041 第一皇子暗殺
*** オヴァリ=エンダ ***
食事会は豪華過ぎず、けれど贅沢なものだった。
王家の人々と重鎮らしき人たちが数人いるだけで、給仕のメイドも最低限のこじんまりとした会だったことで、少なからず気は緩められたと思う。
ナユタさんは警戒心を保ったままだったけれど食事自体は楽しんでいた。
話題としてはダンジョンでの冒険譚を聞かれたり、魔法と剣のバランスについて意見し合ったりと、想像していたより当たり障りない、自分たちに寄せてくれていることが察せられる内容が多かった。
王家の人たちは代々冒険者として研鑽するのが伝統とも聞いたから、それゆえかもしれない。
特に現ロッキンガム探索隊隊員のデレス第三皇子からはナイトゴーレムや城下町のことを詳しく聞かれ、荒野での話が合うこともあって会話が弾んだと思う。
重鎮と思ったうちの一人は名の通った商会の会長で、王国出身のノトはもちろん、僕もグレイモアさんも彼の名前を知っていた。
「まさかゴライオス商会の会長と知り合えるなんて・・・」
ノトは国王よりもゴライオス会長と居合わせたことの方に驚いていたくらいだ。
そして宴もたけなわというところで国王が本題らしき話を切り出した。
「再来の諸君に是非ともお願いしたいことがあるんだが、いいかな」
「なんでしょう」
「王都北西に湖があるのは知っているかね?」
「ヴァヤ湖ですね。ダダライオにも近いですし、分かりますよ」
ノトが答える。
「そのヴァヤ湖にヒドラが住み着いたらしく、まだ大きな被害は無いが早めに対処したいと思っておるんだ」
「討伐して欲しいということですか?」
「それは任せる」
経緯を細々と聞く。まとめるとこんな感じだろうか。
最近湖に首が三つあるドラゴンが住み着いたとの目撃情報が出始め、周囲の生物が狩られているという。いずれ獲物が人に変わる懸念があるため、その前にヒドラを討伐するか、あるいは別の場所に移して欲しい、と。
「騎士団や軍ではダメなのですか?」
僕は気になって聞いてみたけれど、魔物関連のことはイレギュラーも多いためできるだけギルドに依頼するようにしていて、今回は丁度僕たちが王国を訪れたから、これ幸いと声をかけたらしい。
「冒険者たちの仕事を奪っては、良い関係が築けん。そうだろう?」
確立した武力組織を持っていると、そういう力関係にも気を配る必要があるんだろうか。
「ギルドに依頼する形式をとる。当然、報酬は弾もう」
おぉ。国王自らの言葉となると、期待してしまう。
「と言うと?」
ナユタさんが喰いついて聞いた。言質をとるつもりだろう。
「そうだな・・・ヒヒイロカネの小刀ではどうだ?」
それを聞いて、僕とノト、グレイモアさんは目の色を変えた。ナユタさんとレイネさんはピンと来ていないようだ。
「良い物なのか?」
小声でナユタさんに聞かれる。
「えぇ、レアメタルの中でも希少ですし。それに何より、アポロア様の懐刀として有名です」
「へぇ」
「売ればおそらく 4 代は豪遊して暮らせますね」
「へぇ!だがなんでそこまで肩入れしてくれるのかね」
「それは分かりませんが・・・」
メンバーでヒソヒソと意見を出し合ったけれど、結局依頼を受けることにした。
報酬があまりにも魅力的過ぎた。
国王の手前、報酬はいらないなんて言えればカッコイイし僕たちの株も急上昇するだろうけれど、そこまで財力に自信があるわけでもない。ダンジョンで稼いでいるとは言っても。
「お受けいたします」
「おお、そうか。では指名の上でギルドに依頼をかけよう」
国王の満足気な顔に見送られ、僕らは城を後にした。
帰り際、ゴライオス会長から店で融通を利かせてくれると声をかけられた。是非利用させてもらおうと思う。
ヴァヤ湖へはいつも通りの準備だけで向かった。行ってみないと様子は分からないし、要り用な物があればその足でダダライオに向かえばいいと云うことになったからだ。
1 週間ほどの道のりでヴァヤ湖に着いた。
警戒しつつ湖に近付いたけれど、着いてすぐは特に何もいなかった。
ヒドラはドラゴンの亜種だから水中で眠れるとは思わないけれど、どこかで休んでいるんだろうか。
「ダダライオはそう遠くないから、依頼も急ぎではないし行ってみないか?」
ノトが提案し、僕たちはダダライオを訪れることにした。ヒドラのことも、人のいる所の方が情報が集まりやすいだろうという理由もある。
2 日かからずダダライオに着きノトの生家を訪れると、ノトの両親と姉に歓迎された。ノトがいるから、という理由もあるだろうけれど、歓迎の盛大さは "再来" 効果が大きいみたいだった。
再来の噂は僕たちが思う以上に広く伝わっているらしい。
ヒドラについて住人に聞いて回ると、目撃情報はちらほらあっても直接危険な目に遭った人はいないらしい。ただヒドラがいるために最近湖は避けられているのだとか。
国王の言う通り、今のところは湖周辺で食料になる獲物も事足りていると云うことだろうか?
ヒドラの姿も聞いていた通りの様相と相違なく、特段新しい情報は無かった。
こうなると、ひとまずヒドラを探すところから始める必要が出てくる。ダンジョン外のフィールドワークには色々あるけれど、僕は探し物系の依頼を殆ど受けたことがないのであまり気乗りしない。
「まぁ仕方ないさ。むしろ着いてみたら聞いてたのと違って暴れ回ってる、なんてことが無くてよかった」
グレイモアさんが言う。確かにそうだけれど。
「そもそもなんでこんなところにヒドラが生まれたんだ?ヒドラは俺たちの世界にもいたが、ドラゴンの巣に本当に少数だけいるような珍しい種類だったぞ」
「小さな個体が迷い込んで大きくなったか、それか誰かが持ち込んだとか?」
ナユタさんの言うドラゴンの巣も気になるけれど、それ以上にレイネさんの想像の方が怖いと思った。レイネさんの予想が事実なら、犯人を見つけない限り今後も繰り返される可能性があるし、その可能性を挙げたら犯人探しを依頼されかねない。
「ダンジョンではそんな感じではなかったですが、ドラゴンは知性次第で意思疎通ができることもありますし、とりあえず見つけてからですね」
「そうか。こっちのドラゴンにも喋れるやつがいるんだな」
「もっとも、喋れるとなると伝承レベルで希少だと思いますが・・・」
ふーん、とナユタさんは少し寂しそうな顔をした。ドラゴンに思い入れがあるんだろうか。ダンジョンではバッタバッタと倒していたけれど。
湖に張り込んで探すこと 3 日、ついにヒドラが姿を現した。
なんとヒドラは湖の中から現れたのだった。まさか水中で息ができるとは・・・それとも水底に、水の入らない洞窟でもあるんだろうか?
とりあえず様子を見る。水際を飛んでいるだけで、お腹が空いてそうだったり機嫌が悪いようには見えない。
「どうする?話しかけてみるのか?倒すのは簡単そうだが」
「とりあえず話しかけて見ましょう。一応。水中にいた理由も気になりますし」
おーい!と声をかけると、ヒドラは 3 つの首でこっちを向き、しばらくそのままじっとしていた。
もう一度声をかけると、今度は警戒しつつ少し近くまで飛んでくる。
「言葉が分かるか?」
僕の言葉に首を傾げる仕草を見せるけれど、何も答えない。・・・どうやらこのヒドラとの意思疎通は難しそうだ。
「なぁ、狩った方が早いんじゃないか?」
ナユタさんが言う。
「手っ取り早いしな」
グレイモアさんも同意する。
僕としては大した害が無いなら穏便に済ませるのもいいかと思っていたけれど、二人の言うこともおかしいとは思わない。
言ってみればただ、気分の問題だ。
僕たちはおもむろに戦闘態勢をとった。
ヒドラもそれを察したのか、臨戦態勢になった。
・・・結局ヒドラは十数分の戦闘で倒すことができた。
水魔法を多用する上、首ごとに炎を吐いたため厄介といえば厄介だったけれど、ナイトゴーレム 3 体の連携と不死身具合に比べれば飛んでいることすら大した障害ではなかった。
正直なところ国王がわざわざ僕たちに依頼するような内容ではないと思う。
それこそ、騎士団でも対処できただろう。
僕が感じたまま言うと、レイネさんが答えた。
「私たちと何でもいいから繋がりが欲しかったんじゃないかしら」
・・・そうなんだろうか?
ともかく、王都のギルドに報告に行こう。
*** ロッキンガム王国第二皇子 キャス=ロッキンガム ***
王都は騒然となった。
俺は呆然としている。
兄が死んだ。
・・・いや、殺されたのだ。
兄、デレス=ロッキンガムは極めて優秀な人物だった。
幼少期は学習で分からないことなど無かったらしい。
指導された武芸は全て身に付けたという。
ロッキンガム探索隊では早々に実力を認められた。
父である国王の下で政治学にも習熟し、いつでも次期国王として立てると噂されていた。
そんな兄が死体で発見された。
タイミング悪くチャンが訪れた。この厳戒態勢の中、よくこられたものだと思うが、日頃俺と親しくしているせいかもしれない。
「何かあったんですか?」
わざわざ話す気にもなれない。
「いや」
「そうですか。調子が悪そうでしたので。それに、妙に城内が慌ただしいというか」
答える気分にもなれない。
「なぁ、今回のこと、関係無いよな?」
「何が、でしょうか?」
「いや・・・」
関係ないのだろうか。
幸い、という言葉を使いたくはないが、襲われたのは兄だけだった。
しかし国の将来を考えるなら、兄を襲うなど国内のどんな勢力にとっても愚行としか思えない。
それほどに兄は敵を作らない、次の国王に相応しい人物だったのだから。
「すまない、今日は帰ってくれ」
俺が告げるとチャンは部屋を出て行った。
「女神の祝福があらんことを」
いつものセリフを残して。
*** 再来のレイネ ***
王都へ戻った私たちは雑然とする都の様子に驚きつつも、ギルドへ向かいました。
ギルドで依頼完了の旨を伝えるのもそこそこに、その話題が耳に入ります。
「皇子が殺されたなんて、物騒だな。俺らは関係無いよな・・・」
ナユタは相変わらず悪い方に考えます。
身に付いた習慣は早々消えるものじゃないけれど、なんだか不憫に思います。
例えつい先日一緒に食事をした皇子が殺されたのだとしても、私たちに直接関係は無い・・・そう結論付けて宿をとりましたが、早計だったようです。
「再来の皆さんで間違いありませんか」
その男は、宿近くの食事処で夕食についていた私たちのテーブルに寄り尋ねました。
エンダが答えます。
「えぇ、そうですが、あなたは?」
「私はこういうものです」
そう言いつつ斜めがけの鞄から何かを取り出す仕草を見せたかと思うと、フッとみんなの気がそぞろになりました。
どうしたのでしょう?状況の把握に数秒固まっていると、男が静かに手を前に出して呟きました。
「呆気ない。あとはキャスに・・・」
・・・どういうことでしょうか。
私は臨戦態勢をとって、重力魔法で彼の動きを拘束しました。
「どういうことですか?」
床に這いつくばった男に質問すると、男は驚きの目で私を見上げています。
男の驚きにも、男の事情にもあまり興味はありません。でもナユタが、仲間が不覚をとったことには若干の焦りと憤りを覚えます。
「ど、う、い、う、こ、と、で、す、か?」
語気を強めて聞いてみても、男は口を開かないまま。店内にいた客が引いていますが、些細なことです。
仕方なく私は彼を拘束したまま、カバンを漁って中にあったもの全てを丁寧に壊しました。
綺麗な紫色の玉が壊れると、みんなの様子が元に戻りました。マジックアイテムだったのかもしれません。
「あら、よかった。戻ったのね」
「すまんレイネ、また助けられたと言うべきか」
ナユタは過去を気にしすぎる。
「ありがとうございますレイネさん・・・こいつの仕業ですか?」
まぁ、そうでしょうとも。ノトはいつも見せない険しい顔をしています。もしかしたらヒドラの件と関連付けて考えているのかもしれません。
「それで、どうします?」
私の問いかけに 4 人の意見は一致していました。
私たちはそのまま彼を王城に連れて行きました。
事情を衛兵に話すと、国王が直接会うと言ったらしく、応接室に通されます。男は縄で縛られ、グレイモアが引き連れています。
国王は息子の死の直後で疲弊している様子がありありとみて取れました。
食事会でもデイス第一皇子は確かに光るものがあり、心情は推して知るべしというもの。
「それで、その男は?」
国王の問いにエンダが答えます。
「私たちに出会い頭に何らかの魔法をかけ、キャス皇子の名を口走ったのでデイス皇子の件と関係があるかと思い、国王様の管轄に引き渡しに来た次第です」
「そうか・・・ご苦労。すまないが、また」
国王はそれだけ言うと、側近に一言二言伝えて応接室を後にしました。
側近は私たちから男の身柄を引き受け、国王同様に部屋を出て行きました。
残された私たちはメイドに引き連れられて城の入り口まで案内され、そのまま宿に帰ることになります。
なんとも呆気ないというか、素っ気無いというか。
ともかく、彼が何かしらの任務をしくじったのは確かでしょう。
ナユタまで嵌ったのは意外でしたが、良い教訓だと思うことにしましょう。
私たちはとりあえず日頃の警戒を強めることだけ話し合って、あとはこの騒動が収まるのを王都に留まって見守ることにしました。
それにしてもあのマジックアイテムらしき "玉"、よっぽどの代物だったのでしょう。
何しろ久しぶりにあのアイテムのせいで、私の中の闘争心が表に出てしまったほどですから。
ナユタは嫌がるだろうけれど、やっぱり生き物の一生にはほんの少しのスパイスがないと・・・なんて思います。




