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今更普通の異世界転生  作者: 玉庭ひとり
第一章 賢者の町
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007 進路

*** オヴェリ=エンダ ***


 今年僕は 12 歳になる。

 学校は 8 年目で、同級生も魔法が使え始めるようになってきた。

 自分の魔法が特別な意味を持つらしいと、あのゲル狼の事件以来大人たちに言い聞かされるようになり、僕はそれがどういう意味なのかを、少しずつだけど僕なりに考えてきた。


「どうした?握りが甘いぞ?」

 ・・・剣を指導してくれているのはケイトウのお父さん、ゲンドウさんだ。

 "体が成熟していないから"と初めは断られたけれど、最近になってようやく剣での戦い方を教えてくれることになった。

 ゲンドウさんは連邦北部の小国ハラルタ出身の"マルト流"剣術使いで、弟子入りをお願いしていた。マルト流は両手剣を基本に、斬るよりは剣の重さや硬さを活かして戦う流派で、小さい敵はもちろん大きい敵にも対応できる強みがある。

 ケイトウが槌を使うのは、ゲンドウさん曰く戦闘訓練を始めた頃はまだ剣を持たせるには早かったからから、らしいけれど、ケイトウはもう慣れてしまって槌を主力にするつもりらしい。


 霧の里の先、魔族の領土のことはよくわかっていないけれど、アポロア様はその地も旅して最後には魔王を倒して世界に平和が訪れた。

 ダンジョンを別にすれば魔物の被害を耳にすることも少なく、これはアポロア様が世界中を旅していろんな問題を解決して回ったおかげなんだと思う。

 でもアポロア様が生きていたのは遥か昔のことだし、魔物や魔族だって力をつけているに違いない。いつかまた魔王があらわれて、この平和もなくなってしまうかもしれない。

 きっとその時が自分の魔法を活かす時なんだと、最近は思うことにしている。

 そうならないのが一番だけど、もしもに備えて困ることなんてないと父さんもよく話している。


 でも本当に戦うとなったら、きっと魔法だけじゃ上手くいかない。

 絵本や小説の主人公が魔法剣士なのは、立ち回りとか魔法が使えない状況でも動けるようにとか、ちゃんと理由があるからで、僕もそれを目指そうと決めた。

 両手剣を選んだのは片手剣よりも頑丈だから長旅にはよさそうだし、何よりアポロア様の武器ハルシオンが両手剣だったからだ。


 9 年目で学校を卒業した後は親の仕事を継ぐ準備をしたり、商売や法律、武芸、魔法の専門的な勉強のため町を離れたりと、みんな違う道を進むことになる。

 僕は今のところ剣をゲンドウさんに、魔法をアルド校長先生に教えてもらっていて、少し気が早いけれど卒業後も指導を続けてくれることになっている。他に重要なのは旅に必要な知識や技術を得ることで、このために駆け出しの冒険者としてギルドに出入りするつもりだ。


 絵本で初めてみた時から憧れている、アポロア様が魔王にとどめを刺したあの魔法剣技“ディメンションレイ”のような絶対的な力を、僕もきっと身につけてみせる・・・!

 そう誓いを立て、僕は魔法や剣の訓練を頑張っている。




***


 8 年目ともなると生徒たちは男女差を意識し、誰が誰を好きだとかの噂話もちらほら持ち上がる。

 一学年せいぜい 50 人で、学年が上がると運動の授業など合同で行うものもあるため、生徒達の恋愛対象は広がっている。

 そんな中、男女や学年を問わず羨望の的になっているのはオヴァリだが、好意とは異なるため彼は例外だろう。


「マッガレア、あなたそろそろジョーに告白しなさいよっ」

「えー?でもー」

「ぐずぐずしてると何もないまま卒業よ?連邦に行っちゃうって話だし」


 マッガレアを唆すセイルンは、一番の友達をからかい半分、本気半分で応援している。

 ジョーは分け隔てない優しさと整った顔立ちから、少なくない女子生徒から好意を寄せられていた。父親が集会所の管理者の一人であることから、将来町の運営に関わる仕事に就くと思われていたが、親や周囲の予想に反してジョーは武術の道へ進むことを決めていた。


「私は町に残るしー」

「あなた可愛いんだから、自信持ちなさいよ!あたしが保証するからさ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさぁ。もし叶ってもすぐ離れちゃうんじゃ、悲しいじゃない」

「それはそうかもしれないけど・・・」


 定期的に背中を押すセイルンだが、結局先々の不安を持ち出されてしまうと話が進まない。

 それはジョーを想う他の女子生徒たちも同様だった。


 高学年の男子で女子生徒から特に人気のある生徒は各学年に何人かいるが、ジョー同様に町を離れる予定があり、やはり同じようなやりとりがそこここで繰り広げられていた。

 唯一町に残ることがわかっている 9 年生のデクアは既に幼なじみと恋仲であり、残念ながら話題からも外れている。デクアはドワーフの血筋で、両親が切り盛りする町の鍛冶屋を継ぐことを決めていた。


 他方、高学年の男子生徒たちはというと、大体 5 当分にパターン分けされる。

 パターン 1 と 2 はとある女子生徒への好意で、幼なじみ同士で付き合っているのがパターン 3、そもそも恋愛感情が希薄なのがパターン 4 である。その 1 と 2 に挙がる二人の女子生徒以外への好意が、残りのパターン 5 にあたる。


 圧倒的支持を得る二人の生徒のうちの一人は、ペイネ=ボウェルという物静かな生徒だ。彼女の魅力は何と言っても、他の追随を許さない美しい容姿だろう。

 当然のごとく何気ない仕草まで絵になり、寝癖すらなぜか気品を感じるほどだ。しかも、可愛さと美しさを絶妙に兼ね備え、両親の美男美女っぷりからも確実に将来に渡り安泰である。

 好きな、可愛い、あるいは美人の女子を 3 人あげるとしたら?と高学年の男子生徒に聞けば、95% の生徒がペイネを含めて答えるだろう。残りの 5% は完全な脳筋もしくは子供脳で、言い換えればバトル脳だ。

 彼女自身は本が友達と言わんばかりの無口っぷりで、交友関係も狭い上に浅い。もちろん特定の相手もいないし、そもそも誰もアタックしない。


 ペイネは農家の両親の下を離れないだろうと思われているが、その意志を誰も確認したことがないので定かではない。

 実際のところは、ペイネは本から得た魔法の知識、魅力に没頭していて、元々考えていた農家の継承との間で揺れていた。そして彼女が揺れる一因には、パターン 2 に挙がる女子生徒の影響もあった。


 パターン 2 の女子生徒というのは、クレアのことだ。

 クレアは特徴に乏しいことが逆に言えば特徴とも言える見た目で、見方を変えれば欠点がなく均整の取れた顔立ちと体つきだった。人によっては影が薄いと感じるかもしれない。

 しかし男子生徒がクレアに惹かれるのは容姿のためではなく、“何となく”感じられる彼女の纏う煌めきと、サバサバした気持ちのいい性格のためだった。

 男子生徒に限らず、彼女の謎の煌めきは女子生徒にも感じられており、学園の実在する謎の一つとしてよく噂されていた。


 クレアは誰とも変わらない距離感で公平な立場から接し、いっそ誰が相手でも代わり映えのしない有様から、ある者には人間に興味がないのではないかと言われ、ある者には聖者の素質があるなどと言われていた。そして影ではなんだかんだと言われる彼女だが、結局男子たちはそれも込みで彼女の"少し近い"安定した距離感を恋と錯覚していったのだった。


 そんなクレアが特別親しくしているのがペイネで、逆にペイネの唯一とも言える友人こそがクレアだ。二人が一緒にいることは珍しくないが、二人の組み合わせをチラ見することは男子生徒とにとって至福の時間だった。・・・隠れファンの一部の女子生徒にも。


 クレアにはジョーが数度アタックしたらしいとの噂もあるが、その真偽は本人たちしか知らない。

 彼女に想いを寄せる男子生徒たちは、クレアの一定以上近寄らせない雰囲気にたじろぎ、ペイネ同様、積極的に声をかけようとはしないでいた。




*** ペイネ=ボウェル ***


 私の親友クレアは不思議な雰囲気を持っている。

 運動や郊外授業では真っ先に駆け回る様な奔放さ、身軽さを見せるくせに、歴史や文字の勉強に対する熱心さは人一倍で、何より目立つのは、誰とも不自然なほど一定の距離をとって接していること。


「みんなと仲良くなりたくないの?」

 以前聞いたことがある。

「そんなことないよ?むしろみんなと仲良くなりたい」

 クレアはそう答えて、本人の普段の態度とのズレを感じた。

 多分、彼女の処世術なんだと思う。実際まぁまぁ上手くいっている。彼女を表立って悪く言う人はいないし、たまに耳に入ってしまう噂話でも、変わってるところがあるよね、くらいだから。


 そんなクレアとの話題は、ほとんど魔法に関すること。

 小説に書いてあるあの魔法はどういう仕組みなんだろうとか、あの人は多分こういう魔法が使える様になるよねとか。大体はクレアが喋って、私はたまに答える。

 最近わかってきたことだけど、クレアにとって魔法は"そうあって欲しいと願うから宿るもの"ではなくて、"そうであると理解した上で宿すもの"みたい。

 だからクレアは自分が使いたい魔法について話すとき、得意な属性とか形に拘っていない。

 私は農家の娘だから、水の魔法が使えたらいいな、と小さい頃から漠然と思っていたけど、クレアと接するようになってからは小説のような"すごい魔法"を使えるようになりたいと思い始めた。


「魔素をちゃんと感じるんだよ」

 クレアはそう言って魔素がいかに大事かを、何度も力説していた。

 魔素は私の中にもこの世界にもたくさんあって、魔法を形作る素になる。当たり前のように知っているつもりのことが、けれど私は具体的にどういうことかまでは考えたこともなかった。

 クレアに「よくわからない」と同じ答えを何度も繰り返した後、

「水は凍ったり蒸気になったりするけど、それは温度と関係してるでしょ?温度が魔素で水が体なんだよ。その温度がさ、操れるの。ワクワクするよね」

 という、わかるようなわからないような例え話をしてくれたことが印象に残っている。


 クレアが魔法を使ったところは見たことがないけど、クレア曰く、魔素の操作の練習ばかりしているらしい。

 私も魔法はまだ使えなかったから、せっかくだからとクレアの言う魔素を感じる練習を始めたのが 4 年生の時。例のゲル狼事件から少し経った頃だった。

 いつまで経っても魔素を感じられるようにならなかったから、クレアの言うことが嘘なんじゃないかと疑ったこともある。けれど 6 年生の終わり頃、ある朝目が覚めると魔素が体を巡っていることをはっきりと感じて、それからはクレア流のコツを教えてもらいながら、少しずつだけど確実に魔素を動かせるようになってきた。


 今できるのは手や足の大雑把な部分で魔素を留めることと、そこに時間をかけて魔素を集めること。クレアが言うには、もっと細かく動かせるようになれば、同時にいろんな魔法も使えるようになるはずとのこと。

 それからクレアには魔素が見えるらしいけれど、私には確かにあると感じられるだけで見えてはいない。これも課題の一つ。


 周りのみんなが魔法に芽生え始める中、私はまだ魔法を使えないでいる。

 でも、そのことを悲観するような気持ちは全くない。

 将来使えるようになるはずの"すごい魔法"に大きな期待を寄せながら、私はクレアを師匠に魔素を動かす練習をしている。そして魔素操作の上達を実感していることもあって、魔術学校への進学も本気で考え始めている。




*** ハル ***


 高学年になると生徒たちは魔法が少しずつ使えるようになり、卒業後の進路を魔法との兼ね合いの中で決めていくことになる。成人まではまだ数年あるため、もちろん各家庭で親との話し合いも行われているだろう。町の外に出るなら、金銭的な援助は親がすることになるわけだし。

 例年、ひとまず町に残るのは半数程度で、稼業を継ぐため親の手伝いを本格的に始めたり、"賢者の園"と呼ばれる練成機関に所属したり、それを飛ばしてギルドに所属したりする。


 賢者の園はギルドを管理する職員たちが冒険者を目指す新人を教育するための施設だ。

 元々は賢者の子孫や彼の周囲で腕の立つ人たちが新人の指導を始めたようだが、ギルドがこの町でも根付いた頃に役割を移譲したとのこと。

 ギルドの職員と一口に言っても、受付のお姉さんからギルドマスターまで経歴は様々で、上の立場に着いているのは引退後の熟練冒険者、あるいはギルドマスターからの引き抜きを受けた冒険者たちが殆どだった。そしてこの町のギルドでは、そういった実力者が賢者の園の指導教官も兼ねている。

 他の町に職業訓練所ともいえる賢者の園のような施設があるのかは知らないけれど、賢者の園が若者の過度な流出を防ぐ一助となっているのは確かだろう。

 この町は気候や環境的に住みやすいが、流れ聞こえてくる都市部の華やかさや、これといった特徴には乏しいから。


 ちなみに私も賢者の園で学ぼうと思っている。学校では一般教養の授業が中心で、魔法の授業はない。魔法の扱いについて、自分や周りの人に危害を加えないための暴発防止のコツ・・・要するに"無茶するな"という心構えを定期的に聞かされるくらいだ。

 私はそのうち家を出るつもりだが、7 歳になった妹のアリアは今のところおっとりした性格だし、多分町を離れることはないだろうから両親も寂しがらなくて済む。



 幼い頃は意識と体が分離しているようなもどかしい感じがあったけれど、第二次性徴らしき体の変化が始まる少し前からそのもどかしさが減っていった。

 体のコントロールがある程度できるようになったことで、私は元々やりたかったことに着手した。

 具体的には魔素の制御と操作をひたすら反復する傍ら、セーン文字の仕組みと人が魔法を使うときの魔素の動きを研究していた。研究といっても漁るような文献が身近にあるわけではなく、考えたことや思いついたことをノートに纏めるくらいだけど。

 いずれ新しいセーン文字の開発や体内でのセーン文字構築なんかもしてみたいが、今はまだそこまで辿りついていない。


 授業以外の時間は同級生のペイネと一緒にいることが多い。

 ペイネはずっと前から目をつけていた自分の予想通り、いや予想以上に、可憐に綺麗に育っている。

 もちろんそんな彼女との時間という役得を見越したこともあるけれど、それ以上に重要なのは、彼女が私の言葉を真面目に取り合ってくれたことだった。

 いずれ何かしらの魔法が使えるようになることは確実なのに、わざわざそれを遅らせてまで、魔法を使わない同級生の世迷言かもしれない考えに付き合ってくれるような人材はペイネ以外にいなかった。

 ペイネが外で遊ぶより本を読む方が好きなタイプで、その上で物語に出てくる大魔法への憧れが、英雄ごっこ好きな男子以上に強かったことが理由だろうと私は思っている。


 ペイネは卒業したら、連邦の魔術学校で学ぼうと最近は考え始めているようだ。

 農業を継ぐ選択肢もあると思うけれど、すでに家業を手伝っている兄が二人いる。それに両親と二人の兄は、ペイネの希望がなんであれ応援するつもりらしい。


 ちなみに魔法は使っていないわけではない。むしろ常に使っている。それは視覚を鋭敏にする魔法で、知らず知らずのうちに魔法として定着していたようだ。

 残念ながら自分の目は見ることができないため、本当にこれが魔法なのか実際にはわからない。しかし見えないだけで“それらしい”・・・つまり他の人が魔法を使う時に見える魔素の動きに近いものを体感しているので、多分そうだと勝手に思っている。

 身体能力強化魔法の視覚バージョンといったところだろう。魔素がよく見えるだけでなく、視力も人並み外れて良い。

 多分誰でも、魔素を見る訓練をすればこの魔法は自然と身に付くんだろう。だからペイネもそのうち私と同じような見え方で魔素を捉えられるようになる。はず。


 私はこの視力を別にすれば、人前で魔法を使ったことはないけれど、魔法の練習はしている。

 ・・・毎日寝る前に自室で、ごく小型の風を数秒指先に起こす。それだけ。


 初めて“魔法を使おう”と意識して、恐る恐るそよ風を生み出せた時の喜びは今でも忘れられない。5 歳の時だった。指先に魔素を集中し、部屋の中の魔素に干渉するよう"それ"を放ったことで、風が生まれたのだ。

 魔法が本当に使えるようになった達成感に、心が震えた。


 その後、同様にイメージで魔法を起こせるかもと色々な属性を思い浮かべて試したけれど、自室でできたのは風の魔法だけだった。

 多分魔素以外にも必要な物があって、それをセーン文字や体に定着する何かしらが補っていると考えている。台所から水を汲んできて水の操作をイメージしたら、一応僅かながらできたから。


 これは私の発見の中でも重要なことだけれど、魔法で生じるものは確かにそこに“ある”にもかかわらず材料を必要としていなかった。もちろん、元になる火や水があれば規模が増すが、既に属性に馴染んだ人の魔法からは何もないところから魔素という単一のもののみを代償に全てが生まれるのだ。

 おそらくこの世界では魔素と物質の循環がどこかで生じているんだろう。そうでなければ、魔法が使われるにつれ世界の魔素は薄まり、魔法は衰退してしまうはずだから。


 気になるのは大人たちに得意な魔法、使えない魔法があるのはなぜなんだろうかということ。例えば父さんは、水があっても水を操作することはできない。

 考察の余地が大きい。


 ともかく、風の魔法はいつでも使える上、魔素の制御次第で生み出した魔法の大きさや動きを変えられることもわかっているので、発動の感覚を忘れさえしなければいい。後は心構えだけ。

 逆に言えば使う機会がないまま、平和なまま時間が流れていることが気がかりではある。


 ・・・どうした異世界、こんなもんか?オラッこいよっ!

 大袈裟に言えばそんな気分だ。別の町を主軸に展開するモブルートなだけかもしれないけれど。


 やや受け身な期待と不安を抱きながら、ひとまず今はセーン文字と魔法の仕組みの解明を第一に掲げ、だんだん少なくなってきた学校生活を私は楽しんでいる。


 ・・・え?好きな男子?ペイネとの百合ルートじゃダメ?

百合エンドの予定は残念ながらこの時点ではないです。

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