054 武術大会開始
*** ナユタ ***
戦術大会ではウェッジという女に負けてしまったが、我ながら悪くない試合だったと思う。
元の世界にも似たものがあったが、アルファスボードの方が駒が少ないため覚えるのも難しくなかった。
ただひたすらに考え続ける時間は、案外戦闘での一瞬の判断に役立ったりもするものだ。
戦術大会の一週間後から始まる武術大会にはグレイモアとエンダが出場を予定している。
大会の規定では、一般にパーティ等で同一グループと認識されているメンバーは、回復以外の補助魔法を使っていいらしい。
個人での参加もあるだろうに不公平では、と思ったが、それを声高に指摘するような者は見受けられない。事前の案内では知らなかったが、少なくともこの大会ではそれが普通と誰もが了承しているようだ。
俺たちのパーティではポットが補助の役割を担っているため、ポットは二人の対戦にサポートとして登録している。
対戦の様子は王国軍の隊員だという威勢の良い女が拡声系の魔法で実況している。おそらく軍では伝達役として、魔法も別の様式で使っているのだろう。
実況者ウィンディアはかなり良い目を持っているようだが、この大会の参加者の実力は流石にそれを上回っているようで、所々状況を把握できていない。
俺はと言うと、この世界に来て少なからず変質したもののそこそこの性能を保っている視覚系スキルのおかげで、一挙手一投足をほぼ問題なく追えていた。
いざ俺も舞台に立たされれば興奮作用や体の反応で見えている以上の反応もできるだろうが、ただ見ている分にはそれくらいで問題ない。
逆に言えば、それなり程度の動体視力しか持ち合わせていない観客の場合、ほとんどの対戦は “なんだか激しく動いているうちに段々、あるいはいきなりどちらかが負けた” と見えるのではないだろうか。
一回戦第一試合はそんなことを思っているうちに "ロッキンガム探索隊" のヒジュー=ショークが勝った。
神国騎士団の副長だという対戦相手のダン=レレイは守り先行のスタイルで、大きな一撃のための隙を伺っていたようだったが、結局ショークが隙を与えず攻め切った形だ。
第二試合はグレイモアが出場する。対戦相手はシルビウ=レットゥという龍人だ。
龍人という種族に会ったことがなかったのでどんな姿なのだろうかと想像を巡らせていたが、龍っぽい人というよりは人の面影がある龍といった印象だった。大きさこそ王国内で見た巨人族と同等程度だが、堅そうな鱗に覆われた翼と尻尾を備えている。
「あれは龍そのものでは?」
感想を漏らすとエンダが答えた。
「そっか、ナユタさんは開会式見てなかったんですよね。"ドラゴンロア" のもう一人の龍人も、同じような見た目でしたよ。海の国の龍人はちょっと違う見た目でしたけれど」
ドラゴンロアというのはポーラ大陸の大都市で活動するパーティのことらしい。
グレイモアはポットのバフを受け準備を整える。大剣を装備しているため、マッス流ではなくマルト流でいくらしい。
レットゥは見た目にそぐわない剣を携えている。大剣ほどの大きさがあるが、体と比較すると小さく、片手剣のように見えた。
試合開始の合図で一気に距離を詰めたのはグレイモアだったが、それを嫌うようにレットゥは下がり一面を氷の魔法で一気に凍らせた。
「火の属性じゃないのか!」
エンダが立ち上がって叫ぶ。
ドラゴンといえばブレス。そういうイメージが俺にもあるが、あれはドラゴンではなく龍の姿をした亜人なのだ。使う魔法が氷系統だとしてもなんら不思議はない。
火魔法ではなく氷魔法を使ったこと以上に、俺が気になったのはその範囲と威力だ。
ここまで一気に一面を氷漬けにできるほどの規模は、エンダの雷魔法で見慣れているとはいえ早々お目にかかれないだろう。
グレイモアはこういった事態は想定していなかったらしく、踏ん張りの効かない氷上でいいようにあしらわれ、傍目には健闘したものの結局そのまま負けてしまった。
地形を味方にできることの恐ろしさは前の世界で嫌というほど味わったが、こちらの世界でそれを実践しているのを見るのは初めてだった。
魔法は一定以上の規模では大きくなるほど自然消失量を増すようだが、氷漬けにされた舞台の冷気は整備員に溶かされるまでかなりの時間闘技場を冷やしていた。
「"道具箱" 持って出るんだったなー」
「グレイモアさん、対抗策があったんですか?」
「あぁ。でも持って出なかったんじゃ、世話ないよな」
グレイモアはセーン文字の研究もしていて、その過程でいわゆる魔道具やアイテムの類を少なからず持っている。そのうちのどれかのことを言っているんだろう。
「まぁでも、そりゃそうか。各地から猛者が集まってるってのに、舐めてかかった俺が悪い」
案外呆気からんとしているが、本心はどうだろう。道中のアルファスボード対戦の時にも感じたが、グレイモアは本人が装っているのとは裏腹に負けん気が強いと俺は予想している。
試合後、夜は酒場でグレイモアが話すのをパーティで聞いて過ごした。
翌日も中々に天気の良い日だった。
この日も二試合が予定されているが、エンダが昨日以上に期待を寄せているのが分かった。
「みんなは知らないかもしれないけれど、あのソロジーと、それから次に出てくるディモンは僕の同期なんです。それにググリエルさんは "再来" の前にお世話になった "インドールの風" のリーダーでした」
・・・だそうだ。
「デイブレイクのことは、ダンジョンの活性化を止めたとか、ボウェルってのが絶世の美女ってことは噂で聞いてるけど、実力はどうなんだ?」
ポットが尋ねる。
「メンバーも 3 人? 4 人?とかではっきりしないし・・・いや、見る限り 4 人みたいだけど・・・戦術とか個人の戦闘スタイルは全然伝わってないよな?」
ポットが言うように、ダンジョンの最深部を探索しているはずのデイブレイクだが、その情報は実のところかなり少ない。
攻略が早すぎて本来交流があったはずの草原や森を拠点とするパーティと殆ど遭遇していないため、というのが専ら言われていることだが、人によっては、本当はそんな実力などなく大きな後ろ盾があるとか、単に運が良く手柄をひたすら攫って来ただけだとか言っているらしい。
「実際どうなんだ?その、ソロジーとやらは。デイブレイクのリーダーにしては一番情報が乏しいじゃないか」
俺も気になってエンダに聞く。
「それが、僕もよく分からないんです。だからこそ今日が楽しみだったんだけど」
「つまり?」
「うーん。賢者の園・・・訓練所みたいな施設ですが、そこではオールラウンダーの風?魔法使いって感じでした。他に目立った特徴はなかったかな」
「それじゃ、ますます分かんないね」
ポットも加わる。
「・・・要するに僕も知りたいんです。彼らのこと、彼女のことを」
そこで会話は途切れ、試合が開始された。
・・・。
・・・!
「あ・・・え?」
会場に響き渡ったウィンディアの声は、集まった観客の思いを代弁しているようだった。
ゴクリ、と、俺は自分が唾を飲み込む音をはっきりと聞いた。
「早すぎる」
そう呟いたのは俺ではない。エンダだ。しかし俺も同じことを思っていた。
対戦相手のゴスが何の魔法を使いどんな武芸を得意とするのかは全くわからないまま、ゴスは首を胴から斬り飛ばされていた。
「勝者、クレア=ソロジー!」
ウィンディアの宣言で止まっていた闘技場の時が動き出し、会場は一気に沸いた。
首を飛ばされがゴスだが、見た目そのままに死んだわけではない。
事前に国王から説明があったが、この闘技場はそれ自体が古来のマジックアイテムらしく、決闘の契約の下に生じた損傷は程度を問わず決闘の決着とともに自動的に修復される。
何を目的としたアイテムかは不明だが、逆に言えばこのアイテムありきで大会が開催されているようなものだ。
動かせない上に条件も厳しいので、誰もこれを王国から奪おうとは思わないだろうから、公開することに問題もないのだろう。
ちなみに予選も、闘技場の石板に手をかざして “契約” とやらを結ぶことができれば通過となる。
その基準もやはり不明だが、これまでの参加者をみるに、国王が自信を持って開催するだけのことはあるということだろう。
・・・ゴスの実力は発揮されることなく終わったわけだが。
「ナユタさんは見えてました?」
エンダが問う。
「あぁ。一応な」
「僕には正直、刀の軌跡が見えなかった」
・・・そう、刀だ。ソロジーも俺同様に刀を持っていた。
こちらの世界に来て初めてのことだ。どこでそれを入手したのか後で聞かなければならない。
そしてエンダには刀の軌跡が見えなかったという点だが、おそらくは風魔法のせいだろう。
風が積層化して刀に纏わりついていたため、刀身それ自体が霞んでいたように思った。
思った、というのは、俺にも実ははっきり見えたわけではなかったからだ。
俄然興味が湧く。
一瞬で終わった第三戦の興奮が落ち着いたころ、エルモア=ググリエル対リーデンローザ=ディモンの試合が開始された。
ググリエルは補助なしで、ディモンは補助有りで臨んだようだが、ディモンの幻影魔法を掻き消す物量で放たれたググリエルの風魔法弓捌きに軍配が上がった。
補助込みのディモンの身体強化には目を見張るものがあったが、その速度に追いつかれつつも熟練の一言に尽きる間合い取りを崩さなかったググリエルが一枚上手だったと言えるだろう。
結局ディモンの剣がまともにググリエルを捕らえることがなかったため、彼の剣技に期待していたグレイモアとエンダは物足りなそうだった。
見方を変えれば、ソロジーの時とは違い戦闘が追えるレベルの速度だったため多くを求めたとも言えるが。
「そう言えば、ソロジーは補助無しでしたっけ?」
エンダが思い出したように言う。
「うん?どうだったかな」
「無しでしたわね」
俺は覚えていなかったが、レイネは覚えていたようだ。
「そっか。尚更、恐ろしいですね」
・・・恐ろしい。エンダは旧友をそう評価した。その言葉選びには、俺も密かに同意した。
*** 第三皇子 デレス=ロッキンガム ***
大祭は後半に入り、武術大会も今のところ問題なく進行している。
昨日までの 4 試合で一回戦が半分終わり、今日と明日で残りの 4 試合が行われる。
昨日も一昨日も、夕食時は大いに盛り上がった。珍しく家族の誰もが思うさまを思う通りに表現して、出場者の健闘を称えていたのだ。
王家に連なる者は施される教育の兼ね合いで、概して武術にかなり明るいということも関係しているだろうが、ともかくその雰囲気が私は好きだった。
それはそうと、流石に私の参加は許されなかった。
残念だ。
本戦には名の知られていない出場者もいるが、実力は闘技場の折り紙付きなので無条件で期待できる。
運営側とは言え、実務は国王の指揮下に殆ど全て収まっているので、大会が始まってしまえばやることなどその場に居合わせるくらいだ。
キーン=ハイクとデンス=トレスの試合は長引いた割に呆気ない終わりを迎えた。
ハイクはつい先日の戦術大会本戦にも出場しており、それはそのまま戦術レベルが高いことを意味している。
ハイエルフを自称するハイクは暴風とも言い得る風魔法の乱舞に弓術を織り交ぜた攻撃を初手から途切れることなく放ち続け、その勢いはトレスが開始位置から動くことすら否定しているようだった。
トレスは動かずただひたすらに迫りくる風圧と風の刃、そして弓矢を素手で迎え撃ち続けていた。その光景は守りの態勢から動けないようにも見えたが、巻き上げられた砂埃の奥で彼はごく自然体といった顔を崩さなかった。
流石にあれだけの攻撃をハイクが続けているのに状況が動かないのはおかしい・・・そういう空気がウィンディアの実況の煽りもあって流れ始めた頃、ついにトレスが一歩ずつ前に出始める。
暴風は起点であるハイクに近づくにつれ激しさを増し、弓も精度と威力は遠い時より遥かに高まっている。
しかしそれを全く感じさせない手捌きでトレスは真っ直ぐハイクを目指し、ついには台風の目であるハイクの直前に至った。
そしてトレスが右腕を一閃すると、ハイクは成す術なく体を地に伏した。
ハイクの無尽蔵とも思える魔力、弓術の精度。これらは一対一だけでなく一対多の場面でも変わらず猛威を振るうだろう。それは誰の目にも明らかだ。
逆に言えば、魔弓師の至高とも言うべき彼を、無手で陥落させたトレスの得体の知れなさが際立つ結果でもあった。
もう一試合は打って変わって激闘と呼ぶのが相応しい内容だ。
"海の国" から出場しているバッデン=オーランは龍人として登録していたが、彼の見た目は先日出場した龍人レットゥと違ってかなり人に近い。
オーランの場合は人が龍の鱗を纏い尾を生やしたような様相で、特に目がいくのは龍成分のどれもがいわゆる海龍を彷彿とさせる滑らかさを備えていることだった。
オーランは見た目そのままに水魔法を駆使し、そしてさすがは龍人というべき身体能力で三叉の槍、トライデントを振り回した。
これに応じたのは神国ギルドの副マスター、ガーウィン=ハックだ。
ハックは光魔法と風魔法を剣術と織り交ぜるタイプで、光魔法剣士の私に近いものを感じる。
光と闇の魔法は他の属性と違って物体への干渉方法が特殊で、発動者によって効果が違う。ただ光魔法は大抵の場合、質量のある光とでも呼ぶべきモノが生み出され、それを目標にぶつけたり爆発させたりすることになり、ハックの魔法もその範疇だった。
闇魔法はさらに煩雑なので本当に人によるとしか言い難いが、むしろよく分からない魔法は全て闇魔法ということにする風潮もある。
トライデントと体の大きさによる距離のアドバンテージを持ったオーランに対して、ハックは魔法主体の中距離攻撃で応じ、近接戦は盾での守りに徹した。
お互いの実力が近いだろうことが数合で見てとれ、会場も一進一退の攻防に大きな盛り上がりを見せる。
しかし時間の経過とともに少しずつ状況が変わる。
オーランが使い続けていた水魔法で生まれた水が舞台を濡らす範囲が広まり、それにつれてオーランの手数は増えていく。一方でハックは次第に悪くなる足場に意識を割くことを強いられた。
勢いを増し続けたオーランが結局試合を制し、観客は二人に惜しみない拍手を送った。
明日は、つい先日王国の危機を救ったに等しい働きを見せた "再来" のリーダー、"再来のエンダ" ことオヴァリ=エンダが出場する。
デイス兄が暗殺された時に、何かしらの活動の起点となっただろう男、チャンを捕まえた功績は計り知れない。
何しろ父の配下の調べで、チャンは洗脳の手立てを持っていたことが分かっている。それがキャス兄と接触していたのだ。そのまま放置していればよくない事しか起こらなかっただろうと、そんなことは街の子供でも分かる。
再来のギー=グレイモアは龍人レットゥに負けてしまったが、エンダはどうだろう。相手はレットゥのパーティメンバーでもある龍人のドラゴニア=グーンだ。
私だけでなく、多くの観客が一回戦で特に注目している組み合わせだろう。




