052 ダブルホーン
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約 5 年前、連邦最北に位置する国々の一つ "ラナ" が、隣国 "グローム" に併合された。
ラナはダンジョン東部のアンナー山から神国に向かって流れる大河の南に接する中規模の国で、大河沿いに更に東にあるグロームは、ラナより一回りほど国土が小さい。
国土に比例してグロームはラナより人口や商業規模も小さく、それがどうしてラナを併合することになったのか、当事者であるはずのグローム国民は当時あまり理解していなかった。
併合された後、ラナ国民の間では先日の魔物の襲撃が関係あるのだろうと噂され、併合後の軍の再編成がその噂を周知の事実へと塗り替えていった。
グロームはアンナー山の鉱脈が枯渇するようになって以後、年々衰退の一途を辿っていた。しかし上層部で国の存亡が危ぶまれる中、軍事面だけは近年目覚ましい強化が図られていた。
その中心となったのは大河の北からやってきた獣人の一団である。
彼らは当初ギルドで活動していたが、構成されたパーティのどれもが既存の冒険者を不要のものにしてしまうほどの活躍を見せ、自然とギルド内での重要性が高まった。
しばらくすると彼らは活動をギルドが請け負うものから、本来国が直接対応すべき事柄にまで拡げ、しかもその尽くを成功させた。
彼らは流動的にパーティメンバーを一団の中で入れ替えたため、特定のパーティに対する二つ名の代わりに、彼らが組むパーティを総称して "ダブルホーン" と呼ばれた。
ダブルホーン。その名が表すように一団の多くは角持ちで、もっといえばヤギ系の獣人である。
少しずつ、しかし確実にダブルホーンは国内における軍事的需要を自分たちに集め、並行して軍には志願の形でダブルホーンのメンバーの数が増えていった。
ギルドはというとダブルホーンが依頼のほぼ全てをこなしてしまうため他の冒険者たちが国を移り、もはや彼ら無しでのギルドの運営は考えられない状態になった。
国政に関わる者たちは彼らを都合の良い流れの移民と考え、そして彼らが常に仕事を第一にする姿を伝え聞いていたこともあって、彼らを受け入れる立場、つまり自分たちが優位な立場から彼らに寛容を示すという形に満足し、彼らについての詮索を進めようとしなかった。
これは幾度か実施されたダブルホーンの由来の調査が不発に終わったことも関係している。
国民からすれば治安を格段に向上させたダブルホーンは尊敬の対象であり、彼らに感謝することこそあっても、彼らを否定的に捉える声は殆ど聞かれなかった。
そしていつしかダブルホーンは国の戦力を実質的に乗っ取ってしまい、それが誰の目にも明らかになった頃には、国はすでに彼らの手に堕ちたも同然だった。
ある日国王への謁見を取り付けたダブルホーンのリーダーであるファーラが、国王を前に一言告げる。
「もう少し、広い拠点が欲しいと考えております」
礼節を持って丁寧に述べられた陳情は、国王にも、その場に居合わせた全ての重臣にも何故か脅迫にしか聞こえなかった。
「ご心配は無用です。自然とそうなる定めなのです」
国王の曖昧な返事にそう返したファーラは、軍内部でのし上がっていたメンバーを通じて軍を掌握しつつあり、それも完全に成された矢先、隣国ラナを魔物が大挙して襲ったという知らせが国王の耳に入った。
「これは由々しき事態。我らダブルホーンも行って参ります。軍にもご助力頂きたいのですが、よろしいですね?」
ギルドの運営とも軍を動かす国とも名目上は何も関係のないファーラの言葉を、国王はただ肯定することしかできなかった。
ラナを襲撃した魔物の群れはアンナー山の麓に起こり、アンナー山の魔物が全て集ったかのような規模だった。
アンナー山からラナに至る渓谷が主戦場となり、終わりの見えない魔物の進軍にラナ軍の余力は尽きようとしていたが、ラナの国土が蹂躙されることはなかった。
隣国グロームから大河沿いに現れた獣人の冒険者パーティの一団、そしてグローム軍の助成が間に合ったためだった。
グローム国王は事前にラナ国王に対して助力の意を伝えており、ラナ国王が結局それに頼らざるを得なくなったと、少なくとも傍目には見えるだろう。
ラナ軍は襲い来る魔物をひたすら倒し続けるグローム軍と冒険者たちの姿を見て、ラナ国が守られることへの安堵と同時に、彼らの強さを恐れた。
そしてその恐れから来る不安は現実のものとなり、魔物の襲来により消耗し、軍事的背景を失ったラナ国は、グローム国からの併合要請を受け入れたのだった。
ファーラは軍を統合、再編し、ダブルホーンの圧力がちょうど十分かかる程度のメンバーを上層部に配置した。
しかし軍部以外へはあまり興味を示さず、むしろ調査段階で発覚した不適切な徴税や国の政務に関わる腐敗を最初に一掃し、その後はグローム国王の下に再編された体制に全てを投げた。
元ラナ国の重臣も、この体制に必要な人材と判断されれば組み込まれている。
元ラナ国民はというと、明るみになった国政の影を知り、そして何より生活の負担が少なからず減ったことでこの併合に肯定的だった。
ラナ国の併合は、ダブルホーンと呼ばれる彼ら獣人の移民、その最初の一団がグローム国へ入国してから 15 年後のことだった。
それから 5 年。
新たに即位した国王の下へ、そして国内の二つのギルドへと、ロッキンガム王国からの大会の知らせが届く。
「たまには、余暇も必要かもしれませんね。ちょうどいい見せ物です」
ファーラは案内を読み、居合わせたメンバーに話しかけるでもなく呟く。
「もう少し人族のことを知っておくのも悪くないでしょう。いささか本業に傾倒し過ぎました。そう思いませんか?グライン」
グラインと呼ばれた男が答える。
「よろしいかと。わたくしも興味があります」
「では、遠出の準備をしましょう」
こうして、ロッキンガム大祭へのダブルホーンの参戦が決まった。
*** ブロック=ハコバス ***
「よう、久しぶりだな。元気にやってたか?」
「えぇ、おかげさまで」
「刀もそれから剣も、お前たち専用のものを仕上げておいたのがあるぞ」
一言伝えて、奥から品を取ってくる。
「ありがとうございます」
いつものようにディモンが答えた。
久方ぶりにデイブレイクの連中が店を訪れた。
ダンジョンの活性化が落ち着いたとの噂が流れ始めた頃に会って以後、わしはこの日を心待ちにしていた。
ガナックと試行錯誤して刀の本質と向き合う日々は充実していたが、使ってもらって感想を聞かないことにはどうにも先に進めない。
それに、有り余るほど渡されたフレアドラゴンの素材から、全員分の装備も揃え終わっている。
「ボウェル嬢の装備はこれで良かったのか?」
「えぇ、とても良いですよ」
一番気になったのは、前回の依頼の際に後衛ではなく斥候的な方向性の注文を受けたボウェル嬢の装備だった。
どう見ても前衛とは思えなかったから心配したが、本人もそれからソロジー嬢とディモンも、ボウェル嬢の装備を満足そうに評価してくれた。
ディモンの剣は元々アダマンタイトを混じたものだったため、数日預かって調整することになる。ソロジー嬢の刀、ボウェル嬢の短剣、ロージーの剣は、それぞれ新しくミスリルで用意した。
耳に入ったミスリルの情報を逃さず、多少高値でも買い付けて彼ら用に回そうと確保したため、なんとか数を揃えることができた。
「おぉ、綺麗」
ソロジー嬢が刀身を見て感想を漏らす。
ボウェル嬢も短剣の出来に嬉しそうにしている。
「これ、ミスリルですよね?」
「あぁそうだ。お前たち用に、ちょっとな」
「ハコバスさん、さすがっ!」
・・・御礼に優劣をつけるのは悪いが、ボウェル嬢の言葉が一番刺さる。美人の中でもレベルが違うから仕方ない。あぁ、仕方ない。
「そういえば仲間を求めて出かけてたんじゃなかったか?」
「あぁ、そうでしたね。そう伝えていました」
「増えてないみたいだが」
「んー」
ディモンがソロジー嬢に何やら目配せをしている。
「詳しくは言えないんですけど、実は二人ほど増えています。そのうち紹介できるようになったら、改めて」
ソロジー嬢がそう言うなら、そうなんだろう。
「それで次の依頼なんですけど、今度はこれでお願いします」
そう言ってディモンが取り出したのは馴染みのない鉱石だった。
いや、馴染みはないが、わしはこれを知っている。
「・・・もしや、ヒヒイロカネか?」
「よく分からないんですが、そうなんでしょうか?」
「昔見たヒヒイロカネがこんな色だった気がする。調べはするが、多分合ってるだろう」
かつて神国の祭に使われていた剣、盾、冠の 3 つの神器を思い出す。
この独特の憂いを帯びた艶。奥行きのある輝き。おそらく間違いない。
「これをどこで?」
「ダンジョン深部のボスを倒したら、その場に残されていたものです」
「そうか・・・」
デイブレイクは未踏の地である "城" の攻略に挑み、城の頂上で倒したゴーレムがこのヒヒイロカネを残したらしい。
その先は食料事情と増えた荷物の関係で、すぐに帰還したのだとか。
「その分だと、当分地上の情報はなかっただろう」
「えぇ、仕方ないですけれど」
「それじゃ、武術大会があるってのは聞いたか?」
3 人とも知らないという顔をする。
何ともったいない!お前たちが出なくて誰が出るというんだ。
「王国主催で武術大会が開かれるんだ。今からなら、ギリギリ間に合うんじゃないか?」
3 人は少しの間どうするどうすると相談していたが、やはり行くことにしたらしい。
「それじゃ、ディモンの剣も急いで仕上げちまうからな。2 日後にまた来てくれ」
「よろしくお願いします」
そう言って彼らは店を後にし、2 日後に整備を終えたアダマンタイトの剣を受け取ると、ロッキンガム王国へ向けて旅立った。
預かったレアメタルは短剣への加工を依頼された。ボウェル嬢が短剣で前に立つスタイルは固定になったようだ。
***
ロッキンガム王国主催の武術大会、戦術大会の案内は、ポーラ大陸の大都市にも届けられた。
人族の領土ポロアスト大陸からみて北東、魔族の領土デディア大陸からは北に位置するポーラ大陸は、その東半分が凍土に覆われている。西側の半分には主に獣人が居住し、一番大きい都市は単に "大都市" と呼ばれている。
この呼称はポロアスト大陸でも同様に認識されているため、人族が一般に大都市といえばこの都市を指す。
ポロアスト大陸からポーラ大陸に船で渡るには、古代遺跡のあるライナからが一番近い。
王国からの知らせは大都市のギルドに届けられ、その後商業組合を中心とした各種組合を通じて速やかに広まった。
知らせを聞いて奮い立った者は少なくなく、特に血気盛んな種族の獣人たちはいち早く王国を目指した。
そして知らせを聞いて王国を目指し始めた者の中に、戦闘の化身と呼ぶべき絶対者の姿が混じっていることは、まだ誰も知らない。
(ふん。たまには良い催しもあるではないか)
彼は大陸間の海上を走りつつ思う。
(あいつほどではなくとも、マシなやつが生まれているかもしれん)
褐色の肌に赤茶色の短髪、長身の美男子。それが今の姿だが、彼はその仮面を破り去ってくれる強者を求めていた。
(まぁどうせ、今回も空振りだろうがな)
海上へ襲い来る海生生物をものともせず、彼は真っ直ぐにポロアスト大陸を目指す。




