028 受付見習いアリア
*** パルパ=ソロジー ***
クレアが家を出てもう 7 年近く経つ。冒険者ギルドから悪い知らせは無いので、多分元気にやっているのだろうとは思っていた。
そして最近、ギルドの受付嬢ラナーさんと仲良くなったアリアから、お姉ちゃんがドラゴンを倒して云々・・・というクレアの噂を聞いた。ドラゴン・・・?何の冗談だ?パーティに恵まれたんだろうか。
ダンジョン活性化の噂も聞こえてくる。冒険者稼業に相応の危険があることは勿論分かっているが、元気すぎるくらい元気にやっていると知れてひとまず安心している。
親の立場で子供たちを比べるのはあまり良くないと思うが、クレアは "できた子供" だった。
活発でそれに見合う身体能力があり、かと思えば絵本や物語を好み図書館通いも楽しそうにしていた。学校の成績もよく、5 つ下のアリアの面倒も積極的に見てくれた。
アリアもクレアに感化されてか、外に出て遊んだり本を読んだりと色々な事に手を出していた。大抵の事はクレアで慣れていたからだろう、思い返せば危険な子供の冒険譚も微笑ましく聞けたものだった。
クレアから冒険者になると聞いた時も、あぁやっぱり、という気持ちで、グレンも同じ感想を抱いたと言う。俺もグレンもクレアの進路には反対せず、引き際を見誤らないように、悪い男に引っかからないように、とだけ教え込んで旅立ちを見送った。
一方アリアは元々おっとりした性格のようで、活発な面を持ち合わせつつも基本的には物静かに育った。
それから、クレアの時はそういう話を聞かなかったが、アリアは学校でかなりモテるらしい・・・とグレンから数回聞いた。実際俺も、うちの前で知らない男の子がソワソワしているのを仕事帰りに見かけたことが何度かある。そのうち何人かは家をノックし、アリアに思いを告げるも悲しそうな顔で帰って行った。
アリアについては一つだけ不安に思うことがあった。
それはとある夜、アリアが部屋で自分の指を切り落とす所を見てしまったことだ。確か 10 歳の時だったと思う。
びっくりして部屋に飛び入ったが、よく見ると指は切り離されていない。・・・見間違いかと思ったが、それが幻ではない証拠に、机には少量の血が散っていた。
アリアは「どうしたの?」と言って俺を振り返り、何事も無かったかの様に開かれた本の続きを読み始めた。
その後そういう出来事には遭遇しなかったが、その時の妙に蠱惑的な表情を俺は忘れられずにいる。
アリアもそろそろ学校卒業後の進路を考え始める時期だ。本人はラナーさんのようにギルドの受付をしたいと言っている。理由は秘密にされたが、目標があるのは良いことだ。
接客のノウハウは一朝一夕に身に付くものではないので、その練習にと最近は店の手伝いをしてもらっている。
若くて可愛い娘が店番をしている、と云うお客の声に俺も気分がいい。それにアリアは店番くらいならすぐに仕事を覚えてしまったので、良いことずくめである。
アリアからはインドールの風が解散した話も聞いた。クレアの同級生で “再来のエンダ” と呼ばれるようになったオヴァリ君もパーティにいたはずだが、彼は新しいパーティを組んだらしい。
特定の通り名を持つトップパーティの行方は、冒険者にあまり興味のない人々の耳にさえ自然と入ってくる。アリアから聞かずとも、俺のように商店を開いているなら尚更だろう。
・・・いずれはそれらパーティのどれかが、第二のアポロア様になるかも知れないのだから。
商店を手伝ってもらう傍ら、アリアは冒険者ギルドにも少しずつ出入りし始めた。
そしてアリアからクレアの噂を聞く頻度が増えたなと思った頃、俺はクレアのパーティに通り名がついたことを知った。
“デイブレイク”。
由来は定かでないが、素直に格好良いと思う。
俺はグレンとアリアと共にクレアの活躍を喜び合い、その日は家でパーティを開いた。
*** アリア=ソロジー ***
お姉ちゃんのパーティに二つ名、通り名が付いたことを知って、お父さんもお母さんもとても嬉しそうだった。もちろん私も嬉しい。
お姉ちゃんが家を出て冒険者になったように、私も学校を出た後のことを考えて最近はお父さんの商店を手伝ったりしている。
お姉ちゃんは私がまだいろんなことを理解できていない頃に家を出てしまったけれど、お姉ちゃんの唯一の教えはきちんと守っている。
「アリア、魔素制御はずっと続けなさい。必ずアリアを助けてくれるから」
そう言って魔素制御のコツを何度も教えてくれたことはいい思い出で、そして同時に忘れてはいけない教訓でもある。
"魔素制御" と云う考え方は、少なくともこの町ではお姉ちゃん以外から聞いたことがない。実際、それをしているのはお姉ちゃんと、お姉ちゃんの美人のお友達ボウェルさんだけだった。今やそのボウェルさんも "デイブレイク" の一員だ。
魔素制御のやり方を教えてくれる時、お姉ちゃんは私の手を取って、私の中の魔素を動かした。私がそれを認識して、自分でできるようになるまで何度も。
今思えばお姉ちゃんほど優秀な先生は中々いないと思う。私が分からないことは何で分からないかを教えてくれたし、出来そうなところはもっと先へと促してくれた。
ともかく魔素制御のコツがある程度分かったあとは、教えを守ってひたすら自分で魔素制御の練習をした。周りの子達は少しずつ魔法を使え始めているけれど、お姉ちゃんから他の子の事は気にしなくていいと聞いていたので、特に気にならない。
けれどこの魔素制御をどう使えば良いのか、お姉ちゃんは具体的に教えてくれなかった。お姉ちゃんが唯一教えてくれなかったことだ。きっと、自分で考えないといけないことなんだろう。
私は積み重ねた魔素制御の成果をどう活かしたらいいのか、ずっと考えていた。
そして考える中で分かったことがある。
まず、魔素制御は身体能力の強化と相性が良い。次に、みんなが使う魔法には魔素制御的な過程が含まれていない。最後に、触れていれば、あるいは触れていなくても近くの魔素なら動かせる。
お姉ちゃんならいざ知らず、私には今のところ火や水の魔法は使えない。なら身体強化を、と思ってみても、そもそも私は積極的に危険な所に行きたいわけじゃない。
そんな試行錯誤と取捨選択の末、私はいつしか "人の体を癒すこと" が私の適正なのでは?と感じるようになっていた。
回復魔法・・・魔素制御の立場で捉えると本来の回復魔法とは少し違って、人の魔素を操って体の再生を促す魔法。これならお姉ちゃんが私に暗に伝えていた "あんまり能力を見せびらかさないこと" という教えを、回復魔法と言い張って誤魔化せる。
癒しの魔法は使える人が少ないので回復魔法の需要が高いことも、私の選択の一助になっていると思う。
ただ、この魔法を使う場所だけど、悲しいことに町には診療所があるので私の出番はない。だからと言って町を出るつもりも今のところない。
色々と考えた結果、ひとまず回復魔法のことは伏せてギルドで受付係をしようと決めた。
ギルドでは色んな冒険者と話せるから私が活躍できる場所のヒントを得られるかも知れないし、もしかしたら急を要する怪我人が診療所から溢れるほど沢山出た時に、受付からサッと出てパァーっと回復する様な場面に遭遇するかも知れない。
もちろんパァーなんて音は出ないし、余程のことが無ければ受付からも出ないと思うけれど。
とにかく、何かあった時にきちんと動けるように、私は体の回復の練習を密かに進めていた。
・・・動物を捕まえて来ても良いけれど、面倒なので自分が実験台になる。
肝心なのはきちんと触覚や痛覚を遮断して、それから血の巡りもそこだけ滞らせてから切り落とすこと。
ちなみに風魔法もどきの魔法は使える。お姉ちゃんが得意だったのを真似てできるようになった。
初めは指先の表面をサッと切ってみただけだったけれど、痛覚の遮断と血止めが足並みを揃えて上達したので、それに合わせて練習も大胆になった。風魔法も上手くなった。
一度お父さんに指を切り落としたのを見られた時は怒られるかと思ったけれど、すぐにくっつけたから気のせいと思ったのか、何も言われなかった。
それ以後は人の気配には特に気をつけて練習するようになった。すると、風魔法もどきの応用で周囲の魔素の動きにとても敏感になった。
おかげでお父さんとお母さんがたまにエッチなことをしていることを知ってしまった。
手はいざのとき使えた方がいいので、最近は主に足が実験台になっている。一日一切り一接着という感じで、特に問題なく過ごせている。
たまに小動物を捕まえて実験台になってもらうこともあるけれど、特に問題なさそうなので人に使っても大丈夫そう。
早く実践してみたいと気持ちとお姉ちゃんの "裏の教え" との狭間で心が揺れるのを感じるけれど、お姉ちゃんは私にとってある意味絶対なので、完全に自信を持てるまで人様に試すのはやめておこうと決めている。
それにしても、やっぱりお姉ちゃんはすごい。
デイブレイクだなんて格好良いパーティ名までもらって、きっとボウェルさんや、他にも凄い人たちとダンジョンを探検しているんだろう。
私も冒険者の人たちと交流していたら、そのうち冒険に出たくなったりするんだろうか?
そうだとしてもきっと、お父さんとお母さんを置いて行くのは躊躇うかな・・・いや、私に弟か妹ができればいいのか。いいのか?
今度予定があるか聞いてみよう。
*** ゲンドウ=ハリア ***
ハラルタでの修行から賢者の町に戻ってきた息子ケイトウと冒険者稼業に出るようになってしばらく経った頃、ケイトウの同級生の噂が俺たちにも伝わった。
息子の同級生と知っていても目が離せないような美人だったペイネ=ボウェルと、妙に印象に残りにくかったクレア=ソロジーが所属するパーティに二つ名が付いたと云う噂だ。"デイブレイク" はもう一人好青年を含めた 3 人パーティなのだそうだ。
正直初めは 3 人パーティと聞いて耳を疑ったが、本当にそうらしい。
ペイネとクレアがダンジョン最深部を行ける程の実力者だったなんて思いもしなかったと言うと、ケイトウも頷いた。
「オヴァリなら分かるよ?だってあいつは本当に特別だったから」
「あぁ、それなら俺にも分かる。フカウィの湖での一件は忘れらんねぇからな」
子供達の遠足を襲撃したゲル狼群れ。護衛に当たっていた 4 人組パーティの 3 人が犠牲になり、オヴァリが放ったサンダーボルトで子供たちが守られた事件だ。
オヴァリという天才、“再来” が開化した瞬間と言えるだろう。俺もその瞬間に立ち会ったから、尚更分かる。
「そもそも二人が魔法を使うところすら、ほとんど見たこと無いんだけどなぁ」
「そうなのか?いや、そうか。お前は学校を出たらそのまま町も出たからな」
ハラルタには数多くの道場がある。槌を専門とする流派は流石に聞いたことが無いが、何かしら糧にできるものを求めてケイトウはハラルタに渡ったのだ。
「俺はたまに "賢者の園" であの子らを見る機会があったから、二人が風魔法を使うのは知ってる」
「へぇ、そうだったんだ?」
「あぁ」
自分で言っておいて何だが、むしろ気になることが増えた。
「で、風魔法使いが 2 人もいる 3 人組パーティが、何でこんな実績を上げられるんだろう?」
ケイトウが俺も思ったことを口にする。
「さぁ、それは分からん」
「そっか。でも、なんか嬉しいな。俺も頑張ろうって気持ちになる」
「そうだな。アリアちゃんも可愛いしな」
俺の軽口に、ケイトウが目を見開いて振り向く。
最近ギルドに出入りするようになったソロジー家の次女アリアだが、学校を出た後はギルドの受付をしたいらしい。実際になれるかはともかく・・・いやそれは別として、どうも彼女はケイトウのタイプらしく、アリアがカウンターにいる時は妙に成果報告を代わろうとする。
我が息子ながら分かりやすい。
いや、そんなんじゃないけど・・・とケイトウがモゴモゴ言って話が途切れてしまった。まぁいい。
「よし、今日も行ってみるか」
ダンジョンで頑張ってる奴がいる一方、俺は町に寄り添うことを選んだ。採取系の依頼や平原の魔物の討伐で日々を過ごすのも、中々悪くない。
嬉しいことにケイトウもそんな俺の姿に憧れてくれていたらしい。
ケイトウはダンジョンを目指したがると思っていたが、勘違いだったようだ。
「あぁ。あいつらが帰ってきた時に、俺も胸張って会える男になっていたいしな」
「え?もしかしてペイネちゃんのことまだ好きだったのか?」
・・・今度は完全にスルーされ、ケイトウはスタスタと一人で歩き出してしまった。
あんまり色恋沙汰で家族をからかうもんじゃないな。
連休は家庭の事情的に平日よりも精神面で大変です。




