの結果なのだと私は実感した。
その実力がロッキンガム大祭での活躍に現れ、ともすればデイブレイクのメンバー構成も彼女がいたからこそとさえ思えてくる。
吸い込まれそうな輝きを放つ瞳から目が離せなかったソロジーさんとの会話を思い出しつつ、私は彼女の魅力を誰かと共有したい気分になった。
ちなみに我がパーティの幻影魔法使い達はみんなボウェルさん派だった。女のダンデでさえも。
うん、その気持ちもわかる。だってボウェルさんだもん。
巷にはファンクラブがあるらしいし。
*** フレア=ロージー ***
クレア=ソロジーのゴーレムに宿る精霊として顕現してからの日々は、私にとって新鮮の連続と言えるでしょう。
もっとも、生まれたての私ですから、全てが新しい体験に感じられることは当たり前のはずではあります。しかし実際には、私を構成する魔素が根源的に孕んでいる記憶の残滓とでも呼ぶべきものが、この世界への私の適応を可能にし、そして多くを教えてくれています。
フレア=ロージーと名付けられたナイトゴーレムの名前をそのまま貰った私。その名の通り火の精霊です。
・・・そう思っていたのですが、ふと気付くと風の精霊素も体に取り込んでいました。
ソロジーの魔素制御に集まっていた精霊素の影響でしょうか?
そして最近は、土の精霊素まで馴染み始めています。おそらく、ずっとゴーレムを操作しているためでしょう。今ではボウェルさん以上にゴーレムの操作が上手くなっていますから。
記憶の残滓は私を助けてくれる反面、私に対して抑制的に働きかけることもあります。
例えば精霊について多くを話すことを強く躊躇わせるとか、少しずつ私を拡散に導こうとするとか。
この世界の摂理が、精霊と人族との交流を拒んでいるとでも云うのでしょうか?
思念体の要素が強い精霊は、自我を保たなければやがて崩壊するのでしょうか?
分かりませんが、今のところそれらに困っているわけではありません。
私が伝える以上に、ソロジーやボウェルさんは気付き、考え、そして辿り着くからです。たまにディモンさんも。
そして私の意識は魔法を使うことでよりはっきりと確立している、そう感じるからです。
できることが少しずつ増えるにつれ、私は明確な願望を持つようになりました。
序列戦のゴーレムのように、私の器となっているこのナイトゴーレムを私好みに仕立て上げたい。他の属性の精霊素もこの身に宿したい
そして何よりも、精霊体として顕現したい。
ディモンさんとボウェルさんのお二人が序列戦を突破するまで、どれだけの猶予があるでしょうか。
最下層への挑戦が私にとって何かしらの線引きになるわけではありませんが、妙な予感があり、それまでに意味のある段階まで強くなる必要があるように感じています。




