006 孵化
*** ワイザック=アルド ***
ケイトウの話を聞くに、ワシも加勢に出る必要がありそうじゃ。ゲル系の魔物の厄介さはもちろん、大きな群れを束ねる上位種が混じるとなれば並の冒険者では太刀打ちできん。
「ケイトウ、よく頑張った。みんなのところで休んでおれ」
「はいっ」
元気よく返事をしたケイトウは、もう殆どの生徒が集まった中へと駆けて行き、同級生から称賛されておる。
父親がついておるとはいえ、本当は生徒に戦わせるのは避けたい。それは学年が上がろうと同じで、実戦の場で何かが起こってからでは遅いからに他ならん。その場の判断で父親が連れて行ったのだろうが、後でよく話しておく必要がありそうじゃ。
ダンヘルたちが無事だといいが・・・行ってみんことにはわからんか。
「リリカ先生」
彼女にこの場は託そう。彼女なら少々のことはなんとかしてくれるじゃろう。
「はい、なんでしょう」
「ちょっと離れる。悪いが、生徒たちを頼むの」
「ええ、むしろアルド校長が出て下さるなら安心です。任せてください」
「うむ」
研究に没頭するようになり戦いの勘は少し鈍ったかもしれんが、むしろ魔法のキレは増したように感じておる。
大丈夫じゃろう。気負わずに行くか。
***
戦線に加わるべくアルドが生徒の下を離れた頃、ゲル狼を牽制しつつ移動していたヨルンたちは、遠目に別のゲル狼の集団が徘徊しているのを見つけてしまった。
「おい、ヤバイぞありゃ」
ゲンドウの呟きを、ショーティもヨルンも噛み締める。
「そう、ですね・・・。アルド様の助けがないことには、厳しいかもしれません」
「あぁそうかもな」
ヨルンの言葉にゲンドウが同意する。
十数匹の群れの中に一際大きい狼の姿があり、明らかに上位種の貫禄を醸し出していた。幸い狼たちが風上に位置するおかげか、ヨルンたちの存在は気付かれていないようだったが、引き連れてきた 2 匹が合図をすれば一瞬だろう。
しかし子供たちの方へ今更引き返すわけにもいかないため、次の行動の判断に迷う。
そうこうしているうちに引き連れていた 2 匹が群れに気付き合流する。グルグルと鳴いて意思疎通を図ると、ゲル大狼がクッと 3 人の方を向いた。
「やばい!」
ゲンドウは声に出し、ショーティとヨルンは心の中で同じ叫びを上げる。
向きを変え緩やかに歩き出したゲル大狼が吠えたのを合図にゲル狼たちは散開し、大狼ともう一匹を除いて、明らかに生徒たちの方を目指して走り始めた。
3 人はアルドの守りを信じ、向かってくるゲル大狼を迎え撃つ覚悟を決める。
ゴウッ!とワンドから放たれた火炎球がゲル狼の半身を蒸発させる。アルドは足を止め、立て続けに襲ってきたゲル狼に応戦していた。
蒸発した体の一部は元に戻らないらしく、核の消失を免れた個体は残った部分で一回り小さな体を形成していく。
小さくなり機動力も落ちたところへアルドは追撃を放ち、これまで数匹を倒したが、その間にも十匹ほどが脇をすり抜け生徒たちの方へ向かっていた。
「むむ、ぬかった!」
予想以上の数にアルドは初動の選択ミスを後悔する。初手で広範囲魔法を使わなかったのは、湖の環境に配慮したことと、少数なら単体を狙う魔法を繰り返した方が普通は効率が良いからだった。しかし今更振り返って広範囲魔法を放つとなると、離れている生徒にまで危害を加えないとも限らない。
過ぎてしまった以上仕方ないと冒険者時代のように反省は後回しにして、リリカに任せた以上生徒たちに万が一はないだろうと先を急ぐ。
「アルド様!」
駆けつけたアルドの姿を見たヨルンは気力を取り戻し、一層障壁に力を入れる。
お供のゲル狼にゲンドウが相対し、ヨルンは風の檻でゲル大狼の動きを止めていたが、大狼のタックルのあまりの強さに魔法をこれ以上保てないと思っていた矢先だった。
あっさりと檻に捕まったゲル大狼は、もしかするとこちらの魔法をわざわざ受けたのかもしれない。魔法が尽きたところを嘲笑って蹂躙するつもりだったのかもしれない・・・と、嫌な想像がヨルンの中には湧き始めていたため、絶妙のタイミングと言える。
ショーティはというと風の檻への影響を懸念して、両手を前方に構えて弾丸を形成したまま待機していた。
「すまんの、ワシも加わろうて!」
そう言うとアルドはヨルンの檻を覆うようにワンドから炎を紡ぎ出し、ヨルンが魔法を解くと同時にその範囲を急速に縮めた。
しかし、ガウァッ!とゲル大狼が吠えると衝撃波が生じ、炎の包囲の一部に風穴が空く。
風穴から飛び出したゲル大狼は体表を溶かしており、すかさずショーティの放った弾丸が後ろ足を貫くが、すぐにも再生し始める。
火炎球!火炎球!弾丸!火炎球!
速度を重視した単体攻撃にアルドは切り替え、これにショーティの弾丸が混ざる。ヨルンは風の盾で進路を妨害する。
いつの間にかお供を倒していたゲンドウは、魔法の邪魔にならないよう魔法使いたちの守護に回った。
ゲル大狼が自ら距離をとればアルドはとっておきを放つつもりだったが、大狼は咆哮を混ぜつつ距離を詰める。ゲンドウの大剣とヨルンの障壁が行手を遮っているが、いつまで保つか怪しいとアルドは思案する。
少しずつではあるがゲル大狼の体は削れていった。しかしその影響が感じられないうちに、戦局が動いた。
火炎球と弾丸が続け様に外れた直後、ゲル大狼はドッとひとっ飛びして距離を開け、アルドが魔法を放つより早く、ひときわ圧を込た咆哮の衝撃波を放った。
「あうっ」
小さい悲鳴をあげて、障壁越しとはいえ咆哮の直撃を受けたヨルンは吹き飛び倒れ、進路の自由を得たゲル大狼は跳躍と強い咆哮を織り交ぜて立て続けにゲンドウを吹き飛ばした。
「なんの!」
ゲンドウが倒された直後、アルドはゲル大狼の着地の瞬間を見定め必殺の一撃を放つ。
ドシュウっと音を立ててワンドから青白い一条の熱線が放たれ、射線状にあるゲル大狼の半身は瞬時に蒸発した。
・・・どうやら核も捉えていたらしく、そのまま残りの半身も倒れる。
アルドはゲル大狼が完全に動かなくなったことを確認すると、イレイザーカノンと名付けた研究の成果である魔法の効果に満足しつつ、倒れた二人へと駆け寄った。
「二人とも無事なようです。すぐに動くのは難しそうですが・・・」
先に二人の容体を確認していたショーティがアルドに告げる。
「よし。では二人は任せた。ワシはリリカ先生を助けに行くからの」
そう言い残すと腰のポーチから取り出したポーションを飲み、アルドはその場を離れた。
*** ハル ***
校長先生が離れて間もなく、遠くからゲル状の狼が散開して走ってくるのが見えた。狼たちの姿を誰もが目にした直後、背にしていた湖がゴボゴボと蠢き私たちを取り囲んだ。
「皆さん、ここは私が守りますから!大丈夫です!」
そう声を張ったのはリリカ先生だ。
水魔法が得意だとは知っていたが、環境次第でこうも活きるのかと、私は展開されたドーム状の壁を見て感心した。
「わぁ、すごい!」
「これなら魔物も近づけないね!」
生徒たちは感嘆の声をあげ、実際、壁に飛びかかった一匹は見事に壁に阻まれていた。
しかし眼前に迫った魔物に怯える生徒も多く、泣き出す子もいる。
先生の実力がどの程度かは定かでないが、いつ戻るかわからないアルド校長を待つ間にリリカ先生の魔法が解けてしまう可能性も、十分にある。
リリカ先生の言葉がみんなを安心させるための虚勢ではないと思いたいけれど、そうでない可能性も考慮して、私はいざの瞬間をシミュレーションする。
狼たちの数をもう一度把握し、さっき見た移動速度を思い出し、自分にできる範囲での最適解を探す。
狼たちは数回突破を試みたが、先生の魔法を破れないでいた。生徒たちはその様子に安堵し、早く校長先生が来るといいね、と楽観的な空気も起こり始めた。さすがに"インドールの風"のアルド校長が対処できないような魔物が出現した可能性までは考えていないのだろう。
フカウィの湖はダンジョンから遠く、魔物の強さはダンジョンからの距離と反比例するらしいので、この辺なら駆け出しを抜けたばかりの冒険者でも十分対応可能と考えるのが普通のはずだ。
しかしそんな生徒たちの気持ちを裏切るような行動を狼たちが見せ始める。
・・・ググゥワッ!という鳴き声がした方を見ると、一匹の狼が別の狼に尻尾を噛み破られ、倒れた体を複数の狼に食べられていたのだ。
何やってんだ?と思ったのも束の間、群がっていた狼たちの体が少しずつ大きくなり、その意図が察せられた。
・・・あいつら、どういう仕組みかは分からないが仲間を吸収したんだ!
そして吸収の連鎖は加速度的に起こり、一頭の猛々しい大きな個体と、それに比べれば一回り小さな二頭の個体が残った。大きな個体の体表は艶を増し、明らかに上位種の風格だ。
おもむろに四肢を踏ん張りゴアッと吠えたかと思うと、リリカ先生が構える正面の水壁が激しく揺れ、生徒たちの上にシャワーの様に降り注いだ。
すぐさま壁は修復されたが、突然の事に生徒たちはパニックに陥りざわめきが広がる。
泣き出したり、叫び散らしたりする生徒につられて、なんとか耐えられそうだった生徒までもが恐怖に押し負けてしまっていた。
これは完全にやばいと先陣を切る覚悟を決めたのと同時、安らかな歌が響き、ざわめきが小さくなる。
振り返ると、保護者の一人が祈るように手を組んで歌っている。その足にしがみついているセイルンの母親だろうか。歌には心に安らぎを生む効果があるようで、少しずつ泣き声が少なくなり、相対的に狼の咆哮が際立ちだす。
生徒たちの視線はそんな狼の攻撃を耐えるリリカ先生に自然と注がれ、彼女を応援する声が沸き出した。
「頑張れ!リリカ先生!」
「負けないで!」
みんなの声援を受けるも大きな狼の咆哮は堪えるらしく、だんだんと壁が薄くなり、再生速度も落ちているのがわかる。先生の額には汗が滲み、両手で掲げたロッドは体力の限界を暗示するかのように小刻みに震え出している。
「先生!僕も手伝うよ!」
そう言ってリリカ先生に駆け寄ったのはオヴァリだ。オヴァリは水壁をすぐさま真似、壁の強度が再び上がったのがわかる。
しかし、このままだとジリ貧なのは誰の目にも明らかだった。それをオヴァリも気付いているのだろう、壁の補助に入って間も無く
「先生!お願いします!」
言うが早いか両手を天に向け、自身も空を見上げた。
まさに遠足日和の雲の少ない晴れた空。そこに、不自然に低い位置で暗雲が形作られ始める。
オヴァリの補助を失った水の壁は更に薄くなり、体当たりでも破られるのではないかと不安が募る。
オヴァリは暗雲をじっと見つめていたが、ある程度の大きさまで雲が発達すると、大型の狼へ照準を合わせるかの様に両手を前方へと下ろし、叫んだ。
「サンダーボルト!!」
・・・ドグワシャァァァァァァァ!!!
激しい閃光が大狼に落ち、遅れて轟音が響き渡った。
眩んだ目が視力を取り戻し魔物を見ると、大狼は体のほとんどが弾け飛び、飛び散ったゲルはじゅくじゅくと沸騰している。度重なる咆哮で水浸しになっていた地面を雷が伝ったのだろうか、他の二頭も余波を受け横倒しになり気絶しているようだ。
ふと気づけばさっきまで濡れていた体は乾いていた。暗雲を見てこの展開を予想し、リリカ先生が生徒たちに飛び散っていた水を操作して壁に戻したんだろう。
リリカ先生はもう限界といった様子でロッドにしなだれかかり、水壁が遂に解除される。
オヴァリも魔法を放った疲れのためか、気が抜けた様にへたり込んでいる。
「リリカ先生!よくやった!」
火炎球を倒れた二頭の狼に次々と放ちつつ、ようやくアルド校長が姿を現した。
「あんな高威力の魔法が使えたとは知らなんだが・・・生徒たちも無事か?」
校長先生は気の抜けた、あるいは疲れた様子の生徒たちを見回す。狼の牙が届かなかったことを確認すると、うむ、と頷いて、リリカ先生にポーチから取り出したポーションを渡して飲ませた。
「校長先生、私は、大丈夫です。オヴァリ君を、見てあげてください」
息を切らすリリカ先生の言葉にアルドは怪訝そうな顔をする。
「・・・まさか、さっきの雷は彼が?」
「そのまさかです。正直、信じられませんが・・・」
ぐったりした様子のオヴァリは、生徒たちに静かに取り囲まれている。
生徒たちも、先ほどの雷を放ったオヴァリにどう声をかければいいのかわからないようだった。何しろ、
「私の記憶が間違っていないなら、サンダーボルトは、アポロア様の得意とした攻撃魔法の一つ・・・でした、よね」
リリカ先生が呟き、アルド校長も頷いた。
結局私の出番はなかった。望ましい結果ではあるが。
そして、もしかして私はただのモブで伏線役なのでは?という懸念が生じたのだった。
***
オヴァリは自分の放った魔法の威力に驚き、思い通りの魔法が使えた喜びと、ありったけの集中が切れたことによる放心とで動けないでいた。
周りの生徒たちやリリカ先生、さらにアルド校長までもが、おそらくオヴァリは誰かの雷魔法を見たことがあるのだろうと思っていた。
しかし雷の魔法は、水と風の魔法に加え土の魔法にもある程度精通していないと使えない、というのが一般的な認識であり、規模が大きいため使い所も限られる。そして町に雷の魔法を使える人はいないし、殆ど使い手がいない雷魔法の使い手が仮に町を訪れたとしても、それを子供がいるような場で放つはずもない。
要するに、オヴァリは“サンダーボルト”を見たことなどなかったのだ。
ではサンダーボルトをどこで知ったのか。
子供の情報源は限られており、それが絵本に由来するものだろうことは想像に難くないし、実際オヴァリはアポロアを思い出してサンダーボルトの魔法を無理やり生み出したのだった。
サンダーボルトの発現。その意味するところは、単にオヴァリの真似魔法が空想にまで及んだということに留まらない。
オヴァリの魔法が真の意味で開化し、空想を魔法に起こすことそれ自体が彼の魔法として定着し始めるきっかけとなったのである。
英雄の再来、あるいは新たな英雄の誕生。その瞬間である。
誰の人生も自分自身が主人公だとか言われても、手放しにその言葉を受け入れることができるほどに人生は単調ではないし、うまくいかないものだと思います。少なくとも私にとっては。




