066 アポロアの平和
*** ネフ ***
ソロジーたちはダンジョン深層に戻ってきた。
相変わらず暗闇の城を活動拠点に、個人訓練とやらをしている。
ディモンは序列 5 位を、ボウェルは 2 位を倒すべく。
二人は順調に魔物の討伐を重ねているが、我は我でソロジーに課題を与えられているので結構大変だ。
「・・・ネフって光魔法使えるんだね」
え、なんのことだ?知らんのだが。
「光属性の精霊素が結構集まってるよ」
??
「だから光属性の魔法、使えるようになろう」
いや待て、どういうことなの・・・。
ソロジーが言うことにはフレアが精霊として顕現してからというもの、精霊素をひたすら見て過ごしていたらしい。
そして精霊素に属性があることを薄っすらと把握し、影の中のはずの我には光属性の精霊素も集まっているのだとか。
闇と火炎はともかく光には縁がないように思うが・・・。
しかしソロジーが言うならそうなのだろう。
我はソロジーがセーン文字を介した光魔法を使うのを何度も影の中で体感し、そのイメージをもとに光魔法を使う練習を始めた。
今のところ成果なし。
ソロジーとしては我が光魔法を使えるようになったら、仮説の確からしさが増すのだとかなんとか。
炎の魔法ではダメなのかとか、光魔法は使ったら自分がダメージを受けるんじゃないかとか、思うところはあるが、とりあえずソロジーの影の中で頑張っている。
フレアは風魔法の適性もあるらしく、それを伸ばすようにソロジーから指示されていた。
尤もフレアには、先にゴーレムの操作技術向上という課題があるわけだが。
そしてソロジーは、以前にも増してセーン文字を介した魔法の練習を増やしている。
セーン文字での魔法と普通の魔法とで精霊素の動きが違う・・・とか、セーン文字自体が精霊素の介入を阻害している・・・とかなんとか言いつつ。それから、セーン文字はやっぱりダメかな、とも言いつつ。
そんなことをしながらボウェルとディモンの個人戦闘のサポートはきっちりこなしているので、器用なものだ。
たまに闘技場へ向かうが、その度に元序列 1 位のランガーはソロジーに挑んできた。
「俺をこうもあっさり下すような相手とは出会えん。やらなきゃ損だ」
そう言って毎回ソロジーの刀の錆にされている。と言っても実際には戦闘の跡は消失するし、イレイザーカノンで決着をつけることが多いわけだが。
ディモンはナイトゴーレム使いのログラムにまだ勝てない。
ただ、少しずつ無力化できるナイトゴーレムの数は増えている。
ボウェルと水の精霊アンキスロライトとの戦闘は中々見ものだが、今のところ物量がモノをいう形でアンキスロライトが勝利している。
いつからかは知らないがずっと闘技場で閉じこもっている序列戦のデモンゴーレムたちと違い、新しい世界を切り開き続けている二人の吸収力の早さを考えれば、すぐにもこの壁を突破することだろう。
・・・そういえば我、いまだにソロジーの影から出られていない。
何か良い方法はないものだろうか?
影の居心地は悪くないとはいえ、我も活躍したいんだが。
*** アリア=ソロジー ***
ロッキンガム王国から帰ってすぐ、私は両親にお姉ちゃんとのやりとりを話した。
「あらまぁ。アリアも冒険者になるだなんて・・・」
「うーん・・・まぁ、アリアの望んだことだ。俺たちは応援してやろう」
「そうねぇ。私の娘だからかしら?」
両親はそんな反応だった。お母さんの娘だと何かあるんだろうか?
ともかく二人とも、思ったよりすんなり私の言葉を聞き入れてくれた。
「ねぇ、私もいなくなっちゃったら、寂しい?」
「そりゃあね。でも、子供はいつか親元を離れるものだ。それが早いか遅いかだよ」
それからギルドでは、ギルド長のエンダリテさんに話してパーティを斡旋してもらった。
私一人だと話がすんなり進まないかもと思って、初めからアルド校長先生にも来てもらったのは正解だったみたい。
「なるほどね。なら、カイシオのとこがいいだろう。アリアも知ってると思うがセィネが身篭って、復帰の目処が立たないようだからな」
「確かにそうですね。それに・・・」
「そうだ。それに彼らのパーティは、お姉さんがお世話になったパーティでもある」
「えぇ、ありがとうございます」
うん、順調順調。
そして始まった私の冒険者としての日々は、思ったよりも難なく経過している。
カイシオさんたちはダンジョン外での依頼を主な仕事にしていて、それでもハグレの魔物や、害獣扱いの大型の獣との戦闘もたまにある。
はじめこそ私を庇うように気遣って戦闘に挑んでいた 3 人も、私が風魔法で最低限の自衛をできると分かると積極的に打って出るようになった。
癒しの魔法を使えたセィネさんは遠隔でも回復を施せたらしい。
私のは “そういう” 魔法じゃないから、まだ近距離でしかできない。
お姉ちゃんからの課題の一つ、冒険のイロハを学ぶのはそんなに時間がかからないと思うけれど、もう一つ、遠距離での回復には苦戦するかもしれない。
私が思うに魔素制御における回復魔法のポイントは、回復対象の魔素の干渉をどれだけ除けられるかにある。
自分を回復する時は特に問題ない。だって全部自分の魔素だから。体の活性を身体強化とは少し違うやり方で無理矢理高める。ロッキンガムでお姉ちゃんが代謝と言っていた部分。
お姉ちゃんは身体強化を余力の排除とエネルギーの効率化、治癒を代謝活性と表現していた。詳しく聞いたんだけど、いまいちお姉ちゃんが意図する全部は分からなかったように思う。
これまでの経験では、対象の回復を試みても、その体が私の魔素を受け入れてくれなかったら十分な効力が得られないし、逆に私の魔素の流れに同調してくれるようなら効果は高まった。
そして距離が離れることで、まず私が対象の魔素の流れをはっきり捕らえられなくなるし、私の魔素制御が距離と反比例して覚束無くなることもあって、更に難しくなってった。
だから最終目標のための道筋もはっきりしているんだけど、それをどう解決するかが悩みどころ。
一応解決に向けて魔素制御をより細かく、より自分と離れたところで行う訓練をずっとしているし、魔素をもっとはっきり見るために時間があれば魔素の動きを追っている。
パーティメンバーからは「アリアはちょっと抜けてるよね」と言われるけれど、それは魔素注視と魔素制御にかまけているせいだと思う。みんな魔素それ自体は見えないみたいだから。
魔素制御の一環で私は擬似風魔法の発展形として、武器を “持たずに持つ” ことを始めてみた。
傍目には私の体の前方に剣が浮いているように見えている。
今後のことを考えても、私のこの体そのものには武芸を身につける必要があんまりなさそうだということは分かる。
でも場合によっては何かしらの得物を使う場面もあるかもしれないから、練習と称してこういうやり方を始めてみた。
本当はゴーレムがあればいいんだけど、それだと風魔法でごまかせなさそうだから剣にした。・・・まぁ剣でも無理があるかな?どうかな。
剣の重さにまだ慣れていないけれど、遠隔での魔素制御の練習にはとても都合が良い。
実戦レベルではないし、多分実戦に組み込んでも風魔法で攻撃した方が良いと予想できる。
あくまでも自主訓練として。だから会敵していない時は、ランタンとか手頃な荷物を浮遊させている。
何事もやってみないと分からないから、案外遠隔回復の足がかり以外の目的でも役立てられる日が来るかもしれない。
あぁ、なんとも充実した日々。
冒険者の道を選んで良かった。
*** エ=2=エテ ***
「ねーエテっちー」
「なんだ、グッグよ」
「あのソロジーって子さぁ、どことなくカグラに似てない?」
「そうであろうか?吾輩には、彼女にカグラのような快活さは無いように見受けられるが」
そう答えつつも、吾輩もなんとなくグッグの言いたいことは分かった。
それを具体的に説明するのは難しいが、吾輩やグッグのようなこの世界の理の一端に触れる者とはまた違った異質さがある。
ダンジョンの鏡を通して見る彼女からは、魔素でも精霊素でもなく彼女自身の性質としての、この世界との不調和のようなものが感じられる。
おそらくグッグもうまく言葉にならないそういった違和感を、カグラの姿と重ねているのだろう。
「なんでもいいが、グッグはどうするつもりだ」
「え?」
分かっているだろうに、何故とぼけたフリを挟むのか。
「・・・ゼンナはやっぱり最初に決めてた通り、ボスってことでよろしく?のつもりだよ」
「そうか。吾輩は遠慮しよう。専門ではないからな」
「またまたぁ。エテっちも魔王なんだから、たまには戦ったらいいのに。腕が鈍っちゃうよ?」
そんなことを言われても、吾輩には鈍る腕がないのでどうとも返しづらい。
吾輩が魔王になった経緯も、無駄に威切った輩どもが吾輩のことをどこからか聞きつけて挑んできたのを、仕方なしに返り討ちにし続けた結果に過ぎない。
負けた者共が勝手に城を築き、勝手にその周りを固め、そして寿命や戦闘で勝手に死んでいっただけだ。
・・・ただ、あの城は今思えばよい施設だった。その点が気に入ったからこそ、元の住まいから敗者どもが言うのを聞き入れて移り住んだのだから。
「吾輩の務めは今や第三者の側にある。それはカグラの・・・ひいてはヤツの望みだが、それも悪くないと思っている」
もちろんこの立場の選択には、預かったダンジョンとその副次物が最高の環境という理由が付随するわけだが。
思えば吾輩も随分と長く生きてきた。種族の特性からして死を感じるわけでも生を終えたいわけでもないが、たまには気分転換が欲しい。
だからこそ。
「だからこそ行末を、通過点に立つ者として見送るのもいいと考えているのだ」
ある意味で壮大な実験の終着点を。
そしてその先にある新たな実験を。新たな “創造” を。
「ふーん」
グッグの反応はそっけない。
柄にもなく語ってしまったか。
「いいんじゃない?私もお供させてよ」
吾輩は微笑んで言うグッグに向けて・・・ゴーレムに宿る本体に向けて答えた。
「あぁ。頼もしい限りである」
***
アポロア記の時代、人族領東側に住む人々は、霧の里を超えて侵攻してくる魔族と隣り合わせに生きていた。
今でこそ帰らずの里とも呼ばれている霧の里だが、ただ霧深いだけだった当時は魔族にとって、それから一部の人族にとって格好のカモフラージュ場だった。
無論、互いの領土へより危険を減らして踏み入るための工作場、という意味だ。
人族領であるポロアスト大陸の東端には神国があるが、これはアポロア記の時代の末期に対魔族の戦線が押し下げられた際、当時緩やかに成っていたガイナ教、その長の指揮で急造されたことで起こり、そして魔王ケルオスが斃された後はガイナ教の本山として、また対魔族の防衛線として発達してきたものだった。
神国の首都や各都市の街並みがツギハギに見えるのは、最初期の建造物の周りに時代とともに少しずつ新しい地区が継ぎ足されていったためである。
そしてそれらは、年月の経過に耐えられなくなれば新しく建て直された。
残っている記述では、過去に 4 回、ガイナ教の聖地とも言える大聖堂も建て替えられている。
建物の記録はそのまま史実を蘇らせる。
歴史家たちは大聖堂等の建物の歴史を軸にアポロアが生きた時代の特定を図った。
しかし各都市とも古い時代に 1 度か 2 度は大火に見舞われ、その度に肝心の資料を焼失していた。
このためアポロア記が大体何年前の出来事かは、大雑把な推測の範囲でしか分かっていない。
アポロア記がいつのことを記したものなのかはっきりとは解析されていない。
これは人族にとってアポロア記にある多くの謎の一つでもあり、それを知るのは時代を超えて生き続けた一握りの魔の者たちと人外の者たちだけである。
今の時代には受け継がれていないが、神国がこの地に起こったのにはもう一つ理由がある。
それはアポロア記で語られている “ダンジョン” に睨みを効かせるためだった。
アポロア記ではこのダンジョンの場所について具体的な記載はない。
しかし少数の学者たちが自身の見解を示す一方で、大多数はライナの遺跡こそがそれであると共通に認識している。
そして、そのダンジョンはアポロアによって攻略され、瓦解したのだ、と。
この考えはほぼ正しく、実際ライナの遺跡こそが正にかつてのダンジョンであった。
間違っている点は、人知れず再生し、女神派によって迷宮として開拓されているということだった。
「アポロアの平和が終わるのか否か・・・」
アポロアを知る数少ない存在、無欲の魔王は一人呟く。
彼が危惧する崩壊の予兆は未だ無い。
そして、彼の直接の敵対勢力にも動きはない。
しかし過去を振り返ってみれば、今まさに、その舞台は整いつつあるように思われた。




