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今更普通の異世界転生  作者: 玉庭ひとり
第四章 序列戦
69/185

063 民主的な結論

***


 5 年ごとに開催される族長会議は、当初の緊張感とは裏腹にあっけなく終わった。

 ダクスパーナの敗北という形で。


 エゲイラ率いる諜報部隊が集めていた情報は正しく、それにも関わらず対処できなかったことになる。

 諜報部隊の得ていた情報のうち、エゲイラが進言を踏み切るきっかけになったのは、ダブルホーンのメンバーがギルドの依頼という体裁でダクスパーナを訪れる頻度が高くなっていたことと、そのメンバーのダクスパーナでの足跡が意図的に隠されていたことの 2 点だった。

 前者だけならば冒険者の活動として特に不審がるところではないが、後者は見過ごせない。わざわざ行動を隠すということは、ダクスパーナ側からの警戒と監視を前提に動いていると推測されるからだ。


 ダクスパーナはギルドの支援を受け最大限の戦力を用意していたが、本当に必要だったのは彼らダブルホーンが事前に何をしていたか、というただ一つの情報だった。

 ・・・ダブルホーンはひたすら、ダクスパーナ首都をはじめとする都市の地形を調べていたのだ。



 ダブルホーンのリーダーであるファーラは当初、ダクスパーナ首長が考えていたように武力で族長会議を制圧し、そして自らの要求を飲ませるつもりだった。

 グロームから首都までの移動という問題はあるが、何も完全武装で何日も行軍する必要はない。事前に少しずつ首都へ様々な形で入っておき、直前に首都内で準備すればいい。

 冒険者の挙動を一々気にするほど、国も暇ではないだろう・・・。そう考えていた。


 しかし実際にはダクスパーナの調査を 2 つの目的で開始した後、ダクスパーナに警戒されていることに気付く。


 ファーラはグロームを実質的に手にしラナを併合したにもかかわらず、グロームは地図上で見るに所詮小国と考え、大国が注視している可能性を無視していたのだった。そのため、この事実には少なからず新鮮な驚きを覚えた。

 加えて、族長会議の警備が厚くなるとギルド経由で知ることにもなった。

 

 ただ調査自体は望ましい最低限の情報確保を達成し、そして少し方向性は変わるものの、襲撃の目的を果たすのに有効な要素が新たに見出された。

 調査の目的の一つは族長会議襲撃のため、そしてもう一つは本来の目的のためだったが、両者が達成されたのである。


 参謀グラインがもたらした提案にファーラは満足し、そしてその提案をもとに計画した案の実行に向け舵を切り直した。

「グライン」

「はっ、なんでしょう」

「生きるとは、なんとも窮屈なものですね」

「・・全くその通りです」

 ファーラはグラインに物憂げな表情で語った。



 作戦は実にシンプルだった。

 ダブルホーンの幻影魔法使いを全て動員し、組織の最高戦力パーティが族長会議へ踏み入る。

 制圧し、要求を飲ませる。

 小隊以下の規模で乗り込む大胆さと、幻影魔法使いの連携の繊細さが絶妙に噛み合って初めて成功する作戦だが、当然の如くダブルホーンはやってのけた。



「なっ!何者だ!」

 会議も後 1 日を残すのみとなった夕方、この日の議題が丁度終わったタイミングだった。

 族長の一人が不自然に開いた会議室のドアを見やり、そして次の瞬間突然姿を現した一団に声を荒げた。

 想定の範疇で生じた予定外の出来事に、気を張り詰め続けていた側近の近衛たちは即座に初動に移ろうとする。


「待て」

 しかし襲撃者の一人が、低いがよく通る声で一喝する。

 気付けば、時間差で現れた一団の他のメンバーが、首長と他 1 名の首元に刃を添えていた。

 状況判断力が高すぎるためにこの時間差に嵌まった側近たちは、中途半端に崩れた体勢のまま固まる。

「俺たちを倒しても、お前たちにいいようにはならない」


 襲撃者の一団はどこかの民族衣装のような統一感のある格好で、そして一様に異形の面を被っていた。顔全体を覆う面は様々な角を生やしている。


 硬直した状況。

 次の瞬間には痺れを切らした誰かが動き出すのではないかという限界点で、首長が言葉を発する。

「・・・何者だ。目的は」

 それに答えたのは入口付近に立つ黒いお面をつけた一人だった。

「私たちが何者かは、些細な問題です」

 ダクスパーナ側の誰もが、緊張と恐怖、あるいは悲壮を混ぜたような顔で言葉の先を待つ。

 ふむ、と、余裕そのものの所作を挟み、黒いお面が続ける。

「まず大切なことは、あなた方はこの場に於いて我々に敗北したという事実です。これを理解して頂く必要があります」


「ふ、ふざけるな!」

 そう叫んだ族長の一人が、ほぼ瞬間とも思える黒面の手刀で意識を失う。

「・・・私を、止めてもよかったのですよ?」

 黒面はふふっと笑いつつ告げた。


 たった一動作でその場の誰もが悟った。

 無理だ・・・と。


「さて、私たちの目的でしたね・・・。この会議で、王宮と、それから他 2 地点の所有権を認めて頂きたい。ただそれだけです。簡単でしょう?」




*** ダクスパーナ首長 ***


 彼ら襲撃者は、おそらくダブルホーンだろう。多様な面で顔を隠しても、その装飾に紛れた角にはヤギ獣人のそれが多い。

 我々はダブルホーンのことを甘くみ過ぎていたようだ。それをこの場に居合わせた者たちが実感したのは、彼らが会議場に突然姿を現した時でも、黒面の男の強さを知った時でもなく、初めに一団の一人が言った “俺たちを倒しても仕方がない” という言葉の真意を知った時だろう。


 王宮を求めた後、ついでのように黒面は言った。

「あぁ、残念ながら拒否された場合は、やはり戦争ということになりますね。ただあまりお勧めしません」

 黒面は優雅に空いていた椅子に腰を掛け、足を組む。

「その場合、各都市の水源を腐敗させ、そして下水を溢れさせる用意があります。私としては・・・人殺しは趣味ではありませんから」


 族長たちの青白くなった表情が脱力し諦念を漂わせる中、しかし私はこの敗戦とすら呼べない敗北が "真に行き着く先" を垣間見た気がして、絶望を感じ始めていた。


 黒面の告げたこと、彼らの手法、目的。

 黒面の要求した 3 箇所はこの国でも特に魔素の高まりが強い場所で、いずれも都市の中心を担ってる。

 魔素密度と都市の隆盛はどこの国でも似たような傾向があり、魔素の集まりは自然と人を集めるのだという。歴史上の語り部が書物の形でそう伝えている。

 魔素を見ることができる者など歴史的な意味でも滅多に現れないが、しかし確かにその場所では魔法の威力や効果が増すことが立証されているため、国の中枢に近い者ならば知識として知っているだろう。


 ではダクスパーナで 3 箇所を手に入れ、そこにある魔素で彼らに何ができるか。

 ・・・そうではない。3 箇所だけでなく彼らは 5 箇所を手にすることになるのだ。

 魔素と都市の関係は当然ダクスパーナだけの話ではない。

 旧ラナ国とグローム。この二つにも当てはまる。

 そして俯瞰すれば、5 箇所はある一点を、すなわち古戦場を比較的等間隔に取り囲んで見えるだろう。


 ・・・ 5 箇所の魔素溜まりは、五芒星を形作るのではないか?

 その中心・・・ザザの守護者は、アポロア記にある魔族からこの地を守っている・・・?

 そもそもかの地で倒されたのは魔族だったのか?悪魔と魔族はしばしば混同されている。

 大河の北からやってきたヤギ系獣人たち。

 獣人という仮面?悪魔の配下、下級悪魔・・・。


 ・・・!


 連鎖的に加速した想像の先で、私は一つの可能性に到達してしまったのだ。

 ダブルホーンは古戦場で封印された悪魔の復活を目論んでいる、という、最悪の可能性に・・・。


 アポロア記の爪痕で、今も機能が維持されていそうなのはザザの守護者くらいである。伝承と違い、敵は倒されたのではなく封印された、あるいは条件や時間の経過で復活するという可能性は、捨てきれない話だろう。


 ならば都市を失っても、国を失っても、今ここでダブルホーンの頭らしき彼らを討つべきではないか?

 しかし遊撃魔法部隊の本領はこの狭い会議室では発揮されない。大魔法を放てるとしても、こちら側が巻き添えを喰らう前提では・・・いや、"仮定" が正しいとすればもはや我々の死を厭う局面ですらないのかもしれないが、こちらも各民族の近衛が集まる今こここそが最高戦力なのだ。

 ここを落とされては政治的にも軍事的にも風穴が空くことになる。

 そうなれば上下水道を失った都市は死に、結局、いずれ人の去ったこれらの地を彼らは苦もなく手にするだろう。


 つまり、詰んでいる。


 杞憂かもしれない。ただ城や王宮を集めているだけかもしれない。

 何か切実に魔素を必要とする研究の最中かもしれない・・・などと、突きつけられた現実を無視した都合のいい妄想が浮かんでくる始末。


「難しく考える必要はありません」

 黒面は諭すように言う。

「ただ、王宮を頂きたい。それだけなのですから」



 もしかするとこの襲撃はダクスパーナに収まらず、連邦やひいては人族全体を脅かす出来事の序章なのかも知れない・・・。

 最悪のケースを思い描いてはみるものの、現時点で私たちにできることは何もないのだと、私は悟らざるを得なかった。


 そして族長会議は夜の帳が降り始めた会議室で、完全に民主的な方法によって、彼らの要求を通すためだけの新たな議題を一つ追加し即座に可決することになった。

 もっとも、武力による無言の圧力の下に行われたこの議決を、誰一人として民主的などとは思わないだろうが。




***


 連邦にある大国トーキーオ。その首都にはあらゆるものが集まり、そして新しいものが日々生まれている。

 そんなトーキーオの首都の中でも、商業区の一等地となれば庶民には縁のない品々を取り扱う店しか並んでいない。

 そしてそういった店の一つにオリーフィア服飾店は名を連ねている。


 オリーフィア服飾店は魔術大学の教授でもあるキュカス=オリーフィアが立ち上げた店で、ある特殊な商品のみを扱っている。その特殊な製品とはすなわちレアメタル繊維を用いた衣服であり、逆にこれ以外のものは取り扱っていない。

 レアメタル繊維のすべてはオリーフィアが一人で紡いでおり、その製法は彼女の内に秘匿されている。

 遥かな昔にはそれなりに広まっていたレアメタル繊維の製法は、しかし素材の希少さや高価さ、技術の複雑さから次第に廃れていった。それを呼び起こした業績で若くして魔術大学の教授に就いているのがオリーフィアという女性である。


 ハイエルフのオリーフィアは、幼い頃からいつも考えていた。

「なんでみんな自分の好きなものだけで生きていかないんだろう」

「なんでもっと良いモノがあるのに、全部欲しいと思わないんだろう」

「なんでそれを、ちゃんと求めないんだろう」

 美しく、多才に生まれ、そして気高く育てられたオリーフィアは、周囲が自然とそう導いた以上にハイエルフのリビドーを体現する存在として成長していった。



 彼女が手掛けたもののうち、彼女が最も気に入り、そして最も興味を抱いたのがレアメタル繊維である。

 衣類という何気ない、しかし確かに体の一部となる頼りないツギハギ。

 衣服は人を人たらしめ、人の役割を定め、そして何よりその人をよりその人らしく仕向ける。

 麻、木綿、絹、革などと様々な素材からなるが、最上を求めるならやはりレアメタル繊維以外には無い。彼女がそのように考えたのは自然の成り行きだった。



「オリーフィアさん、お客さんです」

「誰かしら?」

 店番のフィームに声をかけられ返事をするオリーフィア。

「えーっと、マルシさん?という方ですね」

 そして来客の名前を聞くや、彼女の明晰な思考は一つの喜びの訪れを期待した。


「お初にお目にかかります、オリーフィア教授。お忙しい中すみません。私はガグ=マルシと申します」

「えぇ、はじめまして」

「実は私は商会をやっているんですが、顧客からの依頼を受け、今日はお店を訪れさせて頂きました」


 やっぱり。

 そうオリーフィアは思う。そして予想する。マルシ氏は次にこう言う。

 その顧客は・・・

「その顧客というのは、デイブレイクと呼ばれる冒険者パーティです。冒険に耐えうる貴方の作品を、是非手掛けて頂けないでしょうか」

 オリーフィアは逸る気持ちを落ち着けて尋ねる。

「素材も必要ですし、結構高くつきますよ?」

「えぇ、それももちろん、用意があります」

 オリーフィアはマルシ商会長の余裕に、なんとも言い難い気持ちが湧くのを覚える。

(私こそ、彼女の役に立ちたいというのに!)


 ・・・そう。何を隠そう、オリーフィアは "ボウェルさんを見守る会# の隠れ会員であった。

 それもかなりレベルの高い。


 ちなみに見守る会においては、レベルの高さはボウェルへの執着の高さないし崇拝度合いを意味する。会の中でも表立っては使われない表現だが、それなりに浸透しているという。

 ボウェルが大学を出てもなお彼女を追いかける会員には、表にも裏にもレベルの高い者が必然的に割合として多いにもかかわらず、そんな中で彼女のレベルは実際かなり高い。

 そして彼女は、ボウェルの職業柄いつか自分にもお鉢が回ってくるだろうことを予想し、その日がくるのを待ち望んでいたのだった。


 想定より遥かに早く依頼が来たことをオリーフィアは人知れず喜び、マルシ商会長に返事をする。

「喜んで。最高のものを仕立てます」


 彼女の言葉に含まれる気色を目ざとく察知した商会長は、同類の匂いを感じつつも、そのことには触れずさらに詳細を詰めるべく話を進めていった。

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