004 入学の日
*** ハル ***
この世界はなぜか前世と同様の暦が採用されていて、こちらでも年の初めは1月1日だ。季節についても各月と四季が概ね一致するので間違うことがないが、それだけに疑問は多い。
世界地図から推察される星の表面積の小ささが気になる。重力は?
太陽も太陽らしく照っているが、実は近くにあるのでは?
地図だとここは赤道付近に相当しそうだけれど、こんなに明瞭な四季があっていいものなのか?
気にし始めたらキリがないし星学や物理学に詳しいわけでもないので、きっと魔素が影響しているせいだろうと、無理やり気にしないことにする。
いずれ何かしら機会があれば知れるかもしれない。
そんなことを考えながら両親と静かに家で過ごしている年末。母さんのお腹も大きくなり、そろそろ俺に妹か弟ができるかと思うとワクワクするが、それ以上に楽しみなことがある。
いよいよ学校が始まる。
学校は町の真ん中にある"賢者の家"の近く、家と父さんが働く商店の間くらいにある。
場所は覚えているので一人で通っても問題ないが、おそらく初めは父さんの出勤に合わせて一緒に行くことになるだろう。
今までは一人か母さんと、たまに近所の同い年のジョーと遊ぶばかりだったが、年の近いたくさんの子供と触れ合えると思うと学校生活が待ちきれない。
ジョーと遊ぶ時、エネルギーに満ちたこの体を動かすのに相手は誰でもよく、正直なところ自分と家族以外の“誰か”をはっきり意識してこなかったように思う。しかし最近は“誰か”が “誰なのか” を意識する習慣が体に馴染んできたようだ。
それから、子供同士なら魔法についても色々と聞きやすそうだという思惑もある。大人相手だと下手な事を言いかねない。
みんなは魔素をどう感じているんだろうか。
学年が上がるとテンプレ的天才なんかも台頭してきたりするんだろうか。
非常に楽しみだ。
*** テイティ=ショーティ ***
新年初めての登校日、新入生がやってくる日です。
卒業の際は特別な式がありますが、入学はそれぞれの教室で教員と学校長が挨拶するだけの簡素なものです。
初年度生の教室は 2 つあり、毎年合計 50 人くらいの子供たちが入学します。
入学の条件は数字とエー文字を覚えていることですが、賢者様の教えもあり殆どの家庭は教育の大切さを尊んでいるため、大体 5 歳前後から子供たちは学校に通い始めます。
「皆さんこんにちは、初めまして。私はテイティ=ショーティです。ショーティ先生と呼んでくださいね。これから皆さんと過ごす学校での生活がとても楽しみです!」
できるだけ笑顔で挨拶をすると、机に座る新入生の子供たちもこんにちは、と挨拶を返してくれます。たくさんの大きな瞳に見つめられて、私も自分の言葉以上にこれからの日々が楽しみになってきました。
教室の後ろに立つ保護者の皆さんはソワソワしていたり落ち着いていたりと様々ですが、一様に子供の入学を喜んでいることでしょう。
校長先生も話されます。
「子供たち、保護者の皆さん方、入学おめでとう。学校長としてワシからも一言。子供たちよ。学校では急に友達がたくさん増えて、楽しいことだけじゃなく、悲しい気持ちになることもあるかもしれんが、先生やご両親とよく話をして、元気に学校に通ってくれ。皆さんの先生、ショーティ先生は、見た目通りとても優しい先生じゃ。しっかりショーティ先生のお話を聞いて勉強するんじゃ」
私のことを良く言って頂いて、照れてしまいます。
私たちの短い挨拶の後は子供たちもそれぞれ自己紹介し、その後校長先生はもう一つの教室に向かわれました。
教科書とノートやペンを配って今日は終わりです。
配布した教科書は書き込み式で、今後どんどん新しいものを配ることになります。しかし当分の間は、座学は今覚えているエー文字の反復が中心で、むしろ活動の殆どは工作や運動場での遊びの時間になります。
まだまだ幼い子供たちには、遊びこそが学びなのです。
保護者と教室を後にする子供たちを見送ったあとは、明日からのプログラムの見直しです。
「大丈夫、今年もちゃんとできる。むしろ今年こそちゃんと・・・」
独り言を呟き、うん、っと心の中で気合を入れて、私も教室を後にします。
*** ハル ***
学校ではショーティ先生という、前世でいう合法ロリ的見た目の女性と、白い長髪に白ひげの校長先生が挨拶をしていた。ロリ先生は白いシャツにスラックスと真面目風な出で立ちだったが、校長先生はいかにもな魔法使いの様相だった。そういえば校長先生は名乗らなかったな。
それから事前に聞いていたけれど、畏まった入学式的なものはなかった。
自己紹介は元気いっぱい半分、恥ずかしがり半分、といった感じで、俺は元気いっぱいに挨拶した。みんな名前と、どういう血筋か、どこに住んでいるかを答えており、聞いた感じでは町中に散らばっていたためクラス分けは無作為なんだろう。
血筋については自分はどこそこの王子で云々、とかいう大仰な話ではなく、人族のうちどういう種族の血を引いているか、ということだ。
町を父さんや母さんと歩く時、いわゆる亜人を見かけることは珍しくなく、父さんの口ぶりを信じるならほとんど全ての人は広い意味で亜人になるらしい。
獣人、エルフ、ドワーフ。そういった前世でもゲーム的な意味で馴染みのある種族を筆頭に、魔族に分類されないなんらかの固有の特徴を少なからず持つ人たちを亜人と呼んでいる。ちなみに亜人という表現は蔑称ではない。
自己紹介を聞く限りでは、4 割くらいの子供が自覚的な意味で亜人らしく、見た目からそうとわかるのは 2 割くらいだった。
町中での遭遇率を思うと割合としては多めに思えたが、気にしていなかっただけかもしれない。
容姿や発言で目を引いた子は何人かいたが、4 歳児の体を通して本能的に気になった程度で、俺の感覚としてはみんな普通だった。
普通と言っても、細密に魔素を身に纏っていたり、魔素で何かを操ったりしている様子は誰にもなかった、という偏った視点ではあるが。
そういう意味では校長先生よりもショーティ先生の方が魔素の流れが穏やかに見えたことが気になった。整っている、という意味で。性格を反映しているんだろうか。
学校が始まることを想定して、特に頑張っていたことがある。
それは、魔素の視覚化だ。
絵本では英雄アポロアの攻撃には必ず種類ごとに決まったエフェクトが付随しており、初めは演出だと思い気にも留めなかった。しかし別の物語の別の主人公の攻撃にも、同じ種類の攻撃なら共通のエフェクトがかけられていたことから一つの着想を得た。
つまり魔法を併用するスタイルの攻撃は魔素の密度が高まっているから、魔素自体がみえるのではないか・・・もっと言えば、少量でもどうにかすればみえるのではないか、ということだ。
「魔素ってみえるの?」
と絵本を示して率直に父さんと母さんに聞いてみたら、ものすごく熟練の魔法使いが行使する魔法なら普通の人でも魔素の動きがわかることがあったり、逆に、そもそも魔素がみえる人もごく稀にいるらしい、とのことだった。
推察するまでもなかった。分からないことは聞くに限るね。子供だと尚更聞きやすいし。
生まれたての頃から魔素を常に意識していたためか、大まかな流れは把握できていた。
ならば剣と魔法のファンタジー世界でこのアドバンテージを確保しない手はないと、ひたすら"魔素を視る"意識で生活していたら、少しずつ見えるようになったのだった。
意識する前は透明な濃霧が揺蕩っているようだったが、今は透明な砂がさらさら動いているように感じる。いずれは絵本のエフェクトのように、その性質ごとに色あるいは自然を象徴するなんらかの形的にみえるようになるんだろうか。
***
賢者の町の学校には、いかにもな魔法使いの学校長がいる。ワイザック=アルドだ。
アルドは賢者の子孫で、現代を代表する魔法使いの一人と言われており、前職は"インドールの風"と呼ばれる熟練冒険者パーティの一員だった。インドールの風は少数ながら精鋭揃いで、現役の冒険者の中には彼らを目標とする者も少なくない。
アルドは引退後、生まれ故郷の町で校長職を務める傍ら、晩年の仕事として魔法やセーン文字を研究して過ごしていた。
そんなアルドの楽しみの一つは子供たちの成長を見守ることで、特に自身の専門である魔法を発達させていく様子には殊更に興味を持っている。
その一助に、ダンジョン産のマジックアイテム"銀縁メガネ"を時折かけ、彼らの魔素をこっそり覗き見るのだ。
入学式は子供たちの成長の起点であり、重要なイベントと言える。
もちろんアルドは銀縁メガネをかけ、子供たちの混じり気のない魔素を楽しむ心づもりである。
新入生の待つ教室に足を踏み入れ、彼らを見回そうと・・・
「ん゛?」
・・・見回せず、一人の生徒に視線を奪われた。
唐突な唸りにショーティ先生が訝しげだが、何事もなかったかのように歩を進める。
そしてもう一度よく見る。
煌めきを湛えた琥珀色の髪の子供。彼女の魔素は他の誰よりも繊細な輝きを放ち、特に髪と同じ色の両目は、魔素の輝きも相まって神秘的な優しさを醸し出していた。
年甲斐もなく心が跳ねるのを感じ思わず凝視してしまったが、その子の視線がアルドを捉えると、アルドはふっと視線を外した。
いつか神国で見た巫女を彷彿とさせる雰囲気に、気圧されてしまったからだった。
一人ひとりの自己紹介に入ると、アルドも落ち着いて子供たちの魔素を堪能することができた。子供の魔素はまだ体の特定の部位に馴染んでいないことがほとんどなので、魔素の質感を色で見ることのできる銀縁メガネを通すと、身体中を子供ごとの色が均一に埋めるように見えるのだ。
卒業式ともなると、少なからず子供たちの魔素はその子の魔法の方向性を示すようになっている。
ちなみに大人だと個々の性質を象徴する見え方になるが、魔素の流れまでは見ることができないので、個人の魔法がどのようなものかは推測するしかない。
クレア=ソロジーと自己紹介した子供を改めて見ると、煌く魔素の色合いにこそ目を奪われたが、その量や分布は他の子供達と大差ないように思えた。
実は隣に立つショーティ先生の魔素もアルドはお気に入りなのだが、いずれにせよ新しいお気に入りが増えてご満悦である。
こういう子に卒業まで綺麗な色を保って、より良いものにして欲しいという思いが、教職者としてのアルドの原動力になっている。
そして一つ目の教室を後にしたアルドは、二つ目の教室で本日二度目の唸りを零すこととなった。
二つ目の教室でも挨拶を終え研究室に戻ったアルドは、誰にともなく呟く。
「・・・なんじゃアレ?」
二つ目の教室にいた新入生を思い出す。
コーヒーを啜り、さらに呟く。
「アポロア様の再来・・・か?」
*** オヴァリ=エンダ ***
僕の名前はオヴァリ=エンダ。父さんと母さんは麦を育てる仕事をしている。
今日は僕の入学の日で、校長先生と担任のリリカ先生、それからたくさんの子と知り合った。
僕はまだ数字とエー文字は覚えたばっかりで、みんながどれくらいできるのか、ちょっと不安だ。
でも、得意なこともある。それは人の魔法を真似ること。
初めてお父さんのシャワーを麦畑で真似た時も、それからお母さんのつむじ風を真似た時も、二人ともとてもびっくりしていた。でも他の大人の魔法も真似て見せると、そういう魔法なのかね?と言って、それからは気にしなくなった。
真似るだけだから簡単だ。みんながやってるみたいにやりたいって思えばできるから。でも、真似じゃない魔法も使えるようになれたら嬉しいなって思ってる。
学校ではいろんな事を教えてくれるみたいだから、僕も真似以外の魔法が使えるようになりたい。
それからもちろん、友達もたくさん欲しい。
学校に通える日が本当に待ち遠しかったから、明日から楽しみ!




