042 王の盾
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キャス第二皇子は困惑していた。
なぜなら、つい先ほど話していた男が "再来" に拘束され城に引き連れられ、そして今キャスの部屋で国王と側近たちに囲まれて立っていたからだ。
チャンは何とも言えない顔でチラっとキャスを見たきり、俯いていた。
国王がキャスに問う。
「この者はお前の下によく通っていたな」
「・・・えぇ」
「再来を襲った理由をお前から聞いてもらえんか」
キャスは国王の強い眼差しにたじろいだ。怨念すら篭っていそうなその目は、キャスが未だかつて見たことのないものだった。
キャスは国王の言葉に逆らう気になどなれなかったし、兄の死を悼み原因を知りたい気持ちは父と同じだった。
「・・・本当に、再来を襲ったのか?」
チャンは答えない。
「襲ったのか?!」
きっと答える気など無いと、流石にその場の誰もが察していた。
激しくチャンの肩を揺さぶって言葉を引き出そうと試みるキャスもそれを理解し、たっぷりと時間をかけ、項垂れ、そして黙ってしまう。
「任せた」
国王が一言告げると側近はチャンを連れ部屋を出た。彼はこれからありとあらゆる拷問を受けることになるだろう。
そして国王もキャスを一瞥すると部屋を出た。
「どうして、そんな・・・」
キャスは一人部屋で呟く。
そして引き出しから取り出したペンダントをじっと見つめ、考える。
キャスにとってチャンは・・・というより彼が属する女神派は一つの手段に過ぎないと思っていた。
ダンジョンで聞いた "あの声" の正体を追い求める過程に過ぎないと。
神の声について調べていることをどこから聞きつけたのか、情報量において彼を上回る者は居ないだろう気安い存在として、いつの間にか彼はキャスの側にいた。
もちろん皇子としての、もっと言えば時期国王たる第一皇子デイスを支える存在としての責務をキャスは忘れたことはなく、日々の務めを怠ったこともない。
キャスは日の落ちゆく部屋の中、最近のことを思い返す。
何か変わったことを言っていなかったか?何かを気にするそぶりはなかったか・・・?
思い出せることは特にない。今日も先日も、これまでと特に変わりはなかった。
そもそも最近はデレスの持ち帰ったダンジョンの話をしたり、街での流行を聞いたりと、ただの友人のような世間話で終わることが多かった。
神のものと思われる声を聞くなど歴史上でも稀有なことであり、それは自然な流れだったが、そうであるならば彼との関係をここまで深めたのは一重にキャスがチャンと相性が良かったからだろう。
無論、チャンがキャスに合わせていた可能性をキャスも考慮しているが。
キャスが別の視点から女神派について調べる手段を持っていたならば、もう少し別の接し方もあっただろう。
しかしそれは秘密裏にチャンが阻んでいたためキャスにはどうしようもないことだった。
国王やデイスならばそう言った工作すら上回って情報を掌握したかもしれないが、キャスはまだ若く未熟だった。
女神派はあまり表舞台に出ない組織で、その存在を知る人がそもそも殆どいない。
そして知っていたとしても、神の声を集めているらしい、ガイナ教と対立しているらしい、程度のおぼろげな情報しか持っていない。
大抵の場合、神の声を集めるなど好きにすればいいと思うだろうし、人族最大の教派であるガイナ教と対立しているかもしれないとなれば近寄ろうとは思わない。
そういうわけで知る人が少ない。
ガイナ教の中では女神派の扱いについて意見が割れているが、大多数は警戒の姿勢をとっている。ただ、迎合的な立場にない警戒派であっても、積極的に女神派を否定しようとはしない。
そもそもガイナ教はこの世界の神と考えられている存在 "女神ガイナ" を信仰の対象としてるが、女神派の擁立する女神もまた、このガイナに他ならない。
違うのは、ガイナ教が民衆に膾炙するため女神の言葉の肯定的な面を、あるいは否定的な面も教訓的に捉えて分かりやすくまとめたものを教義としているのに対し、女神派は女神の言葉をありのまま集めていることだ。
良心に訴えかける訓示に満ちたガイナ教の教えと、神自身の、世界への不満すら内包する女神派の教典。前者が選ばれ力をつけたのは自然の成り行きだろう。
逆に考えれば女神派は広義にガイナ教を含むとも言えるのだが、問題はやはり女神の言葉の負の側面にあった。
『やっぱり世界に馴染まないとダメなのかなぁ』
『このままじゃ失敗するかも』
特に重視されている "原文" はこの二つのだ。
古い時代から伝わったものだが、内容については信頼できるものと云うことになっている。
"世界に馴染まないと、失敗する"。
深読みの仕方によっては、何らかの形で世界に破滅をもたらす存在が現れ、世界が終焉を迎えると解釈できる。
そしてそう解釈してしまったのが女神派だった。
女神派はひっそりと考えた。
神の意向を汲み世界を救わなければならないと。そのためには力が必要だ、と。
女神派の中でも、終焉の時が近いと考え強行的な態度を示す一派がある。それこそがチャンの属する女神派 "強行派" だった。
キャスは知らず知らずのうちにその片棒を担がせられつつあったのだ。
チャンが捕らえられた今でさえ、キャスはその思惑の片鱗にすら気付けてはいない。さすがに組織立って動いていただけのことはあると言うべきか、あるいはチャンの手際を褒めるべきか。
*** ミズノエ=トーリ 女神派強硬派幹部 ***
チャンがしくじったとヨカイから報告を受け、再来に手を出す判断を下したことをひたすらに後悔した。
国王の暗殺が阻まれたのは一応想定の範囲内だったが、第一皇子が案外あっさり葬れたため調子に乗ってしまったのだ。
作戦はここまでずっと順調に来ていた。それを最後、ほんのひと欠片の欲を出したせいで台無しにしてしまった。
会議で褒めそやされその気にさせられたなど、言い訳にもならない。しかし過ぎたことを言っても仕方がない。一応、まだ挽回できる段階にある。
チャンを失うのは痛いが、こればかりは諦めざるを得ないだろう。
しかしキャス皇子が身辺を探られるのを嫌うだろうことを思えば、チャンの背景を探られずに終わる可能性もある。ならば、我々の構想も潰えたわけではない。
保険は活きているからだ。
穏健派の連中は今回のことをいい教訓だとでも言うだろうが、私はそう思わない。失敗に終わらせるつもりはない。
ダンジョンの活性化等、世界の不和は確実に増えている。それに対する戦力を確実に手にするために国を、軍を掌握することは、世界の救済に不可欠な道のりなのだ。
穏健派のようにいつまでも細々と人材育成と勧誘を続けるばかりでは、真の力には届かない。
アポロア様のような英雄を望むのは、天使や悪魔の遠退いた現世では酷と云うもの。あの再来ですら、チャンの魔法に落ちたと聞く。所詮個の力などその程度なのだ。
数こそ力。この信条を崩すつもりは私にはないし、我が同士たちもそうだろう。
キャス皇子と騎士団に対しておこなってきた下準備が完全に潰されなければ、挽回の目はある。
・・・そう思っていた私の、強行派の思惑はすぐにも潰えることになってしまった。
国王付きと思われる者たちがこちらの勢力を虱潰しに探し始めたからだ。
おそらくキャス皇子が国王に迎合し、女神派のことを話したのだろう。
実働部隊と暗躍部隊に分かれている潜入班のどちらにも捜索の手が広がり、少しでも怪しい動きがあればバレる・・・そういう情報網が数ヶ月で早々に築かれてしまったのだ。
さすがに賢王と呼ばれるだけのことはあると、いっそ迅速な手腕に関心してしまう。いやそもそも、当の賢王の暗殺には失敗したのだ。姿を掴めなかった彼直属の部隊の存在を、否応なく感じる。そしてその脅威を。
情報網の目一つ一つが狭くなり、私たちの行動は極めて制限されてしまうことになった。
多くはないが少なくもない潜入班を動かすには、時間的同時性が確保された環境が求められる。
軍国方向へ密かに刷り込みを済ませたキャス皇子をトップに添え、騎士団も内部から塗り替える・・・二方面から王国を乗っ取る私たちの長期計画は、こうして実行力を失ってしまった。
いずれ再開の目処が立つ日もあるかもしれないが、今はもう無理だ。
次の計画を考えなければ・・・。
*** ハル ***
城下町を一通り探索した後、私たちは物資補給のタイミングで一度ダンジョンを離れて東へ向かうことにした。ポロアスト大陸の東端には神国があり、そして更に先には霧の里がある。
ララの店で東へ向かうことを告げると店主は少し寂しそうな顔をしたけれど、その間に最高の武器を作っておく、と宣言された。と言うのも、城下町探索で見つけたミスリル鉱石を持ち込んだのだ。
城下町が冒険者の手つかずの状態だったからだと思うけれど、あたかも普通の石の様にケンタウロスの森を超えた先の農耕地帯にミスリル鉱石は転がっていた。
それなりに大きかったこともあって、帰還のいい切っ掛けになった。
連邦の東側の国々は神国との交流の窓口になっているためか、文化が他の国々とは違っていて面白い。
そもそも東側は遊牧的な生活文化が少なからず残っているようで、土地の広さに対する人口が少なく、国の首都の規模も大きくない。
国境での通行税が高かったのはいただけないが、大した出費ではなかった。
建物や人々の姿だけでなく、その辺に生える雑草も丈が西から東にかけて低くなっていて、景観の差を感じられる要因になっている。雨量が少ないんだろうか?
急ぎすぎない速度で首都を幾つか経由し、首都ごとにギルドで適当な依頼を数個こなして、そうやって連邦を過ぎるといつしか神国の国境を越えていた。
神国には名前から想像するような仰々しさはなくて、むしろ牧歌的な雰囲気を感じる。
前世では外国を旅行したことが数回だけあるけれど、多分北欧の国々の雰囲気なんじゃないだろうか。まぁ北欧に行ったことはないし、神国は北欧と違って山が少ないけれど。
連邦と違って一つの国なので途中の関税額や町ごとの差異もあまりなく、しかし大きめの街には設置されていたギルドに適宜寄りつつ首都に向かった。
道中、私とペイネは自分の魔素制御の練習はもちろんとして、ディモンの魔素制御の指導にも注力した。
ディモンは制御規模の縮小が苦手のようで、ここを乗り越えれば一気にレベルが上がる、というところ。
私は影に籠らせっぱなしのネフをどうやって今後外に出そうか模索中で、ひとまずネフには、影の中でネフの形が曖昧になっていることを利用した解決策がないか探してもらっている。
フレアはララの店で作成してもらった新しい全身鎧のおかげで、どこからどう見てもゴツイだけの重戦士になった。もちろんゴーストの下半身は気持ち悪いので取り外し、これも収納できたので私の影に収めている。
城下町での検証で、どうやらあのアンデッドの王フォルトが自身の影に収めたことのあるアンデッドなら、影に取り込めるらしいと分かったから。
ペイネは体と離れた位置の魔素操作を練習していて、数日おきにフレアを貸してくれるよう頼まれる。まだまだぎこちないけれど、そのうちペイネもゴーレムを操りつつ自分も動くスタイルに移行するつもりなんだろうか?
神国の首都ガイナスは "ガイナス祭" を終えて落ち着きを取り戻しつつある時期だったらしく、私たち、特にペイネは参加できなかったことをとても残念がった。
巫女の演劇を見たかったらしい。
私たちは宿を借り、少しの間ガイナスに滞在することにした。
強いて言えば目的は仲間集めということになるが、他にもやっておきたことがある。
霧の里について調べたり、ガイナ教というか神について調べたり。
ギルドの依頼を片手間程度でもこなしていれば、貯蓄にも手をつけずにやっていける。
そう思いつつ過ごすこと 1 週間、私たちはうってつけの依頼を見つけた。
“ウライの森で神の声を聞いたとの噂あり。詳細な情報求む”
報酬が良いのに手が付いていない。わりと新しい依頼なんだろうか?
ウライの森は霧の里に続く森で、霧の里が隣接していることもあって人が近付かないらしい。なんでも霧の里との境界が曖昧で、いつの間にか里側に迷い込んで消息を断つ事例もあるのだとか。
私たちは報酬が良かった別の依頼で数日前にウライの森近くを訪れていた。
神の声となると "まさにこれ" と言える依頼だ。しかもよく見れば依頼は教会から出ている。
教会付きの軍なり何なり、教会にも人手はあるだろうにと思わなくもないけれど、ひとまず私たちは意気揚々と依頼を受けた。




