015 ホワイトタイガー
*** ハル ***
ダンジョンに潜ってから最初の階層である草原地帯には 2 週間くらい滞在した。
草原には所謂ボス的な魔物が何種類かいる。そのうち"レッドサーペント"という赤い大蛇、高速機動の巨大な蜂"ウィービー"、集団全体で一単位と扱われるらしいモコモコの羊たち"スリーピングシープ"には遭遇した。
いずれも駆使する魔法と大きさや速さが脅威になり、多分普通に戦ったら結構大変なんだろう。けれど私たちの場合、索敵、幻影、初撃という名のトドメまでの流れがスムーズ過ぎて、いっそ笑えるほどに簡単に対処できた。乾いた笑いだけど。
2 週間の間に他のパーティとも数回遭遇したが、事前に南ベースで得ていた以上の情報は得られなかった。最近注目されているのは知恵ある魔物のことなんだろうけれど、それもなかった。
当初は草原でたくさん素材を集めて帰ろうと話していたけれど、3 人の間に漂う“もうちょっと行けるでしょ”という空気を丁寧に察した私は方針の変更を伝えた。
・・・幻惑の森への踏み込みだ。
案の定二人は提案を快諾した。
幻惑の森は草原よりもやや暗く見通しが悪いが、木の間隔が疎なところも点在していて、そういう場所は光苔の恩恵をよく反映していた。
生態系の変化を感じつつ特に問題なく数日が経過する。
そして幻惑の森に入ってから 5 日目、私たちはホワイトタイガーと初めて遭遇した。とても綺麗な毛並みの、驚くほど大きい虎だ。
ホワイトタイガーはとあるパーティとまさに衝突したところだった。
ディモンの幻影に身を潜め遠巻きに彼らの戦闘を見ていた。始めこそパーティは途切れない攻撃で虎の動きを初動から拒んでいたが、木々の配置など地形の変化に対応しきれなくなった隙を突かれ、一気に形勢が傾いた。
一人目が飛ばされてからものの数十秒で、立っているのがヒーラーらしき女性だけになる。
幸い致命傷は誰も受けていなさそうだったけれど、最後の一人がやられるとそうも言っていられないだろう。
私はディモンに言って幻影を一度解いてもらい、わざと聞こえるように声を上げつつホワイトタイガーに近付いた。
後から思えばそんなことをする必要はなかったんだけど、獲物を横取りすると思われても嫌だし、ひとまずホワイトタイガーの注意をこっちに向けたいし・・・というような理由があったことにしよう。
とにかく、おかげでホワイトタイガーはこちらに意識を切り替え、私たちの番になった。
どう動くかは観戦しつつ小声でやり取りしていたので、あとはその通りにするだけだ。
ディモンが霧と幻影魔法でホワイトタイガーを捕らえ、ペイネが風魔法で機動力を削ぐ。私は風魔法を駆使してホワイトタイガーの真上を陣取り、風の刃で首を落とす。
終わり。想像以上に簡単に事が済んだので逆にびっくりした。
これまで"大物"と戦う事なく 3 人とも力を小出しにしていたことが、ホワイトタイガー戦で想定した難度と現実とのギャップを作った原因かも知れない。
ダンジョンに潜る前、ディモンは霧そのものを幻影の媒体にしていたけれど、霧は物理的な障害として利用して、それとは別に幻影魔法を重ね掛けする手法を見出し実戦に持ち出せるまでになっていた。
ペイネはペイネで風魔法の精密さが、一見魔法の規模とは不釣り合いな重量のもの・・・今回で言えばホワイトタイガーを拘束できるまでになっていた。もっとも拘束と言っても後ろ足を浮かせて初動を削ぐ程度だけれど、それでも十分な効果が得られる。
「クレア、今まで相当セーブしてたのね・・・」
「僕も驚いたよ。一撃だなんて。あと、さっき虚空を駆け上がってなかった?」
ふふ、ありがとう。でも実はまだまだいける・・・なんてことは言わず、ニコッと笑って答える。
「多分ペイネもできるよ。・・・じゃ、霧も解除して、解体しよっか」
「そうね。私はあのパーティの回復を手伝おうかな?」
「僕も一緒に行って話を聞こう」
ふむふむ。
ホワイトタイガーの毛皮は状態の良いところだけでもそれなりの量になり、荷物的にこれ以上進むのは難しそうだ。
ダンジョンに潜り始めてからそろそろ 3 週間。当初の想定よりかなり早いペースで来れたこともあって、ここらで一度戻ってみるのもいいだろう。
ダンジョン内を往復で一月半弱。連邦の主要な都市との行き帰りで余分に一ヶ月。街での滞在日数を考慮していないけれど、急ぐような事情は今のところない。丁度いいくらいだと思う。何をして丁度いいかというと、私の気分的に。
今回のダンジョン初挑戦を踏まえて、持ち物の再選別や武器の調達などを、物の揃う大きめの街や国でやっておきたい。
私たちの前にホワイトタイガーと戦っていたパーティ"アッカの星"も一度南ベースに戻るらしい。一緒に戻らないかと提案されたが、彼らと行動するメリットは特に無さそうだったので遠慮した。
戻ると決めた以上はさっさと戻ってしまいたいし、それなら 3 人での方が早いだろう。
その日の夕食はアッカの星と合同になり、私たちの戦闘を一番近くで見ていたヒーラーのテンレバック=ノンジヴァスさんと、リーダーのグラッツ=ハッシさんが中心になっていろいろと聞かれた。それには、大体ディモンが答えてくれる。
「なぁ、君らは 3 人だけなのか?それで足りてるんだろうが、すごいもんだな」
「えぇ、なんとかなってますよ。むしろ行動が軽快になっていいですね」
欲しい職種はあるけどね。
「あの戦いは霧の中、どうなってたの?風の音しか聞こえなかったから、彼女が風魔法使い?」
「ボウェルのことですか?うーん、そうでもあり、そうでもなし、といったところでしょうか」
ディモン頑張れ。適当にはぐらかすんだ。
「それともみんな多属性使いなのかな?」
「誰もそんな珍しいものではないですよ」
「そう?それで討伐方法は?」
・・・ノンジヴァスさん、案外粘るね。緩そうな雰囲気なのに。
私も混ざってみる。
「あんまり手の内を晒したくないので・・・それくらいにしてくれませんか?」
そこそこの力が私たちパーティにはあるのだろうと先ほどの戦闘もあって自覚しているが、誰かに実力が認められて名が広まるには時期が早すぎると思う。それにせっかくなら"パーティ名"は自称発祥で公認、という形が理想だと思っているのに、彼ら次第ではそれを阻止されるかも知れない。それもなんとなく嫌だ。
「そう?まぁ、あんまり詮索するのも悪いわね。ごめんなさいね」
ノンジヴァスさんも一応引き下がってくれて何よりだ。
「それにしても、あんた綺麗だな。女の俺でも見惚れるくらいだ」
ペイネに話しかけたのはパイス=ドドークさんだった。
私は一人、誰にともなく得意気な顔になる。そりゃそうでしょうとも。私が惚れ込んだんだもの。
「冒険者なんてやってるのが勿体無いくらいだぜ」
ドドークさんは口調は強いが親しみやすい距離感を保ってくれる。仲良くなるにつれて良さがわかるタイプかも知れない。
ディモンも、きっと私も今そんな感じなんだろうと思えてしまう様な、嬉しそうな顔をしている。
「冒険者、とっても魅力的な職だと私は思いますよ?」
ペイネが答える。
「そうだとしてもな」
「うーん・・・」
多分ペイネは人が寄り付かなさ過ぎて、自分の容姿にはあまり頓着がないんだろう。もしくは大学の間も、私がそれまでしていたように、実害の出そうな芽をファンによって陰ながら摘まれていたのかも知れない。憶測の域を出ないけれど。
「ほらね、ペイネ。いっつも私も言ってるでしょ?ペイネは綺麗だねって」
「クレアはそう言ってくれるけどさぁ・・・」
はにかんでお茶の入ったカップで口元を隠すペイネ。可愛いねっ!
夕食後は夜営に移り、翌朝、ホワイトタイガーからの救助に対して改めてお礼を言われて彼らと別れた。
アッカの星のパーティ名にあるアッカは連邦の南東、海が近い地方にあるらしい。そこまで行くことはおそらくないけれど、またダンジョンで遭遇することはあるかもしれない。
彼らが話してくれたロッキンガム探索隊ともいずれ会ってみたいものだ。
*** グラッツ=ハッシ ***
ディモン、ボウェル、ソロジーの 3 人とは一晩で別れたが、強烈な体験だった。俺だけでなくパーティの誰にとっても。
特にそれが顕著だったのはテンレバックだろう。普段の大人しさからは想像できないくらい積極的に色々なことを聞いていた。
3 人の実力がどの程度かは結局分からずじまいだったが、予測はできる。
おそらくディモンが圧倒的に強く、他二人はサポートだ。テンレバックは美女魔法使いボウェルが風魔法でホワイトタイガーを仕留めたと考えたようだが、それだと剣士二人の立ち位置に疑問が残る。
風切り音は聞こえたから、剣戟もあればわかったはずだ。しかしその痕は倒されたホワイトタイガーにはなかった。
ならば、霧と風でボウェルがホワイトタイガーを封じ、ディモンが身体強化でホワイトタイガーの直上へ跳び痕すら残さないほど恐ろしく速い一撃を放つ。ソロジーは万一に備えてホワイトタイガーから見たボウェルへの進路を塞ぐ。これでどうだ?
「それだと剣士は二人も要らないんじゃないか?何しろ 3 人しかいないんだ」
ロドロの言葉にパイスとカービンも頷く。
「そもそも回復はどうするんだ?それもボウェルさんか?」
確かに、霧と風に回復もとなると厳しい気がする。ではディモンかソロジーが霧あるいは風の魔法剣士なのだろうか?
3 人の役割についてああだこうだと議論したが、結局納得のいくパターンは見出せなかった。
パーティにとって重要なのはむしろ、自分たちがどうするか、と云うことだ。もちろんこの議論が白熱したのは言うまでもない。何しろロッキンガム探索隊のように自分たちより人数が多いわけでも、名が知れるほどダンジョンに精通しているわけでもないパーティが、探索隊の時より大きなホワイトタイガーを一瞬で倒したのだ。
何か秘密があるのかも知れないが、そんな不確かなことに縋っても仕方がない。
もっと強くなるために、まだまだできることはある。
・・・もう一度本気でスタートを切ろう。アッカの星は決意を新たにした。
「それにしても綺麗な子だったなー」
「カービン、あんたまだ言ってんの?」
「でもパイスも思ったろ?」
「そうだけどさ・・・」
「ソロジーちゃん、また会えないかなー」
「・・・え?」
「え?」
カービンとパイスの会話を耳にして、俺はソロジーの顔を既にはっきり思い出せないことにむず痒さを覚えた。
印象の薄い子だった、という印象だけが残っている。
***
クレアたちは草原地帯でボス級の魔物に 2 度遭遇したものの、特に苦もなく南ベースに帰還した。
滞在していた商隊に寄り素材を一通り売り払うと、食料を買ってすぐ次の目的地へ出発した。
素材の中には直接鍛冶屋で加工してもらった方が良いものもあるかも、とディモンが提案したが、具体的な案が挙がらなかったため、必要になったらまた採取することにしたようだ。
3 人の目的地はハラルタで、途中レイドレを経由する予定になっている。
レイドレは連邦の中でも物作りの盛んな国として知られている。家具や調度品だけでなく、ダンジョンと国を行き来する商隊が多いことからも分かる様に、冒険者に必要な武器や防具も軒並み質が高い。
レイドレでは日常使いに何か良いものがあれば、という趣味半分の買い物だけでなく、クレアとディモンは質の良い武器を、ペイネはワンドを探す心算である。
インドール平原を渡りながら 3 人は新たなパーティメンバーのことを考える。
初めてのダンジョン探索を終えそれぞれに思うことがあり、話し合うのには丁度いい機会だった。
「僕はやっぱり盾役が必要だと思う。今はあまり攻撃を受けることがないけれど、真っ先に魔物を制してくれる存在がいたら心強い」
「私は回復役かなぁ。クレアも、それから私もちょっとはできるけれど、専念してくれる人がいたらいいと思うわ。クレアは?」
「そうだね・・・敢えて言うなら空間魔法使いが欲しいね。それからバーサーカー的な戦闘員かな?精霊も欲しいし、なんなら友好的な魔族なんかいたら楽しそうだよね」
「難しいところばかり突いてくるわね・・・。でも確かに、悪くないかも。面白そうって意味でも。最終的には何人くらいを想定しているのかしら?」
「やっぱり 6 人くらい?僕はセオリーは守っておくほうが無難だと思うけれど」
「それは成り行き次第かなぁ」
あれこれ意見を交わしながらも、基本的には盾役、回復役を優先して探すことになったようだ。
ちなみに空間魔法使いはかなりレアで、バーサーカーはよほど能力の制御に長けていなければ平常時に角が立ちやすい。精霊や魔族はそもそも遭遇しない。
3 人はレイドレとその後向かう予定のハラルタに、物と人両方の出会いを期待して旅路を駆けた。




