043 霧の境界線
*** ハル ***
特別な準備はせずに首都を出て東を目指す。
ウライの森に向かうには、途中で軍の駐屯地を兼ねる町ナライを経由する。ナライは軍人のためのような町で娯楽施設が多い。農耕地も周りには殆どなく、食料は最低限の青物以外は他の地域から輸送されたものらしかった。
そんなナライは素通りしてウライの森に着く。
大陸の東端に位置し南北を海で挟まれたウライの森は、踏み入ると想像していたような鬱蒼さはそこまでなくて、むしろ人の手が入っているのではと思える木の並びで、少なくとも辺縁は林と呼ぶ方がしっくりくる。外から見る分には奥の方も光が差している。
森は大型の猪とたまに獰猛な鹿が出るくらいらしいから大した脅威は無い。むしろその猪と鹿が脅威なのかもしれないけれど、どちらも早々に遭遇して危なげなく倒せたので問題ない。
仮にもデイブレイクは上位パーティなんだな、と実感する。
情報を集めるべく森の中を野営しつつうろつくこと 3 日。大して大きくない森には、手掛かりになりそうなものは全く無かった。
そもそも人が一人もいない。人工的なものが全然無い。ナライで聞き込みをした方が良かったのでは?と思うくらいだ。・・・何も出てこないだろうけど。
多分そういったこと込みの理由で、報酬が高いのに受ける人がいなかったんだろう。骨折り損になる可能性が高いとギルドの冒険者たちは知っていたから、この依頼を受けなかったんだと予想してみる。
大勢力である教会が依頼の形を取ってギルドに投げている理由もその辺りにありそうだ。
「ねぇ、私気になってるんだけど」
「何?」
「クレアはこの依頼、ほんとに誰かが "その声" を聞いたんだと思う?ディモンは?」
「僕はまぁ、そうなのかなと思うけど」
「うーん」
私はペイネの問いかけを受けて、ペイネの言わんとすることに気付いた。
「依頼書が新しいだけで、単に声の情報を集めるための常設、ってこと?」
「その可能性、あると思うわ」
「でもそれなら、あのギルドに貼ってちゃ、あそこに出入りする冒険者にはそのうち見向きもされなくなるだけで意味がないんじゃないかなぁ。僕らみたいに外から来てわざわざ依頼を受けるような冒険者も少ないだろうし」
・・・多分貼ってあることに意味があるんだろう。ペイネがディモンに答える。
「でも誰もが知ってるってことは、報酬も良いわけだから声の情報は殆ど確実に教会に集まるわよね。声自体を集めている人にとっても、独占する意味はあんまり無いでしょうし」
そう云うことだろう。
そしてペイネの解釈は同時に、この森の探索が無駄足に終わることを示唆している。折角ちょっとワクワクしながらやって来たのに。
「うーん・・・じゃあ、霧の里の調査に切り替えない?ソロジーもむしろそっちが本命だったんでしょ?」
「そうだね。本命かはともかく、いい案だと思う。・・・神隠しは御免だけど、折角の機会だしね」
特に異論もない。森の奥、霧の里との境界付近を探索する方針に切り替えた。
霧の里はポロアスト大陸の東端にあるけれど、実際は大陸は更に東に続いていて、広がった先が魔族領らしい。
森と里との境界は里側から立ち込める濃霧のおかげで大体分かり、時期や日、時間で少しずつ変わる霧の境界線の、一番東側をなぞったラインから先が霧の里だ。・・・と言われている。
要するに霧の里の領土はいつ何時も霧に覆われていることになる。
境界を明確にする試みはあったらしいけれど、毎回知らないうちに目印が消え計画が頓挫するのだと後から聞いた。
私たちは海に面する北から南に向かって、数日ごとに霧の境界線を見極めつつ進んでいった。
霧が一番引いたところまでを調べ、霧から身を引いて、を繰り返す。
霧自体は自然現象だとしても、人がいなくなるのには理由がある。その理由の手掛かりを掴むことが目的だ。
どうせ何も無いんだろうという諦めが大きくなって、いよいよ遠くに南側の海の気配を感じ始めた頃、唐突に "その声" は聞こえた。
「また黒鹿でしょうか。困ったものです」
私たちはスッと息を潜め声のした方に・・・霧の中に集中する。
折り良く霧の縁がうねり里側を晴らすと、うっすらと人の形が見えた。人影はしゃがみ込んで何かしらの作業をしている。
「どうする?声をかける?」
ディモンが問う。
「ちょっと待って」
・・・ん?・・・もしかしてあれ、ゴーレムじゃない?
「神隠しとの関連はともかく、これ以上ない機会だと私は思うわ」
ペイネも気付いていないようだ。
「よし、行こう。一応臨戦態勢で。ディモンの幻影に二人とフレアは紛れてて」
「わかった」
いざ。
私は息を潜めるのをやめ、ごく自然な足取りを装って人影に近いた。
「こんにちは。神の声はあなたの?」
私の声に彼女は振り返り、足元の大きな四角い石から一歩引いた。
「その石がどうかした?」
彼女はこちらの様子を伺っている。
瞬間、思いがけない初動の速さで彼女は腰の剣を抜き私に斬りかかって来た。
魔素の流れが普通の人より見えにくいのは、ゴーレムだからだろうか?
私も刀を抜き対応すると、彼女は鍔迫り合いを嫌ってあっさり石まで引いた。
ペイネたちのことはまだ気付かれていない。
ザザッ!と更に速く彼女が迫ったが、まだまだついていける。
そう思っているとまた石まで彼女は引いた。
こちらから攻め入るべきだろうか?いや、そもそも何のためにこのゴーレムを倒す必要があるのか。
それに霧の境界線上にいる今、あの石を起点に彼女が動いているのは偶然ではないだろう。
罠の可能性が高い。
・・・"ゴーレム" ならいいのか?
ふと思い付いてフレアを自分に近づける。まだ隠れているペイネたちの存在を警戒されるかもしれないけれど、今他に案が無い。彼女にこのまま姿を消されるよりはマシだ。
私はフレアを操作し、思い切って石の向こうまで走らせた。
何かしらの干渉を想定して操作練度を高めるものの、特に抵抗なく石を超える。
そのまま剣を抜き彼女に迫るが、先程の動きを見るにフレアの方が遅いことは分かっていたため躱された。
「何故、このゴーレムが」
ようやく口を開いた彼女に私は答える。
「それを言うなら、どういう仕組みであなたが自立して話しているのかを、教えてくれないかな」
私の言葉の意図を察したのだろう、彼女は驚いたような表情を見せる。・・・その “表情” はどこから来ているんだ?
「私はフォス。いずれ答えに、あなたなら辿り着けるでしょう」
「その石を超えるとどうなるんだ」
取り合わず急ぎの要件を問うも、フォスは微笑んだだけだった。
「また会いましょう。この石は越えないことをお勧めします。神話の英雄でもない限り」
そう言うとフォスは、彼女の最速と思われる動きで霧の奥へと消えてしまった。
ペイネとディモンが姿を表す。
「ねぇソロジー、どういう意味?」
「何が?」
「彼女が自立して喋ってることがどうとか」
「あぁ。彼女、ゴーレムだよ。フレアと違って明確に意思があるゴーレム」
「え、ほんとに?私も気付かなかった」
「そう?魔素の流れがおかしかったから何かと思ってたんだけど、よく見たらナイトゴーレムになんとなく似てたよ」
「そうなんだ・・・」
いなくなってしまったものは仕方ない。生身の人間があの境界線を超えるとどうなるのかはっきりしない今、石に近付くのも躊躇われる。
とりあえず私たちはその場に野営を張り今後の方針を固めた。
やるべきことが増えた。
まずは石自体を調べること。もう一度境界線を辿り、石が他にもないか探す。それからフレアが近付けることは分かったので、フレアでできそうなことはやってみる。
次にフォスの出自を探ること。これは何となく目星がついている。多分、ダンジョンの深部だろう。フレアを見たときの反応がそれらしい感じだった。
それからフォスの声が神の声として認定されるのかどうかを確認すること。認定されるようなら問題だ。巨大な宗教が一つ潰れることになる。
石は調べてみると一定の間隔で境界線上に配置されていた。魔素の流れが絶妙に薄く気付かなかったというのもあるが、注意してみれば霧の内側に確かに点在していた。何らかの結界を作っているんだろうと推測できるけれど、効果がイマイチ分からない。霧を作っているわけではなさそうだ。
その辺にいる虫や動物にも変わったところは見られない。
もしかしたら私たちが無意識にレジストしているのかもしれないが、それならそれで、魔素の制御を途絶えさせた瞬間 "効果" を受けてしまうかもしれないので試せない。
大きさ的にはフレアで動かせそうだけど、結界だった場合に位置の変化がもたらす影響が分からないのでそれもやめた。
結局、多分この石は結界の構成要素で神隠しの原因だと思う、程度のことを想像するに留まった。
フォスのことをあれこれと予想しているとき、ふとペイネが思い出したように言った。
「そういえば少し前、インドールの風が石壁で遭遇したって云う女性のことを聞いたじゃない?あれは関係あるのかしら」
「あぁ、一人で石壁から来てそのまま奥に去ったんだっけ」
「そうそれ」
「ゴーレムだし、見た目は似てるかもしれないね。今度エンダ達に遭遇したら聞いてみよう」
ディモンが答えるのを私はふんふん頷きながら聞いていた。
とりあえずフォスの件は保留になった。
それからフォスの言葉を、どうギルドに報告するか悩んだ。明らかに独り言だった部分だけ切り取って伝えてみるか、それとも更に情報を集めるだけにするか。
宗教を敵に回すようなことは絶対に避けないといけない。
3 人で相談して、結局報告はせずに神の声の情報を集めることにした。ただ時間がかかりそうなので、積極的にではなく常に気にかける程度の要件とすることを決めた。
私たちが参加を逃したガイナス祭の余韻も殆ど消え、平常運転に戻ったらしいガイナス。
私たちはギルドで依頼を受けつつ、街を散策して武器屋や魔道具屋、教会、図書館なんかに出入りして少しの間過ごした。
新しい仲間や、ララの店以上に頼りやすそうな店には出会えず、難度の高そうな依頼を幾つか達成したことでギルドにそれなりに名前を残してガイナスを後にした。もっとも、元々デイブレイクの名前は伝わっていたみたいだけど。
ちなみに一番厄介だったのは地下通路に発生したスライムの群れの駆除で、ありとあらゆる種類のスライムが一堂に会していて見応えがあった。
流石にドラゴン型はいなかったけれど、熊や狼型までいたのには笑った。ここ、神国の首都の地下なんだけど、こんなんでいいのか?と。
神国を出発した後、私たちは大陸東北東にある海沿いの町ライナと、ダンジョンの東の山にあるアバレティナンを経由してダンジョンに戻ることにした。
ライナは古い遺跡のある町で、アバレティナンは有名な魔道具開発者のいる町だ。
***
神国ガイナスのギルド職員、特に若い職員たちの間では連日そのパーティの話題で持ちきりだった。
「あの神々しいお姿、今日も一日幸せですわ」
「私はやっぱりディモン様!涼しげな表情と少し幼さの残る雰囲気が正直そそります」
「一昨日は例の盗賊団を壊滅させてきたそうですよ」
「俺が受付の時なんか、アラナース薬を 100 瓶即納だったよ」
「フルプレートのロージーさんが、またいい味出してるんですよね〜」
等々。
もちろんそのパーティとはデイブレイクのことである。
ダンジョンで活動する冒険者の情報は伝令で定期的に回っているとはいえ、いざ彼らと初めて接触した職員たちは、デイブレイクの "見た目" から彼らのことを侮っていた。見栄えが良いと話も良いように脚色されるものなのだな、と。
しかし数週間や数ヶ月もの間放置された実入りの少ない、あるいは難度の高い依頼を選り好みせず淡々とこなしていく姿に職員たちの心は次々と陥落し、一気に話題の中心になった。
「皆さんも、"デイブレイク" ですか?」
受付に声をかけたのは、ごくたまにギルドに顔を見せる連邦の商隊長だった。
「あら、マルシさん。ご無沙汰しています。皆さんも、と仰るのは?」
「いや、うちの娘がデイブレイクの一人にご執心の様で、私も動向を追っているんです」
納品の書類にくまなく目を通しサインしながらマルシ商会長は答える。
「ご執心ということは、ディモンさんに?」
「いえ、ボウェルという方のようです」
「あら」
「学友だそうで」
受付の女性職員は口元を緩めつつ相槌を打つ。
「デイブレイクは今神国にいるんですね」
「えぇ。あ、噂をすれば」
マルシが振り向くと、4 人組のパーティがギルドのドアを開いて入って来たところだった。
マルシはすかさず声をかける。
「こんにちは。皆さんがデイブレイクですか?」
「えぇ。そうです」
ディモンが答える。
「私はトーキーオで商人をしています、ガグ=マルシです。商隊も組んでいて、たまにダンジョンや神国にも赴いています」
すぐさま反応したのはペイネだった。
「もしかして、オレグアさんのお父様ですか?」
「えぇ。あなたが、ボウェル嬢で?」
「ペイネ=ボウェルです。お見知り置きを」
カウンター越しにその遣り取りを見ていた職員は悟った。
あ、“落ちた”、と。
職員の想像通り、マルシはデイブレイクが要件を済ませて去った後、静かに、しかし興奮気味に話を振った。
「ねぇレイネンティさん」
「はい」
「私はこれまで娘に頼まれてデイブレイクを追っていたんです」
「そうなんですか」
「なんでも娘は、"ボウェルさんを見守る会" の会長なんだそうです」
「ふむふむ」
「しかし!今日から私もその会員です!あんな神々しい体験があったなんて!」
受付のレイネンティはにっこりと微笑みを返し、ギルドを後にするマルシを見送った。
その日から神国でもボウェルさんを見守る会の支部が密かに立ち上げられたことは言うまでもないだろう。
少し趣きが他の支部と違うところと言えば、デイブレイクを尊重する傾向が強いためデイブレイクを見守る会とでもいうべき立ち位置になったことだろうか。そして男子禁制の様相がないため、完全には見守る会の要件を満たせないこと。
もちろん、デイブレイクの 3 人には知る由もないことである。




