048 キャスカの転移
*** フェイト=キャスカ ***
城の方から飛んできたのは何やら強そうなゴーレムで、実際強かった。
多分私が咄嗟に作り上げた魔法 "常闇" が無かったら倒せなかったくらいに強かった。
この先にも同じかそれ以上の等級の魔物がいるのかと思うと、進むべきか悩む。・・・というか、悩むまでもなく一度引き返した方がいいんだろうけど、城の中も気になる。
「ありがとうキャスカ」
「みんな無事みたいで何よりよ、エフ」
ゴーレムの攻撃で倒れていたみんなを回復させつつそんなことを考える。
考えてはいても、気持ちは決まっている。
「とりあえず城をチラッと見て帰る、っていうのはどうかな?さっきのゴーレムならまた来ても倒せそうだし」
死にかけたばかりのせいでみんなの表情は暗めで、あんまり前向きな方針は受け入れてもらえなさそう。
そう思っていたけれど、エフは私の案に同意してくれた。
「あの城を見て以後、ずっと付き纏ってる気持ち悪さの正体が気になる。あたしは、とりあえず今後のために一度それを確かめたい」
「さっきのゴーレムとは別か?それなら尚更危ないんじゃないか?」
ラーデンがエフに訊ねる。
気持ち悪さの正体?何だろう。天使系特有の感覚なのかな。
「エフが行くっていうなら、私も城の触りまでなら賛成する」
表情はそうは言っていないけど、ラヴィスも思うところがあるらしい。
とりあえず城に入ってすぐまで、と決めて城を目指した。
道中は湿原混じりの草原で、城がよっぽど大きいのか、遠目に見えている城までは結構遠く、4 日もかかった。
ダンジョンが暗いせいで本当なら見えるはずもないので、何かしらの仕掛けがあるんだと思う。
あのゴーレムが再び現れることはなかったけど、今までダンジョンで出てきた魔物の上位種らしき魔物が、大体単独でうろついているところに遭遇した。
流石にドラゴンには上位種がいないのか、大きさや姿形が変わって現れた。どれも滅茶苦茶強かったけれど、門に飛来したゴーレムほどではなかった。
城を前に一泊夜営を張る。
「ねぇ、キャスカはこっちにくる前、神様に会ったりした?」
「神様というか何というか、よく分からないけど、それらしい声には会ったわ」
「声だけ?」
「声だけ。女の子みたいだった」
「ふーん」
エフは神様のことが知りたそうだったけど、私にも話せることはほとんど無い。
別に口止めされた訳ではなくて、目が覚めたら忘れる夢のように、思い出そうとすると細部が霞んでしまうから。
私は別の世界、科学の発達した世界で一人の学生として生きていた。
インフラが整っていて秩序レベルも高く、科学の最たる恩恵である電子機器の普及した、ある意味で面白みのない世界。
必要なら人と接することも厭わないけれど、できれば自分の、あるいは人が作った空想の世界で眠っていたい・・・そんな毎日を過ごしていた。たまにニュースになる失踪事件の顛末が、誰かの空想が現実と置き換わるイベントだったら良いのにと思いつつ。
標識された個人がかなり高精度に追跡可能な社会の中で起きる失踪事件に都市伝説が付き物なのは仕方ないけれど、実際にはタグの不正破壊と自死というケースが多いのだと、誰もが知っている。
私も知っていた。
そう思っていた。
学校からの帰り道、ふと見上げると頭より少し高い位置に不思議な模様が浮かんでいた。
ホログラムの投影かとも思ったけれど、それらしき機械も投影線を窺わせる光も見当たらない。
不審に思いつつ好奇心から手を伸ばし、そして模様の放った光に目を閉じた一瞬の後、目の前には何も無くなっていた。
「え?」
思わず声を出しても、声は反射することなく体で響いた分だけが耳に入って来る様な違和感があった。完全な防音室に以前体験で入った時以上の無音。
歩こうにもどこにも行けない。いや、そもそも目を開けているのかすらわからないほどに何もない。暗闇とも光の中とも言えない不思議な感覚にだんだんと恐怖が込み上げてくる。
「・・・え?あら?」
どれくらいの時間途方に暮れていたんだろう。ふと女の子の声が響いた。
「えー?」
割と幼い声だった。
「あなた誰?どこにいるの?」
「ちょ、ちょっと待って!」
言われて待つこと、体感で数分。
「えー、あなたは今から私の世界に転移します」
「あなたの、って言うのは?」
「あ、転移は気にならないんだ」
「気になるけど」
「言葉のまま、私の世界です」
女の子は神様なんだろうか?
「なんのためにそうなって何をすればいいのかしら・・・」
「あなたを転移させるのはこの世界の住人のようです。何をすればいいかは、その人次第かな?」
「あなたが転移させるわけではないのね」
「そういうことね」
こういう状況は何回かどころか何回も空想したことがある。現実逃避には最適だったから。
だから、聞くべきことも自分の中では決まっていた。
「あなたの世界はどんな世界で、私は何ができるようになるの?」
「そうね、いわゆる剣と魔法のファンタジー・・・なのかしら?あなたの世界とは方向性が違うわね」
素晴らしい。願ったり叶ったりでしかない。
「何ができるようになるかは、難しいわね。私と会ったのにすぐ死んじゃっても気分が悪いし、その辺はいい感じに私の世界の補助を働かせるよう調整してみます」
「私も魔法が使えるようになるってこと?」
「そうね」
幾つかのやりとりの後、気が付くと私は闘技場のような施設の真ん中に配置された魔法陣の上に立っていた。
そして明らかに私と種族が違いそうな人物、魔王カンナバーラと出会い、私のこの世界での冒険が始まった。
私が召喚された原因でもあるダンジョンのアンデッドたちは、私の能力を見極めるのに最適だった。
何しろ数が多く、その上少々のことでは死なないから。
初めから死んでいるので殺すことへの躊躇いが少なかったのもいい。
カンナバーラ王が私を中心に組んだ小隊に冒険の手引きをしてもらいながら、私は着実に冒険者としての振る舞いに、そして私の能力に慣れていった。
神かもしれない幼女の声が言っていたことは本当で、私の能力は元々私に備わっていたかのように良く馴染んだ。
いくつも良い点があったけれど、特に良かったのは体の強化やケアを魔法でかなり完璧にできることだと思う。
おかげで、インドアの私でも険しい道のりにバテることなく進むことができた。
アンデッドを束ねていたスライムのゾンビはそれまでで一番の強敵だった。スライムの特性とゾンビの特性がうまい具合に協調して、その不死性と柔軟さが最大限に発揮されていた。
道中はともかく、このスライムゾンビだけは私抜きに突破できなかったと思う。
単発の攻撃ではどうにもならずに、雷魔法と水魔法を融合した広範囲魔法でなんとか殲滅することができたのだった。
アンデッドの件が解決したことで専用に組まれていたパーティが解散し、新しく組まれたパーティには魔王ガルネリアの下から 2 人が送られ、合計 5 人パーティとなった。
私の単騎での強さもあって、監視の意味もあるんだろう。
もしかしたら私を取り込むつもりかもしれない。
けれど、ひとまずその辺は気にしないでダンジョン攻略を、冒険を楽しもうと思った。
実を言うと幼女との会話ではっきり覚えているのは話の出だしくらいで、後のことは今ひとつ思い出せない。
多分その思い出せないところで、私は容姿や名前を変えたんだと思う。
何せ私は、私基準で美少女になっていたから。
カンナバーラ王の城に着いて初めて鏡を見た時、驚きと戸惑い、それから喜びに数秒の間思考が停止したのを覚えている。
けれど、そんな私から見ても綺麗だと素直に思わざるを得ない存在がパーティに加入した。
しかも二人も。
それがガルネリア王配下のエフとラヴィス。
エフは堕天使、ラヴィスは吸血鬼系らしく、種族的に美しさは約束されたようなものなのだろう。そう思って少し嫉妬を覚えるけれど、今や私も美少女だったと思いすぐに気にならなくなった。
むしろライノットとラーデンの二人が平然としている方が気になる。種族の違いの一言で解決するには、種族差を軽々と越えそうな、有無を言わせない暴力的な美しさを二人とも備えていると思うんだけど。
ともかく私たちはパーティとして草原を、荒野を、町を通過して、いかにもな城のある領域に踏み込んだ。
そして次の瞬間には、飛来した高性能ゴーレムと死闘を演じることになった。
・・・"常闇"。闇魔法に闇魔法を重ね掛けして、動くものを停止へと導き更に空間の中で方向性を奪う。このゴーレムをきっかけに私は闇魔法と一括りにしている魔法の多様性が為せる技を編み出し、また強くなってしまった。
具体的には影魔法で体の自由を奪い、光と音をなくすことで感覚を奪っているわけだけど、影魔法は触覚にも働き掛けられるから、いつの間にか体が動かなくなっていくように感じるだろうと想像できる。
動けなくなったところを溜めに溜めた雷魔法で貫き全てを焼き切る算段だ。
ゴーレムに感覚操作系の魔法が効いたのは意外だったけれど、ともかく思い通り決まって嬉しい限りだった。
そうは言っても私以外の 4 人は相当の傷を負い、もちろん魔法で治ったとはいえ、探索は城の触りまでとなった。
そして私たちは城の中で、本当の恐怖がどういうものかをその身に刻み、ダンジョンから一度帰還することになった。
「悪魔はちょっと無理かなー」
ラーデンが言う。
「厳密には悪魔ではなかった。似てたけど、悪魔に似た別の何か」
エフが答える。
天使の端くれのエフは悪魔に対する敵対心というか嫌悪感というか、そういうものがあるらしい。気持ち悪さの正体はこれだったと、本人は得心した様子。
ちなみに天使はより上位の悪魔を、悪魔はより上位の天使を恐れ、同レベルでは嫌悪感が募るのだとか。
それから種族としての “悪魔” や魔族の “悪魔族”、魔物の “悪魔” は違う存在らしい。わたしには説明だけだとイマイチ分からなかったけれど。
「あそこにきっとダンジョンのボスがいるね」
私は何となく確信している。
「ボス・・・そうかもな。むしろまだ先があるなんて言われたらおいら、絶望するよ」
血気盛んなライノットも流石に萎縮している。
「でも、なんとか攻略したい。私は」
とりあえず決意表明をしておくことは大切。初心がぶれると全ての行動に自信が持てなくなる気がするから。
結局、私たちは一度パーティでカンナバーラ王とガルネリア王へ報告に赴くことにした。
*** ガイナ ***
掃除をしていると突然、私の世界から私に干渉する何かを感じた。
というか、部屋の真ん中に置いた世界のそばにモヤのように人物が現れている。
初めてのことに戸惑いを隠せない。
「ちょっと待って!」
一言告げて、トラミを探しに行く。
「あーそれは多分、あなたの世界の住人が召喚を開発したのね」
「召喚と転移は違うの?」
「同じようなものよ。移動した人物にとっては、自分で行っても呼び出されても転移。召喚は呼び出す人物視点」
「つい最近私の世界に転移してきた子がいたんだけど、その時はこんなことなかったのに」
トラミは少し考える。
「それは多分、前に転移してきた人物は元の世界の法則で転移したんだろうね。今回はガイナの世界の人物がガイナの世界の法則でやったわけだから、あなたに干渉することになった、と」
「そう・・・なのかな?」
「まぁいいじゃない。イレギュラーも楽しまないと」
聞くべきと思ったことだけ聞いて相談を切り上げて戻ると、モヤはまだ部屋に留まっていた。
動くようなそぶりも見えるけど、全然動けていない。
トラミから聞いたことを織り交ぜてモヤに状況を説明する。
突然のことに怯えたり焦ったりしているかと心配して色々と話したのに、モヤはむしろ落ち着いていたのが印象的だった。
「ちょっとくらいならあなたの望みも叶えられるわ」
「え、そうなの?」
私の世界を好きになってもらいたいし。
「じゃあ、私が思う理想の姿にしてもらって、それから名前も変える」
名前は勝手に名乗ればいいのに、と思ったら、モヤもすぐにそう思い至ったようで。
「あ、容姿の方だけでいい。あと、怪我とか病気に罹ったりしたくない」
そう言いなおした。
召喚陣は魔王の一人、カンナバーラのものだった。近くにガルネリアもいる。
力とか注目の大きい存在は識別できるんだけど、近くにもう一人来ているようだった。
ともかくあの二人なら悪いようにはしなさそうだと思えたので、聞きたいことがなくなったらしいモヤが別れを告げるのをそのまま見送る。
「ありがとう、神様?そういえば名前は何ていうの?」
「ガイナよ。神様ではないけれど。あなたは?」
「私は・・・私はフェイト=キャスカよ。今決めたわ」
「そうなんだ。フェイト、私の世界を楽しんでね」
「えぇ」
そしてモヤは消え、私の世界に私が識別可能な人物がまた一人現れた。




