044 我はネフ
*** ネフ ***
我がソロジーたちのパーティに加わってから暫く経った。
その間殆どの時間、フォルト様の影魔法を乗っ取ったソロジーが体得した影に取り込まれて過ごしていたが、何も影の中でじっと休んでいたわけではない。
元々我が駆使していた闇魔法の影響なのか、影の中でソロジーとある程度意思疎通できることが早々に分かったため、パーティの中で我がどういう役割を果たすべきかなどを初めに話した。
結果、とりあえず人前に出られる姿形になれないとお話にならないと云うことで、そのために影の中でできることを探すことにした。
フォルト様は我が知る中では、補助系とはいえ別格に強力な魔物だった。何しろザ・デスである。ザ・デスといえばアンデッドの王だ。アンデッドであればその存在を認識した瞬間に "それ" が "そう" であると分かる・・・そういうレベルの魔物だった。
そんなフォルト様をあっさり、我の体感としてあっさり倒してしまったこのパーティの実力ははっきり言って異常だ。
我もフレアドラゴンだった頃に荒野でどこかのパーティに倒されたのはうっすら覚えているが、ソロジーたちほど洗練された動きではなくお互い満身創痍の戦いの末だったと思う。多分。
ダンジョン内や神国への道中、魔物や野生生物との交戦を陰ながら見ていた。
ディモンは幻影魔法を得意とするが、本質は水魔法と霧魔法を組み込んだ剣術で、若くして剣筋に迷いが少ない。多分こういうのを才能と呼ぶのだろう。
魔法の技術も突出したものがあると分かるが、魔法が剣の技術レベルを上回っているためか剣術への組み込みが自然で、魔法剣士としてのバランスの良さを感じる。
ボウェルは見た目とは裏腹に積極的なタイプの魔法使いだ。風魔法をメインに使っているが、その全ては攻撃的側面を備えている。
素の身体能力はそこまで高くないようだが、身体強化の技術が物足りない部分を補って機動性はかなり高い。武器無し型無しの咄嗟の動きなら、イメージ力込みでディモンよりも動きが良いかもしれない。それだけ魔素の扱いが上手いということだ。
そもそも我は今まで魔素の制御をはっきり意識したことなどなかったのだが、このパーティに出会って完全に認識を変えることになった。
そしてソロジーだ。
影にいるせいかソロジー周辺の魔素の動きに日ごと敏感になるのが分かるが、その中で気になったのは常に魔素を細かく操作していることだった。
我には意図が分からないものが大部分だが、分かるものの幾つかは身体強化に属する魔法をごく限定的に行使しているようだった。その細かさと言ったら、多分ある意味同化している我でなければ見逃しているだろう、というところ。
足の強化にわざわざ 20 以上の伝達系統を用いるなどある種狂気じみているが、本人曰く習慣なのだと。我が人の記憶に干渉するようなものだろうか?
そして魔素操作の細かさは戦闘で遺憾なく発揮される。
ソロジーの動きにはともかく無駄が少ない。素の身体能力は身体強化によって完全に覆い隠されているためもはや不明だが、魔物を討伐するまでの魔素の動きが消費と最大効果だけでなく、予備力込みで洗練されているのが感じられる。
ふむ、我ら護衛といえど勝てなかった訳である。
ソロジーからは幾つか提案され、実行に移している。
一つは彼女達同様に魔素制御をひたすら極めること。なんでもパーティの決まりらしい。まだまだ初歩の初歩。
一つは人型になるための手段を探すこと。我の活躍には必須と言えよう。手掛かりは今のところ無いが、我同様に影に収められている、大隊の一つのトップだったナイーゲルのものらしき下半身にヒントがあるような気がする。
もう一つはソロジーの力の一部になれないか検討すること。影という形で取り込まれているので、できなくはないと思う。ただ、不透明なところが多い。きっかけがいつか降って湧くのを待っている。実現すればフレアドラゴンのドラゴンゾンビとしての我の力を、ソロジーにそのまま上乗せする、ということになる。想像するだけで心躍る。
神国では何やら事情ありげなゴーレムと一線交えたり、沢山のスライムと戯れたりしていた。このパーティ "デイブレイク" の発展に直接寄与しそうなのは、フォスと名乗ったゴーレムとの接触くらいだろうか。
今は再びダンジョンへ戻る道すがら 2 つほど経由する予定の町のうち、1 つめの町にいる。
ここライナは古い遺跡のある海沿いの町らしく、その遺跡を見学に来たようだ。
遺跡はライナの海側の一区画にあって、神殿めいた厳かな作りの建物や、庭、聖堂、宿舎、倉庫等だったと考えられている建物群の、残っている部分あるいは基礎のみからなっていた。そしてそれらは洞窟状になった地中に部分的に埋まっていて、むしろ洞窟内の方が広いのだとか。
遺跡はアポロア時代の迷宮の名残と言われているらしいが、迷宮としての痕跡が見つからないため、伝わっている話が本当かどうかは不明らしい。
ボウェルがそう話していた。
適当な依頼を見つけにギルドへ赴くと、何やら冒険者たちがざわついている。
なんでも、町でも筆頭の実力を持つダライアという冒険者が深傷を負って帰ったらしい。しかしその場所を明かせないとダライアが言ったため、色々な憶測と不審の声が噂されているようだった。
ダライアは今は意識を失っており治療中で、パーティメンバーは帰還していないのだとか。
町の真ん中にあるギルドまでの目撃証言を遡れば現場も分かりそうなものだが、何かの魔法で隠蔽したのだろうか?
「ねぇ、面白そうな話じゃない?」
ソロジーが言葉そのままの表情で二人に話しかける。二人は、あぁまたか、といった表情だが、一方で楽しそうにも見える。
頭抜けた冒険者というのは何かしらのタガが緩いのであろうか・・・?
「どうするつもり?」
ディモンが問う。
「とりあえず、治療を手伝いに行ってみない?」
「いいんじゃないかしら。恩が売れて、情報も手に入るかも」
ボウェルも乗り気だ。そして早速治療院に向かった。
治療院ではソコソコ若そうな女が、大仰な服を纏った僧侶らしき男に治療の魔法を施されているところだった。
正直人間の年齢はよく分からないが、女はソロジーたちより年上に見える。
ギルドでデイブレイクの名前を出して治療の申し出をしていたため、付き添ったギルド職員の話を聞いた僧侶はソロジーたちに手伝ってくれるよう頼んだ。
ボウェルが前に出て女の体に触れ治癒を施すと、あっという間とまではいかないが、次第に女の顔に生気が戻っていった。
咽せそうにないことを確認すると、用意していた大量の回復薬も飲ませる。
我としては普段のメンバーの魔素操作技術の一端として、まぁこんなもんかな、という感想を抱いたが、ギルド職員だけでなく僧侶までもが口を開けて驚いていた。
ソロジーがやったらもっと早いし損傷の修復も綺麗だろうと思うのだが、何故だかソロジーはあまり人と関わり過ぎないようにしている節がある。別に対人恐怖症というわけでも、会話が苦手というわけでもなさそうだが。
ともかくボウェルの治療によって女は助かったようだった。
そして女本人よりも、ギルド職員と僧侶がボウェルに感謝していた。
*** ダリア=ダライア ライナの冒険者 ***
気が付くと私はベッドに横たわっていた。死を覚悟したが、どうやらまだ生きているらしい。天井を見るにここは治療院のようだから、ウェンロックさんが救ってくれたんだろう。
そう思って見回すと、治療院の長で僧侶のウェンロックさんが一人の女性に仕切りに礼を言っていた。
「本当に素晴らしい!あなたのおかげで彼女は助かった。重ね重ねありがとう!」
礼を言われている女性を見れば、絶世の、という言葉でしか言い表せないほどに綺麗な容姿をしていた。
起き上がり私も礼を言いたいが、その前に大量の回復薬を飲まされて苦しくなる。
落ち着いてからにしよう。
・・・しかし困ったことになった。
迷宮のことを告げるわけにはいかない。
それをしてしまうと全てが瓦解する、もしくは私の居場所がなくなる。とは言え命の恩を返さないのは私の流儀に反する。元々そういう気質だからこそ、今の私の立場があるとも言える。
どちらにしても完全に伝えないわけにもいかない。実際に脅威そのものは確かにあるのだ。
私以外のメンバー全ての命と引き換えに得たこの情報を、無駄にできるはずもない。
さて、どうするか・・・。
私が落ち着いたなと思った頃、見計ったようなタイミングで私を治した女性と、それからパーティの中で唯一影の薄い女性が近付いてきた。
「調子はどうですか?」
美女に問われる。
「かなりいいです。話を聞いていましたが、あなたに助けられたようですね」
美女が天上の笑みを浮かべる。
「この恩は必ず返します」
「いえ、そんなにお気になさらないで」
「そういうわけにもいかないでしょう」
「そうそう、クレアに傷痕の確認をしてもらった方がいいと思うの。私よりもよっぽど得意だから」
クレアというのはもう一人のことだろう。
「任せます」
クレアと呼ばれた女性は頷いて背後に回った。
「少し聞きたいんだけど、どこでこんな怪我を?」
右の肩に手を添えられつつ聞かれる。・・・妙に重いな。まぁ先程まで死ぬ間際だったのだから、それだけ体が疲弊しているのだろう。
「申し訳ない、まだ私の中で整理がついていなくて・・・」
私が答えると、そう?という相槌と共に数秒何とも言えない不快感が体を包んだ。
「もういいかな。さすがペイネ」
ペイネというのがこの美女の名前らしい。照れ笑いを浮かべている。
「それからダライアさん、ごめんね」
「うん?」
「私たちまでで留めとくから。でも、邪魔しないでね」
・・・うん?
・・・!
私は悟った。何かしらの方法で迷宮のことを私から知ったのだ。
そして今この場所で、この状態で、このパーティを止める術が私には無いことも直感し、絶望感が一気に押し寄せる。
命の恩人を手にかけるわけにはいかない。しかしそれ以上に、私を完治させた事実こそがこのパーティの実力を物語っている。
無理だ。
「・・・私がお願いする立場にないことは分かっています。しかしどうか、このことを触れ回らないで下さい」
私の言葉を聞き、クレアは少しだけ表情を緩めて答えた。
「うん。でも、まだ動くのは先だけど、お願いだから邪魔をしないで・・・邪魔をさせないでね」
女神派のことを言っているのだろうが、それは私の権限を超える。
私が上に正直に報告すれば彼女たちは付け狙われるかもしれないし、私が黙っていたとしても彼女たちが迷宮に入れば敵対するかもしれない。
迷宮ではアイテムやレアメタルなどの高価なものがたまにとはいえ発見され、そして修練場としても優秀である。組織が手放すことを嫌うのは目に見えている。
しかし今私に言えることは結局決まっている。
「わかりました。恩返しと思って、できる範囲で動きましょう」
いずれこういう日が来るだろうと、頭の片隅では想定していた。確率こそ低く見積もっていたことが現実になった。それだけだ。そう思うことにしよう。
病み上がりなどとは言っていられない。いずれにしても現状を報告しなければならない。
迷宮のことも、それから彼女たちのことも・・・。
そういえば、何というパーティなのか聞いていなかった。さすがにこの実力だ。二つ名があるだろう。
去り際の 4 人にパーティ名を尋ねると、男が答えた。
「デイブレイクと呼ばれています。いい二つ名を付けてもらったものです」
デイブレイク・・・デイブレイク?あの "デイブレイク" か?!
「まさかダンジョンを鎮めたという、あの?」
「その辺は色々言われてますから、明言は避けたいところですね」
「いやしかし・・・」
その先が続かない。彼らなりの流儀があるのだろうと、勝手に想像が巡ってしまう。
男も結構な美男だったがボウェルと並んでは立場がない、そう思いつつ部屋を出た 3 人を見送った後、思い出したように踵を返して私に近付いたのはクレアだった。
「言い忘れてたことがあるんだけど、あの人、結構気付かれてるんじゃないかな?」
「誰のことですか?」
「ほら、三角形?のマークのピアスの」
・・・私は戦慄する。
もはや先ほどまでの会話で感じた強者への屈服感などではなく、明確に畏怖を感じた。
指摘されたその人物が穏健派でも並ぶ者のいない幻影魔法の使い手、レイモンドールのことだと分かったからだ。私をここまで連れてきたのも彼女だ。
さすがに彼女を認識できる人物は殆どいないだろう。何せ、実際に運ばれた私ですら、彼女を認識することが困難だったのだから。
私の無言がそのままクレアにとって欲しかった回答になったのだろう。クレアは不敵とも慈愛とも取れる不思議な笑みを残して部屋を去った。
私は何故だか、その表情にペイネ以上の神々しさを見た気がして、少しの間ぼうっとしていた。




