036 召喚陣
*** 深層のゴーレム ファス ***
アンデッドの活発さや纏まりが加速度的に高まり始めてから数週間。活動範囲こそ広まっていないものの、偵察の際、辺縁で見かける小隊から感じる "軍隊らしさ" は明らかに増していました。
"復活" の特性を別にしても、戦闘の難度が底上げされたように思います。
・・・もっとも私が会敵する分には、復活以外に苦戦する要素はありません。
石壁まではたまにしか行かないため冒険者の動向は把握できていません。しかし以前遭遇した者たちなら、ナイトゴーレムを倒すのも時間の問題でしょう。
今となってはこの城下町のアンデッド戦線に早く加勢して頂きたいほどです。
無闇にダンジョンを攻略させるのも問題があるため、難しいところではあるのですが。
「ファス、あなたの方ではどうですか」
私たちファイズの拠点の一つ、物見櫓にいたサドに問われました。
「特に大きな問題はありません」
ファイズにはそれぞれ得意とする魔法がありますが、基本的な能力は高く設定されています。
私は水魔法に、サドは土魔法に特化しています。
「フォスからの報告では幾つかの冒険者パーティがアンデッド攻略に漕ぎ着けたようです」
「そうですか」
フォスは速度型の身体強化に長け、その特性から、情報収集は私たちの中でも得意な方です。
「ケンタウロスたちが侵食されていない事は救いでしょうか」
「えぇ、そうですね」
現状ドラゴンのアンデッドの目撃報告はありませんが、幻惑の森以前の魔物に比べてこの層の魔物は強く、アンデッド化すれば攻略難度が跳ね上がることは想像に難くありません。
「行方不明になったナイトゴーレムのことをグッグ様が気になさっていましたが、何か覚えがありますか?」
「いえ、何のことでしょう」
ナイトゴーレムがいなくなった事自体、初めて知りました。
「倒された・・・と云うことではないのですか?」
「いえ、それなら自動で修復されるはずです。グッグ様は連れ去られた可能性があると仰っていました」
「連れ去ることが可能なのでしょうか」
「グッグ様は、構成は精霊に比重があるけれど操作は魔素ベースだから無いとは言えない、と」
「・・・わかりました。何かあれば適宜報告を上げましょう」
「ええ」
*** ドッド=12=ガルネリア ***
ゴッデス闘技場には満月の夕刻に到着した。今夜を指定されていたので丁度いい。
カンナバーラ殿は闘技場の中央で儀式の準備をしているところだった。
「カンナバーラ殿。久しいですな」
「あぁ、ガルネリア殿。準備は順調ですよ」
「そうですか」
簡単に挨拶を交わし、忙しそうなカンナバーラ殿の邪魔にならないよう闘技場の外で野営の準備をする。と言っても俺は見ているだけだが。
アレスタイはカンナバーラ殿の配下との交流に向かった。ダンジョンの件を含め、手に入る情報はできるだけ収集しておきたいのだと。
殊勝なことだと言ったら「流石に私も要職ですからね」と苦言を呈された。反論の余地もない。
俺は闘技場の一席に腰掛けカンナバーラ殿の準備する儀式の様子を見ていた。基本的には幾つかのマジックアイテムの組み合わせでその祭壇はできているようだ。
六方に立つ柱、その周囲に配置された 3 重の鎖、中央の円形の敷物、そしてその敷物の上に置かれた数個のアイテム。遠くてよく見えないが、本と石板らしきもの、それから水晶玉の様なものがあるのが分かる。
"召喚術" 自体が確立されていない魔法のため、それを他の世界に適用するなど、どうやるのか見当もつかない。
一応考えてみるなら・・・別世界の観測、観測できた世界とのバイパス、召喚術の発動、そのための魔素の確保、といったところだろうか?
一通りの準備を終えたらしきカンナバーラ殿が、手伝っていた従者とともに観客席の俺の所まで歩いて来た。
「どうですか、召喚陣の出来は」
「不学ゆえ、そもそもどういう機構なのか分かりかねます」
カンナバーラ殿は特に表情も変えず、俺の返答に答える。
「あぁ、確かに召喚陣は珍しいですからね。簡単に説明すると、こちらを観測する意識を神を経由して捕捉して、こちらでは存在の歪みを起こし、世界間の不和は神に調整してもらう形で座標を指定して、その歪みに観測した意識を落とし込むんです。神との親和性が高いことが前提ですから、能力的にも保証される・・・そういうわけですよ」
従者はカンナバーラ殿の説明を黙って聞いている。国家の最重要機密に当たるだろう情報にも関わらず。
おそらくカンナバーラ殿以外では理解も再現も不可能だと思っているのだろう。
実際、俺の領内ではさすがに魔法に関して俺を上回るものは居ないと自負するが、正直に言ってその俺ですら何のことを言っているのか理解が及ばない。
神?馬鹿な。人族が信仰する "神" のことを言っているのか?その説明では、神の意識それ自体が捕捉対象だと言っているようなものだ。
俄かには信じがたい。
「既に何か試されたのですか?」
「あぁ、気になりますか」
そりゃあ、もちろん。気にするなというのは無理な話だ。
「この世界での魔物の召喚と、それとは別に別世界の観測には成功しています」
俺は顔に不審を浮かべる。
「まぁ見ていて下さい。なに、失敗しても何も出てこないだけですよ」
いや、生じた歪みが残るのではないか?そしてその歪みを何が埋めるというのか。
一抹の不安を覚えつつも、俺にも魔王の一人としての矜恃がある。黙って見届けよう。
そして満月が高くなった頃、ついに召喚の時を迎えた。
「では、いざ」
祭壇、もとい魔法陣の片隅に立ったカンナバーラ殿が鎖に魔力を込める。闘技場に溢れていた魔素が鎖の内へと収束していくのが肌で感じられる。膨大な魔素の流れは強烈な違和感を伴ってさざめいている。
6 本の柱が光り、柱から中央の絨毯に書き込まれた文様へと光が浸透していく。
いくつかのアイテムが文様の光に呑まれ、最後に中央の玉に光が集まり切ると、唐突に周囲の景色が一変した。
「あら?おかしいわね。え?そういうのもありなの?」
自分の体すら見えない発光する白い靄が立ち込め、どこからか若い女の声が脳に投げ込まれる感覚に身震いする。
・・・まさか、これが神だというのか?
「うーん・・・」
そう言ったきり、声は途切れてしまった。
立ち込めた靄は一瞬で消えたようにも、長い時間漂っていたようにも思うが、ともかく靄は次第に晴れ、気付けば召喚陣の中央には一人の女が佇んでいた。
俺や部下、カンナバーラ殿らには特に変わりは無い。
女は明らかに人族と分かる見た目で、歳は 20 に満たないくらいだろう。
赤茶色の瞳と長い髪が特徴的な、堕天使のアレスタイに勝るとも劣らない見目麗しい容姿だった。
「・・・あなたが私を召喚したの?」
女がカンナバーラ殿に尋ねる。
「えぇ、そういうことになりますね。理解が早いようで助かります」
「女神?だとか云う存在がそんなことを言ってたから」
「そうですか」
・・・やはり神は実在するのですか・・・と、カンナバーラ殿が呟いた気がした。
「それで、私はどうして召喚されたの?あなたは誰でここはどういう世界のどういう所なの」
女の落ち着きに驚きつつ、俺は彼女とカンナバーラ殿のやり取りを静かに見守る。
召喚前から張り詰めた警戒の糸は、もちろんまだ張ったまま。
「私はトモヒロ=3=カンナバーラ。魔王の一人です。ダンジョン攻略のために異世界の力を賜りたく、召喚陣を発動しました」
女は答えない。
「ダンジョンと云うのはこの大陸に突如として出現した、魔物の巣窟です。攻略の暁には十分な見返りをお約束します」
女は答えない。
「それから、申し訳ありませんが、元の世界への逆召喚の目処は今のところ立っていません。研究は続けていますが」
「それは今はいいかな」
女はすぐに答えた。
「私、戦ったりしたことないんだけど、その辺はどうなの?」
「召喚陣はそういう適性の網も兼ねていますから、私は問題ないと考えています」
「まぁ、それらしいモノはもらったけれど」
"もらった"・・・あの声の主に、か?
「試しに魔物と戦ってみますか?」
「そんな、いきなり」
言うが早いか、カンナバーラ殿はアイテムらしき布を取り出して放り投げた。宙を舞った布をかき消すように現れたのは、中々の大きさの猪の魔物だった。
パーティで対応するならば、おそらく中堅以上の練度が要求されるだろう。
「ちょっと!こんな・・・」
突然のことに女は困惑を隠せないが、召喚された魔物は興奮気味で、今にも女に襲い掛かろうとしている。
ただでさえこの闘技場は魔素が濃い上、周りを人に囲まれているのだ。一番近い彼女が標的になるのも仕方ないことだろう。
慌てた様子はせいぜい数瞬で、女は覚悟を決めたように魔物に向き直りスッと目を細めた。
猪の魔物がバフォッ!と吠え突進し、一気に女との距離を詰める。
女はそれを難なく避け両手を天に掲げたかと思うと、突如闘技場を埋め尽くす光が天から落ち、金属を叩き潰すが如き轟音が鳴り響いた。
光は一瞬で収まり眩んだ目が視界を取り戻すと、闘技場の中央では焼け焦げた魔物が横たわっていた。
「恐ろしい・・・」
その光景に、私はつい余計な一言を漏らしてしまう。
たった十数秒の出来事だったが、あまりにも衝撃的だった。
異常な身体能力の高さ、魔法発動速度、魔法の威力、躊躇いのなさ。
見た目ひ弱そうな彼女が元の世界で戦いの中に身を置いていたとは思いがたい。それなのに一瞬で覚悟を決めた、その胆力。
部下たちも唖然としている。しかもおそらく、雷の魔法が全てではないだろう。
むしろ彼女自身が新たな脅威ですらある・・・ここで排除すべきか?
カンナバーラ殿はどうされるつもりか。
「実に素晴らしい。やはり異世界の方はこうでなくては」
「それは、どうも」
「あの猪はこの世界でもかなりの強さです。おそらく、単独で倒せるのは国に十人程度でしょう」
確かにそうだろう。しかしそんな情報をわざわざ与える必要は無いのではないか。
「それで?私が手伝わないと言ったら?」
「それはもちろん、私が敵に回ります」
女は答えない。
「私はこれでも、温和な方だと自負しております。できればあなたの協力を得たいと考えています。それに異世界人のこの世界での生き方についても、それなりには提案できるつもりですよ」
「どういうこと?」
どういうことだ?
「そういう研究もしていますから」
「そうなんだ」
いや、分からんが、彼女には何か分かったらしい。
「・・・ひとまずお世話になろうかな。衣食住自分で揃えるのは厳しいだろうし」
「ありがとうございます」
「でも、過度に期待しないで欲しい」
「それは難しい注文ですが、できるだけ希望は聞き入れましょう」
そう云うことになった。
カンナバーラ殿には、人に提案を拒否させない、そんな雰囲気がある。俺が勝手に友好的に思っているだけではないと思いたいが、彼らとの同盟関係の至りにはそんな彼の気質も影響している。
闘技場を出るとカンナバーラ殿に引き止められた。
「ガルネリア殿、ありがとうございました」
「俺は何もしませんでしたよ」
「いえ、彼女のように大人しい方でなかったら、召喚の直後に皆殺しなんて可能性も、無いとは言えませんでしたからね」
恐ろしいことを言う。
いやしかし、俺は彼女と魔物の戦闘を見るまで、確かに侮っていたのだ。召喚される者が召喚者のカンナバーラ殿より強いことはないだろう、と。
実際は楽観できる結果ではなかった。
彼女の全容は知れないが、彼女とこの場で戦えと言われたら、パーティだけでなく俺自身の負傷も相当覚悟せねばなるまい。
「こちらの世界に慣れてもらう必要もありますが、おそらく戦場がお似合いになると思っています。遠からず、戦線に加わるでしょう」
「それは、俺も同様に感じていたところです」
彼女の中には何かしらの狂気を感じた。
ただの直感だが。
「ひとまず召喚に成功して安心しましたよ」
「今後も召喚されるのですか」
カンナバーラ殿は答えず、微笑んだだけだった。
フェイト=キャスカと名乗った彼女は翌日、カンナバーラ殿一行とカンナバーラ領へと向かった。
俺たちも領地への帰路につく。
「ガルネリア様、ほんとに大丈夫なんでしょうか。私は恐ろしく思いましたが」
アレスタイが問う。何が、と問い返すまでもなく、異世界人キャスカのことである。
「カンナバーラ殿に任せる他あるまい。ダンジョンが制圧されねば、いずれにせよ安息は無いのだ」
「しかし、彼女・・・フェイト=キャスカは得体が知れません」
俺もそう思う。しかし異世界人自体は、歴史上たまにこの世界に現れているのだ。カンナバーラ殿はそういう者たちの軌跡を研究されてきたのかもしれない。
異世界人は魔法から何から違う法則の中を生きるらしい。
彼女にとってはむしろ、カンナバーラ殿が生命線になるかもしれないのだ。
「もしもの時は、俺が出よう。そもそもそのための遠征だ。その機会が少し早くなるかもしれないだけだ」
文字通り、"世界が違う"。
そしてこの言葉の重みを理解できるのは、異世界人本人だけなのだ。
彼女がどのような道を歩むことになるか、それは未来の歴史が語るのだろう。




