062 ザザの守護者
*** ハル ***
トーキーオに行かないとなると特にすることがない。ダンジョンは当然、遠方の国々を回るほど時間があるわけでもないからだ。
ギルドに寄せられた依頼も目ぼしいものが無く、とりあえず薬草採取だけするか、という程度。
どうせならと私たちは、ダクスパーナをゆっくり観光するのはどうかというペイネの案を採用することにした。
ということで一路ダクスパーナへ。
ダクスパーナは連邦東部最大の国で、大きな都市が国の南方に点在している以外は国土のほとんどを草原地帯で覆われており、ところどころ湿地帯や荒野もあるようだ。
南に都市が集中しているのは、山や川が少しあって交易路が確保しやすい地形のためだとか。
ダクスパーナでは遊牧文化が残っており、そして彼ら遊牧民は優れた魔法使いでもあるという。
それならわざわざギルドに警備を依頼する必要もないのでは?とも思うが、どうなんだろう。
道中ギルドにいた冒険者から聞いた噂では、仮想敵国からの襲撃を想定しているのだとか。
・・・うーん、早まったか?
国からの依頼ということで、規模の大きい賊とか、そういう反社会的勢力からの警備だろうと勝手に私は考えていた。しかし戦争となると話が全く変わってくる。
賢者の町は別として、私はどこかの国に加担する立場になるつもりはない。一度国に取り込まれたら動きにくくなることが容易に想像がつくから。
それにもし “そう” だとその場で判明した場合、判断に迷っている間に私たちが負傷してしまうかもしれないし、強制的に戦争に巻き込まれた形になるかもしれない。
というか冒険者のほとんどはそうだろう。
むしろダクスパーナに依頼されたギルドこそ、各国間の諍いからはきちんと距離を取るものだと暗に思っていたこともあって依頼を受けたわけなんだが・・・。
戦争が云々という噂はデマだと思いたいが、逆に考えれば想定される襲撃は、それが仮に戦争だとしても “普通の” 戦争ではないのかもしれない。
それならギルドとしても言い逃れができる・・・のか?守るべき対象を守る、ただそれだけだった、と。
なるほど分からん。
ダンジョンに籠っているとこういう情報に疎くなるのがマイナスポイントだと思う。つい物事との距離感をうっかり間違えやすくなってしまう。
前もこんなことあったなと思い出したのは、大学 1 年の夏休みのこと。
まだ同期との交流も満足に深まっていない中、何を思ったのか夏休みを丸々引き籠ってゲームや読書に費やした結果、休み明けに人との距離の測り方に戸惑った。
まぁそんなことよりも、今回の事はデイブレイクに政治的考え方のできるメンバーがいない点が最大の原因なんだろうけど。
普通の異世界転生者のつもりの私としては、こういう微妙な状況を適切に読み解いて無双の足掛かりにしたいところだ。大体の転生主人公は前世が例えただの高校生だろうとニートだろうと、そんな事は関係ないですとばかりに転生先の社会構造が孕む問題を華麗に解決していたから。
いや無理だろ。
何とも気前の良いことに前金を少なからず受け取った上、冒険者の参加状況で依頼の詳細を決めるらしいので非常に断りにくい。
最悪全ての責任はギルドに押し付けることにしよう。だめか。それだとより動きにくくなるか?
・・・結論が自分の中で出そうにないので、一旦私は考えるのをやめた。
また時期が近くなったら二人とも相談して状況ごとの対応パターンを決めることにしよう。
はいこの話は終わり。
受け売りになるけれど、ダクスパーナを観光するなら外せない場所が 3 箇所ある。
一つは首都。
ダクスパーナ最大の都市で、中央には主長であるダクスパーナ一族の王宮があり、この王宮が豪華絢爛とのこと。王宮自体には立ち入れないが、一族が運営する王宮同様に美しい一部の施設は公的に開放されていて、王宮の外観を眺めてから美術館、博物館、図書館と訪れるのが定番らしい。
二つ目はいわゆる古戦場。
ダクスパーナの中央やや北にある荒野の一角には、かつて城が在ったという。堀や建物の基礎、それから建物の一部だったと思しき石柱が散在しているのは、アポロア記にあるザザ城での魔族との戦闘の痕跡なのだとか。
古戦場は単なる古跡ではなく、何かしらの機能を今も宿していると言われている。
それは 1 体の像に由来し、"ザザの守護者" と呼ばれるその甲冑姿の騎士は、遥か昔から不自然なほど綺麗な状態で城に佇み続けているそうだ。何かを何かから守るその時を待っているかの様に。
三つ目は首都近郊の地底湖。
これは名前そのまま、首都の西方にある小高い山の地下にある地底湖を指す。どこからか渾々と沸き続ける地下水を湛えた青い水面は、誰をも魅了するという。
私たちはひとまず首都を目指し、王宮、地底湖、古戦場と回ることにした。時間的にはそれぞれゆっくり回って、丁度いいくらいだろう。
王宮はマッシュルームのような屋根を多用した白を基調とした建物で、中東だか東南アジアだかの雰囲気を感じる。行ったことはないけど。
その居住まいは貫禄があり、さすが観光名所筆頭という印象を受ける。
ツアーよろしく回った美術館は展示の方向性がとっ散らかっていてイマイチ。博物館では各民族の衣装の展示が興味深かった。図書館は特に用がないので内装を見るだけ。ただそのいずれも、建築と装飾の美しさはじっくり堪能するにふさわしいものだったと思う。
次の地底湖は観光名所というには人がいない。
仄暗く照らされた洞穴の中、私たちはじっと水面を見つめる。
・・・その青の幻想は私の脳裏に、深い安堵と少しの恐怖を伴って焼き付いた。
「ねぇ、この水ってどこから来るんだろ」
「湧水って話じゃなかったかしら?」
「じゃぁ、一杯にならないのかな」
「岩に滲みたり、蒸発しているんだと思うけれど。それかどこかで川に繋がっているとか」
「そうなのかなぁ」
ディモンとペイネが話している。私は地底湖がどういうものなのかよく分からないけれど、どこかで地表に繋がっているような気がする。
水中を持続的に探索する手法が確立されていると聞いた事はないので、この地底湖も浅いところまでしか調べられていないんだろう。
最後、少し離れた古戦場。私としてはここが観光のメインと思っている。なぜならアポロア記の遺跡として語り継がれている上、当時と直接関係しているかもしれない守護者の存在が気になっていたから。
流石に名称の通り、ともすれば風景に溶けてしまいそうな無造作に存在する構造物群は、しかしそれとなく戦いの記憶を呼び起こさせるようなものだった。
城が崩壊するほどの戦闘として小説でも表現されていたけれど、確かにそこここに転がる石柱には風化とは違いそうな不自然な切断面がある。“ディメンションレイ” だろうか・・・魔族側の攻撃かもしれない。
そしてザザの守護者。直立するフルプレートの甲冑は抜身の両手剣を体の前方で剣先を地面に立て、そして後端に両手を添えている。
今までこの守護者が動いたところを見た者はおらず、守護者はあらゆる干渉を受け付けないという。
「クレア、ダメだよ」
・・・無意識のうちに左腰に提げた刀に手をかけていた。
「うん、分かってる」
ザザの守護者はダクスパーナ国から公式に、害することを禁じられている。
それは観光資源の保護のためか、あるいは神話に連なる者への畏怖か。
正直私としては、他では見ないほどの魔素濃度と精霊密度を湛えるこの甲冑から目が離せない。・・・その耐性とやらをこの目で確認したい。
「クレア。ダメ、よ」
ペイネに念を押されたから流石にしないけど。
とても名残惜しいけれど、アポロア記の一旦に触れた思いでかなり興奮しつつ、私たちは首都へと舞い戻った。
いや、ディモンもペイネも、テンションの上がり具合は私ほどではなかったかも。
***
ダクスパーナがギルドに提示した警備計画は、冒険者視点で大まかに 2 面体制で実行される。
まず族長会議の開催される首都について、王宮は通例通りダクスパーナの各民族代表の護衛がそのまま警備に当たり、冒険者達の一部が首都内の警備を手伝う。
首都組以外は中規模以上の主要 6 都市へ配備され、都市に残っているお偉方や族長の家族の警備にあたる。
基本的に族長の護衛は言わずもがな精鋭であり、会議そのものは自分たちで守り、手薄になったところをギルドの冒険者達に埋めてもらおうという算段である。
6 つの都市は国の南で東西方向に並び、首都から見て西に 4 つ、東に 2 つある。
参加するパーティ数は 24 にのぼり、首都に 10 パーティが、その他の都市には 2 あるいは 3 パーティが配置された。
今回、上位の実力を持つと判断されたパーティはギルドとの協議も経て 6 都市に分散されている。逆に言えば相対的に下位のパーティは首都でとりあえず人数の足しにされた感も否めない。
上位パーティとしてはハラルタナイツ、再来、デイブレイク、ダブルホーン等があり、ダブルホーンからは 2 パーティが参加している。
ギルド経由のためダブルホーンが参加するだろうこともダクスパーナ首脳陣は見越していたが、これについては彼らの戦力の分散に重きを置き、抱き合わせのパーティが牽制になることをある程度期待することにしていた。
そして当然、ダブルホーンの担当は西端と東端の 2 都市である。さらに言えばこの 2 都市は元々辺境ということもあり、軍事的に他の都市よりもかなり余裕がある点で都合がよかった。
ギルドとしては最終的に、今回のダクスパーナの依頼は族長会議に対する襲撃を警戒するもの、として受け入れている。
先のロッキンガム皇子暗殺及び国王襲撃を受け、連邦東部の安定に大きな役割を担う立場のダクスパーナ、その族長会議の重要性が増したため警備体制を見直した、というものだ。
デイス第一皇子死去の知らせは当初、ギルドや各国の為政者にとって一時的な不安の種に過ぎないと考えられていた。賢王の下、襲撃母体はすぐにも暴かれ、そして裁かれると考えていたからだ。
しかし実際には実行犯が数名捕まったのみで、その後の経過をみるに王国が何を掴み何を判断したのか他国には分からないでいた。ロッキンガム王国は王国内の不審の徹底的な排除網をすぐさま構築し直したが、それだけだ。
となれば、つぎに狙われるのは自分達の国かもしれない・・・犯人の目的が判然とないため、為政者達がそう考えるのも無理のないことだった。
確実な情報ではないものの、女神派の関与が囁かれている。
ダクスパーナはダブルホーンのことをギルドに対して伏せているが、女神派のライナ、ダブルホーンのグロームはともに北に位置するため、仮想的国としての対応は一元的に行える。
・・・こういった背景の中、4 日間かけて行われる族長会議、参加者の移動を含め約 1 週間の大規模な警備作戦が開始された。
参加する冒険者の 7 割ほどは、ただ街をぶらついたりするだけの割りのいい依頼と考えている。
そして実際のところダクスパーナ側としても、不安はあるものの、何もないまま終わる可能性の方を高く見積もっているのだった。




