056 勝者と仮面
*** ハル ***
ついに準決勝。
二回戦ではググリエルさんにもなんとか勝てた。ディモンは自分が負けた相手だからちょっと悔しそうだったけど。
多分相性の問題もあると思う。
近距離戦主体の魔法剣士のディモンは、弓術師のような中距離から遠距離攻撃主体の相手と噛み合いにくいから。
私の次の相手レットゥは氷系魔法の龍人で、どう攻略したものか決めかねていたけれど、昨日アリアと話しながらなんとなく方針を決めた。
「お姉ちゃんもエンダさんみたいなのできるでしょ?」
と、期待しかない眼差しで言われてしまい、それをディモンとペイネが当然のように肯定したものだからその場の雰囲気に飲まれて「うんまぁ多分」と言ってしまった。
お酒を飲み過ぎたかな・・・。
いずれにしても強靭な鱗の守りを貫通する攻撃手段は必要なのだ。どうせなら選択肢を絞ってくれたと考えよう。
とはいえ刀での斬撃をはじめから捨てるわけではない。
全ては兼ね合い次第で、他にも攻略手段の候補はある。
レットゥがパーティメンバーの補助無しで戦っていたのは知っているので、私も補助無しで立つ。
というか、補助の無い参加者がいると開会式時点で分かっていたので、私も一回戦から補助無しでやってきた。
せっかくなら素の状態での実力を測りたいと思ったから。
改めて目の前でレットゥが構えるのを見ると、大きさだけではない圧を感じるけれど、それに対抗するように自分の中で高揚感が募っていく。
片手剣の如く構えられた大剣の切っ先が私に向けられ・・・そして戦闘が開始された。
開始早々、私はエンダが見せて以後内々に試していたあのビームのような攻撃を発動する。
とりあえず自分の中でレーザーと呼ぶことにしたそれは、一応それらしい形でレットゥの翼を穿った。後でエンダからイレイザーカノンという名前なのだと教えてもらった。
風系統以外の擬似要素を孕む魔素操作はあまりしてこなかったので、なんとも言えない違和感がある。けれど、特に問題なく運用できているのはちょっとやり方を変えたから。
私が風系の魔素操作主体で戦うことは変わっていない。変わったのは、私に付随する力を正しく表に出すことにした、ということ。
(クレアよ、我の炎はどうだ?)
(結構良いと思うよ。初めてにしては、だけど)
(手厳しいな)
・・・つまりそういうことだ。
ネフに色々と試してもらっていた成果の一つとして、ネフが陰で起動した魔法を私が陰から取り出すことができるようになった。その発展系がこのレーザーにあたる。
どちらかと言えば陰で魔法を起動できると発見できたことが成果としては重要だけれど、実際の場面を考慮すれば取り出す段階の工夫の方が私にとっては意義が大きい。
その過程でネフの火魔法のシステムを自分でも大体把握しているけれど、手間と操作性とそれ以外の懸念事項のために発動はネフに任せることにした。
懸念事項というのは、なんとなく見えるようになった精霊素との親和性が一つの属性傾向で不可逆的に固まる可能性のことだ。
ともかくおかげで私はネフに火魔法を指示して、それを取り出すことと風のシリンダーで指向性を与えるだけで、エンダのような魔法が使えるようになった。
・・・いや簡単に言葉にしてみたけど、この魔素制御は結構大変だからね?
多分ペイネもアリアもできないと思う。
いつでも射出できるようネフに火魔法の準備を伝え、私はレットゥの一手を待つ。
予想した通り、そしてこれまでの試合と同様にレットゥは氷魔法で一帯を凍りつかせた。
けれど私にとってはちょっと寒いくらいで、戦闘的にあまり影響はない。
私は即座に風で足場を作り、立体機動での戦闘の構えを見せる。
地面を凍らせた効果が乏しいことに気付いたレットゥは即座に飛び上がり、グーンが見せたドラゴンに近い戦闘様式に移行する。
こうなると決着は多分、近接戦での攻撃力が上回った方の勝ちで終わるだろう。
レットゥは氷を纏わせて急激な降下を始めた。
ドラゴンの突撃攻撃は、単純なようで隙がない。遠いうちは手が出せず、そして近付けば速過ぎて防御すら危ういからだ。
ダンジョンで多用したパターン D を一人でやるものアリか、あるいは正面から受けるか。
自分の中では二択あるけれど、先に後者を選択することにする。なぜならもう既に突撃が間近だから。
迫りくる剛体に対して刀を横薙ぎに構え、そして通過の瞬間大きめに余裕を持って回避しつつ翼の付け根を狙って刀を添わせる・・・。
ガキョギギッ!!
・・・流石に一発で理想通りにはいかないか。明らかに刀が弾かれたような不快な音が鳴る。
一応突進は避けられた。完全に軌道から外れたと思ったのに上着が少し裂けていたので、一応と言っておく。
まぁ、まだまだやってみたいことはあるからいいんだけどね。
レットゥは手に持った剣を使う素振りは見せず突進を繰り返す。多分剣でチマチマ攻撃するよりも確実で、そして彼の最大の攻撃なのだろう。
私はと言うと彼の一撃ごとに策を投じていく。
初撃は様子見。
次弾はカマイタチを纏わせて。
その次はカマイタチを多重に、次は炎を纏わせて、次は炎で壁を作って・・・。
いくつかやってみて分かったのは、とりあえず突進は躱せるということと、ゲームよろしく氷は火に弱いようだということ。
接触の瞬間では意味がないのでとりあえず周囲を炎で埋め尽くす。意外にも魔法の限界が近かったのか、レットゥが纏わせている氷はその後 10 回ほどの突進で次第に剥がれてくれた。
それなら次は首を落とそう。
それなりの氷使いの氷と龍の鱗なら鱗の方が固そうだけれど、レットゥの氷は完全に上位者のそれだ。
ならば、氷の厚みを失ってせいぜい数枚の鱗を裂くくらいはできる。それくらいの見極めを間違うほど、ヤワな探索をしてきたわけではない。
氷を失ったレットゥの突進を完全にスルーして、即座に最高速度で後を追う。
定位置までの急上昇を見せるレットゥの背後を捕らえ、その頂点、レットゥが地面にいるはずの私を探すため視線を落とした瞬間。
ドドシュシュシュシュッ!!と溜めに溜めた数十のレーザーで両翼を穿ち、そして背後への防御姿勢を取ろうと振り返ったところへ、風の刃と化した刀での一撃を振り下ろした。
グガッ!
レットゥは一声呻き、そして落ちた首を追うように、翼の飛翔能力を失った体も地面へと落下した。
うん、一人でもパターン D ができた。
闘技場が再生してくれるとは言え、魔物でもない相手の首を刎ねたのはちょっと後味が悪いけど、これは戦争だから仕方ない。そう思うことにしよう。
私の試合の後に行われた準決勝第二試合では、私がこれまでの試合から予想していたようにデンス=トレスがファーラに勝った。思っていた以上にファーラが粘ったけれど。
途中何やらトレスがファーラに声をかけると幾つかのやりとりをして、その直後にとっておきと思われる技をファーラが放ったが、それを呆気なく破ったトレスの手刀にファーラは満足そうに沈んだ。
陰を凝縮したような、ファーラの魔法の弾丸。相当威力が高そうに見えたんだけど、トレスが手刀で落としてしまったのでイマイチ全容は分からずじまいだった。
***
その日、彼女たちの興奮は最高潮に達していた。
本来彼女たちが追い求めているペイネ=ボウェルが、あろうことか脇役にすら登っていない舞台にも関わらず、だ。
その舞台とは準決勝第一試合、シルビウ=レットゥ対クレア=ソロジーのことである。
「ソロジーさんが凄いのはもちろん知ってたつもりですけど、これほどに強いとは・・・」
「同感ですね・・・もっとも殆ど動きを目で追えないわけですが」
「レットゥ選手の異常な強さはこれまで見てきた通りですし、それを上回っていると分かるだけでも十分なのでは?」
「それにしても、ボウェルさんの影に隠れてますが、ソロジーさんもお綺麗ですね?」
「いや流石に隠れてはいないと思うけど」
「意見が割れると思いますね。私としては綺麗とは違うというか、言ってみれば地味なのは地味なんですがなぜか惹きつけられるというか・・・」
「話題にしておいてなんですが、正直今までソロジーさんの印象って殆どないんですよね。伝え聞いたデイブレイクの話がソロジーさんを妙に避けているというか」
「それ、私も思いました。リーダーなのに変だなと」
「何か理由があるんでしょう」
「あぁ、言ってる側からまたソロジーさんの容姿が脳裏から抜け落ちそうです・・・」
「ボウェルさんに容量割きすぎなのでは?とか言いつつ私も・・・何でっ?!」
言わずもがな、"ボウェルさんを見守る会" だ。
大会の通達後、絶対にデイブレイクが出場するからと、会長のオレグア=マルシは緊急で開いた会合で大会への観戦ツアーを提案した。
商隊としての旨みを父ガグ=マルシが見逃すはずはないとの予想は父の同意で既に裏付けられていたため、大枠ではマルシ商会が企画したことになる。
実際、いち早く行程を決め護衛の冒険者たちを囲ったマルシ商会のツアーは、連邦から大会観戦に向かった者の 3 割以上に利用されたと推察されている。
・・・元々トーキーオに留まらず連邦でも大商会の一角だったマルシ商会は、ツアーの成功とガグ=マルシ本人の戦術大会での功績から、大会後更に発展することとなる。
種族性能が圧倒的に勝る龍人を打ち負かした、ソロジーという偶像。
見守る会の面々は彼女の戦闘の細部を第一試合から思い起こしつつ夜遅くまで堪能した。
ごく自然な流れで見守る対象にボウェルの次点としてソロジーも加えられたが、それはもちろん本人の知るところではない。
そして翌日、寝不足のはずのメンバーは誰一人欠けることなく、むしろ興奮に目を光らせて、闘技場で武術大会決勝戦が始まるのを待った。
***
ロッキンガム大祭はいよいよ大詰めを迎え、ついに武術大会決勝戦の火蓋が切って落とされた。
舞台で向かい合うのは大都市から参加のデンス=トレスと、最近注目が一気に集まっているデイブレイクのクレア=ソロジーだ。
ソロジーもあまり情報が無い人物ではあったが、それ以上にトレスの情報は乏しい。
同じく大都市から来た龍人パーティ、ドラゴンロアの二人もその名前には聞き覚えがなかったほどだ。
戦闘開始の合図が響く。観客からは二人が暫くの間、お互いの一手を待つかの様に静かに対峙していると見えただろう。
しかし実際にはソロジーとトレスは、図らずも二人が重ね掛けした形になった遮音の防壁の中でいくつか言葉を交わしていた。
悠然と構え、上位者然とした態度で言葉を投げるのはトレスだ。
「よく来たな。お前のような戦士もやはり生まれていたか」
まるで、お前など眼中にはないが一定の力があることは評価する・・・と、ソロジーは言われた気がした。
「あなたはそんなに長生きで強いって云うの?」
「当然。それこそが俺の存在意義だからな」
「へぇ・・・」
ソロジーは会期中ずっと気になっていたことを指摘する。
「"その姿" で隠してるのは、強者ゆえの余裕ってことでいいのかな?」
それを聞いたトレスは、愉悦を残しつつ表情から余裕を減らした。
「分かるのか。そこまでとなると流石に久しぶりだぞ」
「久しぶり、ね」
ソロジーはトレスの内に秘められた魔素の奔流が表に出ようとしているのを感じ、戦略を誤った可能性を考慮していた。
「俺も本気で楽しんでもいいが、それだとつまらんことになりかねん」
ちらっと会場を一瞥しそんなことを言うトレスの言葉を、ソロジーはパーティメンバーすら見たことがないほどの緊張を顔に貼り付けて聞いていた。
「どっちがいい?決めさせてやってもいい。なんなら初撃を譲ろうか?」
そんな軽口も、トレスの本質を間近で垣間見てしまったソロジーには悪魔の囁きに聞こえた。
しかしソロジーとて決勝戦出場者である。立場を流石に心得ている。
「有難いけど、遠慮しとく。私もさ、そろそろもう何段階か成長しないといけないって、そのためのきっかけが欲しいって思ってたところだから。・・・だから、全力で来てよ。その姿でいいから」
トレスはニヤッと笑って、遮音の防壁を解いた。
ソロジーは彼女が機動力だけでないことを窺わせる重さを攻撃に乗せ、トレスの拳を消極的意味合いから積極的な要素へと転じさせただけでなく、トレスに対して大会を通じて初めて打撃を与えた。それも、何度も。
一度はトレスが半身を失うほどの炎熱攻撃を浴びせもしたが、それらを上回ってトレスが身体を維持したことは、もはや理不尽と言って差し支えないだろう。
そしてついに、ソロジーの刀すら砕く渾身の一撃が右腕から放たれ、ソロジーの敗北宣言で試合は決した。
・・・しかし実際のところ、この攻防を一体どれだけの観客が本当の意味で観戦できていたのかは、疑問が残るところである。
体を場外で再構築されたソロジーが問う。
「結局、あなたは何だったの?」
他意のない純粋な問いだ。
「うん?そうだな・・・」
トレスは少し間を置き考える。
「・・・お前にはこの世界の異常がわかるか?」
ソロジーは答えない。
「まぁどっちだっていいんだが、愉しませてくれた礼だ。一つだけ教えよう」
そしてトレスは本当の声をのぞかせ、ソロジーに告げた。
「かつての友の言葉なんだが、『いずれ理の方からやってくる。真実が開かれる』だそうだ」
ますます分からないと思いつつも、ソロジーは、パズルの今まさに必要でないピースの置き場をふと見つけたような感覚を覚えた。
「また会おう、クレア=ソロジー」
デンス=トレスはソロジーに別れを告げると跳躍し闘技場から離脱し、そのまま姿を眩ませたのだった。




