064 光学迷彩
*** オヴァリ=エンダ ***
"再来" として都市の一つを任されたダクスパーナ族長会議に関わる依頼は、僕たちが知らない間に失敗に終わっていた。
そのことはギルドから伝えられた。
ギルドの受付で聞いたことには、ダクスパーナの族長会議はお面を被った一団に襲撃され、あっという間に制圧されてしまったのだという。
そしてお面の襲撃者たちの要求をダクスパーナは呑んだそうだ。
「ダクスパーナは国を奪われたってことですか?」
僕は尋ねる。
「いいえ、そうではない様です。犯人たちはダクスパーナの政治には手を出さないのだとか。代わりに、要求とは別に、ダクスパーナの主要な族長の警備に加わることになったと聞いています」
それはつまり人質、ということなんだろうか。
警備にあたるのが少人数だと、各個撃破されたりしそうなものだけど、何かその辺りの事情とか策があるんだろう。襲撃者たち側にも、ダクスパーナ側にも。
「それで、その襲撃者ってのは何者なんだ?それから要求っていうのは」
グレイモアさんも質問する。それは僕も気になる。
「ダクスパーナが言うには襲撃者の素性は分からないとのことです。ギルド上層部がどう考えているかはわかりませんが、少なくとも私たちには “わからない” と伝えられているだけですね。要求については複数施設の使用権を委譲した、と」
「ふーん」
グレイモアさんはなんとなくつまらなそうに返事をした。
ギルドとして、あるいは冒険者たちとしては依頼を果たせなかったことになるけれど、ダクスパーナは成功報酬の 7 割ほどを支払うというので、ありがたく受け取った。
僕としてはなんとも肩透かしな依頼だったけれど、国家規模で相当ヤバイことが起きているのも理解できる。ただそれが不自然なほど波風を立てず実行されたというだけで。
「それにしても、お面、ね」
ナユタさんが呟く。
「お面がどうかしましたか?」
「あぁいや、俺の世界では祭りで悪魔だとか鬼だとかを演じるのに、お面をみんな被ったもんだな、と思って」
「それはどこの国でも?」
「そうだな。お面の種類こそ違っても、あんまり変わらなかったように思うな。大体そういう類の異形は、お面を被らないと演じられないからこその異形で、それゆえに祭りで演じる意味があるんじゃないか?」
そういうものだろうか。なんとなく分かる気はする。
思うところは多いけれど、ひとまず僕たちはダクスパーナでの用を終え、ダンジョンに戻ることにした。
ダンジョン探索は前回、城下町を抜けた直後に飛来した謎のゴーレムを倒したところで地上に戻っている。
城下町のアンデッドは数がめっきり減ったけれど、石壁から見て右側に進んだ墓地周辺に今は集まっている。そしてその分、ゴーレムの領域が増えた。
無限の再生力がなくなってしまえばアンデッドは大した脅威ではなく、むしろ城下町の外にいるミノタウロスやケンタウロス、アラクネが本来の魔物だったのではないかと思えた。そしてゴーレム達は街の住民的な立ち位置にも見えてくる。
・・・もちろんゴーレムは一体一体がかなり手強いし、時間が経つと集まってくるから本来は無限再生アンデッド達と似たような状況が作られてしまうのかもしれないけれど、せいぜい 2, 3 体ならあっさり倒せてしまうので再来にとっては苦にならない。
商隊から噂でデイブレイクがさらに先へ進んでいると聞いていることもあって、僕は気持ちが逸るのを感じる。
同期だからこそ、彼らをどうしても意識してしまうんだろう。
それから実を言うと、僕はダンジョン制覇という分かりやすい功績に、自分でも気付かないうちに執着していたのだと最近自覚した。
そのことをノトに話すと、「なんだ、そんなの当たり前じゃないか。オヴァリが英雄だろうとなんだろうと、栄誉に憧れるのは男なら当然だろ?」と言われて、妙に気持ちが落ち着いたのを覚えている。
僕たちは最近、パーティ内での役割を結成当時と比べればかなり分担するようになった。
僕、グレイモアさん、ナユタさんが割と何でもできるから、戦闘ではあまり気にせず入り乱れていたのを、ノトに指摘されて立ち位置を意識するようになったことで自然と役割が分かってきた、という感じだろうか。
具体的にはグレイモアさんが最前線でマッス流大盾術とマルト流剣術を使い分けて敵を捌き、僕がその後ろで大きめの一撃を繰り返し、そしてナユタさんは堅実に繰り返すヒットアンドアウェイで穴を埋めていく。
バフや回復をしてくれるノト曰く、全員の状況を把握しやすくなったので魔法の効率が良くなったのだとか。
僕としては今まで盾としてのマルト流に不満を持ったことはなかったけれど、マッス流を見事に披露するグレイモアさんを見ていると、大盾術という防衛線の重要さを再認識させられた。
ちなみにレイネさんは背後を守ってくれていて、安心感が半端じゃない。
僕がコピーできないから詳しくは分からないけれど、レイネさんの魔法はナユタさんの魔法よりも方法論というか様式が違うように感じられて得体の知れなさがある。ただ威力はどれも折り紙付きで、もしかしたら僕らの中で一番強いんじゃないかと思うことすらある。
本人が言うには威力と反比例して精度が落ちるらしく、実際は混戦になりがちなダンジョンでの戦闘では使いにくいらしい。
今の陣形はミノタウロスの群れとの戦闘を繰り返して、かなり僕たちの中でも定着した。
最大の利点は、敵が単体でも多数でも、役割をほとんど変えることなく動けることだと思う。
ダンジョンでは定期的にいわゆるボスのような個体が現れることもあって、今後もこの陣形でとりあえず困ることはないだろう。
新しい領域と新しい陣形。
ダンジョンばかりに気を取られていたら、僕が本当にしたいことがなんなのか分からなくなってくることも多々あるけれど、それでも確実に力をつけていることが実感されている今は、それでもいいのかも知れない。
そんなことを思いながら、僕たちはまたダンジョンへ踏み入った。
*** ハル ***
ギルドから聞いた族長会議の顛末にはいくつか興味深い点があった。
中でも特に気になったのは、襲撃者たちが会議室に突然現れた、というところ。
気配を完全に消すアイテム。そういうものがあるのかも知れないが、任意のしかも複数の対象を、となると難しいように思うし、私はそういった高次のアイテムが二つ以上存在する例を知らない。
となれば幻影魔法によるものだろう。そしておそらく、いわゆる光学迷彩のようなものを構築したのだろう。
しかも襲撃者には非戦闘員らしきメンバーも混じっていたという。
なんとも唆られる話だ。
光学迷彩的発想がこの世界にあるということもだし、その魔法が複数人による複合魔法と考えられるということも。
例えば私がエンダのビームの様な魔法 "イレイザーカノン" を、ネフの炎と私の魔素操作で再現したものも複合魔法になる。
だけどよく考えたら、私は今までまともに私以外で複合魔法を使っているのを見たことがない。なんならパーティ内でも使ったことがない。
"夢幻" の "幻影" も、話を聞くに複合というより同じ場所に重ね掛けしただけの様だし。
そういう使い方ができるんだ、と思う反面、他人と魔法を同調させるにはどれだけの苦労が必要なんだろうとも思う。
そしてとても興味があるだけに、実戦で使えるかを考えるとそうでもなさそうなのが残念だ。
戦闘では多分、個々の魔法と連携を駆使した方が手っ取り早い場面が多いだろうと予想できるから。
もちろん強襲の先制攻撃一発目に複合魔法を、というのは案として魅力的なので、私も二人と何かしら練習してみようと思っている。
他に思ったのは、やっぱり私たちデイブレイクには政治的な考え方は難しいということ。
3 人ともいわゆる庶民だし仕方ないけれど、今回の襲撃者に対するダクスパーナの対応やその後の話については、イマイチ納得できなかった。
ギルドが周りの国には影響がないだろうと言っているのも不思議だ。
なぜって今回の襲撃はつまり、いつでもどこでも誰でも襲えますよ、と襲撃者がギルドを通して世界に発信したようなものだ。
ギルドは私たちに説明した以上に、今回の件を深く掘り下げているあるいはダクスパーナと共有しているのではないかと思わせる。
ともかく私たちは報酬を受け取りダクスパーナを後にし、その足で一度ライナへ向かった。
「ダライアさん元気かなー」
ライナに近くなり私がそう言うと、二人とも、何言ってんの?と言いたげな表情を向けてきた。
「ねぇソロジー。あれだけ脅しておいて、ソロジーの方から友達みたいな感覚を向けるのはちょっと違うと思うんだけど」
なるほど。確かにそうかもしれない。
「それにさ、元気じゃなかったら困る訳だから、こう、不吉の前置きみたいなこと言わない方がいいよ」
フラグを立てるなということか。
私としては本当に単純に、ペイネが治療院で治療した彼女のその後が気になっただけなんだけど。一応チェックしたのは私だし。
そんなことを話しつつライナに着いて真っ先に向かったのはギルドだ。
そしてなんとも運の良いことにダライアさんが丁度ギルドにいて、彼女が元気にしていると確認できた。
ダライアさんは不審げに私たちを見つつ言う。
「あれから変わったことはないわ。もちろん、隠してる訳じゃないわよ」
私が答える。
「そうですか。それならいいんですが」
後で一応自分たちでも門を見に行くとして、私は気になっていることを聞く。
「えっと、お隣にいるのは?」
「あぁ、この子?私の新しいパーティメンバーよ。ほら、私のパーティは、ね」
その子・・・どう見ても子供のその男の子は、ニコニコと私たちの方を見ている。
・・・なんとなく気分が悪いのはなぜだろう。
「私はソロジーって名前。君は?」
少し屈んで問いかける。
「僕はグース=ルダだよ。お姉さん、強い?」
「うーん、どうかな。こっちのお兄さんは強いよ」
「え?僕?」
めんどくさそうな気配をチラッとでも感じた時はディモンに投げることにしている。
最近思うことは、私たちのパーティで、トータルでみて一番スペックが高いのはディモンなのかもしれない。
「お兄さんは何ていう名前なの?」
「僕はディモンだよ」
「ディモンさん、僕と模擬戦してよ」
「ちょっとグース、やめなさいよ」
ダライアさんが止めに入った。
「えー、なんで?」
「皆さんも忙しいの。それに、あんまり騒ぎを起こすなって言われてるでしょ?」
なんだろう。親子みたいな会話だな。言うとダライアさんに怒られるかもしれないけど。いや、ペイネも怒るかもしれないけど。
「僕は構いませんよ」
「え、あー・・・」
「ほら、ディモンさんもいいって言ってるよ」
ダライアさんはちょっと戸惑っていたけれど、結局ルダの望み通り模擬戦をすることになった。
前もこんなことがあったなと、私はアバレティナンで夢幻に遭遇した時のことを思い出す。
模擬戦は町外れの開けたところで行うことになった。
アバレティナンの時のような観客はいない。
「じゃあ、私が審判をしようかな」
そう言ってペイネが向かい合う二人の脇に立つ。
二人は道すがら購入した木製の模擬剣を構えている。
「少々の怪我は私が治すから、安心してね」
ペイネはそんなことも言う。普通こういう時は、やり過ぎないようにとか、そういう抑制的な方向で声をかけるものだと思うけれど。子供相手だし。
「じゃ、始め」
合図と同時、一気に距離をつめたディモンは幻影に紛れてルダの足を払おうとする。
しかしルダはバク宙を決めてこれを避け、着地からそのまま踏み込んでディモンに剣を振る。
ディモンはこれを難なく受け、近接での剣戟が始まる。
二人の応酬を見ること 1, 2 分。
ルールは一応なんでもありにしているが、ディモンは殆ど魔法を使わずにいる。ただ、少々手を抜いているとはいえ、正直に言ってここまでルダがやれるとは思っていなかった。
この年でこの技量。周りにライバルもいなくて、大人にどんどん突っかかって、それでも少なからず勝ててしまって・・・。そんな光景が目に浮かぶ。
それにしても。
初対面からずっと感じていた気持ち悪さの正体がわかった。そしてそれが同族嫌悪に似た何かであることも。
・・・ルダは魔素制御をかなりの精度でこなしていたのだ。
身体能力の高さは、おそらく戦闘の勘の良さもあるのだろうけれど、魔素制御に由来するものだろう。
体を伝う魔素の流れには明確な意図を感じる。
そしてルダは魔素制御だけではなかった。むしろ "それ" を見たことで、私は逆に安心する。
「これでどうっ?!」
掛け声とともにルダが放ったのは闇を思わせる暗さの影魔法で、しかしディモンは距離をとり幻影に紛れることであっさり回避した。
影の様に見えた魔法はしかし地面に留まらずルダのもとから虚空を伸び、その様子は霧魔法の亜種にも思える。
おそらくこの魔法がルダの本来の魔法だろう。
直後、一気に攻め入ったディモンが押し勝ち、模擬戦は終わった。
「ねぇ。それ、誰に教わったの?」
私は二人をねぎらうこともせずルダに問う。
「なんのこと?」
そう返すルダの表情は、やっぱりなんともいえない気持ち悪さがある。
「ダライアさんは知ってるの?」
ダライアに聞いてみるが、「え?何が?」と返事をされる。まぁ、普通は魔素をみることができないので、気付いていないのかもしれない。
私はルダに詰め寄り、耳元で聞く。
「君、魔素が見えるでしょ」
案の定、ルダは驚いた表情で私を見た。




