037 大聖堂は広いんです
描きました。
https://twitter.com/cjxmtab5nlha6qx/status/1414953111702196225?s=21
*** レイェル=フォルト ***
その日、一組のパーティが俺の根城に足を踏み入れ、教会は戦場と化した。
俺はご丁寧に真正面の扉から入ってきた彼らを護衛と共に迎え、ここへ至れたことを褒めた。
・・・正直に言えば地上へ向けた侵攻を開始する前に俺の軍勢が蹴散らされたことに、俺は苛立ちや遣る瀬無さ、怨みがましい気持ちを覚えていたが、何故かそうするのが自然に思えた。
「よく来たな。俺はレイェル=フォルト。アンデッドの王みたいなもんだ」
敵対する 4 人はじっと黙ったまま、既に武器を構え臨戦態勢にある。
俺の護衛も同様だが、火蓋が落とされる前に俺には聞いておくべき事がある。
「俺と戦うのはいいが、一つ聞かせてくれ」
「何かな」
男が返事をする。
「王国は健在か?」
「あぁ。今の王は賢王と呼ばれているね」
「そうか」
・・・そうか、俺の "目的" は健在か。
「ならば、立ちはだかる者は排除せねばなるまい」
俺は合図して 3 人を前に遣る。
「ウリア、キッド、ネフ。俺の護衛だ。・・・抗ってみせるがいい」
「私たちはデイブレイク。よろしく」
一番印象の薄い女が平坦な声で答えた。
そして戦闘が開始された。
俺は直接戦闘に向かないが、護衛たちは特に能力の高い者を厳選している。負ける気はしない。
スケルトンスライムのウリア、リビングアーマーのキッド、ドラゴンゾンビのネフ。言葉こそネフしか話せないものの、3 体とも知性が高く単体でも非常に強力な魔物だ。敢えて物足りない点を挙げれば、人型のキッドが見た目に反して喋れないことくらいだろう。
そんな 3 体が俺の号令で一気に冒険者たちに襲い掛かった。
・・・ふと思ったが、先に屋外へ誘導した方が良かっただろうか?ネフはドラゴンとしては小型だが、暴れ回るには教会は狭いかもしれない。まぁいいか。
冒険者の一人は何故か、上半身を失った体を肩車のように括り付けている。括り付けられた下半身はナイーゲルの服装で、つまりナイーゲルの成れの果てなのだろう。よくそんな気味の悪い運搬方法を実行に移したものだと思ったが、下半身を括り付けられているのはよく見ればゴーレムだった。
・・・3 人パーティだったのか。加えてナイーゲルは配下の中でも最上位の精神汚染魔法使いで、あの下半身はそれを跳ね除けた証でもある。
俺の中のパーティに対する評価が上がる。
冒険者たちは生前の俺ならばきっと見惚れただろう流麗さで立ち向かって来た。
開戦早々幻影に身を紛れさせ、次に姿を認識した時にはウリアとキッドが宙に浮き、業火に焼かれていた。
キッドはさすがに燃え尽きないものの、浮かされたままでは逆に修復できない。
焼き尽くされ消滅したウリアを即座に復活させる。
その間にネフは風に捕縛され、見慣れない片刃の剣を持つ女に斬り付けられる。
復活したウリアに男とワンドを持った女が向き直り、片刃の女とゴーレムは風の拘束から逃れたネフに相対する。
キッドは浮かされたままだ。
・・・ほんの数十秒で目まぐるしく戦況が移り変わる。
ウリアはスライムの性質的に火魔法と相性が悪いが、男とワンド女は火魔法使いではないようだ。
しかし風刃と水刃が合わさってウリアを細切れにしてしまう。
本来ならスライム特有の再生力にスケルトンの硬さと軽さが加わった不落の防御で耐え、上級の水魔法と剣術で苛烈に攻撃するのだが、それを披露する隙がない。いや、そもそもウリアは戦闘時は好んでスケルトン型になるのだが、スライム形態でしか応戦できていない。
細切れ状態から寄り集まって回復しても、回復した端から刻まれている。
宙に浮かされていたキッドは持ち前の風魔法で体を捉えていた風に対抗し、ようやく地に足をつけた。ウリアへの攻撃で魔法が分散したことも影響していそうだ。
影魔法を主体とするキッドは、地上でこそ本領を発揮する。
男がウリアの、ワンド女がキッドの相手をするようだ。
ワンド女は魔法の効力を高めるためかキッドに近接するが、距離を詰めたのは悪手だろう。キッドの操る影の間合いに入る。
キッドの影は生き物の影を捉え、そして影を操ることで本体を制御するのだ。
屋外では影が薄く範囲も狭いが、教会の篝火はその効果を高める。
「うっ?」
ワンド女が足元の異変に気付いたが、もう遅い。
キッドは必殺の間合いで剣を振り上げた。
相手取る組み合わせが悪かったな、と思いつつ、ワンド女の最期を現実の光景に投影する。
・・・しかしキッドが振り上げた剣はそのまま停止していた。
「あぁ、分かっちゃった」
ワンド女の呟きが聞こえる。
・・・どういうことだ?なぜ二人とも動かない。
そう思ったのも束の間、キッドは振り上げた剣を放り投げた。
異常な光景に驚いていると、ワンド女がゼロ距離で放った風魔法によってキッドはぐちゃぐちゃに押し潰された。
再起不能となったキッドを影に取り込み、新たに復活させる。
このタイムラグの間ウリアは 2 人を相手することになり、男との攻防ではやや押され気味ながら均衡状態だった戦況は崩され、再び切り刻まれた。
取り込み、再生する。
ふむ。4 人の戦闘は復活込みで小康状態といったところか。
ネフの方に目を移すと、先程からなんとなく聞こえてはいたが、対峙した女と普通に会話していた。何をやっているんだ・・・。
「・・・じゃあ、君はダンジョンのフレアドラゴンってこと?」
「そうである」
「へぇ、誰に倒されたの」
「覚えていないが、お前のような気もする。そうでない気もする」
「私はトドメ係じゃないから、どうかな。アンデッドってどんな気分なの」
「特にどうと云うこともない。ただ、無性に乾く。生者を恨む気持ちが溢れ出るのが分かる」
おいそこの 2 人、戦闘はどうした。
「何をやってるんだ?」
つい声をかける。
「む、おぉ、フォルト様。ついつい・・・なんと言ったものか、流れで」
どんな流れだと言うんだ。ウリアやキッドたちの戦闘が視界に入ってないのか?
「ドラゴンのゾンビなんて珍しくて、ついつい」
この女も何を言ってるんだ・・・。
まさかこいつら、戦わないつもりか?そんな選択肢は無いぞ。
「それで、どういうつもりだ?」
「まぁ、ただの小休止ゆえ。・・・そうであろう?」
「そりゃあもちろん」
・・・なんだ、結局は敵同士か。尚更何をやってたんだと言いたい。
「じゃ、そう云うことで」
女が声をかける。
「うむ」
ネフも答える。
一瞬で空気が変わる。
ネフはフレアドラゴンのゾンビなだけあって火魔法に長けている。しかも火魔法だけでなく・・・いやそれ以上に闇魔法への適性が高く、更に土魔法の適性まである。
闇魔法は稀な魔法で、水や火のようにイメージそのままの効果が生じるわけではなく、術者に依って発現様式は多岐に渡る。逆に言えば、そういう取り留めの無い魔法を大雑把に闇魔法と呼ぶ。
ネフの魔法は対象の記憶に訴えかけ、精神汚染に似た脱力感をもたらす。ナイーゲルの魔法の様な相手の気分を漠然と落とし込むものではなく、記憶を侵し呼び起こし、現実と混同させるのである。
俺もネフの魔法を取り込んで使ったことがあるから分かるが、おそらく習熟すれば、前提条件である記憶の読み解きの方がむしろ重要性を増すだろう。
生命の記憶が語る情報はあまりにも多く、一個の生命が自身に由来しない情報を享受するなど烏滸がましい。・・・生前であればそんな風に思ったかもしれないが、今となってはネフの魔法も単なる道具の一つに過ぎない。
地響きのような唸り声を上げたネフと、女が構え合う。
女は自然体に見える。
そして両者は激突した。
*** ハル ***
フォルトと名乗ったゴーストはアンデッドの王を自称した。
おそらく "この影" も、アンデッドたちの復活も彼の能力の一端だろう。それらしい魔素の動きを感じる。
そして彼の護衛の 3 体からは、種族の珍しさだけでなく実力を兼ね備えた雰囲気が漂っていた。
護衛の中でも私が注目した・・・というか惹かれたのは、ネフと呼ばれたドラゴンゾンビだ。スケルトンスライムと甲乙付け難いところだけど。
戦闘が始まるとごく自然な流れでドラゴンゾンビを受け持つ形になった。他意はない。
ドラゴンゾンビのネフは嬉しいことに人語を操り、思わず声をかけたら何となくそのまま会話が始まった。
ネフとのやりとりは短時間だったけれど、興味深いことを一つ聞けた。
なんでもネフはアンデッド特有の漠然とした渇望はあるものの、その衝動は定期的に暴れることで発散できるらしい。理由は不明ながら、人型以外のアンデッドにはそういう者もいるのだとか。
教会の入口付近ではディモンとペイネが戦闘を続けている。正直なところ私が向こうに回った方が良かったかもしれないが、私としてはドラゴンと話せてとても嬉しい。
しかしあまり馴れ馴れしくする訳にもいかない。
何故って、私たちはアンデッド軍の本拠地を崩すために来たのだから。
フォルトにも口を出され、私とネフはお互い戦闘態勢をとる。元々戦う定めにあることは、当然理解している。
ネフは炎を吐きつつ闇魔法を放つ。
炎は大きく回避し、闇魔法にはレジストする。
ナイーゲルの一件で薄々気付いていたけれど、おそらく私とペイネは直接干渉系魔法に対する抵抗力がかなり高い。
魔法に続いてドラゴン特有の突進、しかも炎で身を包むおまけ付き。
私は風を足場に距離を取り回避し、すれ違いざまに刀で翼を薙ぐ。しかしゾンビのくせにフレアドラゴンの硬さがあり、刀は弾かれた。パターン D を単騎でやるしかないのか?火魔法は効かなそうだからフレアは数に入れていない。
やっぱり私があっちの二体を相手した方が良かったかもしれない。
ネフの攻撃も私には届いていないし、これは持久戦か?と一瞬思ったが、よく考えれば最初のペイネの風魔法はネフを捉えていた。
ならばと風魔法に意識を全振りしてネフを捉えると、案の定その動きをほとんど止めることができた。
多分普通のフレアドラゴンより体が二回りくらい小さいことも影響しているんだろう。
動けなくなったネフに近づき、項垂れさせた首をさらりと落とした。
元々フレアドラゴンなら火魔法への耐性は高いだろから、フレアの魔法で焼き切るのは難しい。
倒し切る方法を考える間、首を落とされてもネフはゾンビらしく鈍く動いていたけれど、腹側から風の刃で切り刻むとやがて停止した。
・・・体が崩壊し、影に呑まれる。
影は形を成し、再びドラゴンゾンビが現れる。
この戦闘ではっきり分かったことがある。
フォルトの部下の復活はやはり "この影" を介している。影が動かなくなったアンデッドを飲み込み、新しく作り直して影から生み出すのだ。
風で浮かせた上で火魔法で完全に滅したと思った魔物が復活する理由は、更に別の能力だろう。ナーゲルと対峙した後スケルトンの魔法剣士ガレルの部隊と再び遭遇した時、完全に消滅させたと思っていたガレルの部下が復活していたから。数は少し減っていたけれど。
ガレル隊との戦闘は熾烈だった。主にガレルとディモンの一騎打ちが。
ガレルの部下は私とペイネが担当し、前回と比べるとやや梃子摺ったものの、感覚的にはすんなり風魔法からの火魔法で倒せた。前に遭遇した時よりも何故か数が少なく、風魔法使いのアンデッドへの対応も上手くいったから。
私たちがディモンの加勢に向かった時、ガレルは優勢ながら攻め切れないでいた。
ディモンは幻影を前面に押し出して守りの剣を展開し、ガレルの攻撃を凌いでいた。前回の経験から、無理せず私たち込みでの戦闘を想定したらしい。
生前の記憶と技を宿すスケルトンナイトの脅威は計り知れず、ディモンはガレルの剣術レベルを正しく見極めていたわけだ。・・・攻め急いでしまったなら、返り討ちに遭っていただろう。
とは言え私とペイネが二人とも加勢してしまうと、高速で展開される局面では却って邪魔になる。
それをペイネも察したようで、戦列に加わった私とディモンにバフの魔法を施してペイネは距離を取った。
「わたくしの生涯とは剣でしたゆえ、道を譲る訳にはいきません」
ガレルが私とディモンに言い放つ。
「それは満たされるの?」
「望みが果たされたならば、おそらく」
律儀にも私の問いに答え、ガレルは剣を構え直した。
死と隣り合わせの時間感覚が長く引き伸ばされた戦いの末、幻影と風魔法の相乗効果でガレルを抑え、私たちは達人と呼ぶべきスケルトン魔法剣士を倒した。
明らかに剣術で負けている相手に魔法と連携で勝てた感慨はひとしおだった。
ガレルとの戦闘を回想して、ふと思い至る。
もしかしてアンデッドも衝動の根元を解決すれば、自制的な存在として魔物のカテゴリーから外れることができるのでは?と。
そう考え、復活したネフを見る。
ネフは定期的に暴れることで欲求が減ると言った。破壊に関連する未練や行動原則があるんだろうか?
では、破壊とは何か。それは即ちダンジョンを侵す冒険者の排除であり、ドラゴンという種から連想される覇者の矜恃を保つための、保身に関わる全ての行動だろう。
私は降って湧いたこの仮定にとある可能性を見出し、そしてそれら全てを蹂躙することを決めた。ネフの全てを。
・・・つまり。絶対の覇者を私が代替しそれを認めさせ、かつ破壊衝動の解消手段として私が最適だと理解させれば、ネフは私に従順になる。かもしれない。
「ネフ。私のことを知ってもらうから」
「何のことだ?」
きっと今、私はとても愉しそうな顔をしている。
「すぐに分かる」




