065 先天性と後天性
***
女神派の穏健派には、さらにその中にいくつかの構成単位がある。
戦闘、監視、勧誘、連絡、調整。そういったものに連なる一つが育成部門だ
対外的な役割を担う構成員の誰もが宗派の素性を表立たせないが、それは女神派全体の性質でもある。
女神の言葉にある世界の危機に備えて、集団の力を手に入れようとする強硬派と、個の力を伸ばすべきと考えた穏健派。
穏健派にとって勧誘部門の果たすところは大きいが、最も成果を上げにくい部門でもあった。
女神の言葉をどう捉えるか。女神派という組織をどう理解してもらうか。勧誘対象の家族、周囲との関係。断られた時のリスク。
人と人の関係性が町を超え国を超えて昔より密になったことで勧誘の難しさは跳ね上がり、今では勧誘の実態は遺児、孤児の引き取りが殆どと言っても過言ではない。
女神派は表向きは治療院や孤児院を運営するライナの慈善団体という体裁があるため、子供達が集まっていてもおかしくはない。
そしてそんな子供たちを教育し、適性を見極めた上で組織に間接的に関わる人手として、あるいは純粋な構成員として組み込んでいくのだ。
グース=ルダは女神派が拾い上げた孤児の一人だが、彼は引き取られた時から異常な身体能力の高さを見せていた。
組織は彼が身体強化の魔法を幼くして身につけたのだろうと考えていたが、本人が喋らないので理由はわからないままだった。そしてほんの少しの魔法の知識を与えられた彼は、今度は闇魔法に分類される影魔法を自在に操った。
以来、彼は穏健派の将来の切り札になり得る人材として育成されてきたのだった。
グース=ルダは生来、ほとんど目が見えなかった。それは胎児期に母体が魔素中毒と呼ばれる症状に苛まれた影響だが、その症状がピンポイントに両目に及んだためだった。
両親が原因を知ることはなかったが、目の見えないルダを両親は気遣って育て、そしてグースは不自由ながらも順調に育っていった。
目が見えないことで、ルダは魔素との触れ合いの機会を得ることになる。
魔素中毒により溜まった魔素が目に集中していたことも幸いした。
魔素を感じ、魔素を意識し、魔素を操り。そうやって少しずつ魔素に馴染んだ体は、しかし実際の世界を見ることができないという障害のため、不注意で世界を傷つけてしまわないよう、壊さないようにと注意深く動くことしかできなかった。
転機が訪れたのは 10 歳になった最近の事だ。
ガイナ教徒の両親に連れられて神国のガイナス祭を目指す道すがら、不運にも乗合の馬車が盗賊に襲われた。
護衛の冒険者がやられ恐慌に陥る乗客。盗賊は金品を置いて行けと言ったが、乗客を生かしておくつもりがないのは子供でも分かることだった。
生かされるとしても、奴隷として売られるためだろう。
案の定、無理やり連れ出された誰かの断末魔が聞こえる。
(怖い!怖い!怖い!嫌だ!)
・・・涙を流して震えるルダの手を握っていた父親の手が、次には母親の手が引き剥がされ、その声が聞こえなくなった瞬間、ルダの心は恐怖を殺し、そして生まれて初めて殺意に染まった。
うずくまる自分の膝、それを抱える手。
いつものように魔素が張り付いている。
(なんで僕はこうなんだ?!)
怒りがこみ上げる。他の誰でもない、自分自身に対するもどかしさが怒りに変わっていく。
魔素が流れている。
さっきまでぼんやりとしか見えなかったのに、いつの間にかルダの目に、はっきりと見えている。
(僕は!なんのために生まれてきたんだ!?)
魔素が怒りに呼応するように、今までになく明瞭に動き出す。
・・・傷を治す魔法があることは、両親から話に聞いていた。いずれグースの目も治してもらえたらいいんだけどね、と。
ルダはおもむろに魔素の流れを両目に集中させ・・・そしてふと、自分が世界を鮮やかな輪郭の集合として認識していることに気付いた。
綺麗だと、そう思った。
そしてその綺麗な世界が、今は汚された状態なのだと頭で理解した。
(赦せない・・・)
いつもかすかに感じていた両親の魔素を遠目に捉える。二つの流れは、殆ど消えかかっている。
「赦せない!」
ルダはこれまでひたすら抑えていた魔素の制御を、遂に開放した。
繊細な制御ばかりの日々。その成果が激情を正しく支え、ルダにはそれがはっきりと自覚された。
何より、こんなにも“みえて”いるのだから!
・・・そしてルダの力は盗賊を殺し切るのに十分な暴威だった。
盗賊を殲滅した後に残されたのは、さっきまでのルダのように泣きながら震える女の子が一人。
ルダは疲れ切った体で同じくらいの背丈の女の子に声をかけ、街道を別の荷馬車が通るまで、散らかった食料で食い繋ぎ、女の子と励まし合いながら過ごすことになった。
「君たち、私と来なさい」
通りがかった馬車から降りて状況を把握したらしい一人の女性がルダと女の子に声をかける。
「盗賊に襲われたんだね・・・かわいそうに。ずっと隠れていたんでしょう」
ルダも女の子も何も言わない。
「私のところは孤児院をしているの」
実際には女神派の、孤児院という名の修練施設なのだが。
「亡くなった方々を埋葬しましょう。それから、私と来なさい」
有無を言わせない物言い。
しかし二人は数日の夜営のため憔悴仕切っており、正常な判断などできるはずもなく無言のまま彼女のやることをなぞって遺体を埋葬し、そして彼女の馬車に乗った。
それからまだ 1 年と少し。
ルダは心の傷が癒切らないまま一身に期待を背負う存在となりつつあり、アンバランスな思春期の葛藤を混ぜ始めながら急激にその牙を研いできたのだった。
*** ハル ***
グース=ルダ少年との出会いは、私の魔法に必要なピースの一つ、そのヒントになった。
彼は私が魔素をその眼前で細かく操って見せると目で追い、そして私の問いに答えた。
「うん、見えるよ。お姉さん、すごいね」
ふふん、と先輩風を吹かせて、そしてもう一つ気になることを聞いた。
「影魔法は、最近覚えたの?他の魔法も使える?」
「うん、最近だよ。他のは僕には合ってないみたい」
「そうなんだ。とっても強くてびっくりしたよ」
「そうでしょー」
そう言うルダの表情にはやっぱり違和感がある。違和感というか、馴染めない感じというか。
フレアを視認できるようになってからというもの、私は精霊素の動きも追う日々を送っている。
魔素を探っていた赤子の時のように完全な手探りではなく、フレアに私が感じていることの確認ができるのでずっと理解は早いように思う。とはいえ、フレアもまだ精霊としての自我が幼若で、自分自身の構成要素の機微を把握しきれてはいないようだけど。
今のところ分かっているのは、精霊素は現状操れないこと、なんとなく種類があること、魔素操作でも複数の種類が集まっていること、他の人の “普通の” 魔法では大体 1, 2 種類がたくさん集まっていること。
そもそも精霊自体が魔素を操作する側の存在なので、密度の違いこそあれ、分子のようなものなのかもしれない。精霊にとってのその辺を漂う精霊素が、私たちにとっての窒素、みたいな。
普通の魔法にはその性質を表すらしい種類の魔素が集まっているようだ。これもなんとなくだけど、性質ごとに色が付いているように見えるから。
これまでは絵本にある魔法のエフェクトは魔素の性質を色で表現していると想像していたけど、もしかしたらこの精霊素の色が視覚化されたものなのかもしれない。
ルダの身体強化には私たちのそれと同様、複数の雑多な種類の精霊素が付随していた。
けれど、影魔法には明らかに、私が闇の性質と勝手に理解している種類の精霊素が関与していた。
『いずれクレアにもクレアの魔法が使えるようになるよ』
両親に言われ、しかし魔素制御という手段を知っていたために疑っていた言葉の意味。
今なら、それが本当らしいということを、今更ではあるけれど受け入れられる。
つまり私たちはそれぞれが、特定の種類の精霊との親和性を固有に持っているんだろう。
気になるのはそれが先天的なものなのか後天的なものなのかという点だが、これは予想がついている。
後天的なものだ。
そうでなければ家族経営の職業人たちが大体似たような魔法に目覚めることの説明がつきにくい。
後天的に受け入れられる精霊の種類のキャパシティが固有にある、そういうことなんだろう。
そしてごく限られた人間がエンダのように精霊に愛される。
あるいは魔術大学では精霊との親和性開拓を、魔法への理解や似た系統の魔法から寄せていくという手法で行っているのだ。
・・・うん、だいぶスッキリしてきた気がする。
精霊素ももっと馴染めば色がはっきり見えるようになってくれるはず。多分。
問題は私はどの種類の精霊素と仲良くなろうか、ということ。
ペイネは無自覚にだけど魔素制御に風魔法が混ざっているようで、風属性とでもいうべき種類の精霊素が集まりつつある。まだ確定ではないが。
ディモンは水属性と風属性だ。これは霧魔法の特性上そうだろうと思っていた通り矛盾しない。
フレアはそもそも火の精霊と本人が言う通り、火属性。でも土属性も風属性もある。
ネフは闇属性と火属性だけかと思いきや、光属性もある。アンデッドのくせになんでだよと思ったが、フレアドラゴンの時の名残りかもしれない。光系の魔法を練習してもらうことにしよう。
「あんまりたくさん余計なこと言ってないでしょうね」
そうダライアに言われるルダは、まだ女神派で日が浅いのかもしれない。
「ダライアさん、ルダのことよろしくお願いしますね」
何故だか私はダライアさんにそう告げていた。
きっとルダの表情に、現実と向き合いきれない遣る瀬無さを垣間見た気がしたからだ。
「えぇ、私のパーティですから」
そして一応聞いておく。近付いて耳打ちするように。
「・・・それはそうと、もしかしてルダで私たちの力を測ろうとしましたか?」
ダライアさんは一瞬だけ表情を凍らせて、
「そ、そんなはずないじゃない」
そう答えた。目が泳いでいる。
「そうですか」
本人がそう言うなら、そういうことにしておこう。
仮にいつかの幻影魔法使いが、私たちが街に入った後からずっと私たちを監視しているとしても。名前は忘れたけど。いや、名前は聞いていなかったかも。
そして仮にその魔法使いの数が、2 人に増えているとしても。
・・・魔素の雰囲気が似てるから、姉妹なのかな。
「迷宮の件、よろしくお願いしますね」
ダライアさんに伝え、私たちは門を訪れ以前と変わりないことを確かめると、一泊もせずにライナを発った。
***
「ねぇお姉ちゃん」
「何?ガガイル」
お姉ちゃんことミカイルはぼんやりしながら答える。
「デイブレイクってさ、本当に凄いパーティだったんだね」
「あー、うん。そうだね。ガガイルは前遭遇してなかったもんね」
砂時計状に向かい合わせの二つの三角形。そのマークのピアスをつけたミカイルが、同じマークのネックレスをつけた妹のガガイルと穏健派の一室で話していた。
小柄な二人には、雰囲気からドワーフの血が混じっていることが察せられる。
「グース君、表情は変わんないけど、やっぱり悔しいのかな?」
「うーん、どうかな。グース君は逸材だと思ってたけど、ディモン様にはやっぱり敵わなかったね」
「うん・・・うん?お姉ちゃんなんで “様” 付けなの」
「え、あ」
ミカイルはついうっかり心の声を漏らしてしまったことを後悔するが、時すでに遅し。
「へー、ふーん、そうなんだー」
格好の餌を見つけたと言わんばかりの声音でガガイルが身を寄せる。
妹のにやけ顔から顔を逸らし、無理やり話題を変えるべく言葉を探すミカイル。
「あ、そ、それよりもソロジーさんが怖くなかった?」
「そうねー。ずっと私たちの方チラチラ見てたもんね。怖いってのとは違うけど」
うまく逸らせた。成功だ。
「それよりさ、もしかして夜な夜な一人でしてる時にもディモンさんのこと想ってたの?」
失敗である。ミカイルはガッと目を見開いて硬直する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!あんた何言ってんのよこのばかぁぁぁあ゛!」
ううあぁぁぁぁ!!
そして顔を机に突っ伏して呻き声をあげ始めた。
ミカイルとディモンの出会い、それは悪魔がもたらした偶然。
神々しいまでの美を放つボウェルの光を浴びてなお、ミカイルの目に飛び込んできたディモンの姿。
ドワーフの血が確かに感じられるにもかかわらず、穏やかな表情には男臭さがなく、いつまでも見ていられる。
そんな幼さも兼ね備えた顔立ちと絶妙に共存する、美しく鍛えられた体の線。
そして今日初めて目にした、トップパーティに属するメンバーとしての確かな実力。
塞ぎがちな女神派に出会いは少なく、初対面以後ミカイルの中で偶像化していたディモンは、この日、完全にミカイルの中に地位を確立されたのだった。
「お姉ちゃんみたいに私も王子様を見つけたいなー」
とは、姉をからかうガガイルの呟きである。




