020 そのゴーレム
*** オヴァリ=エンダ ***
ナイトゴーレム攻略の糸口が掴めないままドラゴンや他のゴーレムを倒す日々に、メンバーの閉塞感が募っていくのが分かる。
けれどその分ドラゴンやゴーレムの討伐練度は上がり、荒野の覇者と呼ばれるフレアドラゴンも、当初の半分くらいの時間で倒せるようになった。ノトは回復魔法の機会が減って少し暇そうなくらいだ。
ドラゴンともたくさん遭遇できるわけではないので、結局のところナイトゴーレムを追ったり逆に追われたりしている時間が、戦闘時間としては一番長い。僕としてはマルト流剣術のいい鍛錬になるな、と思っていたりする。
・・・"そのゴーレム" が現れたのは、ナイトゴーレムからの襲撃を退け一息付いた時だった。
荒野の終点とされる石壁。いつの間にか石壁の上に立っていた女性を遠目に注視していると、彼女はふっと石壁を飛び降り、見た目に似つかわしくない重い音を立てて荒野に降り立った。
僕はこの異常事態に、メンバーに声をかける。
なぜこんなところに女性が一人でいるんだろう?と不思議に思ったのも束の間、彼女は明らかにこちらに向かって歩き始めた。
その不可思議な光景に、僕らは戦闘態勢で身構える。ゆっくりとした足取りからは敵かどうか判断がつかない。
ググリエルさんの弓の射程に丁度入ったところで彼女は止まり、僕たちに声を掛けた。
「こんにちは。この辺にアンデッドが来ませんでしたか?」
脈絡のない言葉に僕は戸惑い、誰かが答えるのを待ったけれどメンバーも黙ったままだった。
「来ていない、と捉えてよいでしょうか?」
彼女は続けて問い、僕は思わず頷いた。
「お前は何者だ?」
ググリエルさんが問う。
「私はファイズの一人、ファスです。もう少し分かりやすく言えば、ゴーレムです」
メンバーに緊張感が走る。
「・・・ダンジョンの魔物と云うわけか」
「そうだとも、そうでないとも言えます。捉え方次第でしょうか?少なくとも、あなた方を今害するつもりはありません」
ググリエルさんの問いかけに動じる様子もなく、淡々と彼女、ゴーレムのファスは答える。
疑問ばかりが浮かぶけれど、こういう時はリーダーに一任することになっている。パーティのリーダーはググリエルさんだ。
「お前を倒そうとすると、どうなるんだ?」
「その場合、私も抵抗せざるを得ません」
「そうしない場合は?」
「特に何も」
ググリエルさんとファスが他にも幾つか言葉を交わしていると、タイミング悪くナイトゴーレムが遠くから僕らに向かって来るのが見えた。
ファスもナイトゴーレムに気付いたようで、ではまた、と言い残して石壁へ引き返してしまった。そしてインドールの風がナイトゴーレムとの交戦に入ると、いつのまにか姿を消していた。
ナイトゴーレムは今回も討伐に到れず、僕らの撤退で終わった。
その夜、インドールの風は誰もが落ち着かない様子で食事を囲み、ファスと名乗ったゴーレムのこと、ファスが言っていたことを話し合った。
「やっぱり深層の魔物かな?噂になってる知性ある魔物どころか、知性そのものだったけど」
一番熱心に話しているのはダリアンさんだ。ハーフフット系の血を混じるダリアンさんはパーティ内でも感覚が鋭く、ファスについて思うところがあるらしい。
「それにしてもアレは強いね。私一人じゃ絶対に勝てないよ。ミーでも、危ういんじゃないかな?」
今日はやけに饒舌だ。名指しされたミーさんが答える。
「ミーにもなんとなく分かった。アレは確かに強い。ただ歩いてるだけでも筋が通ってる・・・そういう感じだった。本人の言ったことが本当なら、あんなのがチームか何かでいるんだろ?先が怖いね」
普段は物静かなライナーさんも議論に加わる。
「あの女・・・ファスって言ったか?俺はドワーフの末裔として "作り物" には敏感だと自負しとるが、言われるまでゴーレムとは分からんかったぞ」
僕もだ。
「あんだけ精巧な作りとなると、自然に生まれたってのは考えにくい。誰かの手が加わっとるとしか思えん」
そうかもしれない。けれどそれは突き詰めると、ダンジョン自体が誰かの手によるもの、と云うことになるんじゃないだろうか?
「・・・ダンジョンの声、ですか?」
暫くの沈黙の後、ノトが投げかける。
ノトは僕同様インドールの風では新人だけれど、類稀な癒しの力とダダライオ流の棒術を兼ね備え、僕とそんなに年も変わらないのにパーティの一員としてすっかり馴染んでいる。
ノトの隣で岩に腰掛けるググリエルさんが答える。
「関係ないとは、言い切れないかもね。彼女はそういった噂に真実味を帯びさせられるくらい、異質だったから」
"ダンジョンの声" は主に冒険者の間で噂される迷信の類の一つで、なんでも若い女の独り言が頭の中に響くらしい。
僕やノト、タナカナさんだけでなく、古参のメンバーもその現象に遭遇したことはない。
ファス自身の存在以外にも、聞き逃せないことがもう一つあった。僕はそのことを話題にあげる。
「アンデッドがこの先にいるんでしょうか?」
ファスの言葉はアンデッドの存在を示唆していた。
「アンデッドはいるんだろうけど、もしかしたら彼女たちとは対立してるのかもね」
すぐさま答えたのはダリアンさんだ。
「どうしてですか?」
「そうでなきゃ、アンデッドの動向をわざわざ上層に赴いてまで気にかけないでしょ。彼女たちの階層より手前で、アンデッドが増長してるんじゃないかな?」
言われてみればそんな気もするけれど、何せ石壁の先もアンデッドも見たことがないので分からない。
分かるのは、ファスと敵対した場合、ダンジョン探索の先兵たるインドールの風でも苦戦するか、もしくは返り討ちに遭うかも知れないということだけだ。
今後アンデッドや知性体と戦闘になる可能性がある・・・そのことだけが漠然と、しかし明確な事実として残り、ファスがどういう存在で何のために石壁を超えてきたのかは不明という話で終わった。
いずれにせよ僕たちも他のパーティもナイトゴーレムに足止めを喰っている。
まずはナイトゴーレムを攻略しないとお話にならない。
採取した素材が増えてきたこともあって、インドールの風は一度南ベースへ帰還することになった。
ファスとアンデッドの事はあまり公にすべきでないと思うけれど、少なくともギルドの上層部には情報を共有しておく必要があるだろう。
*** ファス ***
アンデッドはまだ城下町に留まっているようでした。
調査結果をエテ様とグッグ様に報告しましたが、エテ様は「そうか」とおっしゃっただけでした。グッグ様も淡白な反応です。
表層の魔物の知性が高まっていることとの関係も分からないままですが、エテ様にはエテ様の考えがあるのでしょう。
私としてはダンジョンの秩序がある程度保たれていれば、特に否やはありません。そしてそれはアマヤ様に課せられた使命でもあります。
城下町を隔てる石壁の先では人族パーティと遭遇し、なんだか懐かしい気持ちになりました。
アマヤ様、エテ様、それからグッグ様以外の人物と話すのはいつ以来でしょうか?
そしてそのパーティの中に、かつてほんの少しだけお会いしたアポロア様を彷彿とさせる才気を放つ若者が混じっていたことには、内心とても驚きました。
いつか世界に平和をもたらす・・・そんな目をしていました。
ただ彼らの実力では、城下町も厳しいかも知れません。
それどころか城下町からアンデッドが溢れてしまった場合の防波堤になれるかどうかも、ギリギリと見積もってきたばかりです。
今後はアンデッドの目を掻い潜って表層へ向かうことも難しくなるでしょう。私たちの介入が無くなることを考慮すれば尚更、冒険者たちが頼りです。
アマヤ様の意図を汲めば、ある意味それも想定の範囲内なのかも知れません。しかしそれでも私は・・・私たちファイズは、この調和の取れた状態のダンジョンが惜しいのです。
*** メチルグ=リーン ***
南ベースに着くと珍しく、丁度インドールの風がダンジョンから帰還したところだった。彼らの様子を見るにまだナイトゴーレムは突破できていなさそうだ。
俺たちハラルタナイツがキャンプの準備をしていると、インドールの風のリーダー、ググリエルさんがこちらにやってきた。
「やあ、久しぶりですね」
俺から挨拶をする。
「そうだな。半年ぶりくらいだろうか?」
「もう少しぶりだと思いますが」
「そうだったかな」
9 ヶ月ぶりになる。同じダンジョンを拠点にしているにも拘らず、各パーティはなぜかあまり遭遇しない。
前置きもそこそこにググリエルさんは本題を話した。
「石壁の向こうにはアンデッドがいるかも知れない」
「ついに突破したのですか?」
勘が外れたか?
「いや・・・人と見紛う精巧なゴーレムが石壁からやって来て、それらしいことを仄かした。信じなくてもいいが、一応伝えたぞ」
「え、ちょっと待ってくださいよ!その精巧なゴーレムっていうのは?!」
さっさと引き返そうとするググリエルさんを引き止める。サラッと流していい話ではなさそうだ。
結局その後ギルドの駐在所で、インドールの風とハラルタナイツ、ギルド職員を交えてそのゴーレムとアンデッドについて意見交換することになった。主にインドールの風から話を聞く形ではあるが。
その上で、事の真偽がはっきりしないため、そういう可能性がある、と各地のギルド上層部とドラゴン討伐が可能なパーティまでに伝達する事になった。
ダンジョン活性化に対する人々の不安が一気に加速することを懸念しての判断だ。
解散後、プームはミー=タナカナやオヴァリ=エンダと共に広場の片隅で稽古を始め、他の面々はキャンプに戻った。マルト流の同門同士、話すこともあるだろう。
「あの話、本当だと思う?」
アゲーテが真っ先に投げかける。
「インドールの風がわざわざ偽りの情報を流す筈はないだろう。話に出てきたゴーレムがどうかは知らんが」
「そうよねー、結局そこなのよねー。でも、楽しみが増えたと思わない?」
「俺はアンデッドは苦手だな」
アゲーテとレオスピノが会話を紡ぐ。
「なんと言えばいいか・・・とにかく苦手だ。見た目だけじゃなくて、倒しても後味が悪いというか、倒した感じがしないというか」
レオスピノの言うことも分からないではない。
「ナイトゴーレムもだけど、アンデッドも対策が面倒だな。うちは火魔法使いがいないから」
タビノの言う通り、特に問題なのはその点だろう。ハラルタナイツには火魔法使いがいない。
アンデッドにはゴースト系、ゾンビ系など数種いるが、ゴースト系は光で拡散させ、ゾンビ系は復活防止のため体を焼くのが定石で、いずれも火魔法使いが適任だ。
そうでない場合、ゾンビ系は細切れに、ゴースト系は薄いながら実体らしきものがあるので手応えのないそれを消滅するまで攻撃し続けることになる。
アンデッドのことは抜きにしても、火の魔法は冒険の色々な場面で役立つ。事あるごとに検討し、しかし見送ってきた火魔法使いの新規加入を本気で考えるいい機会かもしれない。
「なんにしてもナイトゴーレムだな」
俺がまとめると、アゲーテとレオスピノはネガティブな表情になる。ナイトゴーレムに道を塞がれてかなり長く、みんな精神的な疲れを隠せないでいるのだ。俺も含めて。
夕食にはプームも戻ってきて、同門の彼女たちから得た情報を披露した。
なんでも異常に腕の立つ 3 人組パーティがいるとの噂らしい。そしてプームは、おそらくそれは先日ハラルタでプームが負けた 3 人だろう、と付け加えた。
プームも歴としたハラルタナイツの一人。そのプームをパーティの 3 人が 3 人とも個人戦で制したとなると、実力は推して知るべしである。
もちろんダンジョンに潜るパーティが人族の戦力の全てではないが、それでもダンジョンでの活躍は相応の意味を持つ。最深部を行くパーティともなれば尚更で、故郷のハラルタに限らず町に出てパーティ名を告げればハラルタナイツも "そういう目" で見られるし、むしろ顔を知られていて声を掛けられることもある。
ダンジョンは広大で、同じ様にダンジョンに潜っているつもりでも知らないパーティも多いが、新しい勢力の出現は嬉しく思う。
冒険者といえど職業人だ。先陣を切る者もいずれは老い、世代は取って代わられる必要がある。ここ最近では “再来のエンダ” の名こそ広まり始めているが、他にこれといった強者の噂は聞いていなかった。
精鋭揃いとしてもあまりに少数な点は気になるが、いずれ詳しい話も回ってくるだろう。あるいはナイトゴーレム打倒の糸口になるかもしれない。
火魔法使いと新興勢力について好き勝手言い合って、俺たちは翌日からのダンジョン探索に備えた。




