031 主人公
*** レイェル=フォルト ***
俺がこの地に新たな生を受けてから、それなりに時間が経った。
俺の中には死に至る間際の圧倒的な "飢え" を凌ぎたい衝動と、もう一つ、ロッキンガム王国への憎しみだけがあった。
何故死ぬ時に飢えていたのかは思い出せないが、おそらくロッキンガムの皇子が原因だろう。皇子の名前は記憶に靄が掛かったように思い出せない。
ともかく、アンデッドとして生を受けた者の宿命なのだろう、俺の中でこの二つは絶対の道標に等しかった。
俺が生まれた "ここ" は城下町の様相で、建物の種類も様々にある。
俺は教会らしき建物を仮の根城にし、地上へ、そして王国へと攻め入るための準備を始めた。
多分ダンジョン探索の途中で死んだのだろう。ここがダンジョンで、俺の目的が地上にあることが自ずと分かる。
俺がどういう種類のアンデッドかはいまいち分からないが、能力はこの飢えを満たすために授かったのだと思われる。
命を吸収する能力を俺は得た。そして吸収した命の中から、3 つだけ能力を受け継ぐことができる。
いくらでも使えたら便利だが、生前はそこまで強欲ではなかったのかもしれない。
城下町がダンジョンのどのあたりかは不明だ。俺の探索はここまで至っていなかったのだろう。記憶に無い。
それなら無闇に動くのは得策でないと考え、俺はひとまずこの城下町で力を蓄えることにした。俺自身の力の増強と仲間集めだ。
生まれたばかりの頃、城下町にはゴーレムが徘徊していたが、俺も魔物だからか特に襲ってくることも無かった。だから俺も気にしていなかった。
俺の能力は吸収した命次第なので、たまに発生するアンデッドを少しずつ吸収し、能力の選別を行った。そして仲間を一人また一人と生み出していった。
アンデッドには稀に高い知性を持って生まれる者がいて、そういった個体の中でも特に俺と相性がよかった 3 体が今の直属の部下になった。
仲間・・・ではなく配下になるのか?ともかく俺の周りに徐々に人員が増えると、これまで俺に興味を示さなかったゴーレムたちが俺を排除しようと動き出した。しかし俺が編み出した配下の無限復活にはゴーレムも対応しきれず、次第に俺の勢力圏から離れていった。
人間と接触したのは、いつ以来だろう。
配下が軍と呼べる規模にまで増え、そろそろ地上への進出を、と考え始めた頃にその 5 人組は現れた。
初戦で 5 人は、再生力そのものと言えるゴーレム共すら退けた配下の無限復活にも臆さず、相当の時間粘っていたが、結局は撤退していった。
5 人組の後は 4 人組と、それからゴーレムを引き連れた 3 人組がやってくるようになった。
いずれもかなりの手練れだと分かるが、俺の軍の最小単位に相当する小隊すら、打ち破るに至っていない。
・・・俺はこれまでの成果に満足し、そして彼らを倒した暁には地上を目指すと決めた。
*** オヴァリ=エンダ ***
夢幻と別れてから数週間、僕たちは荒野や森を行き来しつつ城下町のアンデッド攻略法を探っていた。
できればずっと町に張り付いてアンデッドの様子を観察していたい気持ちもあるけれど、アンデッドは二重の意味で食料にならないから仕方がない。
普通魔物はその肉が食料になるし、森なら植物の実なども得られる。それが町では何も手に入らないので
、森や荒野へ戻ることになる。
夢幻とは町でたまに遭遇したけれど、基本的にはお互い何をしているのかよく分からない。出会う頻度が少ない上、ダンジョンの性質で冒険者の痕跡は数日の内に消されてしまうから。
荒野の終着点は一箇所かと思ったらそうでもなさそうで、石壁沿いにずっと進むと別の隙間を見つけた。多分、幾つかあるルートの一つでこの前はたまたま鉢合わせたんだろう。
アンデッドについては相変わらず進展がない。全くないわけではないけれど、現状を打破できないという意味では大差ない。
僕も一通りの魔法は試したし、ナユタさんとレイネさんも僕らが見たことのない魔法を幾つも試していた。
気分転換に数日費やして荒野の野良ドラゴン相手に複合魔法を開発したりもしたけれど、出来上がった魔法を使ってもアンデッドは復活した。かなり良い魔法に仕上がったと思ったのに。
一番手応えがありそうだったのは重力魔法と空間魔法でアンデッドを一点に固めて、そこに僕の火魔法も混ぜ込んで押し込めるという名も無い複合魔法だったけれど、結局は復活してしまった。
アンデッドの集団には今わかっている範囲では 3 パターンある。人型のゾンビばかりの集団、やたらと武器を持っている人系と動物系の混成集団、動物系とゴースト系の混成集団。
どれも復活を除けば強さは同じくらいだけど、武器を持ったアンデッドは倒れた場所に武器が置き去りになって復活の時は無手になるので比較的弱めだった。
どの部隊にも指揮官らしき魔物が混ざっていて、けれどその役割ははっきりしない。
複合魔法の案とドラゴン狩りの安定度ばかり増して城下町の探索が進まないことにもやもやしていたある日、僕たちは彼らと遭遇した。
動きを止めたナイトゴーレムの傍で談笑する彼らを遠目に見つけたとき、僕は思わず駆け寄っていた。駆け出した瞬間、二人がまだ遠いのに殺意混じりにこっちを向いたのは少し怖かったけど、僕のことを認識すると二人とも緊張を和らげた。
「久しぶり!元気だった?」
声をかけると、ディモン君が初めに返事を返してくれた。
「あぁ、久しぶりだね、エンダ」
ディモン君は相変わらず飄々とした雰囲気を醸し出している。
「“再来” って、ちょくちょく聞くわ。いい二つ名ね、エンダくん」
ボウェルさんは綺麗過ぎてもはや直視できない・・・普通に接していた園の時はまだ僕も純朴だったということなんだろうか。
ソロジーさんはニコッと笑うだけで何も言わなかった。でも、僕は何故かその微笑みに惹きつけられた。思えば園の時も彼女には言い知れない感覚を覚えていたような気がする。それが何かは分からないけれど、今も同じ感覚がある。
もう一人は全く喋らなくて、僕が顔を向けると頷いただけだった。全身が装備で覆われていて体はおろか顔も見えない。
急に走り出した僕を後から歩いて追ったパーティメンバーに彼らが旧友であると紹介し、僕らはナイトゴーレムを横目にしばらくの間雑談した。香辛料や塩の残りがどれくらいとか、おいしい魔物はどれだとか・・・そういう他愛無いことを。
やっぱりというか何というか、本人は隠しているつもりらしいムッツリのノトはボウェルさんに釘付けになっていた。
ナユタさんとレイネさんは僕ら以外にあまり情報を漏らしたくないのか、武器の手入れを始めている。
ディモン君たちに同行する寡黙なもう一人は押し黙って石壁に持たれている。ロージーさんというらしい。
「町はどう?」
ディモン君に聞かれる。
「進んでないよ。ディモン君たちは?」
「僕たちも足止めを喰らってるね」
目の前のナイトゴーレムを見れば、彼らも町へ進んでいることは明らかだ。
自然とアンデッドの話になった。
僕はメンバーと視線を交え、一通り情報を提供することに決める。
ディモン君もボウェルさん、ソロジーさんと何やらアイコンタクトをとっていた。ロージーさんはスルーされていた。
ディモン君曰く、彼らのパーティはアンデッドの行動範囲をマッピングしている途中らしい。アンデッドが復活する理由の検証を地固めから始めたところ、と。
アンデッドたちには攻撃が実質的に効かないという意見は僕たちのパーティも同じだ。
僕からは、アンデッドそのものではなく夢幻も攻略段階に入っていることを伝えた。
夢幻の幻影魔法の凄さを話すと、ディモン君は興味津々の様子だった。残念ながら彼が使える霧の幻影のことしかうまく伝えられなかったけれど、ディモン君は幻影魔法の複合それ自体に興味を惹かれたようだ。
「せっかくだし “再来” の戦闘を見たいわ」
ボウェルさんがふとそんなことを言うと、僕らメンバーの誰かが拒否する間も無く「それいいね」とソロジーさんが同意した。
「いいんじゃないか?俺らも見せてもらおう」
どうしようと思っていると、なんとナユタさんが真っ先に同意した。
夢幻とはそれっきりだったけれど、僕と彼らは園での縁もある。僕としてもやぶさかでない。
そういうことで、交代でアンデッドとの戦闘を遠目に見学することになった。
・・・僕は告白しないといけない。心のどこかで彼らを舐めていたことを。
彼らの戦闘は "迅速" の一言に尽きた。
幻影で身を隠し接近、広範囲風魔法を放ち魔物を切り刻み、剣で追い討ちをかけ、残党を火魔法が焼き尽くす。それだけ。それだけなのに目が離せない。復活したアンデッドに対して繰り返される一連のパターンは流れるようで、少なくとも僕の目には無駄がない。
僕だけでなくノトやグレイモアさんも、そして驚いたことにナユタさんまで彼らのパターンに魅入っていた。
「なぁ、あいつらはこの世界でも相当の実力者か?」
ナユタさんの問いに僕は曖昧な答えしかできなかった。
「3 人は僕の同期生ですね。正直に言えば 3 人とも、あからさまに突出した才能を発揮していたと云う記憶がないので、僕も驚いてます。もう一人は初対面ですけれど」
自分のことを棚に上げた返事だけど、僕も流石に自分が特別な立場にあることを受け入れつつある。
僕らに彼らと同じようなアンデッド戦が可能だろうか?
僕が使える幾つかの広範囲魔法、レイネさんの重力魔法なら一団を薙ぎ払える。けれど、そこから個体ごとに時差のある復活も考慮すると、アンデッドに対して継続的に同様の優位性を保つのは難しいように思う。
ナユタさんや僕、たまにノトの棒術も加わってイレギュラーの押さえ込みは物理的に可能だけど、彼らの場合はそのイレギュラーがそもそも殆どない。よっぽど風魔法と火魔法の精度が高いんだろう。
彼らの戦闘パターンは初めに交戦したゾンビ系の部隊だけでなく、他のタイプの部隊にも有効だった。
夢幻の 4 人ですら特殊なメンバー編成で大変そうだなと思ったばかりだったのに、ディモン君たちは大変そうどころではない。何しろ風魔法使いが 2 人もいる。単に冒険全般の前提を考えるだけでもアンバランスと言わざるを得ない編成。
・・・なのにこの連携の滑らかさ。
僕は途中から彼らの戦闘にただただ魅入っていた。
*** ペイネ=ボウェル ***
私がエンダ君たちの戦闘を見たいと言ったことで決まった観戦ツアー。先に私たちがアンデッドとの戦闘に数回挑んだ後、エンダ君たち 5 人の戦闘を私たちが観る番になった。
エンダ君のパーティメンバーは虹のように多彩で多才だった。私は彼らの・・・特にエンダ君の動きをじっと見ていた。
後でクレアと話をしたら、決め打ちの魔法の対象が絞れてないかもね、と辛辣な意見を返されたけれど、ともかくエンダ君の非凡さがよく分かった。
大盾を極めたと云うグレイモアさんの立ち回りも素晴らしく、寡黙なレイネさんとナユタさんの魔法は本質が見えない。ポットさんのバフと回復魔法も的確に発動されている。
けれどそれ以上に、魔法と剣を駆使してアンデッドを倒していくエンダ君には底知れないと言うか、妙な期待感と安心感を覚えた。
逆に言えばこれだけの精鋭でもアンデッドの先兵集団すら崩せていない、とも取れるけれど、それは単に視点を歪めて見ただけ。
彼らはナイトゴーレムを倒し、町の攻略に挑んでいる。私たちも同じなのだ。
私はいつかお酒を飲みすぎたクレアがやけに嬉しそうに語っていたことを思い出した。
「やっぱりさ、個性的で能力もあるメンバーが絶妙にバランスよくパーティを構成して、それでもその中で何か光るものを感じるような、そういう主人公的な立場には憧れるよね。なんかこう、ね。ペイネ可愛いね。うん、可愛いね」
・・・後半はともかく、そのまま寝てしまったクレアを抱えて宿に戻った日のことだった。
クレアの言う "主人公"。
元々アポロア様の “再来” と期待されていたエンダ君だけど、今のパーティの中、まさに彼は主人公になったんじゃないかと私には思えた。
そう話すと、クレアは思いがけず苦笑いだった。
「そうかもしれないね。・・・。」
・・・小さな呟きは聞き取れなかったけれど、何と言ったのか聞き返す雰囲気じゃなかった。
家に帰りなくないのに結局帰らないといけない場合どこに拠り所を求めればいいんでしょうか。
学業?仕事?空想?
うーん。




