060 精霊アンキスロライト
*** フェイル=ラライア ***
私がナユタさんとレイネさんの家に雇われてからいくつかの季節が過ぎた。
住み込みで働いてるわけだけど、実際には二人とも殆ど家に帰ってこないから、私がこの家にただ住んでいるだけのように思わなくもない。
家の物は二人に任されているから私が揃えているし、それから庭も私好みに手入れしているから。
もはや私の家。
でも、やっぱりここは私の家じゃない。
なぜって、家のために使えるお金の額が尋常じゃなくて、それはもちろん二人が稼いだものだから。
それに私は雇われの家政婦なわけだから。
町長経由で初めて二人に紹介された時、私は二人の仲睦まじさを匂いで感じ取った。
二人は紹介された私がお気に召したからか、そもそも誰でもよかったのか、それは分からないけれど、ともかく私は雇われて今に至る。
二人は変わった服を着ていて、どうも異国の人らしいと当初は聞いていたけど、2 回目に家に帰ったときに違う世界から来たのだと教えてくれた。
もちろん極秘事項・・・なのかな?
「その服、勝手に綺麗になるアイテムなんですか?」
私は二人が大体いつも同じ服を着ていることが気になって聞いた。
「あぁこれ。俺の生活魔法だよ」
ナユタさんが教えてくれて、私は、あれ?と思った。
「ナユタさん。"生活魔法" って、なんですか?」
「え?あ、あぁ・・・」
ナユタさんはペイネさんと顔を見合わせた後、私を向いて言った。
「俺もレイネも、違う世界から来たんだ。その世界の魔法だ」
帰宅直後だったこともあって、レイネさんが「秘密よ」と私に優しく囁いて、二人はリビングを後にした。
レイネさんの声に私は気持ちがふわふわした。
ともかく、違う世界の人らしい。
でもそれは私にはあんまり関係ない。
二人は家に帰れば自然体でくつろいで、それから私にも優しく接してくれるし、私は私の仕事をきちんとこなせているのだと思うから。
二人の出身よりも重要なことがある。
それは二人が "再来" のメンバーとして活動しているということ。
“再来” は今やあまりにも有名な冒険者パーティで、アポロア様の再来と呼ばれているオヴァリ=エンダさんがリーダーの 5 人組パーティ。
ダンジョン攻略先進組の一つで、その活躍はギルドだけでなく私のような小市民にまで届いてくる。もちろんナユタさんたちからじゃなくて、人々の口伝いに。
つい最近は、荒野を超えた先で新たに発見された "城下町" の攻略中と聞いた。
そしてそういった噂は、家に帰った二人が話してくれる冒険譚でより詳細に裏付けられることになる。
「フェイルはそんなに俺らのダンジョン探索の話が好きか?」
「そりゃ、雇い主ですし。それに私もアポロア記は愛読していましたからね」
そして私は噂と本人たちに直接聞いた話の全てを私なりにアレンジして、密かに物語として纏めている。そのための時間はたっぷりあるから。
私だけの覚え書きのつもりだけど、再来がこれからも偉業を成し遂げていった暁には、ぜひ本として世に出したいと思っている。
これはまだ秘密。でも二人にもそのうち読んでもらいたい。
今日、また二人がダンジョンへ向けて旅立った。
城下町付近のエリアの探索は、周囲の森や農耕地も含めて前回の探索で目処が立ったようで、更に先を目指すのだとか。
“あぁ、思えば二人は英雄を導く、迷いの森のつがいの妖精のよう。
数々の困難を乗り越え英雄に出会い、そしていずれ真の平和がもたらされる・・・”
なんてワンフレーズを思い描きながら、私は二人を見送った。
それはそうと、今回の帰宅でナユタさんに聞いて後悔したことがある。
「ナユタさんとレイネさんはご結婚されているんですよね?」
「まぁそんなもん、だな」
ナユタさんの答えに、レイネさんは慈母のような笑みを浮かべただけだった。
「フェイルは相手がいないのか?」
「え゛」
微笑ましく聞いていたら、思いがけず自分に跳ね返ってきたのだ。
・・・うーん、そりゃ私も年齢的にはそろそろで望みはあるけれど、今の生活は楽しいしそもそも相手がいないのも問題でこの家から離れるのはもったいないし何なら二人を見てると理想が高くなるというか眼福で満足というか・・・
「ナユタ」
私がしどろもどろになって答えられないでいると、レイネさんがナユタさんを嗜めるように一言。
その笑顔は微妙に怖くなっていた気がした。
*** リーデンローザ=ディモン ***
序列戦が始まって 3 ヶ月。
僕たちデイブレイクは最近、暗闇の城表層を中心に、たまに城下町や荒野にも赴きつつ戦闘を重ねている。
理由は簡単。
僕とボウェルの序列が上がらなくなったから。
そのためパーティとしてではなく個人で、デモンゴーレムやケンタウロス、アラクネ、ドラゴンを倒し続けて技術の向上を図っている。
早々に最下層への挑戦権を手にしたソロジーは、ソロジーが言うところの "ネフの取り込み" とフレアの操作技術向上を優先しつつ、僕たちの戦闘では回復とバフ役にまわっている。
ソロジーの回復があるからと少々は無茶もできるけど、それはそれとして単純に戦闘がめちゃくちゃキツい。
これまでパーティでは感じることがなかったけれど、パーティという単位は面や空間で敵を攻略していたのだとはっきり気付いた。
それが個人では、僕の感覚ではまだせいぜいちょっと大きな点でしか攻撃できない。
もちろんこれは僕の魔素操作技術が拙かったり体の動きに無駄が多いせいで、もっと熟練すれば僕が面や空間を形成することもできると思う。
特にアラクネとの戦闘では、以前戦ったときは二人の風の補助があったおかげで自分が空間の一部になれていたんだと、痛感した。
「え、幻影込みで十分多面的な動きだと思うけど」
そんなふうにソロジーは言う。でも僕は満足していない。
風魔法を使う二人の立体的かつ俊敏な動きを真似るのは難しいけれど、理想は提示されているんだから。
「でもそれじゃ、パーティの多様性が損なわれるから、ディモンはディモンの長所を伸ばした方がいいと思う」
・・・それはそうかもしれない。
とりあえず今は修練期間ということで、可能性を狭めずに手当たり次第試してみたい。
ボウェルはと言うと、最大火力の増大を一番の目標にしている。
武器が直接攻撃向きでないため、短剣以外の武器を手にするかそれとも魔法に工夫するかを模索中のようだ。
「私はやっぱりワンドがしっくりくるのよね」
「うん、とっても似合ってるよ」
・・・いやソロジー、似合ってるとか関係無いんじゃないかな?否定はしないけど。
「だから風魔法の威力をどう上げるかなんだけど・・・うーん」
ということらしい。
ソロジー的には、僕にはカウンター型のオーソドックスな魔法剣士スタイルが、ボウェルには物量重視の遠隔魔法スタイルが合っているんじゃないかと言っていた。
「ディモンが最終的にディメンションレイを習得したら少々の防御は関係ないでしょ。それなら一番無防備になる敵の攻撃の瞬間をきちんと狙うのがいいし、仮にディメンションレイじゃなくても剣士としての攻撃力はすでにかなり高いわけだからね。幻影で回避もできるし」
ふむふむ。
「ペイネは・・・とりあえずオリジナルを何か見つけた方がいいかも。ずっと指導の立場をとってきた私が言うのは酷かもしれないけど、ペイネにはペイネに合ったスタイルがあるはず。それは多分、実践の中で自分で気付かないといけないことだから」
珍しくソロジーがボウェルに対して肯定的でないことを言ったように思う。僕はそれを興味深く聞いていた。
僕は序列 5 位に、ボウェルは 2 位に阻まれている。
序列 8 位、炎・光魔法の幻影を駆使する魔法使い、リリカ。
序列 7 位、土魔法の両手剣士、スカイラー。
序列 6 位、風・土魔法の魔法剣士、カーネース。
ここまでは僕もなんとか倒せた。カーネースには 1 回負けたけど。
序列 5 位のログラムは闇魔法使いで、多数のゴーレムを操る。というか操っているゴーレムはどうみてもナイトゴーレムそのもので、本人曰くナイトゴーレムを操る "シャドウガーデン" の素体こそがログラムなのだという。
魔素操作の未熟さが露呈することになり、僕は足止めされている。
序列 4 位、速度重視の身体強化に特化した短剣使い、オイクサ。
序列 3 位、両手剣の幻影水魔法剣士、チュウヒ。
そしてボウェルが躓いた序列 2 位、水の精霊、ロイド=アンキスロライト。
・・・そう、アンキスロライトは "精霊" だった。
彼女は僕たちが初めて遭遇した、精霊素の集合からなる実体を持った精霊ということになる。
「あらー?あなたのとこの子も、いい線いきそうね」
ソロジーに負けたアンキスロライトはフレアのことをそう評価し、それを聞いたソロジーはフレア以上に嬉しそうだった。
実体を持つ精霊。精霊の魔法の力が個体差でどれほどの振れ幅かは知らないけれど、少なくとも彼女の魔法はボウェルの風を凌ぎ切った。
そして静かさの中に暴力を孕む、そんな水の奔流がボウェルに立ちはだかっている。
「いやー、それにしても精霊って可愛いね。フレアもあんな風になるのかな」
「そうね・・・今の私には怖さが勝るけれど」
ソロジーはアンキスロライトを可愛いと言う。
勝者ゆえの余裕かな?と一瞬思ったけれど、確かにアンキスロライトは可愛かった。こう、小さくて繊細で、それでいて軽快さを漂わせていて。
多分僕も彼女との序列戦に挑む時は、ボウェルと同じ感想を抱くことになるんだろう。
「それに、これは本当に精霊がダンジョンの支配者階級にいるって線が強くなったね」
・・・ほんとに楽しみ、とソロジーは小さく呟き、ボウェルに勝ってアンキスロライトが出て行った扉をしばらく見つめていた。
序列戦で負けている以上、僕たちがやるべきことは一つしかない。
強くなることだ。
そしてダンジョンには、強くなるために必要な要素が揃っている。
多様な魔物、多様な地形、誰にも邪魔されることのない環境。
これまで知らず知らず補い合っていた自分たちのウィークポイントとひたすら向き合いつつ、僕たちは新たな段階を目指し戦いの日々を送る。
・・・その副産物というか、上質なレアメタルや魔物の素材が溜まってきた。残すものはかなり選り好みしているんだけど。
そろそろ一度帰還する必要がありそうだ。
***
最近、商人たちはこぞってダンジョンへの商隊を組みたがるようになっていた。
それもそのはずだろう。比較的新しいパーティの夢幻が城下町へ踏み入っただけでなく、彗星の如く現れた二つのパーティ、再来とデイブレイクは更に奥地を探索しているという。しかも活性化が解消したことで、道中の危険は減っている。
新しい地では当然新しい資源の発掘が期待されるが、それだけでなく、ダンジョンに踏み入るパーティ全体が、先を行く新星たちに感化され活発に活動するようになっていた。
新規参入の商隊と古参の商隊。しばらくの間南ベースでは商隊が途切れることがなかったが、護衛の冒険者との相性や需要と供給の摂理に従って自然と数は絞られ、ほとんどの新規商隊は淘汰された。
そんな中、以前にも増して力を付けたのはマルシ商会だった。
ロッキンガム大祭以後、デイブレイクと関係があるという噂が次第に広まり、ダンジョン由来の品々を求める諸国の貴族、富豪、資産家たちがマルシ商会の後援を申し出るケースが増えたためだ。
ガグ=マルシ商会長はそれら後援から特に有益無害なものを選分け、継続性に重点を置いた経営方針の下、着実に商会の規模を拡大していった。
そしてこれは社会構造のトップに立つ者たちにはむしろ知られていないことだが、その背景では "ボウェルさんを見守る会" という一大組織を介した情報網が一役買っているのだった。
「なぁオレグア。お前のように友人に恵まれた娘を持って、私は果報者だと思う」
「いいえお父さん。一重にボウェルさんの人徳ですわ。彼女の人柄が私たちの、人の繋がりをもたらしてくれているんです」
娘が友人を愛おしむ言葉に父は大きく頷き、いつか実際的な意味でデイブレイクの力になれる日を待ち遠しく思うのだった。




