032 そんなのあったんだ
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ロッキンガム王国第 2 皇子のキャス=ロッキンガムは、久しぶりにダンジョンから帰還した弟、第 3 皇子デレスにダンジョンの様子を聞いていた。
「私たちはまだナイトゴーレムで足止めされていますが、"夢幻" と "再来"、それから "デイブレイク" という新しいパーティが石壁を超えたようです。再来はそのまま、例の “再来” がインドールの風解散後に組んだパーティです。デイブレイクについてはよく知りませんが、3 人か 4 人組の若いパーティだとか」
キャスとしては夢幻の情報が一番気になった。
デレスが探索隊に加わる少し前まではキャスも探索隊員としてダンジョンに潜り、夢幻と幾度か遭遇していた。その時はまだ夢幻もロッキンガム探索隊と同様、フレアドラゴンの安全な討伐方法の模索中だった。どうやってナイトゴーレムを攻略したのか気になったわけだ。
ダンジョンには行きだけでなく、当然帰りがある。手負いだろうが何だろうが、全ての魔物に逃走を含め適切に対処できるようになるには情報はいくらあっても困らない。ロッキンガム探索隊が発見した情報は先々まで引き継がれるので尚更だ。
それゆえ探索隊は個々の魔物を確実に安全に倒せるようになるまで、文字通りダンジョンを隈無く “探索” しつつ攻略していく。
キャスの時にはまだ攻略されていなかったナイトゴーレムが倒され、石壁の先には町が広がっていると噂されている。デレスに聞く前から耳には入っていたが、キャスは少なからず冒険心が湧くのを感じた。
「それで、他に変わったことは?」
「特に無いですね。むしろ石壁の先にもう少し興味を持たれると思ったのですが」
「もちろんそれも気にはなるが、あまり一つの話題に気を取られ過ぎるわけにもいかないからな」
「そう云うものですかね。私はまだ政治には疎いので」
年齢を加味すれば、キャスは第 1 皇子デイスの下でどのように立ち回るか決める時期が近い。本人にもその自覚が芽生え始めたのかもしれないと、デレスは弟ながら感じていた。
キャスはロッキンガム探索隊時代、所謂 "ダンジョンの声" を聞いたことがあったが、誰にもその経験を話したことはない。それは "その声" が噂に聞いていたモノとは少し違って、世界の核心を突くような内容を語っていたからだ。
・・・もしや自分の聞いた声は、この世界の神の声ではないのか?
そう考えるに至ったキャスはいつしか、声の主を求めてダンジョンやガイナ教の成り立ち、教義、逸話を人知れず収集してきたのだった。
そういった経緯を鑑みれば、キャスにとっては夢幻以上に、神話に等しいアポロアの再来とされるエンダの動向こそ気になるところと言える。ただ、キャスはエンダとの接触のタイミングは今ではないと思っていた。
「デレスはまだショークのお墨付きを貰えそうにないのか?」
「えぇ、まだ。自分では悪くないと思うのですが・・・。今度手合わせなど、どうでしょう?」
「気が向いたらな」
デレスの探索が続くうちは、キャスはダンジョンの最新の情報を得ることができる。キャスはデレスの返事に素っ気ない合槌を打ち、手合わせの誘いは適当にはぐらかした。
キャスも探索隊員としてショーク隊長の下で鍛えられたため、王国でもかなりの実力者なのだが、大人しい性格ゆえ自ら進んで剣を交えることは苦手だった。もちろん有事の際に正しく動けるよう日頃の鍛錬は続けている。それは民を守る皇子としての義務、あるいは矜恃の後ろ盾となるもの。
「デレスはダンジョンが好きなのか?」
「そりゃあ、王国よりは楽しいと思いますけれどね。危険と隣り合わせではありますが」
「そうか」
キャスはショークからデレスの戦闘適性が高いことを聞いている。おそらく探索隊では厳しめに到達目標を設定されているのだろうと予想しつつ、談話室を出て自室に戻った。
自室に戻ったキャスは机の鍵付きの引き出しに収めたペンダントを取り出す。ペンダントには正三角形が砂時計状に二つ向き合ったマークが刻まれている。
キャスはペンダントを両手で握り込み、祈るようにじっと目を閉じ首を垂れた。
少し経って目を開けると、満足そうな、けれどどこか不安そうな表情でペンダントを引き出しに戻した。
*** オレグア=マルシ ***
ボウェルさんが大学を去ってから 1 年以上が経ちました。
私たち "見守る会" は彼女を失ってから次第に散り散りに・・・とはならず、人数は減ったもののその後も相変わらず彼女の動向を追っています。
"ボウェルさんを見守る会" 通称 “見守る会” は、彼女が魔術大学に入学して間も無く私が立ち上げました。美しく整った彼女の姿に惚れた女性が少なからずいることを知った私は、すぐさまこの会の発足を思いつきました。
私はトーキーオ育ちですが大学には国外から来ている人の方が多く、卒後を見越してそういう人たちと交流するための、格好の素材を得た・・・と初めは思っていました。近付かない前提ならば、私自身がのめり込むことはないでしょう、と。
しかし彼女を見守る日々を続けるにつれ、彼女が努力家で、誠実で、思慮深く、強く、謙虚で、そのくせ幼さを垣間見せる・・・そういった魅力がどんどん出てきて、私は会長としての立場以上に、個人的に彼女に入れ込むようになっていました。
基本的に見守る会は女性だけで構成されていますが、噂によれば、男性だけで構成された同様の組織も存在するようです。そちらは彼女を愛でると云うよりは、相互監視的な意味合いが強いのだとか。
彼女が所属した魔素動態顕微会にも会員がいるため、彼女の様子は主にその会員と、同学年の同じ講義を受けている会員から定期的にもたらされていました。私たちはその話をもとに、彼女の素晴らしさについて語るのです。
ちなみに所属する会員は学年を問いません。
「相変わらず凄まじい魔素捌きと魔法観察力でしたわ」
「フラれた男が血迷って杖を構えようとしたのに、詠唱前には杖を奪っていました」
「私もその場にいたけど、凄かったよねぇ。遠巻きに見てる人も、誰も反応できてなかったもの」
「演習では相変わらず風魔法一択みたいですよ。威力と精度がおかしいですけど」
「西の小国の皇子が狙っているとの噂は?」
「エルフの間ではアンチボウェル会というものがあるとか」
「見守る会にはエルフもいますけれど、基本的に彼女たち、美しさに関してプライドが高いですものね」
「トリクラメ会長に相談されていたのが聞こえたんですけど、誘拐されかけたらしいです。撃退したそうですが」
・・・等々、彼女の日常の些細な挙動を教え合うだけでも楽しいのですが、話題に事欠きません。
そんな彼女が急に中退したことを知って、私たちは日々の潤いをどこに求めればよいのかと悲しみました。
直接彼女を見守ることに喜びを覚えていた会員は去って行きましたが、方向性は少しずつ違えど彼女の幸せな将来を願う気持ちを膨らませていた会員は、私と共に彼女の動向を追うことにしました。
彼女が冒険者になったことはすぐに分かりました。友人に誘われ、冒険者になるために大学を中退したようです。
伝聞になってしまうのは致し方ありませんが、情報があるだけ有難いというもの。
情報源の殆どは父の商会で、ダンジョンへの商隊を組むこともあるため、特定の人物に焦点を当てればその人物の動向を知ることもそこまで難しくないようです。
私は父に頼み込んでボウェルさんについての話題を集めてもらうことにしました。
珍しく私が頼みごとをしたので父は驚いていましたが、案外すんなりお願いを聞き入れてもらえて何よりです。実はボウェルさんのいるパーティが商会を営む人たちの間でも噂になっていたらしいと父から聞いたのは、少し時間が経ってからのことでした。
私のように家族が規模の大きい商いをしていたり、親が冒険者、あるいはギルドに属する会員たちと、以前より間隔は開きますが定期的に彼女に関する話題を持ち寄ることの幸せと言ったら、たまに食べるガラスタの甘味に勝るとも劣りません。
相変わらずその内容が私たちを飽きさせないどころか、むしろ私たちの冒険心をくすぐるようなものばかりで困ってしまいます。
何しろ彼女たちの活躍の秘密が魔動研にあると考え、魔動研に入会した見守る会の会員もいるほどですから。
「オレグア、お前のお気に入りだが、パーティに二つ名が付いたようだ。正直、活動開始から 1 年も経っていないことを思うと異常だな」
教えてもらった内容に浮かれつつ次の報告会に赴くと、会員の多くも同じようにそわそわしていました。みんな私同様このトップニュースを持ってきたのでしょう。
「皆さん。やはりと言うべきか当然と言うべきか・・・遂にこの日が来ましたね!我らがボウェルさんも世界レベルの存在になってしまいました!」
「さすがボウェル様!」
「会員冥利に尽きるわ!」
「フレアドラゴンすら倒されたと云うことでしたから、妥当ですね」
「なんだか遠い人になってしまいましたね・・・」
話について来れていない方たちのため、私は改めて発表します。
「この度、ボウェルさんたちのパーティに二つ名が付きました!"デイブレイク" です!」
おおおっ!と歓声が上がり、会の興奮が高まってイイ感じです。
「しかし、今後も私たちの活動の方向性は変わりません。彼女の活躍を応援しましょう!」
おおぅぅ!・・・再びの歓声の中、私は会長としてボウェルさんを追ってきたことを誇らしく思いました。
もはや彼女の魅力はその美しさや話題性だけに留まりません。うまく言えませんが・・・信仰対象の様なものです。例えば幼い子供たちがアポロア様に憧れるような、そんな気持ちなのです。
いつも以上の盛り上がりを見せた会もお開きになり、私たちは誰もが充足した顔立ちで家路に着きました。
情報収集の観点からも、国を超えて活動の範囲を広めることを考えないといけないかもしれません。
私が父の隣に立ち商人として働き始めた暁には、この会も広めていきたいところです。
*** ブロック=ハコバス ***
久しぶりのディモンたちは 3 人だった。正確には、3 人と 1 体だった。
店に入ると無口の "そいつ" はおもむろに、少し手が加わったガナック作の全身鎧を脱ぎ、土気色の肌を晒しゴーレムであると分かった。わしの予想は外れたわけだ。
秘密ですよ、と言って彼らが教えてくれたことには、とある所で入手したらしい。
彼らは荒野の次の階層で足踏み中で、今回はその合間の狩りで得た素材が邪魔になったから一度戻ったのだと言う。
贅沢な悩みだ。
フレアドラゴンやグランドドラゴンの素材を受け取り、代わりに預かっていた素材から造った装備を渡す。
彼らが年次的には駆け出しなのだと言っても、もはや装備からして誰も信じないだろう。
美人さんの腰には新しいワンドも備わっている。そのことを指摘すると、「先にレレッズさんのところに寄ったんです」と神々しい笑みを湛えて答えた。いかん、眩しい。
「剣はどうだ」
「えぇ、だいぶ馴染めたと思います。下手に使ってダメにしたら申し訳ないですからね」
「そうか。刀は?」
ゴーレムが脱いだアーマーを見ているソロジーを見つつ聞く。
「ソロジーも、刀にかなり慣れたみたいですよ。刀自体については、この曲線が〜とか、この色味が〜とか、しきりに褒めてます」
「あぁ、その気持ちは分かる。何と言うか、作る程惹かれてくんだな、この刀ってヤツは」
「そうなんですか」
ディモンの反応はイマイチだが、ソロジー嬢とはいい酒が飲めそうだ。なんとなくそう思う。
彼らは城下町の階層でアンデッドと対峙しているらしい。聞けば “再来のエンダ” のパーティや夢幻も同じところにいて、交流もあったとか。
「そう言えば嬉しいことに、僕らにも二つ名が付いたんですよ」
「そうなのか?」
「えぇ。デイブレイクです。かっこいいでしょ?」
「なんでそこで自慢げなんだ」
「え?初めて聞いた時、いいなと思ったんですけど・・・」
「まぁそれは認めるが」
二つ名、通り名は、上位の実力を備えたパーティが自然と呼ばれるようになる、ある種の名誉だ。
その発祥は冒険者、ギルド、商人等いろいろだが、名は体を表すとはよく言ったもので、概ね実情に沿っている。
“デイブレイク” の由来が何なのかは分からないが、相当の期待を込められているように感じる。
少なくとも俺は、この二つ名は彼らに相応しいと思った。
剣と刀は一度預かり、数日後にまた取りにきてもらう。武器を受け取ったならば、彼らはすぐにもダンジョンへ戻るそうだ。
今回の様子だと、当面は彼らの装備の世話をすることができそうだ。ダンジョンの活性化に限らず、彼らが色々なことに "夜明け" をもたらす瞬間に俺たちの武器が立ち会えるのかと思うと・・・今から興奮してしまう。
そんなことを思いつつ、俺はガナックと共に武器を手にした彼らを見送った。




