061 お悩み
*** ハル ***
序列戦を一旦切り上げて久しぶりにレイドレへ向かう道すがら、南ベースを目指す商隊とすれ違った際に気になる話題があった。
連邦で戦争が起こるかもしれない、というものだ。
戦争と言っても連邦内の二つの国がメインで他の国々はあまり関係ないかもしれないし、逆に他の国も巻き込まれるかもしれないと商人は告げ、煮えきらない印象だった。
レイドレに着いてまずギルドを訪れると、道中の話を裏付けるように受付で一つの依頼を打診された。
「ダクスパーナで開かれる会議の会期中、ダクスパーナの主要都市の警備を首長から依頼されています。報酬は掲示されている通り破格ですが・・・デイブレイクの皆様もいかがでしょうか?」
ふむふむ。もう少し情報が欲しい。
チラッとディモンを見る。ディモンも心得ている。
「警備とのことですが、何から会議を守るんですか?」
「はっきりとは伝えられていません。ただ、国を脅かす存在が現れるかもしれない、とのことです」
「人為的な何か、ということですよね」
「私から明言はできかねますが・・・ギルドの上層部では、まだ時間がありますので、最優先事項として背景の確認にあたっているようです」
「どうする?僕は、受けていいと思うけど」
ディモンが問う。
「私は話が漠然としていて、あまり気乗りしないわ」
ペイネが答える。
私もペイネ同様の感想を持った。ただ、こういう依頼を受けてこその "冒険者" という気もする。
「報酬はともかく・・・ 私もディモンに賛成かな」
「クレアも受けた方がいいと思うの?」
「そうだね。パーティ結成の時に掲げた方針的にも、その方がしっくりくる。それに何より、こういう時のためにみんなで強くなろうとしているわけだから」
ボウェルは私がそう告げると特に反対しなかった。
不満そうな顔でもないので、案外どちらでもよかったのかもしれない。
「じゃあ、依頼を受けます」
「ありがとうございます。具体的な内容は参加する冒険者の規模等を考慮して、ギルドとダクスパーナの協議を経て決定されます。3 週間前までにはギルドに情報が回っている予定ですので、時期を見て尋ねてください」
「わかりました」
ギルドを出た私たちはそのままララの店を訪ねた。
「おぉ、よく来たな。待ってたぞ」
店長のハコバスさんは相変わらずどっしりと構えた雰囲気で私たちを迎えてくれる。
「今回はかなり収穫がありましたよ」
ディモンが伝えると、ハコバスさんはカウンターの向こうで居住まいを正して、ディモンが素材を広げるのを待った。
「お・・・おお?おぉ!」
そんな感嘆が聞こえて、私は妙に嬉しくなる。
今回の探索ではほとんどのパーティが未踏の深部で、個人の戦闘力向上を目的に散々強敵を倒して回った。
おかげで倒したデモンゴーレムからはミスリルだけでなく、アダマンタイトも少なからず手に入った。流石にヒヒイロカネはラダムの時以後見ていないし、オリハルコンももちろん出なかったわけだけど。
それから城下町では、一体のミノタウロスから多分上質と思われる革を得ることができた。
多分、というのは、見るからにその個体が他より強く、こちらの攻撃も少し通り難かったためだ。
加えて今回は初めて、いわゆる "アイテム" を一つ暗闇の城で手に入れた。使い方はまだ判明していないけれど、実際に使えるようになる日が楽しみで仕方ない。
ハコバスさんへの依頼については、何を作ってもらうべきか迷う。
というのも前回までに私たちの武器はミスリル製にランクアップしているし、防具もフレアドラゴンの革なので特に困っていない。
ここは素直に専門家に相談することにする。
「装備はかなり揃ってきたと思うんですけど、何を作ってもらうのが良いんでしょうか」
「ん?ソロジー嬢は知らんのか?」
「何をですか?」
「レアメタルは繊維に織り込めるんだ。まぁ一般には需要がないからな、知らんのも無理はないと思うが」
・・・なんと!
「それはつまり、鎖帷子のような?」
「そうだな、しかし遥かに軽く、強靭だ。ただ・・・」
「ただ、なんでしょう」
「織り込むための繊維が問題だ。わしの届く範囲の流通ルートでは見かけん。それに、これは鍛冶というより裁縫の範疇になるから、わしでは作れんのだ」
もう少し話を聞くと、鎧は鎧で装着して、その中の下着に相当する服をレアメタル繊維製にするのが良いんじゃないか、とのこと。
一応鎧全体を例えばミスリルで作ることもできるが、それには必要な鉱石の量が多くなりすぎるから、私たちが持ってきた分ではできないとも教えてくれた。
「ちなみにその繊維っていうのは?」
「それが技術がきちんと広まっておらんみたいでな、わしが知る限りでは、作れるのはトーキーオの魔術大学の教授が主宰しとる、オリーフィア服飾店だけらしい。レアメタルの織り込みもそこでやってくれるんだと」
この情報には二人も興味津々だった。
「ねぇ、それならトーキーオに行きましょうよ」
「ボウェルは久しぶりの大学ってことになるね。でもどうだろう、ダクスパーナの依頼を考えると、時期が微妙じゃないかな?」
確かに、行って帰ってとなると日にちが心許ない。
「えっと・・・じゃぁ、マルシ商会に依頼するのは?レイドレにも商会の支店があるわ」
「あぁ、それがいいね。一応マルシ商会とは懇意ってことになってるはずだし」
ロッキンガム大会で話をした後初めての利用になるけれど、こんな依頼をして迷惑がられないだろうか?そういう心配もあるが、私にもペイネの提案は妥当に思えた。
ララの店では装備を手入れのために預け、それから新作の刀を私は受けとった。今回の刀はブロックさんの息子ガナックくん作で、ミスリルを基本に鉄を配合することで “粘り” が良くなったはずだ、とのこと。
私も少しずつ刀の扱いが上達してきたと思うが、その理由に研ぎ加減による使用感のなんとなくの違いがわかるようになったことがある。
もらってばかりではなく、使い手の私自身が刀をきちんと評価できるようになりたいと、そう思う。
それから前回の目玉だったアダマンタイトは、ペイネにふさわしい美しい短剣に仕上がっていた。
「うわぁ、綺麗・・・」
短剣を手にペイネが言う。
「こんないい短剣、懐刀にしておくのはもったいないなぁ・・・」
うっとりしつつそう続ける。
するとハコバスさんが目を見開いて私を見た。・・・え、何?
「なんだ、ボウェル嬢は斥候か前衛になったんじゃなかったのか?」
あぁ、そういう。
「パーティの前衛はディモンですよ。でも誰も前に出ることがあるので、動きやすさ重視で装備も作ってもらっています。ペイネの短剣は近接戦闘の可能性も見越して作ってもらったんですが、模索中、といったところですかね」
「そ、そうか。まぁわしとしては使い倒してくれた方が冥利に尽きるがな」
私は愛想笑いを返した。
ちなみにミノタウロスの革は、使い道がないので買い取ってもらうことになった。
マルシ商会のレイドレ支店では、デイブレイクの名前を告げてもいないのに入店するや奥の個室に案内され、私たちは少し戸惑った。
ハコバスさんに提案されたレアメタル繊維の件は支店長も知っているらしく、素材となるレアメタルを全て渡すと、「会長の名の下に、確かに承りました」と告げられた。そんな簡単に会長の名前を出してもいいものなのか。
お金はかなりの額を託したので大丈夫だと思うけれど、それについても、足りない分はこちらで一旦埋め合わせておくから、とのこと。
・・・マルシ商会長のデイブレイクに対する本気度を感じた。
全ての用事が割と短時間で済んだので、その日は久しぶりに宿の酒場でだらだらとお酒を飲んで過ごすことにした。
とても楽しい夜だった。
*** ドッド=12=ガルネリア ***
異世界人キャスカの下に送ったラヴィスとエフからは、人伝いに、特に問題なくダンジョン探索を進めているとの報告をたまに受けている。
問題なく、というのはダンジョン攻略のことではなく、キャスカが魔族の敵になるような素振りを見せていないという意味だ。
しかしダンジョンの探索も実際のところ順調のようで、今は "暗闇の城" とダンジョンの魔物が呼称した城にいるらしい。
暗闇の城では一体一体が強力なデモンゴーレムが主に徘徊し、そして休まることのない闇の気配のため気疲れしてしまう、とはエフの感想だ。
どうも、純粋な悪魔の性質を感じるようだ。
天使は悪魔を、悪魔は天使を根源的に嫌悪するという。
エフのような堕天使は、元々天使だった者が罪を犯し天使の性質を奪われて生まれる。しかし存在の根底にわずかに残った天使の性質が、悪魔への嫌悪感を察知するのだそうだ。
魔族の中には俺のように悪魔族と称される種族がいるが、純粋な悪魔はこれとは区別される。
おそらく人族には区別がつかないだろうが、魔族ならばそれとわかる。
魔族が、翼を隠した天使と人族の区別がつかないようなものだろう。堕天使は堕天の際に天使の記憶と体の一部を失うらしく、翼を失っていた場合は人族と見分けがつかない。
ダンジョンではキャスカ隊以外のパーティも以前より深部へ進んでいる。
といってもせいぜい数組がナイトゴーレムを超えたばかりとのことだが。
荒野前半あたりまで効果が及んでいるらしい結界盤のおかげもあると思うが、これもそろそろ外すべきだろうか。なにせ再生の護符がなければ、探索者たちにも影響を及ぼしてしまうのだ。
ともあれ喫緊の危機が去った今、とりあえずこちらは放置していいだろう。
しかしダンジョンの活性化でしばらく手を離していた問題に再び向き合うとなると、これまた気が重い。
魔族領の魔素濃度の低下、霧の里。この二つは長年の調査にも関わらず実を結んでいない。
さて、どうしたものか・・・。
*** ラド=ダクスパーナ ダクスパーナ首長 ***
5 年おきに開催される族長会議が 1 年後に迫り、開催の案内を各族長に通達して少し経った頃。私の元に届いた情報は遽には信じがたいものだった。
「首長。ダブルホーンが我が国へ進軍してくる可能性があります・・・」
ダブルホーンといえば、北の隣国グロームの軍事を実質的に乗っ取り、そしてラナ国のグロームへの併合を陰から操ったと思しき組織だ。
旧ラナ国を含めた現グロームの国民たちからは、ギルドを通じた依頼内容への誠実な対応、どんな困難な魔物討伐も必ず成功させる頼もしさ等の理由で、ダブルホーンは非常に人気が高い。
いわゆるスタンピードと呼ばれる魔物の旧ラナ国襲撃を介した、不自然なまでに自然なグロームへの併合の経緯についても、併合後に生活が安定したことで旧ラナ国民も受け入れていると聞く。
周囲の国々は、現状グロームを実質的に支配しているのはダブルホーンと考えていることだろう。
少なくとも私はそうだ。
しかし、そのダブルホーンの目的が分からない。
彼らはグロームから搾取するでもなく、むしろ国に対して献身的な態度を崩さない。
ラナ国の併合ですら、旧ラナ国民のためと言われればそう思えなくもないくらいだ。
彼らが何を求め、そして何を為そうとしているのか。調査のために人員を割いているが、それら諜報員から今回の情報はもたらされたのだった。
諜報部隊をまとめるエゲイラをはじめとした重鎮たちとの協議では、ダブルホーンにダクスパーナを攻める理由が無いとする意見がやはり多かったが、エゲイラ他数人は憂慮すべき事態として対策の立案を求めた。
「ラナ国が併合された時の驚き、焦り、畏怖。そういった感情をもうお忘れですか?」
エゲイラは言う。
「諜報部隊の長たる私が、恥を忍んで彼らの得体のしれなさを吐露するのです。皆様にもどうか、御一考頂きたい」
端的に言えば諜報活動は成果を結んでいない。しかし分からないからこそ、分からないなりの違和感やおかしさがエゲイラの中では募っているのだろう。
もしかしたら本当にただの善的武闘集団なのかもしれないと、そう判断するのは諜報員の続報をもう少し積み重ねてからでもいい。
私は国防を重視する立場をとり、エゲイラの進言通りダブルホーンの進軍を仮定した対策に議題を移した。
では、彼らはどのように進軍するのか。
仮に例のスタンピードがダブルホーンの手によるとしても、ダクスパーナでは同様の状況を作れないだろう。旧ラナ国と違い、ダクスパーナの国土は広大だ。
民族の各個撃破。これも考えにくい。山や大河のない土地柄、北のどこを起点にしてもいずれ取り囲まれるのは目に見えている。そしてそれを断行できるだけの人数がいないことは分かっている。
首都の襲撃も似たような理由で難しいと思われる。首都がダクスパーナの南方に位置しているからだ。
考えれば考えるだけ、ますます進軍など無いのではと思えてくる。
視点を変えるか。
そもそも彼らはただ一点、軍事面を抑えるだけでラナ国を手中に収めたのだ。広大な国土があらゆる点で進軍の弊害になるなら、いわゆる “面” での戦争は仕掛けてこないだろう。
そうなるとやはり、族長会議・・・か?
会議を制圧する。グロームへの併合要求を飲ませる。民は実質的に何も変わらないが、ダブルホーンとしては国を手に入れる。
いや、だから国を手に入れてどうするんだと云う話だ。結局堂々巡りだ。ドツボに嵌っていく感覚に襲われる。
ダブルホーンが国を手に入れる利点は何か。
我が国の収益、我が国の特産物、遊撃魔法部隊、雄大な風景、牧歌的生活、さらに南の国々への足掛かり・・・。
諜報の結果では、ダブルホーンは金に頓着がなく、嗜好品の類にも興味は乏しいとのことだ。魔法部隊を招集すれば軍事力は上がるが、遊撃が活かせるのは草原であるダクスパーナだからこそ。国が変わればその効力は落ちる。
分からん・・・。
議論を詰めるほど、私たちは彼らのことが分からなくなっていった。
そもそも旧ラナ国の件があるとはいえ、基本的にダブルホーンは善良な冒険者集団という側面が強い。
それ故に結局、ダブルホーンの事は一旦無視して、族長会議そのものの警備体制を一新するという方針に落ちついた。
方向性が固まるとむしろ、一昔前より個人や各国の持ちうる力の上限が上がっている現状、警備について再考する良い機会だと思えるようになった。




