014 ダンジョン最表層
*** ペイネ=ボウェル ***
南ベースに到着した翌日。夜が明け、いよいよダンジョン攻略の第一歩を踏み出す時がきた。
夜は私、クレアの順で警戒に当たって、クレアは朝からテンションが高い。
「楽しみだねー」
とさえ言っている。
私は楽しみ半分、不安と怖さが残り半分。
「ディモンは?」
「僕?僕は緊張感がほとんどかな・・・」
ダンジョンの入り口は大きな縦穴で、縁の一部から奥へ進めるようになっている。トンネルを地面に向けて斜めに掘ったような感じね。
入り口付近の環境はダンジョンの外と似ていて草原と荒野の中間の様相で、奥に進んですぐにわかるのは、とにかく広いということ。
それから明らかにインドール平原とは魔物の出現頻度が違う。休む間もなく、という程ではないけれど、一日このペースだと疲れてしまいそうだ。
ダンジョンの中は聞いていた通り光苔や光茸、身体の一部が光る虫がたくさん生息していて、ぼんやりと先が見通せる。100 から 200 m くらい先までかな?夜目の効く人たちならもっと遠くまで見えると思う。
暗いことで不安が募るけれど、クレアは魔物がいれば遠くてもわかるようだし、ディモンも斥候としての本領を発揮していて心強い。索敵、周囲の警戒は二人にほとんど任せてしまっている。
私はというと魔素制御の一環として、みんなの周囲をずっと風の障壁で包んでいる。小さい羽虫を追い遣るくらいの効果ではあるけれど、何事も練習と思っているのでいつか実践レベルの魔法になればいいと思う。
ディモンも魔素制御の練習に取り掛かっている。でもまだ始めたばかりなので、取っ掛かりまで時間が要りそう。
入口の近場では動物型、昆虫型、爬虫類型の魔物がよく襲ってくる。
動物型の覇者は狼型のようで、他にも猪や熊、それからみたこともない種類の魔物もいる。
「多分あれは鵺」
「あれはコカトリス」
「あ、あれ、九尾かな?」
クレアにはなんとなくわかるらしい。・・・どこかでダンジョンの魔物の専門書でも読んだのかな?話に集中できそうな時に聞いてみよう。
魔物との戦闘はインドール平原にいる時とあまり変わらず、一人ひとりが役割をきちんとこなせているから効率も中々悪くないのでは、と思う。
回復薬の出番すらないまま進んでいく。
まだ一日目だけれど、噂に聞く知性を持った魔物には遭遇していないし、群れらしい群れも見かけない。せいぜい一度、5 体の魔物が立て続けに襲ってきたくらいだった。
ダンジョン内の光る生き物は周期的に光の色合いを変え、日中は黄色系の、夜に相当する時間はオレンジ系の光を放ち始める。
苔の光を見るに、いつの間にか夜になっていたようだ。
「そろそろ止まる?」
ちょうどクレアが提案してきた。読心術でもあるのかな?と思ってしまうタイミング。
「うん。かなり疲れたわ」
「ボウェルも疲れたのか・・・僕からはそう見えなかったよ」
「ペイネは実戦経験がないし、緊張の要素が強いんじゃないかな」
クレアの言う通りかもしれない。
「そうかもしれない。あんまり気持ち的には休まらなかったから」
リラックスが大事だよ、とクレアは誰にともなく言った。
今夜の番はディモン、私の順だ。一人で対処が難しそうならみんなを起こすことにしている。夜のダンジョンでの魔物の動向次第では、一日目にして全く眠れない、なんてこともあるかもしれない。
そんなことを思いながら、木陰で目を閉じた。
「ボウェル、交代を頼む」
「うーん?」
目を擦って起き上がる。
「一回ネズミの魔物が寄ってきたくらいだったよ」
「そうなんだ?」
魔物も夜行性の種族は少ないんだろうか。昼、夜と言っても、光苔なんかの光の色と強さが変わるだけなんだけど。
「他に変わった事は?」
「特にないと思うけど・・・」
「わかった。じゃあ、あとは任せて。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
交代の時にディモンが言ったように、オレンジが淡く灯るダンジョンの夜はとても静かだった。昼間ですら静けさがあったのに、それが一層深くなっている。
夜の番の間、私は魔素制御の練習をすることが多い。今練習の中心になっているのは、ひたすら細かく制御できるようになるための、風の操作。
風の球を作る。その中に別の風の球、その中にも、更にその中にも。自分で考えてやり始めたこの練習を、クレアもこの前真似していた。私にはうまく感知できなかったけれど、クレアの申告通りならクレアの風の玉は私の限界よりも 10 層は複雑だった。
クレアは体内でセーン文字を構築できるという。まだまだ先は長いけれど、それだけ楽しみでもある。
結局、クレアが起きてくるまで特に変わったことはなかった。
光苔が黄色に変わった頃、ディモンを起こして朝食を摂り、探索を再開した。
*** グラッツ=ハッシ ***
ダンジョンにはいつも、大体 20 組くらいのパーティが潜っている。多い時はその倍にもなるが、10 組を割る事はない。
ダンジョンは広大だ。この広さをまともに地図に当て嵌めると、どうやっても連邦か王国の地下にまで及ぶことになるが、地下を掘ってダンジョンが出てきたなんて話は聞かない。何かしらの魔法だろうか。
何も問題がなければ、トップレベルのパーティ曰く最適なルートなら約 1 週間で表層の草原地帯は超えられるらしい。そしてその次に待つ"幻惑の森"へ踏み込むことになる。
しかしそれは、何もなければ、の話だ。
実際には魔物との戦闘や持ち物の都合もあり、遥かに時間がかかる。魔物は先へ進むほど強さを増し、戦利品は回収すればするほど足枷になる。予備情報なしだと、3 ヶ月かかったとしても不思議ではない。
むしろパーティの多くは表層を拠点にしているくらいだ。表層は中堅程度の実力があれば死の危険性も低い上、ここで得られる素材の収益でも生活は十分に成り立つ。
俺が組んでいるパーティ“アッカの星”はこれまで主に草原地帯で活動していたが、ダンジョンでの活動にも慣れてきたため幻惑の森攻略に踏み出し始めたところだ。
幻惑の森は鬱蒼とした木々が行手を阻み、所々に湿地帯や沼、泉が顔を出す。
魔物には草原地帯でみた魔物もいるが、樹木系の魔物の割合が増える。
樹木系の魔物から得られる素材は家財としての価値は低いが、その樹液は薬や化粧品として評価が高く、中々の値段で買い取ってもらえる。
「おいグラッツ」
「なんだ、ロドロ。魔物か?」
今はロドロと二人で夜の見張り中だ。敵襲かと身構える。
「いや、こないだのホワイトタイガーのことを思い出してな。つい話したくなったんだ」
「あぁ、あれは凄かったな」
ホワイトタイガーは幻惑の森でも最上位の強さの魔物で、白い虎が 3 倍くらいに巨大化したものだ。
「あんなのに会うと、幻惑の森は俺らには早いんじゃないかと思ってな」
「まぁそう言うな。実際に戦っても、なんとかなっただろう」
「それは次の機会になるが、できれば戦いたくないな。まだ」
俺もその気持ちはわからんでもない。しかし、アッカの星もかなり力をつけたと自負している。落ち着いてそれぞれが役割を果たせば、誰かを犠牲にすることなく倒せるだろう。
「それでよ、俺が言いたいのは"探索隊"のことだよ」
「おう?」
「グラッツも見ただろ?」
「そりゃ、俺らみんな見てたじゃないか」
「ありゃ本当に凄かったよな。・・・でも、その探索隊でも荒野は越えられんという。恐ろしいとこだぜ、ダンジョンってのはよ」
「そうだな。分を弁えてる分にはいいトコだとも思うがな」
"探索隊"はダンジョンに潜るパーティの中でもトップクラスの実力を持つ一団で、"ロッキンガム探索隊"のことだ。ロッキンガム王国の名を冠する通り、この隊は王国内でダンジョン攻略のために専門に組織されていて、実働は 6 人前後だが構成員としては全部で 20 人ほどからなるらしい。
先日遭遇したホワイトタイガーは、向こうに気付かれる前にこちらの索敵に引っかかったためパーティで対応を考えていると、別方向からやってきた探索隊があっさりと抗戦に入りそのまま倒してしまったのだ。
土魔法でホワイトタイガーの進路を制限したところをドワーフらしき大盾の男が最前で進攻を阻み、ドワーフの後ろから槍のように長い棒使いと 2 人の剣士が波状攻撃を加えた。
ホワイトタイガーも魔法を操り雷の魔法を浴びせていたが、パーティメンバーは数瞬の硬直を見せるもすぐに攻撃を再開していた。羊系獣人の僧侶が、絶妙のタイミングで魔法による補助を施したのだろう。
土と水の魔法が間に加わりつつ、止めを刺したのは魔法剣士の斬撃だった。・・・炎を纏った剣の軌跡が目に焼き付いている。
パーティが機能するとはこういうことを言うのかと、俺だけでなく皆実感したのだろう。その日は先へは進まず、パーティの陣形や方向性について改めて議論を交わすことになったのだった。
「グラッツはあのパーティ、どう思った?」
あれから何度も話したことだが、ついつい何度も話したくなる気持ちは俺にもわかる。
「やっぱり、大盾と剣士、僧侶が特に洗練されてたんじゃないかな」
「大盾は良かったな。俺らはどっちかって言うと前のめりだからな」
どっちかと言わなくとも前のめりだ。俺とカービン、拳士が 2 人もいるのだ。
「リョウンはうんと言わないかもしれないが、リョウンの水魔法をもっと生かした方がいいのかもな」
「ロドロもそう思うか。あいつは槌命って感じだが、奥へ行くほど、パーティとしてのバランスが求められると俺も思う」
パーティ内での考えを大まかにまとめると、個人の質はまだまだ高められる、そして後衛寄りの中衛が薄い・・・この 2 点をみんな共有していると思う。これまでやってきたこの 6 人からメンバーを変える気は今のところ無く、しかし移動のしやすさや回復役のテンレバックの負担を考えると、メンバーを増やすのも難しい。
そうなれば、メンバーそれぞれができることをやらないとダメだ。好き嫌いに関わらず。
俺が武器を手にするのもアリだが、なんにせよ、構成を変えるなら一度表層へ戻ってそれ用の訓練を積んだ方がいい。士気が高まっている今なら再スタートも切れるだろう。
夜の間ロドロとは適当に話しながら過ごし、そのうちにメンバーも起き出してきた。
「おはよ。何もなかったのね」
「おはよう、パイス。相変わらず夜はそんなに気負わなくていいのが助かるよな」
「今日も進むんだよね」
「あぁ、そのつもりだ」
「オッケー」
パイスはテンレバックを起こし、女二人で身嗜みを整え始める。
現状、アッカの星は樹液を目標量集めては帰還するループで幻惑の森を探索している。周回ごとに森の中にある水源地を把握しつつ、少しずつ行動範囲を広げ、最終的には幻惑の森を抜け荒野へのルートを確保するつもりだ。
ダンジョン内の地図もないわけではないが、あまりアテにならない。
と云うのも、ダンジョン内の大まかな構造は日々少しずつ・・・本当に少しずつだが変わってしまうことが分かっているので、地図は古くなれば意味がない。それに冒険者の通った痕跡は数日で無くなってしまうのだ。獣道すらない。
ダンジョンが生きている、あるいは何者かがそういう風に作ったと言われている理由だ。
こうした事情から、各パーティは独自の目印を体に染み込ませつつ、少なくとも 1 年以上の間隔を空けることなくダンジョンに潜っている。1 年くらいならまだ大丈夫、といったところだ。
尤も、奥に行けば行くほど帰りの風景が違う、なんてことも起こるが、大まかな方向だけは同じなので、奥まで潜れる実力のあるパーティは帰路にそこまで苦戦しないらしい。
昼食のため休憩を挟んでいると、ロドロがメンバーに警戒を促した。
ロドロは土魔法使いだが、犬系獣人のため鼻が利き、専門職ほどではないが索敵に長けている。
全員が息を潜め、戦闘体勢に入る。
「ホワイトタイガーだ」
「どっちだ?」
「あの大木の影」
一斉にロドロの示す方を向き、ホワイトタイガーを目にしたパイスが声を漏らす。
「デカイ・・・探索隊が相手したのの 1.5 倍はあるんじゃないか?」
「俺にもそう見えるな」
返事すると、今度はテンレバックが聞いた。
「こんなにホワイトタイガーって遭遇するものなの?前のを見てからまだ 4 日じゃない」
「単に運が悪かったんだろう」
・・・いや、むしろ。
「むしろ探索隊の戦闘を見れた直後だ。運は良いのかもしれない」
リーダーの俺に求めらる役割を果たすべく、行動目標を簡潔に定め、作戦を伝える。
「倒そう。いつも通り、俺、カービンが最前で翻弄、パイス、リョウンはその隙間から、ロドロは適時指示を出した上で大規模魔法を。テンレバックは回復の予備動作を済ませて周囲も警戒」
パイスは火魔法も使うが、基本的には剣士として立ち回る。
それともう一つ。
「探索隊の戦闘を見れはしたが、現状俺らに同じことはできない。いつもの役割を果たして、全体として隙ができないように、隙を突かれないようにやろう」
メンバー全員が頷いた。
ロドロ、パイスが準備を終える。
「行くぞ」
俺の指示を合図にパーティはホワイトタイガーに向けて移動を開始し、ホワイトタイガーが俺たちに気付き振り向いた鼻先にロドロが土魔法で、パイスが火魔法で開戦の一撃を放った。
*** テンレバック=ノンジヴァス ***
一体、何がいけなかったんだろう・・・。
にじり寄るホワイトタイガーに意味もなくワンドを向けて、私はパーティ結成からの日々を走馬灯のように思い返していた。
アッカでグラッツに声をかけられた日。
初めて依頼を達成した日。
ダンジョンを活動の中心に決め、初めてダンジョンに足を踏み入れた日。
今のメンバーが揃った日。
幻惑の森へ踏み入った日・・・。
ロッキンガム探索隊の戦闘を見ていたのが、よくなかったのかもしれない。
どこか簡単に考えてしまっていたことは否めない。ホワイトタイガーも一頭なら倒せると。
だけど現実は無情だった。
こちらの攻撃の停滞、その隙をホワイトタイガーは見逃さず、グラッツが体当たりで吹き飛ばされ、直線上にいて怯んだパイスが横薙ぎに殴られた。私が回復を二人に施している間に、ホワイトタイガー牽制のため近接したカービンと土の檻を構築したロドロは、雷魔法に当てられて気絶した。
私を守るように槌を構えていたリョウンも攻撃をいなされ槌を噛みつきで捕らえられ、両手が開いたところを尻尾の殴打により弾き飛ばされた。
誰もまだ死んではいなさそうなのが唯一の救いだけれど、その希望も私の意識が途切れると同時になくなることは想像できる。
グルルと喉を鳴らしつつホワイトタイガーが詰め寄る。
なけなしの癒し魔法をダメージの大きそうなパイスに放ち、大きな白い前足が振り上げられるのをスローモーションで眺めていた。
・・・しかし白い足は振り下ろされることなく止まり、不意にホワイトタイガーは私から視線を外した。
「ねぇ、これは助けた方がいいと思う?私はそう思うけれど」
「僕も同意するね。クレアは?」
「助けるのはついでで、虎の毛皮が欲しいね。あれ、結構な高値だったよね」
「あぁ、うん。クレア、そういうとこあるよね」
「何?ペイネ」
「なんでもないよ。クレアが嬉しそうで何より」
ホワイトタイガーの目線の先から、場違いな会話が聞こえる。
あんなに若い、しかもたった 3 人でこの化け物を相手できるはずがない・・・。そう思い、叫ぶ。
「あなたたち!こいつは正真正銘の化け物よ!逃げて!」
ホワイトタイガーのことも気にせず警告する。
しかし彼らは私のことなどお構いなしに分散して、ホワイトタイガーも彼らとの交戦に移行した。ホワイトタイガーが私の前を離れると、少し伸びたに過ぎない生存時間を得たことで、私は腰が抜けその場にへたり込んでしまった。
ふと見ると癒しを施したグラッツとペイネは覚醒し、カービンとロドロも動けないままだが気絶からは立ち直っていた。リョウンは水魔法で咄嗟に防御したのだろう、全身びしょ濡れで立ち上がっている。
誰もあの 3 人に手を貸す気配はないし、声をかけるでもなく、静かに行方を見守っていた。
・・・結果から言うと、戦闘はあっさり終わった。3 人の勝利で。
私はあまりにも早い決着と、そもそもどのように事が進んだのか分からなかったため、頭の中が混乱している。
グラッツの方を向いても、グラッツも “?” を浮かべた表情でこちらを見返してきた。
彼らへとホワイトタイガーが歩を進め始めると一帯に濃い霧が立ち込め、霧に全てが覆われた中、シュルシュルと鳴る連続的な音に続いてバシュッと短くやや鋭い音が聞こえた。
その音を合図に次第に霧が晴れると、首を落としたホワイトタイガーが倒れていた。
ホワイトタイガー近くの地面は直線的に抉れ、首からはまだ血が吹き出していた・・・。
言葉にしてもそれだけ。
誰が霧を操り誰が何の専門で誰がトドメを刺したのか、何一つ分からなかった。
「じゃ、私が解体しとくね。あっちはお願い」
一人がそう言うと他の二人は私たちに歩み寄り、私が声をかけられた。
「急ぎで手当ての必要な方はいますか?」
絶世の美女、と言うには年齢だけがやや物足りない女性だ。
「いえ、一応、大丈夫だと思います。助けていただいてありがとうございました」
振り返ってメンバーを見るが、みんな首を横に振ったりして大丈夫であることを表している。
「そうですか」
なぜか少し残念そうだ。
「ホワイトタイガー、僕たちがもらってしまってもいいですか?」
顔立ちの整った男に聞かれる。異論などない。
「あぁ、そうしてくれ。本当に助かった。恩に着るよ」
グラッツが答えた。
「ありがとうございます」
そう言うと、二人も虎の解体に加わった。
私たちは体の状態と装備品を確かめ、彼らにすぐ戻ることを告げて先ほどまで休憩していた場所に荷物を取りに戻った。
第一章は説明クサイ感じで冗長だったかもしれません・・・。
最後まで書き切ったので言えることですが、ちゃんと加速度的に面白くなります(当社比)。
お読み頂きありがとうございます。




