058 アポロア記
新章です。
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アポロア記は人族にとって史実であると同時に御伽噺でもある。
人族の英雄アポロア=パーソルは両手剣ハルシオンを携えた魔法剣士で、雷魔法サンダーボルトをはじめとする幾多の魔法を操った。
人の悪意と、魔物と、時には天使や悪魔とも剣を交え、多種族と交流を深め、そして数々の困難を乗り越えて、世界の混沌を象徴する存在であった魔王ゲオス=ケルオスを討伐した。
後世に伝わっている逸話の多くは概ね正しいとされ、しかし同時に多様な議論の対象にもなっている。
これらの長編冒険譚をまとめたのは誰か?
天使や悪魔は実在するのか?
ケルオス以外にも魔王はいるのか、いるのならどういう存在なのか?
アポロアはその後どうなったのか?
こういった議論は副次的に、魔族との共存、混沌の再誕、仮定の存在である天界や冥界の到来、そういった可能性を人族の意識に植えつけてきた。
それゆえに人々はアポロア記以後の平和な世界をアポロアに感謝して享受しつつも、心のどこかに消えきらない不安を抱えている。
なぜならアポロア記に登場する人族領、つまりポロアスト大陸にはかつて混沌があり、そして実際にそれらの爪痕と思しき遺跡が点在しているのだ。
例えばその一つは神国の東にある霧の里であり、神国はガイナ教の総本山として女神ガイナの言葉を集めつつ、その言葉が示唆する負の側面の一つの起点と仮定して、霧の里を警戒している。
他には連邦東部の大国ダクスパーナ北部にある所謂 “古戦場” や、ライナの遺跡などがあり、そしてやはり象徴すべきはダンジョンの存在だろう。
アポロア記の混沌とした世界が再び現実に投影されるかもしれないし、そんなことはないかもしれない。
こうした漠然とした不安は各国間の諍いを減らすことに繋がっており、そして同時に、エンダのような英雄が待ち望み続けられる理由だった。
アポロア記の中でも特に不明瞭な点が多いのは、やはり天使と悪魔についての記述だろう。
天使と悪魔の存在はアポロア記の中ではっきりと述べられているにも関わらず、存在意義や所在はぼやかされている。
アポロアとの関わりではどちらとも戦闘を経験したことになっているが、その理由は読み手が納得いくものではない。
曰く、悪魔と対立したのは、悪魔が魔王と敵対したから。
天使と対立したのは、魔王討伐後の世界の安定化を天使に阻害されたから。
魔王に敵対した悪魔をわざわざ倒すことに意味があるのか?天使が世界の安定化を拒む理由は何か?それらの脈絡がはっきりしないのだ。
人族にとっては悪魔の方がまだ理解しやすい。悪魔はおそらく魔族の親戚のようなものだろうと想定できる。
しかし天使の方はわからない。ガイナ教が奉る女神とは、ガイナ教が天使について言及しないから違うのだろうが、ではそれはどういう存在なのか。どこにいて、何を望んでいるのか。
ただほとんどの人族にとっては天使も悪魔も重要な案件ではない。なぜならその影響がアポロア記以外で語られた事はなく、つまりは本当にただの御伽噺か、そうでなくとも旧時代の遺産程度に考えられているからだ。
「魔王の力をこれ以上大きくさせるわけにはいかない!」
アポロアが魔王と敵対した悪魔たちに言い放つ。
「俺の思う平和を願って何が悪い!」
アポロアが天使を迎え撃つ。
アポロアの思う平和。それを体現したのが今のポロアスト大陸なのだろうか。
多くの謎を秘めたアポロア記は、それでも人族再興の起点として、子供の読み物として、広く受け継がれて来たのだった。
*** ハル ***
大祭の後、王国で物資の準備を終えた私たちはダンジョン深部を目指した。
フレアの自立、あるいはペイネによるフレアの操作を練習しつつ、速度重視で暗闇の城を目指す。
城下町終点の門を超えても今回はゴーレムが飛来することはなく、そして最上階で復活していたレイラーンは、今回は静かに道を譲った。
「毎回戦闘ってわけじゃないんだ?」
「左様。私の役割は選定である。ゲートを往くがいい」
しかし前回同様倒してしまって、ドロップをもらって行くという選択肢もある。
「ヒヒイロカネは?」
「初回だけだ」
・・・残念ながらそういうことらしい。
そして玉座の後ろにゲートが現れ、私たちはゲートの暗がりに踏み込んだ。
ゲートを超えた先、ドラゴンの巨像が鎮座するホールで一度夜営を組む。
前回は荷物の関係もあってこのホールから先へは進んでいない。
扉を開いてすぐ閉じただけだ。
ちなみに扉の先は人が 10 人入れるかどうかくらいの真っ暗な小部屋で、罠などはなさそうだと確認している。
「この後ってさ、レイラーンたち以上のボスがいるのかな?」
ディモンが言う。どうだろう。城の前半のように、強力な個体が場内を徘徊しているパターンが繰り返されるのかもしれない。
「私はなんとなくだけど、精霊本体が顕現してるんじゃないかと期待してるわ」
ペイネが答える。それもあるかもしれない。
「どっちにしても気は抜けないね」
そうだね、と二人が返し、フレアを見張りに立ててゆっくり眠った。
体感で翌朝、相変わらず魔法で照らさないと暗いホールで身支度を整え、扉を開いた先にある小部屋の、反対奥の扉を開いた。
「え?」
「あら?」
・・・二人が疑問符を零したのも無理はない。
扉の先はホールの繰り返しのような、それでいてもっと広い空間で、しかしホールと違って中央には広い円形の台があって、何より空間全体が明るい。
そして闘技場の様にも思える台の上には、黒いスーツを纏った一体のデーモンが立っていた。
「ようこそ、冒険者のみなさま」
見た目に反して良い声のデーモンが言う。
私たちは小部屋からすでに臨戦態勢を整えている。いつでも戦闘に移れる。
そんなことを思いつつ、攻撃してくる気配のないデーモンの言葉を待つ。
よくわからない状況だけど、往々にしてこういう状況ではとりあえず話を聞くことが大切だ。ゲームでも大体、ボス戦とかイベント戦とかの前の会話はストーリー上重要な内容を含んでいるから。
「わたくしは舞台管理者のゲーティ。暗闇の城、その下層では、みなさまには序列戦に加わって頂きます」
?
どう云うこと?
「そして序列戦を制した暁には、最下層への挑戦権を手に入れることができるのです」
「・・・それを無視したらどうなる?」
「残念ながら、最下層へ続くゲートに拒まれるでしょう。ちなみに最下層へのゲートというのは、私の後ろ、みなさまと反対側にあるあの扉の先にあります」
「うん、とりあえず話を聞こうか。システムがよくわからないから」
私は提案し、デーモンに先を促す。
・・・デーモンの説明をまとめると大体こんな感じだった。
城の下層にはこのデーモン以外に 10 体の魔物がいて、日々序列を争っている。
序列戦は下位の魔物や冒険者が一つ上位の魔物に挑戦し、その結果で序列が変わる。
冒険者は序列に特別枠として組み込まれ、その序列は他の冒険者の序列戦には影響しない。
一日の戦闘は一人ないし一体あたり 2 回まで。挑戦して負けた場合は、再戦は 3 日後から可能。
戦闘には時間制限があり、また、戦闘に応じられない時もたまにある。引き分けの場合序列は変わらず、下位の魔物は負け扱い。
その他の時間は、パーティ単位で部屋を与えられる。
パーティ数は暗闇の城最上階のゲートによって制限されている。
戦闘は全てこの舞台で行われ、戦闘の観戦は自由。たまに観戦を制限される時がある。
戦闘では致死的ダメージを負うと場外で体を再構築される。
序列戦には個人で参加し、最下層への挑戦権は個人単位で付与される。
パーティとしての最下層への挑戦権は、パーティメンバーの過半数 + 1 以上が個人での挑戦権を得ることで付与される。3 人なら全員、4 人なら 3 人、 5 人でも 3 人、6 人なら 4 人。
パーティメンバーによるバフは許される。
「ご質問はありますか?」
「これまでのダンジョンとあまりにも様相が違って、何と言えばいいか違和感が強いんだけど、これはダンジョンの支配者による構図なの?」
「んっんー、その質問にはお答え致しかねます」
「序列戦はいつからやってるの?」
「その質問にはお答え致します。ここ 300 年ほどでしょうか」
「それまでは?」
「特に何も」
「そう。・・・私たちは何人パーティ?」
「4 名ですね」
さて。聞きたいことは色々あるが、多分説明通りゲーティの先にあるゲートは私たちを拒むのだろう。
それに、この序列戦の意義はともかく、魔物を 10 体倒さないと先へ進めないという状況は 300 年より前と変わらないのだろうから、むしろやることがはっきりしていて楽だ。
「では、どなたが参加なさいますか?」
フレアが一人扱いとなると、私のゴーレムとして戦闘に加えることはできないのだろう。
なら、悩む余地はない。
「私、ディモン、ペイネが出場する」
「よろしい」
私の答えに、ゲーティは微かに笑った。
***
「エテ様、ついに冒険者がやってきました」
研究室のような様相の部屋で作業に勤しむ魔王エ=2=エテに、ゲーティが嬉しそうに報告する。
「わたくしたちも研鑽を積んだ甲斐があるというものです」
エテは手を止め、ゲーティを振り返る。
「ならば、吾輩の出番も近いな」
「まさか。当分、いえ、ずっとその様な時は訪れないでしょう」
エテはゲーティを見据え、そしてため息を零した。
「お前たちの強さはよく知っている。しかし、どうにも止まらん時代の流れというものは確かにある」
「それが、彼らだと仰るのですか?」
「そうかもしれん。そうでないかもしれん」
ゲーティは表情を崩さないが、この答えには不満そうだ。
「始まってみれば、あっという間だ。すぐに分かる」
それもそうですね、と一言頷いて部屋を去ったゲーティは一度自室へと戻り、そして序列に連なる 10 体の魔物に挑戦者の参入を伝えに行った。
*** メイガネ=マールン 女神派穏健派 ***
武術大会が終わりライナへ帰国して初めての会合。
俺にとっては割とどうでもいいが、俺以外の面々は神妙な顔付きで毎回参加しているのがなんとも滑稽に思える。
女神派上層部のこの会合では先日の迷宮の一件以来、いつ報告にあった悪魔が町へ乗り出してくるかを恐れる発言が飛び交うばかりで、対抗のための現実的な解決策は挙がってこない。
現状は俺の様な上位戦闘員の総力を結集するという、誰でも思いつけそうな案が最善手ということになっている。
穏健派の俺としては、これを機に各地での勧誘を積極的にすれば光る才能の一つも拾えるんじゃないかと言ってみるが、殆ど相手にされない。
武術大会で初戦敗退した俺を軽んじる気持ちはわかるが、しかしそうは言っても俺が対戦したファーラの強さは尋常ではなかった。
グローム出身ということだったが、その特徴からも、監視員たちが一様に動向を危険視しているダブルホーンという組織の幹部だろう。
ダブルホーンは冒険者集団とも聞いているので、俺はライナの表の顔を使って悪魔の討伐依頼をダブルホーンに頼むのも一考の余地ありと思っているが、監視員たちの報告を聞くにこの提案も却下されるだろう。
問題は迷宮の悪魔それ自体に留まらない。
近年は迷宮から得られる資源を少なからず財源のあてにしていたし、また、迷宮を訓練所と位置付けて活用していた。そのどちらも今回の煽りをモロに喰らうことになった。
前者は俺の領分ではないが、後者は俺にも影響がある。
と言っても上位戦闘員として後輩を指導するだけだが。
偵察的な意味合いで俺だけがロッキンガム大祭には参加したが、悪魔が出てこなかったのなら全員引き連れて行っておけばよかった。
結果論だが、それだけあの大会のレベルは高く、見るだけで学びの糧になる数少ないチャンスだった。
そんなことを後悔しつつ、俺は会合の内容は半分くらい聞き流して、今後の訓練の方針について考えるのだった。




