035 直接操作魔法耐性大
*** ミクスト=カルサノ ***
再来のエンダを含む 5 人組と別れて以後、私たち夢幻はひとまずアンデッドに遭遇しないでどこまで行けるかを探ってみた。
十分量の食料を準備して、石壁を超えて左方向に 2 週間ほど進むと、町を抜けて森に出た。森は "幻惑の森" ほど鬱蒼とした雰囲気はなくて、人工的な感じもするので林と言った方がいいかもしれない。
ともかくその森にアンデッドはおらず、代わりにこれまでにも遭遇した魔物が徘徊していた。
このまま森を抜けてみよう・・・と話し合った矢先に "その魔物" が現れ、私たちは撤退を余儀なくされることとなった。
その魔物は筋骨隆々で大柄な毛むくじゃらの体に牛の頭が付いていて、両刃の斧を担いでいた。ミノタウロスと呼ばれる魔物だろう。
いつものパターンで幻影に嵌めてから倒そうとしたけれど、ミノタウロスは幻影にかかった途端大声を張り上げたかと思うと正気を取り戻し、尋常でない速さで襲いかかってきた。
しかもその声を聞きつけたのか、どんどん他のミノタウロスが集まってきて、討伐どころではなくなった。
結局ミノタウロス最初の 1 体も倒せないまま森は一度諦め、次は石壁から右側を探索することにした。
右側は 10 日ほど進むと町外れの墓地らしき区画に辿り着いた。
ただでさえ薄暗いダンジョンで、墓地に足を踏み入れるのは何とも気分がよろしくない。
そう思いつつ墓地を進むと、さすが墓地と言うべきかアンデッドが出現した。
そのゴーストは一体で墓地に佇んでいた。
先行させている霧状のデコイがゴーストを見つけるのと、ゴーストがデコイを見つけるのはほとんど同時だった。
デコイはどこからか現れた別のゴーストの水魔法で掻き消え、私たちは臨戦態勢に入る。
ゴーストは何故か私たちのいる方向が分かるようで、私たちの方へゆっくりと向かって来た。
「どうする、幻影をかけるか」
「本当にこっちの居場所、分かってるのかしら?」
ロウとダンデが聞く。
「ちょっと待って。どっちにしても、いつものタイミングで合図するから」
幻影の一番有効な距離は守った方がいい。
ゴーストが少しずつ近付く。一体だけとはいえ、さっき急に現れて消えた別のゴーストのこともある。慎重にタイミングを待つ。
「ミクスト」
「何、ダンデ。まだよ」
「違うの、ミクスト」
ダンデの声にゴーストから注意を逸らし、周囲を見回す。
「ワォ・・・」
いつの間にか、ゴースト系と動物系のアンデッドが自分たちを取り囲んでいた。
そして近付いたゴーストが口を開く。と言っても、実体が薄くて見えにくいから口があるのか分からないけれど。
「珍しい客ですね。・・・こんなのはどうかな」
そう言うと、ゴーストは私たちの幻影魔法の距離に入る前に魔法を放った。
・・・?!
その魔法を受けてしまった私は強烈な抑鬱に襲われた。全てがどうでもよくなって、動きたくなくなる感覚。
視界もなんとなくぼやけて、そもそもモノを認識する気力が削がれるのが分かる。
明らかに精神汚染の魔法だな。
・・・。
ヤバイ、周りをアンデッドが囲っているのに・・・いや、もうヤバくないか、どうでも・・・。
いや、そんなはず・・・。
「ミクスト、回復を!」
ダイナダが叫び、強烈な光が視界を奪う。ハッと我に返りヒーリングウッドに力を込める。
光魔法使いのダイナダは精神汚染への抵抗力が強かったのかもしれない。
ヒーリングウッドの回復魔法で精神汚染がかなり晴れたおかげで、なんとか取り囲んでいたアンデッド、特に足の早い動物系からの強襲に防御が間に合う。
「退避!後方に幻影!私の合図で氷獄!」
「おや、つれないですね」
そんなことをゴーストが言った気がしたけれど、気のせいかもしれない。
とにかく私たちは一目散に墓地からの離脱を目指し、氷獄は結局使わなかったけれどなんとかその場を後にすることができた。
アンデッドたちが積極的に追って来なかったことが幸いした。
結局私たちはまた石壁に戻って来た。
「左はミノタウロスの群れ、右はヤバげなゴーストか。どっから行くのがいいんだ?」
ロウの問いかけに、私を含め 3 人とも答えられない。
正直なところ、今のままだとこの町を抜けるのは難しいんじゃないかと思う。
ダイナダが答える。
「そもそも "真ん中" のアンデッドの倒し方が分かってないのが問題だな。森に行こうが墓地に行こうが、奥に進めばいつの間にかアンデッドに裏を取られるかもしれない」
うん、そうだよね。
ダンデも続ける。
「ミノタウロスは一体だけでもボス級に強そうだったし、あのゴーストの精神汚染は本当に危なかったわ。この層の魔物がミノタウロスやゴースト並に強いとしたら、進むのは怖いわね」
戦闘力の面では、おそらく正面からアンデッドの集団を倒していくのが一番楽なんだと思う。復活する点以外では戦闘に不安を感じるほどの脅威はない。
ただ、その復活をどうにもできないので、結局一つの集団から先に進めない。
荒野や幻惑の森で出会った魔物の群れよりも数が多く、そして少なからず統率レベルの高い魔物たち。ナイトゴーレムで足止めされていた頃が懐かしく思えてくる。
「食料のこともあるし、一度戻らないか?」
ダイナダが提案する。
「ウェッジさんに相談するのもいいんじゃないかと俺は思う。氷獄と立て続けになって、申し訳なくはあるが」
確かに香辛料や塩、穀物類の保存食が底をつき始め、町に入る準備のために荒野で討伐した魔物の素材もかなりの量になった。
「そうだね。一度帰ろう」
“再来” たちに会えれば情報交換を、という思いもあるが、いっそ南ベースに戻った方が情報面でも良いかもしれない。
そういう訳で、私たちは町を後にした。
南ベースに戻った頃には、いつもの帰還とは違って 4 人とも妙に疲れていた。
商隊は私たちが帰還した日に到着したばかりだったけれど、ベースに常駐するパーティに聞くと、少し前に “再来” たちも一度帰還していたらしい。彼らも石壁を超えたところまでだとか。
それから “再来” たちのパーティが最近 "再来" の二つ名で呼ばれるようになったとも聞いた。
そのまんまじゃん、と思ったけれど、パーティメンバーの 3 人も私もその二つ名には妙に納得した。
きっと私たちを含む誰もが、お伽話にある英雄パーティの再来を彼らに期待しているのだ。
それからいつの間にか、ナイトゴーレムを突破したパーティが更にひと組現れたとも聞いた。かなりの新参にも関わらず、既に二つ名があるという。
"デイブレイク" と名付けられたそのパーティは、私たちよりも少ない 3 人のパーティなのだとか。
その夜は再来とデイブレイクについて、商隊と常駐パーティから聞いた話で盛り上がった。
*** 墓地のゴースト ナイーゲル ***
ようやく人と遭遇したと思ったのに、すぐ逃げられてしまいました。
人に使ったのが初めてだったとはいえ、私の魔法が効果の弱い部類とは思いませんから、きっと彼らが一枚上手だったのでしょう。
部隊の待機方法も特に問題なさそうです。
フォルト様からの指示は大雑把なので、配置された持ち場でそれなりの役をこなせそうだと分かり、ひとまずは満足です。
初っ端から逃げられてしまいましたが。
それにしても随分と変わった生を歩むことになってしまいました。
冒険者として活動していたはずですが、気付けばその冒険者を脅かす立場になるとは。
今となっては漠然と "冒険者だったらしい" としか思い出せませんが、とりあえず現状それなりの能力を得て、それなりの立場も頂いて、悪くないんじゃないでしょうか。
悪くないというか、フォルト様には勝てそうにないのでそれ以外の道は無いのですが。
ゴーストになったせいか墓地暮らしも中々悪くありません。
魔法の練習も特に知能の低いアンデッド相手なら心が痛みませんし。
というか、倫理観だとか云うものにフィルターがかかったのか、罪悪感らしきものは欠片程度にしか認識できなくなっているようです。
そのことだけは自覚できます。自覚できるだけですが。
あぁ、次の冒険者はまだでしょうか。
せっかく磨いたこの魔法をじっくり浴びせたいものです。
*** ハル ***
ガレルと名乗ったスケルトンとの一戦から数日、私たちは一度石壁に戻った。もう一度食料を調達し直して、改めて奥に向かうことにしたからだ。
予定を早く切り上げたので準備にもそんなに時間はかからなかった。
改めて石壁から影の中心部を目指していたのだが、 5 日ほど経過した頃からアンデッドの小隊の様子が変わった。明らかに統率感が増した・・・と言うか、風魔法対策らしき動きを見せ始めた。
具体的には一体一体が距離をとって広がって、集団がより広い面で展開していた。
広いからといってやることは変わらないけれど、流石に密集していた頃よりも風魔法の負荷は大きくなる。ペイネの。
「でも結構慣れて来たわよ」
ペイネとしては広がったアンデッドをどれだけ効率よく魔法の効果範囲に入れられるか、良い練習になっているようだ。一度では無理でも、多くとも 4 回までで小隊全てを風に捉えている。
むしろ範囲が広まると、反比例して威力が弱まるフレアの火魔法を担当する私の方が大変かもしれない。もちろんフレアを介しての火魔法の精度もかなり上がったけれど、ちょっと疲れる。
私自身はディモンとともに、幻影から逃れ風の対象からも外れたアンデッドを直接相手しているので尚更だと思う。
町ではアンデッド以外に町そのものにも注目して移動していたけれど、特に目ぼしい物は無かった。
そして奥へ奥へと進んでいると、私たちは墓地らしきところに出た。
初めて漠然と “町” 的な景観以外の場所に出た気がすると思ったのも束の間、アンデッドとの戦闘が始まる。
「また新しい客か」
指揮官らしきそのゴーストは一体で地面から立ち昇るように姿を現した。
私の目には魔素の動きからゴーストの存在は把握できていたし、墓地のあちこちに同じようにアンデッドが潜んでいるのも見えているけれど、踏み込まないと出てこなさそうだったので踏み込むことにした。
事前に大まかな戦略も決めている。
「楽しませてくれるといいんだが」
ゴーストははっきりと、私たちに聞こえるように言った。
・・・結論から言えば、ゴーストを楽しませることはできなかった。
「何だったんだろうね、あのゴースト」
なんかこう、可哀想なほどに瞬殺だったから。
喋り口からスケルトンナイトのガレル相当を想定して、即座に対応を決める。
ペイネも私程ではないけれどなんとなく、そしてディモンも持ち前の斥候スキルでなんとなく周囲の魔物に気付いていたので、それ込みの対応だ。
ゴースト相手となると魔素操作に長けた私かペイネがいいだろう。一応武術面を警戒して、私がゴーストに当たる。
前進する私の背後を守るようにディモンとペイネが周りの魔物を引き受け、ゴーレムは私の補助に回らせる。
ディモンが幻影を掛け、私とペイネはバフを自分とお互いに掛け合う。ついでにディモンにも。
「よし!」
私の合図で一気に走り出し、私たちはゴーストに接近する。
「受けてみよ」
そう言ってゴーストが何やら魔法を使ったが、体内への干渉を少し感じただけでほぼレジストし、何の魔法だったかも分からない。
そのままゴーストの体を刃で両断する。妙に手応えがないが、ゴーストの実態は霧状の何かなのでこんなものなのかもしれない。
ゴーストの体が再生し攻撃に移る前に次の太刀を・・・と思ったが、ゴーストは両断されたままだった。
なんか呻いている。
剣筋に乗せて魔素の乱流を送り込んだのが効いたんだろうか?
ディモンの幻影から逃れ周囲から距離を詰めていた魔物たちの数は限られ、その魔物たちが放つ魔法はディモンの水魔法に阻まれる。動物型の魔物は難なくペイネの風に巻き上げられている。
何となくいつもの流れで私はフレアから火魔法を放ち、そのまま動物型の魔物は消滅してしまった。
開戦十数秒で 3 人とも共通の認識を得た。
楽勝、だ。
「ペイネ、こっち任せる」
「分かった」
火魔法を使える私が周りの殲滅に回り、ペイネには両断されたままの指揮官らしいゴーストを任せる。
ディモンと私が残った魔物狩りに積極的に打って出てからは、ディモンの幻影のおかげもあってただ距離を詰める作業の繰り返しになった。
動物型の魔物はともかく、ゴーストたちもその実体は風で浮き上がり、火魔法で同様に滅することができたからだ。むしろ軽かった。
一回りして戻るとペイネも指揮官ゴーストを倒していた。
「どうだった?」
「うーん・・・クレアが斬った後の上半身を魔素を拡散する様にいじっていたら、地面に溶けてしまったわ。逃げられたかしら・・・」
「下半身は置き去りで?」
刀で切られた半身がペイネの足下に横たわっている。
「そうみたい」
指揮官ゴーストは口ぶりはかなり "それっぽい" 感じ、上位のアンデッドっぽい感じだったのに、口だけキャラだったのかな?そんなことを思いながら、私たちは再び奥地を目指す。
下半身は密度の高い魔素が固定された状態のもので、他のゴーストと違って足先までしっかり形があった。こういうところを見ても、やっぱり上位のアンデッドだったような気はするんだけれど。
ともかく、ゴースト研究ができるかもと思って、下半身はフレアに肩車の要領で括り付けて持っていくことにした。
とても見栄えが悪い。




