009 石碑と結界盤
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人族の領域であるポロアスト大陸最東端には神国があり、神国と陸続きの小さな土地は"霧の里"と呼ばれている。霧の里は帰らずの里とも呼ばれ、自ら立ち入ろうとする者はいない。
そんな霧の里のさらに東側は魔族の住む大陸と繋がっているのだが、魔族もこの里を忌避しているため魔族が人族領に流れ込んでくることはない・・・と、人族の多くは考えている。
万が一霧の里という障壁を魔族が超えてきたとしても、神国の防衛線が敷かれていることは人族に広く認知されており、人族は魔族の侵攻に対する不安を薄れさせて久しい。
「ガルネリア様」
赤髪の妖艶な美女が、執務室で一人作業に当たる男に声をかける。
「定期報告に参りました」
「頼む」
美女の声に答えると、ガルネリアは向き直って椅子に深く座り直した。
「リフェン領付近の魔素濃度は、やはりリフェン様が調査を命じた頃よりも薄まっている様です。霧の里の調査は相変わらずで、人族の動向調査には至れていません」
・・・ふぅ、っとため息を漏らし、男は壁に貼った地図を見遣る。地図にはいくつかの印があるが、そのどれもが古く、最近は更新されていない様子だ。
「カンナバーラ殿との連絡はどうだ?」
「カンナバーラ様は召喚の魔法に進展があったらしく、いずれ成果を披露することができるだろうとおっしゃっていました。ひと月以上前の話ですが」
「そうか」
定期連絡と言っても、大抵は殆ど進展のない形式的なものなのだろう。ガルネリアはノートに何やら記すと再び机に向かった。
ガルネリア・・・ドッド=12=ガルネリアは、魔族の領域であるデディア大陸の西に位置するリフェン領の領主だ。悪魔族のガルネリアは浅黒い肌と結膜まで黒い目、それから小さな鉤爪付きの翼としなやかな尻尾を持ち、一目で魔族とわかる姿をしてる。
デディア大陸にある領土は 2 つで、リフェン領以外には大陸北にカンナバーラ領がある。
リフェン領、カンナバーラ寮の他に、デディア大陸東南の小さな大陸はその全てがデライト領と呼ばれ、魔族領には 3 つの領土があるわけだ。
そして必然的に、領主たちは魔王ということになる。
魔王たちはそれぞれが信仰し司るシンボル、象徴を掲げ、全部で 12 ある象徴はどの時代でも一人だけが名乗ることを許される、そういう暗黙の了解がある。魔王たちは掲げた象徴に相応しい振る舞いを心掛けるか、あるいはそれを自然と体現する存在なのだ。
ガルネリアは“再生”を象徴する魔王で、名前の"12"はそれを意味している。
またドアがノックされ、気怠げな中に神々しさを覗かせるこれまた美女が部屋を訪れた。
「失礼します、アレスタイです。定期報告ですが、特に何も申し上げることはありません」
ガルネリアは先ほどと同様、振り返って頷く。
「ご苦労。テレイズの方も特に変わりない様だった」
「そうなのですか?カンナバーラ様の召喚の話があったかと思いますが」
「それも、成功が確実になっていれば、という前提があるだろう」
アレスタイはそれもそうですね、と納得し、壁にある地図に寄った。
「ガルネリア様。いつになれば私たちの努力は報われるのでしょうか?」
地図の印を指で追いながら、アレスタイは疲れを滲ませる。
「リフェンが世を去って久しい。俺の求心力があいつ程には無いことは、分かっているつもりだ」
悲観的な言葉とは裏腹に、アレスタイの目には、今日のガルネリアはいつもよりも前向きに見えた。
「・・・つまり、だ。そろそろ成果を見せねばなるまい」
「・・・もしや、石碑をついに解き明かされたというのですか?」
「いや。しかし類似のモノを作ることができた。何らかの形で役立てることはできるだろう」
「流石はガルネリア様です。そうおっしゃるということは、それは既にモノとして確立されたということなのですね?」
「あぁ」
アレスタイはガルネリアの報告を受け彼への敬意を一層深め、側近として仕える幸せを改めて感じた。
「報告書として纏めるゆえ、今しばらく待て。数日のうちには、皆を集めて今後の方針を検討できるだろう」
ガルネリアの言葉から意を汲み、二の句を告げさせずアレスタイが答える。
「では、4 日後を仮定し幹部に召集をかけ、彼らの配下についても不急の用には手を付けないよう通達しておきます。一応内容は幹部以上までで留めておきます」
「任せた」
アレスタイはひとつお辞儀をすると、微笑んで部屋を後にした。
*** ドッド=12=ガルネルア ***
俺が魔王になってどれだけの年月が経っただろうか。
妻のリフェンが死去した後、彼女の立場を引き継ぐ形で魔王となったはいいが、リフェンの下には戦いを好み生業にする者が多く、そいつらを纏めるだけでもかなりの時間を要した。
元から俺に対しても、妻に対するのと同様の態度で接してくれていたテレイズとアレスタイ、それから本人の思惑はどうあれ、獣魔系の魔族の統制を買って出てくれたライノ。三人には本人たちが言う以上の苦労をかけているに違いない。
人族の英雄アポロアがデディア大陸を駆け回り、手当たり次第に敵対する強者を倒していったいわゆる“アポロア恐慌”。
混沌の魔王ゲオス=4=ケルオスが斃された後で頭角を表したリフェンは、統制を失った魔族を腕っ節一つで次々と傘下に加え、デディア大陸の西側を新たにリフェン領として統治することとなった。
おそらくリフェンによる統治は魔族にとってプラスに働いたと言えるだろう。上に立つ者がいなければ、きっと恐慌の余波で強者の覇権争いが続き、多くの犠牲が出たはずだから。
リフェンという絶対者のおかげで、特に大陸西側の魔族は二次的な被害の拡大、魔族全体の力の低下を回避することができた。
しかし本当の問題は領の統治が安定してきた頃に浮上した。
アポロアは、魔族至上主義の風潮を生み積極的に人族へ攻め入っていた魔族たちを討伐して回ったが、基本的にヤツの影響は人的被害に留まった。
その数少ない例外が霧の里であり、そしてダンジョンの出現だ。
霧の里は元々、なだらかな丘と小谷、それから森が、深い霧に通年包まれただけの土地だった。
それがアポロア恐慌以後、いつの間にか立ち入った者を帰らぬ人とする不可思議な里へと変貌したのだ。
争いの絶えなかった人族と魔族はこの里を境に分断され、互いの様子が知れることは殆どなくなった。
霧の里自体は積極的な意味では害をもたらさないが、人族との交流という観点で見れば最大の障壁となる。
もう一つ、ダンジョンについてだ。
ダンジョンは"創造"の魔王エ=2=エテが創ったと噂される、リフェン領の東、デディア大陸中央に出現した魔物の巣窟だ。
いつの間にか平原の真ん中にその縦穴は開いていて、探索が開始されたが、深部を目指すにつれ魔物が強くなるため未だ全貌は掴めていない。
周囲へ魔物が湧き出すことはあったが、上層の魔物は弱くリフェンの時代はあまり問題にならなかった。
しかし段々と事情が変わってきた。
探索隊からの定期報告で当初ごくまれに確認された知性の高い魔物。その報告数が増え、次第に探索の前線が押し戻され始めたのだ。
魔物は小規模ながら徒党を組み、明らかに戦闘のための陣形を見せ始めたという。
半信半疑だった俺も実際に一度その様子を目にし、将来起こりうる最悪の事態を想像した。
最悪の事態、つまり魔物の逆流、大侵攻である。
パーティを組んでいたとはいえ、ほぼ単騎で乗り込んだアポロアの時とは訳が違う。軍団が攻めてくる。しかもその規模は不明で、戦力の上限をこちらは掴めていない。
リフェン領だけでなくカンナバーラ領をも巻き込み、デディア大陸全土で何かしらの影響が出ると思われる。
現状はまだ探索隊で対応可能のようだが、知性が集団で獲得された時、軍団の成長スピードは想像を遥かに超えてくるだろう。そう考える方が自然だ。
ダンジョン内での食糧事情がどうなっているのかが兵站の点から気になるが、そもそも突如としてダンジョンが出現した原因すら分かっていないのだ。どうにでもなるシステムがあったとしても不思議ではない。
こういった事情で、俺はダンジョンからの魔物の侵攻を現実の脅威として想定した対応策を模索することになった。
魔物が知性を持ったなら魔族の仲間入りを果たしたことになるのではないか?などと考えたこともあるが、領土を侵略するならば敵としか見做せない。
それにダンジョンの魔物は、たとえ知性を宿そうと魔物固有の鳴き声なり言葉しか発さないことと、一目見て"それ"とわかる容姿の違いから、魔族とは違う種族であると結論付けた。
魔族を自称し魔族と呼ばれるのは、ごく一部の例外を除けば人族にある程度近い容姿をした存在、あるいは人族に近い容姿になれる存在だけだ。
ダンジョンへの対応は主に 4 つ選択肢があり、幹部との話し合いも踏まえてそのいずれについても準備を進める方針とした。
その中で特に現実味が強かったのは領土内で軍備の拡充を図ることで、配下の多くはこのために奔走している。
他の案の一つはダンジョンに対する戦力を何処かから用意するというもので、人族の手を借りるのは霧の里による隔たりや歴史的背景から難しいため、これはカンナバーラ殿の召喚の魔法次第ということになる。
俺が担当していたのはダンジョンをどうにかして封印できないか、という案で、ここに先の霧の里が関わってくる。
最後の案は最大戦力である魔王を集結して、攻められる前にダンジョンを攻略してしまおうとういうものだが、魔王間の不和の取り持ちや行方の知れない魔王を探す手間などから期待が薄い。それに、そんなことはないと思うが、ダンジョンが魔王の力を結集しても攻略できない可能性もないとは言えない。
霧の里の謎の手がかりは、霧の里周囲に点在する石碑の存在だった。
これもダンジョン同様、ふと気付いた時には設置されていて、一見ただのやけに整った岩のような 50 cm 四方のそれは、マジックアイテムの一種であることが分かった。
主に霧の里内部へ働きかける魔素の流れをなんとか読み取ると、石碑には生き物に対する幻惑と活動性の低下、それから石碑自体を保護する機能があるらしいと分かった。
そこからヒントを得て俺が作製したのがマジックアイテム“結界盤”だ。
結界盤は石碑がもつ生き物の活動性の低下、石碑自体の保護という機能を付与した鉄の棒で、棒とは言っても直径にして 50 cm 程、長さも 1.5 m はある。
生き物の活動性の低下については石碑の効果とはおそらく異なり、結界盤では治癒魔法の逆の効果を生む呪いを組み込んでいる。結界盤の効果自体が傷や病気を生むわけではなく、身体を構成するあらゆる部分の更新が著しく遅くなるという魔法で、疲れや眠気、ちょっとした怪我や不調がいつまでも続くことになる。もう少し具体的に云うと、魔素の調和を乱している。
結界盤の中へこちらから踏み込むことも想定し、効果を中和するペンダント“再生の護符”も合わせて作ったが、これはこれでかなり手間がかかった。
アイテムの効果でダンジョンの活性化が弱まるか、願わくばダンジョン自体が休眠してくれればいいのだが・・・。
現実はそう甘くないだろう。
しかもこれらとは別に、テレイズの報告した魔素濃度の低下という全く未解決の問題もある。
リフェンがこの世を去ってから領地や配下の管理に手を回すばかりで日々の潤いも少ない。後妻を勧める周囲の気持ちを汲む暇も無い。
それでもせめて、リフェンの遺したものは守ってやろうと思う。
それは強者の責務であり、そしてそのための活動が、再生を司る魔王たる俺の存在を証明するのだ。
魔族が出てきました。




