011 魔素動態顕微会
*** ペイネ=ボウェル ***
久しぶりに再会したクレアは少し背が伸びていて、見た目以上に大人びて感じられた。
賢者の町からはディモン君と二人で来たらしい。二人旅と聞くと、大丈夫なの?と心配するところかもしれないけど、私はクレアのことをよく知っているつもりだから、そうなんだ、と素直に思った。
トーキーオの魔術大学の学生は、得意属性を伸ばすことと、サブ属性を増やすことを学生生活の目的にしていることが多い。
私は入学時点で得意属性と呼べるものはなくて、何となく風の魔法が使えた程度だった。
風の魔法と言っても本当の風魔法ではなくて“それっぽい何か”だけど、クレアが使い勝手の良さをやけに推していたから私も"それ"を練習し、自分の魔法ということにしていた。
大学で学ぶことの殆どはこれまでに先人が積み上げてきた経験則、その集約と言っても過言じゃない。だから特定の属性を既に習得した人たちにとっては、その先を目指し、さらに他の属性も身につけられて、有意義な日々を送ることになるんだろう。
私はというと、園以前からクレアの指導で頑張ってきた魔素操作の扱いをどう活かせばいいのか、かなり長い間悩んだ。
魔素は単に起動する魔法の媒介であり、魔素それ自体の存在は属性魔法の高度化に伴って意識から自然と外れていくのが普通で、"その逆"にあたる魔素操作はとてもマイナーな考え方なのだと大学に来て知ったから。
目指すべき方向性がわからないまま属性に特化した総論的講義を受けていたある日、私の目に止まったのは一つの研究会の掲示だった。
“時代は魔素!同士求む!”
・・・私は羽虫が篝火に吸い寄せられるみたいに、その研究会へと足を運んだ。
そして私の大学生活は、この日から真の意味でスタートを切れた。
「魔素主体で考える人も、やっぱりいたんだねー」
クレアは私の話を聞いてそう言ったけれど、普通なら「そんな怪しい研究会に入るなんて」と感じるところだと思う。そういうものなのだと、この数年でよくわかったから。
「それでペイネは結局どうなってるの?」
聞きにくいようなこともサラッと聞いてくるところは相変わらず。
「私はとりあえず、今ある偽風魔法を極めてみようかなって思ってるよ。クレアが言ってたセーン文字の"あれ"はまだ無理だから」
偽魔法という単語に隣で話を聞いていたディモン君が“?”の表情を浮かべたけれど、とりあえす無視する。
「そっか。でも多分、すぐできるようになるよ」
「・・・えっ?」
思わず声がでた。クレアはもう、セーン文字を体の中で描けるようになったってこと?
「クレア、もうできるの?」
「え、うん。一応。実用未満だけど」
女同士だからわかる、あらー、と言う表情でクレアを見ると、クレアはテヘッという感じで微笑み返してくる。かわいい。
ディモン君は何とも言えない顔をしている。
「それで・・・私もパーティに入っていいの?」
「そのために来たんだけど?」
「でも私まだ、“コレ”っていう役職はこなせそうにないのよ・・・」
「可能性が無限大だから、大丈夫」
可能性、ね。何を言い出すんだと思ったけれど、多分いつも通り本気で言ってるんだろう。
大学をどうするかという問題はある。けれどそれ以上に大切なモノがあることも、私はわかっているつもり。
「もちろん、私もクレアと行くよ」
だから、この答えは私にとって自然の成り行きだった。
ちなみにディモン君も二人旅を経て、クレアのパーティへの加入を決めたらしい。クレアは、斥候は彼で間違いないと豪語している。
大学を去るなら色々とやっておくことがある。
その間クレアとディモン君にはトーキーオに滞在してもらって、せっかくなので研究会を紹介することにした。
クレアはきっと何もしなくても、クレアなりの視点で会員たちと馴染めるだろう。ディモン君は、まぁ何とかするんじゃないかな?そういう性格だし。
クレアと再会してからの一連の流れは、たった半日でのことだった。
手紙のやり取りの中でそうなる日が来るだろう、そうであってくれたら嬉しいと思っていたので、私にとっては何ら抵抗のない話だったから。
クレアにはまだまだ教えてもらうことがたくさんある。けれど、この先もずっとお世話になりっぱなしにはならないよう、私も改めて頑張ろうと思う。
・・・あ、ディモン君もよろしくね。
*** ハル ***
ペイネと再会して早々に見れた、彼女の神々しさに当てられたディモン君の惚けた顔は秀逸だった。魂抜けてない?と心配になったほどだ。
それはともかく、無事ペイネが私のパーティに加入してくれることになった。
彼女のパーティ内での立ち位置は今のところ後衛候補だが、何しろ可能性は無限大なので臨機応変に対応したい。
ペイネは私の魔素理論を実践してくれる唯一の友人であり、この先、理論の実践と意見交換という面だけを切り取っても重要な人物なのだ。私一人で全てを進めようといような傲りはない。
翌日ペイネに紹介された研究会は実に私好みの集まりだった。
"魔素動態顕微会"が正式名称で、その名の通り、魔法に伴う魔素の動きを出来る限り細かく把握し、魔素の動きを手当たり次第既存の魔法に頼らず再現してみようという、端から見れば大学の目的と逆行した研究に主眼を置いていた。
しかし大多数が退行とみなそうと、私にとってはそれこそが全てとも言える命題だったため、はじめましてから意気投合まで一瞬だった。
私からはあまり話すことはなかったものの、彼らは水を得た魚よろしく、彼らが積み重ねた成果について丁寧に語ってくれた。
多分ペイネや私が例外で、普通は基礎の基礎、あるいはその段階にすら至らない当たり前に使役される存在"魔素"についての考察など、まともに取り合ってもらえる機会はないんだろう。
誰だって有限の人生の中、大魔法が使えるなら最短で極めたいと思うものだ。属性魔法派の気持ちも理解できる。
ともかく彼らとの交流から一つわかったことがある。それは今のところ人に魔法が定着する仕組みはよくわかってないということ。
まさにそこが知りたい、と思っていた私にとっては悲しい知らせだが、私のこれまでの研究が徒労ではないという意味ではちょっと安堵した。
ただ、よくわかってはいないものの、精霊が関係しているのでは?という見解があるらしい。精霊のことは転生後、物語以外では殆ど見聞きしたことがないけれど、精霊自体は存在するようなのでそういうこともあるのかもしれない。
私の目的の一つに精霊との接触が加わった。
「ソロジーさんは何の魔法を使うんです?」
代表のトリクラメさんに質問された時、どう答えるか迷った。
「んーっと、風魔法ですね」
「おお、風と。・・・一応聞きますが、どっちの、ですかな?ちなみにワタクシも風魔法が得意ですな」
返事を聞いてすぐにわかった。この人は少なくとも、私の認識と類似の方向性で風魔法を認識していると。
「もちろん、魔素派としての風魔法ですよ」
トリクラメさんと私はニヤッと笑い合い、お互いを理解した。
「逆にお聞きしたいのですが、トリクラメさんは他に何の魔法が使えるんですか?」
「ことこの場に於いては答えにく質問ですなぁ」
トリクラメさんはそう前置きしつつも教えてくれた。
「会の会長として答えるなら、風魔法しか使えません。一学生としてなら、水と土と炎と闇と癒しがある程度」
・・・わぉ。風含めて 6 属性の上に、癒しとそれから闇まであるよ。世間一般に云う天才だこの人。
「すごいですね」
素直に感想を告げたが、トリクラメさんは不服そうな表情だった。
トリクラメさんが考えていることは何となくわかる。
魔素の動態を会のみんなで顕微しているけれど、成果は満足に上げられていない。それがもどかしいんだろう。
「初めてボウェルさんと話した時は感動したんですよ。それから、君とも会いたいと思っていた」
「そんな、恐縮です」
「いや、本当に。自力で魔素開発に切り出そうとする人は、極めて稀ですからな」
「そうですかね」
そうでしょうね。自覚してます。
魔素操作に注力していたペイネは、当然のように期待されてこの研究会に入ったそうだ。しかしやっていたことの方向性は殆ど同じで、ペイネが新たな発見のきっかけになったわけではなかった。
とはいえ十人程度の小規模なメンバーながら、その中でコツや考えを共有していたところにペイネが加わったことで、会員全体の魔素操作技術は底上げされたらしい。
もちろん、ペイネ自身が魔素操作に更に磨きをかけたのは言うまでもない。
「申し訳ないんですけど、私からお伝えできることは殆どないです。多分、ペイネが話したことそのままですから」
「そうか。いや、それもそうか」
トリクラメ会長はしかし、意地悪な顔を作って質問を投げた。
「・・・それで、君は何の魔法が使えるんだい?」
私も、精一杯意地悪な顔をして答える。
「・・・色々ですよ。色々」
あまり手の内を晒したくない私としては、多くを語るつもりはない。しかしこの回答にトリクラメ会長は満足したようだった。
「ありがとう、大変参考になったよ」
そんなやり取りを交えつつ、トリクラメ会長や会員の人達との会合はとても楽しかった。連邦の首都ですら魔素派は他に聞かないと言うので、同士と呼べる人は本当に少ないのだろう。
ペイネを介して得たこの出会いを大切にしようと思った。
*** マッソン=トリクラメ ***
ワタシはマッソン=トリクラメというしがない学生だ。
しがないながらトーキーオの魔術大学で魔素動態顕微会の会長をしている。
この研究会の目的は、一元的に語られる魔法のあり方を基礎の基礎の基礎から見直し、更なる発展の端緒を見つけようというもの。
前会長が発足して以後、その究極形は構想として掲げられているものの、誰も至れていない。
全属性への適性。
適性という言葉が正しいかはともかく、これこそが研究会の目指す究極であり、ワタクシたち個々人の目標でもある。
問題点はいくつかある。
まず。得意属性としての魔法と、ワタクシたちの目指す属性魔法は同じものなのか、それとも違うものなのかがはっきりしないこと。
次に、魔素の操作をどこまで突き詰めればいいのかわからず、そもそも目的に見合った魔素操作が実際に取得できる難易度にあるのかもわからないこと。
三つ目に、会員が少なすぎて会の存続すら危ういこと。
三つ目は魔術大学における立場の話なので目を瞑るとしても、一つ目と二つ目を突破できない現状は何とかしたい。
そもそもお互いの魔素の動きを捉えることができなかったため、会員たちの自主研鑽には統一性がなく、気付きもうまく共有できていなかった。
それゆえ究極として掲げられた目標も、全て理論の積み重ねの上に成り立っているに過ぎなかったのだ。
この会の目的を知った者たちが顕にする不信も推して知るべし、というところ。
そんな中現れたペイネ嬢の魔素捌きには、会員が揃って目を見張った。
彼女が風魔法でもって披露した魔素操作の緻密さはワタクシたちのそれを明らかに凌駕していた。というか、魔素の動きを風魔法の形で・・・第三者にも認識可能な表現方法で操作をしている時点で、レベルが違うと気付いた。
聞くに、彼女には師匠とでもいうべき親友がいるらしい。
ペイネ嬢は他者の魔素の動きにも敏感だったため、個人の操作する魔素を感じて、話を聞き、個人の感覚を解釈し共通認識の場に持ち出す仲介の役割も果たしてくれた。おかげで、会はおそらく発足後最速の発展をみせた。
ペイネ嬢ですらそんな具合だ。
ならば、会わねばなるまい。彼女の親友とやらに。
その機会を得たのは留年を重ねた私も流石に卒業という年のことだった。
女性の容姿にあまり頓着のない私から見ても整った容姿だが、そのくせ妙に特徴がないソロジー嬢は、私たちの知見に少なからず新たな視点と更新を加え、極め付けにこう言ったのだ。
「色々ですよ。色々」
私が、どんな魔法が使えるのかと聞いたことに対する答えだ。
ペイネ嬢はソロジー嬢の人とナリ、彼女が目指すものについて多くを語らなかったが、私は確信した。
魔素操作の究極に、彼女は手をかけつつある。
そしてそれに至る術が確かにあるのだ。
一般に言う属性魔法、そのトレースだろうか。
セーン文字をどうにか利用するのだろうか。
風の延長で世界に働きかけるのだろうか。
精霊とのやり取りがあったのだろうか。
そのどれかかもしれないし、どれでもないかもしれない。
「今言ったこと、トリクラメさんまでで留めて下さいませんか?」
どうして?と尋ねる前にソロジー嬢は続ける。
「厄介ごとに巻き込まれたくないんです」
彼女の真面目な顔に、つい魅入ってしまうこと数秒。
「約束しよう」
気付くとそう答えていた。
彼女の魔法を見たわけではないが、語り口には嘘を感じない。完成は手に届くところにあるらしいとわかっただけでも大きな進歩だ。
大学を出た後は、実家に連れ戻され家業の魔道具屋を手伝うことを半ば強制される運命にある。ワタクシとしてはそれが悪い人生だとは思わない。けれど、残り少ない大学生活とその後の身の振りはともかく、今後も研究と研鑚は続けよう。そう決意するに十分な出会いだった。
自分という存在を世界との関係性の中で考えるとき、マクロ視点とミクロ視点のどちらも際限無い話ですが、最終的に等身大の自分としてしか生きられない事実に行きついてしまうと、哀しくなったりならなかったりします。




