005 遠足
*** ハル ***
学校での日々は緩やかに始まり、学年が上がって座学の時間が増えると、元々想像していた学校的な時間割になっていった。エー文字や数字を覚えていようが所詮は幼児だし、小学校が無理やり幼稚園を取り込んだ感じなので当然といえば当然かもしれない。
授業内容は 7 歳になって簡単なベイ文字を習い始めたところで、数字は掛け算を覚え始めたところ。入学の年齢が 4 歳の子供にはペースが早い様に思えるが、6 歳入学とすれば妥当だろう。
種族差もあるらしいし、どうしても理解が及ばない時はもう一年同じ学年を経験することになるが、留年はこの世界では恥ずかしいことだと思われていない。種族差への寛容がこういったところにも影響している。
4 年目ともなると同級生はもちろん、上下の学年の生徒のことも少しは覚えるし、逆に覚えられる様になる。
そんな中でも有名なのはオヴァリだろう。殆どの子供がまだ魔法の素地を見せていない中、彼は大人たちが行使する魔法を尽く再現して見せるからだ。
特にオヴァリの特異性が際立ったのが、校長先生の友人でエルフのググリエルさんの飛行をすぐさま真似てしまったことだろう。前世では人類の夢ともいえる飛行能力は、こちらでも同様に憧れの一つだからだ。まぁオヴァリの再現した飛行の魔法自体は使い物になるか微妙だったけれど。
ともかくアルド校長は熟練パーティの一員だったらしく、彼の同僚の能力を真似たとなれば、尚更周囲も注目するというものだ。
オヴァリの両親は彼の魔法の異常性を取り立てて気にしたり、持ち上げたりしたことはないと言う。なんでも真似をする魔法に目覚めたと思って過ごしてきたのだとか。
・・・いや、おかしいだろ。
しかし魔法はどうあれ彼自身はとても人懐っこい朗らかな性格をしているため、怖がられることもなく過ごしている。魔法以外の面では他の子と能力や精神的発達に違いが見られるわけではないので、子供心としては「オヴァリはいろいろできて面白いしかっこいいよね」といった感じなのかもしれない。
正直なところ私としては、いつか暴走するんじゃないかと気が気でないため距離をとっているが、多分杞憂なんだろうとも思っている。単にそういったイベントがまだ起こっていないだけかもしれない。
余談になるが、学校に通い始めて少し経った頃から、俺は意識の中でも一人称に私を使うことにした。ふとした拍子に「俺」と言ってしまうと、急にグレたかと両親に心配されるかもしれないし、そもそも違和感が半端ない。
案外すぐに慣れて、2 ヶ月もすれば内面でも抵抗なく「私」と自称できるようになった。
オヴァリの次に有名なのはケイトウという男の子だろうか。
ケイトウは冒険者の父を持つ龍系の亜人で、背中を中心に長い尾にかけて硬い鱗と、縦に切れ長の瞳孔が特徴的だ。
龍人が珍しいこともあるが、見た目が特徴的なだけでなく種族由来の優れた身体能力を随所で活かし、元々の社交性も合間って人気者の一人になっている。
魔法の素養はまだわからないけれど、走るのが早い、力が強い、という子供の羨望をわかりやすく体現しているので当然かもしれない。歌の下手なガキ大将のように威張り散らすこともないし。
女の子では特に誰が注目の的、といったことはないが、数年後にはペイネが男子の視線を一身に集めることになると勝手に予想している。
日本人的な偏見そのままに、この世界でもエルフの血を混じる人たちには美男美女が多い。
しかしペイネは特にそういった背景がないにもかかわらず、明らかに群を抜いて目鼻立ちや体付きのバランスが良い。本人の控えめな性格のため交友関係は広くないようだが、物語好きという接点から私は比較的彼女と喋る方だ。
大人しいことは子供のうちはプラスに働きにくいが、少し成長すれば憂いがあるだとか儚げだとか、男の子は勝手に勘違いしてしまうもの。・・・少なくとも"俺"にはそれに近い経験がある。
ともかく子供たちは私の感覚でいう幼児から小児へと移り変わる中で、一人ひとりの個性が他の子供から見てもわかるようになり、交流の多彩さはますます面白くなっていく。
前世ではもちろんそんな事、マジマジと考えたことはないが、せっかくなので色々な視点を模索して物事を捉えて過ごしたいと思う今日この頃だ。
子供たちが成長し、危なげなく統率が取れる年齢になったこともあって、今度フカウィの湖への遠足が予定されている。万が一を考え、予めギルドに依頼を立てて冒険者に護衛のため同伴してもらうのが、学校主宰でおこなう町外での課外授業の通例となっている。
学校長はどの学年の課外授業にも参加するらしく、校長だけで護衛は十分では?とも思うが、一線を引いた身として、今は校長の立場に重きを置いているんだろう。
去年までの課外授業はせいぜい図書館に行くくらいで、町の外に出るのは初めてだ。湖に特に何かがあるわけではない。けれど、最近は暖かい日が続いているので、みんなで歩くだけでも気持ちいいと思う。
そんな感じで能天気に遠足を楽しみにしていた私だったが、遠足当日、遂に魔物との遭遇イベントを果たすことになるのだった。
***
学校が主催する 4 年生の課外授業には 4 人組の冒険者パーティーが付き添うことになった。厳つい剣士ダンヘル率いる、"賢者の町"のギルドでもそこそこ腕の立つパーティである。
50 人近い 4 年生の生徒たちは、彼らと、それから数人の保護者に守られる形で列を成して街道を歩いていく。子供たちの引率の希望は事前に募られ、付き添っている保護者には戦闘の心得のある人とそうでない人が混じる。もちろん希望する保護者のいない回もあるが、例年、初の町外での課外授業となる 4 年生の遠足は付き添いの数が多い。
「お姉さんは弓が上手なの?」
「おじちゃん、魔物いた?魔物!」
「剣で戦うの見たい!いっつもダンジョンに行ってるんでしょ?」
パーティメンバーはそれぞれ周囲を警戒しつつも、近くを歩く子供たちから質問攻めにされていた。
普段直接関わることのない冒険者が、今日は自分たちのために行動しているとわかってのことだろう、子供たちは冒険者の任務などお構いなしに、外の世界の窓口たる彼らに興味津々だ。
学校からの依頼が定期的なこともあって冒険者たちも慣れたもので、ダンヘルは「近くの草原でも魔物が出るんだぞ」と町の外の怖さを暗に仄かしたり、女弓使いシターケはサッと弓をつがえて放ち腕前を披露したりと、うまく子供たちの相手をしている。
パーティは他に男のハーフフットの斥候クリテラと、エルフの血筋の女風魔法使いヨルンから構成される。
ヨルンは素っ気ない態度が子供にはとっつきにくいのか、始めこそ数人がアタックしていたが今は遠巻きに見られているだけだ。
クリテラは斥候という立場もあり集団から少し離れているため、子供たちの多くも、わざわざ彼のところまで行って何かを聞こうという気概はないようだった。
「クリテラさんはどうやって危ないものを見つけるの?」
そんなクリテラのところまでわざわざ話を聞きにいく者も、いないわけではない。
「お嬢ちゃん、あんまり列から離れるもんじゃねーよ」
クリテラはそう前置きしつつ、特に危険もなさそうなので寄ってきた女の子の相手をする。
「お嬢ちゃんもいずれ魔法が使えるようになると思うが、俺の魔法はいろんなことに気付きやすくなるのさ」
「魔物とか?」
「そうさ。魔物はもちろんだが、なんとなーくで人の気配もわかる。魔法以外の技術もあるがな」
「列の一番後ろのこともわかるの?」
女の子に問われ、クリテラは列を振り返る。最後尾までは 100 m くらいあるだろか。
「こんくらい、まだまだ余裕よっ。ダンジョンなんかじゃ、そもそも見通しも悪いからな」
得意げに話すクリテラに、女の子はまだ満足しないようで質問を続ける。
「それって、どうやってるの」
「どうって?」
「目とか耳がすっごくよくなってるの?それとも蜘蛛が巣を張ってるみたいな感じなの?」
「あー、そういうこと。魔法でやってんのは蜘蛛の巣の方だな。どうやってるかってのは、自分でやっててなんだがうまく説明できねぇ。でも、蜘蛛の巣みたいなもんだ」
「そうなんだ!」
女の子は納得したようで、ありがとう、と言って列に戻った。
学校の依頼を受けようと言い始めたのはシターケだったが、回をこなすうち、乗り気でなかったクリテラや愛想の乏しいヨルンまで、子供たちの護衛にそれぞれ違う意味を見出す様になっていた。
クリテラは斥候の技術に伸び悩んでいたが、予想外の動きを見せる子供の動向を周囲の警戒と並列に行う任務に打開のキッカケを見出し、この任務を軽視することなくむしろ普段以上に注意を払っている。
ヨルンはヨルンで子供との触れ合い自体が癒しだと言い、ダンヘルは町との関わりを考える上で重要な意味合いがあるとかなんとか理由を並べる。
クリテラは相変わらず無愛想なヨルンを見るに、彼女の言葉の信憑性を疑わしく思いつつも、一方で、インドールの風のアルドが毎回同行することを考えると、ダンヘルの言葉はもっともらしいと思っていた。
途中小休憩を挟みつつ一行はフカウィの湖に予定通り到着し、子供たちは持ってきたお弁当を食べるべく思い思いの場所に腰を下ろしていく。
日差しは心地よく、湖も凪いで絶好の遠足日和と言える。
「ご苦労さんじゃの、皆さん方」
アルドは交代で食事するダンヘルたちに声をかける。
「いえ、いつも依頼の受託希望を了承してくださって、ありがたいかぎりです」
ダンヘルが答えると、シターケとヨルンはうなずき、クリテラも言葉を繋ぐ。
「案外、普段の仕事のためにもなってるんすよ」
「そうか、そう言ってもらえるとありがたいのう」
そう言ってアルドは周囲を見渡す。
早く昼食を終えた子供たちは、 さっそく追いかけっこや木登りをして遊び始めているようだった。
「・・・おっと。ダンヘル、仕事だ」
クリテラの言葉に 3 人は瞬時に頭のスイッチを切り替える。
「どの方向だ?」
「北東だな。湖を迂回するなら、左から来ることになる」
「わかった。ひとまず俺とシターケが出よう。クリテラは中継を、ヨルンは盾を頼む」
ダンヘルの指示に 3 人はうなずき、アルドに一言警戒してほしい旨を伝えると危険の排除に向かった。
*** ハル ***
母さんが作ってくれたサンドイッチを食べ終わる頃、校長先生から、魔物が出て冒険者たちが討伐に向かったという通達があった。
生徒の多くはその知らせに特に危機感を募らせるでもなく、校長先生の示した方向には行かないようにしよう、程度の認識だった。ついさっきまで側にいた冒険者たちが魔物をすぐ倒してくれるだろう・・・そんな安心感が共通に芽生えているように感じる。
魔物が近くに現れたのは私にとっても初めてだが、私を含め、死が身近にない立場からすれば、魔物の存在はまだ絵本の中の“ナニカ”の範疇に収まっている。
付き添いの保護者も落ち着いて過ごしている。
・・・しかし現実は無常であり、私はそのことをもっとよく自覚しておくべきだった。
狼の形をしたゲル状の魔物が視界に入ったかと思うと一気に駆け抜け、離れたところで生徒の防衛線を張っていたヨルンに突撃し、ヨルンが展開していた何かの魔法にぶつかった。
始めの一頭の後に続いてさらに三頭が加わり、彼らはヨルンの防壁越しに唸りながらこちらを伺っていた。
「キャー!」
「うぁああああ!」
「ギャー!!」
突然の事態に生徒の一部は恐慌状態に陥るが、まだ距離もあるため、冷静を保っている生徒や保護者がパニックになった生徒を宥めつつ、アルド校長の近くへと避難を始めた。
校長先生ならみんなを守ってくれるだろうと思うが、それ以上に気掛かりなのは冒険者たちだ。今まさに間近に迫っているゲル狼たちを倒しに行ったはずの 3 人は、やられてしまったのだろうか?彼らは中堅と聞いていたが、このゲル狼たちはそれ以上に強いということなんだろうか?
・・・考えてみれば、これは“普通に考えて”絶好の“イベント”のタイミングだったのだ。
初めての町の外、冒険者の護衛、素質のある同級生、大魔法使いの後ろ盾・・・。転生の意味を考える中で想定し、警戒していたポイントの一つだったと、今更に思い当たった。
考えても仕方がないのでそれ以上は深く考えず、私も校長先生の背後へと向かう。一人で狼と対峙するヨルンさんに応援の祈りを送りつつ。
もちろん、こういった個々の力量以外なんの役にも立たないような状況のために、私も少なからず準備をしてきたのだが、今のところ私の力は必要はなさそうだった。
ヨルンさんへと駆ける 3 つの新戦力の姿を捉えたからだ。
*** ストッケ=ヨルン ***
クリテラからの連絡は途切れ、眼前にゲル状の狼が迫った。ただの狼ならパーティメンバーは誰でも一人で数匹を相手取れるが、こいつらはよくない。
そう、状況は悪い。
ゲル系の魔物は概して強い傾向にあり、それが素早いとなると駆け出しの冒険者程度では相手にならない。
なぜなら奴らは緩そうな見た目に反して、いや、実際攻撃の手応えとしては脆いのだが、非常に高い耐久性を発揮してくる。ゲル状の体は再生なのか弾力なのか定かでないが、時間をかけず元の形に戻ってしまうのだ。
「クソっ」
つい悪態をついてしまう。
メンバーが心配だが、それ以上に今果たさないといけない使命は、子供たちを守ることだ。
アルド様が守ってくださるだろうという期待は別にして、ここで止めないとゲル狼による被害は想像に難くない。
風魔法を駆使した壁を展開して生徒たちから離れつつ狼の接近を拒むが、この魔法をいつまでも持続できるわけではなく、ましてこの密度の防御では同時に攻撃することもままならない。アタッカーが欲しい。
「どうすればいい、どうすればいい!」
自分を落ち着かせるため敢えて声に出すが、打開策はそんなに咄嗟に出てくるものではない。
仲間が戻ってくるのを信じるか、アルド様がこちらの苦境を察して援護に来てくださることを願うか・・・。
そんなことを考えていた矢先、障壁を貫く魔法を感じ、直後ゲル狼の一匹がその体を大きく変形させた。
「ヨルンさん!私も手伝います!」
そう言って声をかけてきたのはショーティ先生だった。両腕を前方に突き出し、重ねた両手の親指と人差し指で三角形を作ると、そこを起点に魔法の弾丸を放っていた。弾丸は風の障壁でやや減衰されるものの、概ね威力を保ってゲル狼に迫る。
弾丸は一発でもゲル狼の体を 1/3 程度変形させ、その再生が終わりきらないうちに次が放たれている。かなりの威力と速度だ。
普通ゲル状の魔物は体のどこかに核があって、核を破壊すことで討伐可能だが、核は流動的かつそこまで大きくないため持久戦を強いられることが多い。ショーティ先生の放った魔法は威力こそ大きいが、まだ核は残っているようだ。
ショーティ先生が相手取る一匹以外は仲間がやられる様子にたじろぎつつも、敵意を露わにしたままだ。
しかしこちらには、更に新たな戦力が加わった。
一人は槌を持った龍系統の亜人の子供で、もう一人は大剣を携えた冒険者風の男だった。
「ゲンドウさん、ありがとうございます、お願いします!ケイトウ君は無茶しないで!」
「おうよ!・・・ヨルンさん!」
ショーティ先生にゲンドウと呼ばれた男から声をかけられ、意図を察し障壁に穴を作って指示する。
ゲンドウは熟練の身のこなしでゲル狼に向かい、飛びかかってくるゲル狼を大剣の腹で打ち付ける。
再生を図るゲル狼を、ゲンドウの後を追ったケイトウがさらに槌で何度も叩きつける。
残りの 2 匹をゲンドウが大剣で牽制し、飛びかかれば打ち付け、危なげない立ち回りを見せるうちに、ショーティ先生が相手取った一匹と子供が打ち据える一匹は倒れた。
残った 2 匹のゲル狼は戦局を察したのか、距離をとり、湖と離れるように歩きつつ 4 人の様子を窺っている。
生徒たちはというと少しずつまとまって引いていったようで、もう姿が見えないから距離は十分に取れていると考えていいだろう。
「おかしいな」
そう呟いたのはゲンドウだった。
「父ちゃん、何が?」
ゲンドウとは親子らしいケイトウが聞くが、ゲンドウの疑問は尤もだ。私がケイトウに答える。
「普通、群れの半数がやられても引かないなんてことはない。そもそも、この程度の相手ならダンヘルたちだけでどうとでもなる」
「そういうこった。親玉がいるのかもしれんな・・・。ケイトウ、お前はそうなったら危ない。アルド様のところで守ってもらえ。そんで、親玉がいるかもって、アルド様に伝えてくれ」
ケイトウはチラッと自分の槌をみたが、すぐに頷いて走って行った。
「ショーティ先生、随分慣れてらっしゃるみたいね。もう少しお願いしても?」
「ええ」
前衛、後衛が一人ずつ増えるのは心強い。
手持ちのポーションを空け敵襲に備える。
勝手に登場人物が動くという現象をたまに感じます。
何というか、へぇほんとにそうなんだ、という感じです。




