050 精霊
*** ハル ***
「・・・そう、ありがとう。倒させてもらうけど、いいよね?」
ラダムは答えない。
動きの落ちたラダムを風を纏わせた刀で乱切りにして、落ちた体を尽くフレアの炎で塵にした。
部屋が静まりかえると、一番体の大きいネフの動く音が妙に大きく聞こえる。
二人に分裂できるなら、初めから二人だった。ただそれだけのこと。
私側に回ったレイラーンが闇魔法を使わなかったのは、単に使えなかったから。
闇魔法使いのラダムがペイネたちの方に回ってしまったために、闇に紛れたラダムを捉えきれなかったディモンが足を断たれたわけだ。
攻撃の瞬間の実体化はさすがにペイネには分かり、カウンターを合わせたのだろう。
となると、ゴーレムに関して別の考えが浮かんでくる。
つまり、ゴーレムに宿る意識はゴーレム用に作られたゴーレムという人格ではなく、ゴーレムという箱を意識そのものである存在が使役している、という考えだ。
それならば幾つか辻褄が合う。
ダンジョンの他の魔物と違って、深層のゴーレムの意思が明らかにはっきりしていたり会話できたりするのはなぜか。
それは "その存在" が、より高次の、魔物以外の何かだからだろう。
核の有る無しの違いは何か。
核有りは核という一種のマジックアイテムに全ての機能が組み込まれている一方、核無しは物理的媒介であるゴーレムという器によって、意識体が周囲に干渉できていると予想される。逆に言えば、核無しは体さえ用意できれば記憶を持ち越して復活できる。
なぜフレアは自立できないのだろうか。
ナイトゴーレムを操っていた "あの影" を思い出す。レイラーンとラダムとは、フレアはゴーレムの操作様式が違うため、魔素操作により影を撃退したことで、フレアの本来の操縦士に相当する存在を失ったのだろう。
・・・そういったことを二人に話す。
ディモンは顔色が死んだままなので聞こえていないかもしれない。ペイネが一人相槌を打ってくれる。
「その存在って、結局何なの?」
「ペイネはなんだと思う?」
ペイネは悩ましい顔つきになって虚空を見つめ、そして向き直った。
「・・・精霊?」
私はその答えにニッと口角をあげて答える。
「多分ね」
「・・・ねぇ、フレアにも精霊が宿ってたの?」
私の近くで佇むフルアーマーの同士に、何の気なしに語りかけた。
「そうですね」
「・・・え?」
「え?クレア、何?」
ペイネが振り返る。
私はフレアをじっと見つめる。
今、確かに私に答えたよね・・・。
「フレア?」
そして、ついにその瞬間が訪れた。
「はじめまして、クレア=ソロジー」
「しゃ、喋ったぁぁぁぁ!」
「え、ほんとに喋った?!」
ペイネとディモンが最近で一番の驚きを見せる。ディモン、いつの間にか結構元気になってるね。
正直、私も一人だったら小躍りして喜んでいる場面だ。
・・・ひとまず事実確認が必要だと思う。
喋りはじめた瞬間から、フレアが明らかに自立して動くような感覚があった。まずはそこからだ。
一度完全に自分の魔素制御下に置いてみる。特に抵抗はない。
「これでも話せる?」
「えぇ」
そうか。やっぱり "器と中身は別" 説が正しかったらしい。
「それで、フレア、君は自分がどういう存在なのか説明できる?」
「私は精霊です。名前はクレアの付けたフレア=ロージーということになるんでしょう」
「元々の名前が無いの?」
私ではなくペイネが訊ねる。
「元々の私に相当する存在はもう、殆ど残っていませんから」
え、どういうこと?精霊ってそんなに簡単に生まれるの?
生まれたばかりだというのに流暢に話す精霊フレアの説明をまとめるとこんな感じだった。
石壁のところでナイトゴーレムとして活動していた時のことは殆ど覚えていない。
ゴーレムに残存していた残留思念のようなものを核に、私の使役の反復によって精霊としての意識が次第に形成されていった。
つい先程のデモンゴーレムとの戦いで精霊の在り方を強く感じ、ついに精霊としての自我が芽生えたことを実感した。
・・・つまりどう云うことになるんだろう。
「フレア、精霊ってもしかしてどこにでもいるの?」
ペイネが問う。
「そうとも言えますし、そうではないとも言えます。クレアなら、分かるのでは?」
そう言われて私はフレアの存在に意識を集中する。
フレアは実体としてのゴーレムの形とは違って、小さい人型をとっていることがなんとなく分かった。
「精霊って、小さいの?」
「そうかもしれません」
ゴーレムと本体との差異は一旦無視して、さらにフレアの存在に集中する。
・・・おぉ、これはあれだな、私が思うフェアリー的な容姿だな。多分。
そしてフレアが答えた "どこにでもいる" という意味にもなんとなく当たりがついた。
魔素の動きに合わせて動く、ついさっきまで気付いていなかった “それ” が何となくだが見えるようになっていたから。
「これが精霊?」
「その素のようなものでしょうか」
「へぇ、そうか。・・・そうなのか!」
転生して初めて魔素を魔素と認識した時のような喜びが込み上げてくる。もしかしたらその時以上かもしれない。
きっと今、自分は相当嬉しそうな顔をしているだろう。
フレアは自我を持って間もないにも関わらず、かなりスムーズに話すことができた。
つい先ほどまでの自分の考察の答え合わせになるけれど、フレアと私たちとのやりとりをまとめるとこんな感じだ。
精霊の素とは何か。
魔素の動きに流され、またその指向性を補助するもの。
精霊とは何か。
精霊の素・・・いわゆる精霊素の密度が高まり自我を持った存在。
ダンジョンで精霊をゴーレムに組み込んでいるのは誰か。
おそらく、より上位の精霊が関与している。上位の精霊は力次第で下位の精霊を生み出すことができる。
精霊には種類があるのか。
司る、あるいは親和性の高い魔素の指向性の種類が精霊によって違う。
などなど。
ちなみにフレアは火と、それから風を司るらしい。
火はナイトゴーレムの時からそうだったけど、風は私の影響だろうか?私の風魔法は本質的には風魔法じゃないと思うから違和感があるけれど。あと土の要素も芽生えそうだとのこと。これはゴーレムが土魔法に由来することが関係しているのかも知れない。
フレアとのやり取りで特に重要だと私が思ったのは、フレアが私たちを仲間と認識してくれているということ、フレアがナイトゴーレムを操作できるということ、ダンジョンにはおそらく上位精霊が関与しているということの 3 点だった。
ナイトゴーレムの操作は私の操作にはかなり劣るので今後慣れてもらうとして、今後の方針がよりはっきりしたことが幸いだ。
方針。それはつまり、上位精霊を探すこと。
きっとその精霊はこのダンジョンの管理に関わっていると予想される。別にその精霊がダンジョンの魔物の内の一体に過ぎなかったとしても、それはそれで収穫だと思うからその辺りは気にしないことにする。
フレアと 10 分ほど足早にやり取りしていたが、そろそろこの部屋から進むべきだろう。
なぜなら私たちが入ってきた扉とは反対、玉座の背後の壁に、いつの間にか見慣れない構造物が現れていたから。
ディモンもすでに動けるようだし、ひとまずフレアとの会話を切り上げて全員で装備を確認しなおす。
「ところで、精霊って依代がないと顕現できないの?」
「今の私には難しいです」
「そうなんだ。今って私たち以外には見える状態?」
「おそらく見えないかと。クレアだけでなくペイネ、ディモンにも見えて聞こえるのは、クレアの魔素に付随する精霊素の挙動に無意識に慣れているからだと思います」
「へぇ」
その説明はともかく、ペイネとディモンの呼び方は私と同じなんだ。
私たちはレイラーンとラダムのいなくなった部屋の奥へ進んでいく。
フレアが何も言わないので少なくともこの部屋には二人はもういないと思うけれど、私がフレア以外の精霊を認識できるかどうかの確認もできない。精霊素をなんとなく認識できるようになったから多分大丈夫だと思うけど。
・・・その構造物はこの部屋へ入る時に開けた扉よりはるかに小さかった。
しかし、それが何らかの扉ないし門であることは察せられる。
それは大体 2 メートル四方の暗闇を壁に貼り付けたような見た目で、暗がりの中で目を閉じた時にまぶたの裏にみる光景をそのまま投影したような印象だった。
暗闇の四隅では額縁のように、手のひらくらいの大きさの直角二等辺三角形が仕切りをしている。マジックアイテムなのだろうか。
「これがデモンゴーレムの言っていた "先" に繋がってるのかな」
ディモンと同じことを私も思ったし、多分ペイネも思っている。
「これに入ればいい・・・そういうこと?」
「多分そうなんだろうね。悩んでも仕方ないし、私がとりあえず行ってみるよ」
リーダーらしくたまには先陣を切るのもいい。
二人はかなり警戒しているけれど、私としてはゲームでこういうのあったな、と古い記憶を辿ってむしろ懐かしいくらいだ。
懐かしいというか、ある意味で安心している。
あぁやっぱり、普通の異世界転生ものならこういうのがないとね、と。
ゲートには体のどこから入れるべきだろうか。普通は手をちょっと入れてみたりするんだろうけど。
そう考えていると、ネフがディモンとペイネにも聞こえるように影から声をかけた。
「我を遣わすがよい」
確かに。ネフなら一応私の中で再生できるし、影伝いに向こうとこっちの情報を共有できるかもしれない。
そう思いネフの目の辺りを影から起こし、ゲートを潜らせる。
・・・。
流石に情報は共有されないか。
ネフを戻す。
「何も見えんな。ただ、近くに何かのいる気配はない」
「数秒だった?」
「うん?あぁ、数秒だったが」
時間差もなし、と。
「じゃ、私が行くね。10 秒経ったらフレア、ディモン、ペイネの順でお願い」
そして私は、この世界に来て初めて転移を体験した。
転移した先は暗闇で、すぐさま体内セーン文字で火を灯す。
しかし何も見えない。
門とその周りの壁、床の存在は認識できるから、ここが亜空間の類ではなくとても広い部屋なんだろうと推測する。
きっちり 10 秒ずつの間を置いてフレア、ディモン、ペイネが門から出てきた。
「暗いね」
「そうね」
ディモンもペイネもそれ以上の感想は無いらしい。
私の目でも魔素の大きな動きは見えないから、近くに魔物がいなさそうだとは分かる。
「一回戻ってみるから、待ってて」
そう言って門を潜るが、更に別の場所ということもなく先ほどまで居た玉座の裏に出た。
また門を潜り、メンバーのところへ戻る。
おそらくここからが、レイラーンの言っていた "先" で間違いない。
問題はどう進むか。
「よし、現状把握からにしよう。フレア、前方に火の魔法を、最大で」
「わかりました」
ゴウ!と放たれたそれは私の全力での操作よりは小さいが、確実に部屋を照らした。
「うぁ」
ディモンが声を漏らす。
私も一瞬びっくりしたけれど、灯に照らされたソレが動かないことを知ってすぐに落ち着きを取り戻す。
部屋の真ん中にはフレアドラゴンの数倍はあるだろう大きさのドラゴンの像が鎮座していて、フレアの火魔法を受けた像は体に火を宿すように全体が揺らめく光に覆われた。
光はフレアが放った魔法と比べてかなり淡いにも関わらず部屋の隅まで照らし、ここがやはりとても広い部屋であるとわかった。
そして私たちは、ドラゴンの像を挟んで反対側の壁に扉を見つけたのだった。




