008 冒険の手引き
*** オヴァリ=エンダ ***
学校を卒業してすぐ、冒険者登録のため訪れたギルドは、ゴツイ人がたくさんいて正直ちょっと怖かった。
登録自体はとても簡単で、名前と出身地、親密な人の名前を二人分、渡された紙に書いただけだった。
オヴァリ=エンダ、賢者の町、両親の名前。それだけ。
冒険者の仕事はだいたい 2 パターンで成り立っていて、掲示板の依頼をこなすか野良の魔物を狩ってくるか、冒険者自身が決めているらしい。
腕の立つ人はダンジョン方面で魔物を狩り、安全第一の人は薬草採取や討伐の容易な魔物に関係する掲示板の依頼を受けるらしいと、受付のお姉さんが教えてくれた。
僕に必要なことは旅の仕方を覚えることなので、依頼の内容自体はなんでもいい。
そう思いつつ数回薬草採取を終えた頃、ギルド職員らしき男性に声をかけられた。
「少年、ちょっとギルドは早いんじゃないか?・・・ふっと死ぬぞ?」
不躾な言い方にムッとしたけれど、僕の年齢を考えるとそう言われるのも仕方ない、かもしれない。
何しろこの人は、僕が魔法を結構使えることは知らないんだからか。
「天才だって聞いてるぜ。アルド様から」
あぁ、実情はともかく知られているらしい。
猫獣人のファッガさんはギルドの副マスターらしい。冒険者を本気でやっていくつもりなら、この町なら賢者の園で初歩だけでも覚えた方がいい、とアドバイスをくれた。
賢者の園のことは知っていたけれど、同級生から「オヴァリには必要ないんじゃない?」と言われることが多かったので全く考えていなかった。今思えばそういったことを話した同級生は内情を知らなかったんだろう。
両親はともかく校長先生は教えてくれてもよさそうなのに・・・と一瞬思ったけれど、アルド校長先生とは魔法の勉強で関わることはあっても、進路について詳しく相談はしたことはなかったと思い当たった。
学校を出たばかりで不安も大きかったところに、わざわざ副マスターがアドバイスをくれた。
僕は両親とも話をして、先に賢者の園で学ぶことにした。
同級生もいるはずだから、先走ったことを知られるようで少し恥ずかしいけれど、目標のためと思えばそんなことはどうだっていいんだ。
***
年が明け、賢者の園で学び始めた見習いがお互いの顔に見慣れた頃、園に新しいメンバーが加わった。オヴァリ=エンダである。
彼の様に直接ギルドに向かったものの、結局賢者の園のお世話になるパターンは珍しくない。特に近隣の町からギルドを目的に賢者の町へ出てきた少年に多い。少女たちは概して情報収集に余念がないため、男女差はその違いだろうか。
エンダの場合は少し事情が違った。
エンダが同級生たちの話を真に受けたこともあるが、剣の師であるゲンドウが受けた依頼に何度かついて行った経験があり、パーティを組みさえすれば下っ端でもやっていけるだろうと思っていたのだ。
しかし実際はそもそもパーティを組むのにも、ある程度の下地、総合力が必要だということをファッガから告げられ、素直に賢者の園の門を叩いたのだった。
学ぶことは多く、演習を含めて 1, 2 年は賢者の園でお世話になる。
園は町の外から来た者のため、あるいは自立を促された者のため寮を併設していて、大半は寮生活を送っている。
エンダをはじめ冒険者を志す少年少女が見落としがちなこととして、戦っている時間は冒険稼業の 1 割以下でしかないという事実がある。
戦闘技術はもちろん大切だが、ほとんどの時間は移動や情報収集、持ち物の備え、鍛錬・・・そういったことに費やすわけだ。
簡単に言えば"冒険者版の衣食住"を学ぶだけなのだが、これまでの生活と全く違う環境で、あるいは未知の環境さえ想定して、臨機応変に考えて動けるように準備しないと心許ない。
そしていざ冒険に出るとなると、食料や生活物資の運搬、役割分担を考えた時、どう考えてもパーティを組んだ方が効率がいい。つまり、パーティそれ自体の意義についてもある程度は学んでおく必要がある。
他には体力をつけることも必要だが、無意識に魔素の恩恵を受けている者、あるいは普段から走り込みや武芸の訓練をしていた者がほとんどのため、その点はあまり問題にならない。
見習い生たちは冒険者生活の細々とした気配りや知恵に新鮮な思いを抱きつつ、日々を過ごすことになるのだ。
*** ガレリアン=ウェス ***
アタシはガレリアン=ウェス。犬系獣人の血を引く冒険者見習いです。
賢者の町に来て半年くらい経ちましたが、同期のみんなともそれなりに仲良くなって、冒険者としての心構えや技術もかなり身についたと思います。
獣人は身体的特徴を活かすことができますが、逆にそれが弱点にもなります。
例えばアタシは鼻が利きますが、あまりにも匂いの強い環境では麻痺してしまいます。
そういった個人の特性に合わせた指導も、賢者の園では可能な限り行われているため、この町で冒険者を始めた人は熟達も早く評判になりやすいらしいです。
かく言うアタシも園のことを冒険者である叔父から聞いて、ハラルの町から遥々連れてきてもらいました。
パーティの重要性を教え込まれることもあって、特に同期は重要な存在です。気の合う同期とそのままパーティを組んで旅立つことが、自然と選択肢として生じるからです。
アタシは獣人としては血が薄く、見た目も犬耳と尻尾があるくらいで、顔つきはいわゆる純粋な人族のそれとほとんど同じです。ただやっぱり匂いには敏感で、それから町が小さく誰もが家族同然だったことも関係しているのか、仲間意識は強い方だと自覚しています。
だからパーティを組むならメンバーを危険から遠ざける立場につきたいと思っています。
要するに斥候です。
斥候職に必要な技術はハーフフットや爬虫類系亜人が得意とされますが、園ではギルド職員のデネボラさんが基本を叩き込んでくれます。
教わる内容は画一的なので、最低限のレベルまではともかく、それ以上は人によって技術への適性を自分で見極めた上で身に付けていくことになります。
デネボラさんは同じく教官で副ギルドマスターのラランドール=ファッガさんの奥さんです。二人は"アスタの夜明け"というパーティで活動していたところ、ギルドマスターのエンダリテさんに声をかけられ、後輩の育成に回ることにしたそうです。
デネボラさんはハーフフット系亜人のため、教えてもらう内容には感覚的に捉えられない技術も含まれていますが、それでも同期に比べるとアタシは覚えがいいのではないでしょうか。特に天然のトラップの見つけ方は説明を聞いただけでもなるほどと理解できて、演習でもすぐ対応できました。・・・地形と生態系の織りなす“盲点”には周囲の環境と独特の差異があって、それに気づく必要があるのです。
演習は園から依頼を受けた冒険者パーティに組み込まれてダンジョン方面へ赴くのですが、冒険者たちの練度の高さを感じて、大体みんなやる気が一層高まります。もちろんアタシも。
同期にはパーティを組んで欲しいという意味で気になっている人が何人かいます。
一番はエンダ君です。
彼はここで学ぶ技術の習得はどちらかといえば苦手みたいだけれど、それを補って余りある魔法の才能と、それから人を惹きつける魅力を持っています。
"インドールの風"のアルド様お墨付きとのことで、魔法についてはまず間違いないでしょう。
その上努力家で、人懐っこい性格は嫌味がなく安心感があります。パーティではリーダーの素質があると思います。
唯一不安なのは、彼が一人の男として多分とてもモテることでしょうか。男女の関係がパーティの仲を拗らせると何度も脅されているため、無視できない懸念材料です。
次に気になっているのはエデアさんです。
おしゃべりな性格から姓のエデアより名のセイルンで呼ばれることの多い彼女は、エルフの血を引いているらしくとても美人で、何より癒しの魔法に適性があります。
癒しの魔法は戦闘時に限らず、些細な怪我や原因のよくわからない病気にも手広く対応できるため、とても重宝されます。けれど適性と相性の問題から使い手が少なく、エデアさんもすでにギルドの中で目をつけられていると聞きます。薬師か治癒師は、できればパーティに欲しいところです。
アタシとしては単に気が合うという意味でも彼女と共に冒険に出られたらいいな、と考えています。ただ彼女は敵を作らないタイプなので、実際のところはみんな同じように思っているでしょうが・・・。
ちなみにパーティに回復役がいない場合は、誰かが回復を司るセーン文字に習熟している、回復のマジックアイテムを入手する、町で薬師から調合薬を都度入手する、町の診療所に頻回にお世話になる、といった選択肢があります。ただ実際には、回復のセーン文字に戦闘レベルで使えるものはありませんし、マジックアイテムも極めて貴重で高価なため手が出ませんが。
それからパーティでの立ち位置としては珍しい、オールラウンダーになれる人が同期にいることは見逃せないでしょう。しかも二人も。
オールラウンダーと称される人たちは色んな役割を広く浅く・・・ではなく広く深くこなせる上、その性質からパーティメンバー間の調整役としても重視されます。
二人のうちの一人はクレア=ソロジーさんで、学校からの親友というペイネ=ボウェルさんと一緒にいることが多い女の子です。
彼女が何かの魔法を使ったという話は聞かないので魔法についてはさておき、これまでのたった半年間でさえ、知識の幅が広く応用力にも長けていると同期には周知されています。
応用、と一言で片付けてしまうのは簡単ですが、実際にはそれを実践するための技術と身体能力が伴っている必要があります。要するにソロジーさんは基本的に何でもそつなくこなせる、わかりやすいオールラウンダーです。
もう一人はリーデンローザ=ディモン君という、少しドワーフの血が混じった男の子です。連邦の西端にあるテミスという国の出身だそうです。
彼は幻影の魔法が使えて、霧を土台にしていると聞いたので、おそらく水と風の魔法の素地があるのでしょう。
彼もソロジーさん同様、大体のことを難なくできてしまうタイプです。
幻影の魔法は冒険での汎用性が高く、彼自身も前に出て戦えるということもあって、オールラウンダーと言って差し支えないでしょう。
捉え所のない飄々とした性格は輪を乱す切っ掛けになりにくそうで、パーティでも問題にならないと思います。それと見た目がかっこいいです。
ギルドに所属している冒険者兼教官の話では、パーティを組む上で大切な役割は大雑把に次のように分かれているそうです。
まず戦闘に関して、前衛 (盾)、前衛 (近接戦闘)、中衛 (近中距離戦闘)、後衛 (遠距離攻撃、大規模攻撃)、後衛 (回復、バフ)、斥候。
それから戦闘以外の役割では、情報収集、外交、料理、金銭管理です。
荷物はみんなで分けて持ち、道具や装備の手入れは個人の責任になります。
この全てが満たされるとバランスが良いのは当然ですが、結局は人間関係で成り立つので、パーティ事情はそれぞれなのだとか。
アタシは斥候か、土魔法と弓が得意なので後衛という、相入れない立場になりそうです。パーティ次第でしょう。それから人の機微を察して相手をすることは得意だと自負しているので、外交も担えそうです。
いずれにせよ早く冒険者として生計を立てられるようになりたいと、そう思っています。




