112 交流と循環
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ライナの迷宮にある降臨点を起点にダンジョンを目指していた天使たちは、連邦北部にあるアンナー山が近付いた頃にその音を聞いた。
チリーン・・・ッ。
たった一回鳴っただけのそれは、世界を渡り、天使たちの体をも満たした。
「総員止まれ!」
軍勢の進行を指揮していた大天使の合図で天使たちは飛翔を止め、近くの平原に降り立つ。
緊急で部隊長たる大天使たちが招集され会議の場が設けられる。
「・・・今の音を聞いたな」
「えぇ。あれはこの世界の音でした」
「確かにそうだった。ダンジョンのソレでは・・・異界のソレではないものだった」
「では人族が解決したと?」
「自壊かもしれぬ」
「軍はどうする?」
始まりの音が鳴った時と同様に、今回も意見は一致している。すなわち、聖戦の対象は何らかの理由で消滅したのだ。
そうなると問題は、わざわざ編成した部隊をどうするのかという点である。
小一時間の話し合いの末、方針が決まった。
地上での活動に 3 小隊が当たり、他の者たちは一時帰還となる。
「では我々は真偽の確認を」
全員が共通認識として脅威の消滅を確信したとはいえ、その目で確かめないことには落ち着かないということで 5 人組の小隊が一つ。
「私たちは古い降臨点の調査に」
降臨点の秘匿のため人族の目を避け、それがいつしか天使たちが天界に閉じこもる構図を作っていたのだが、もはや今回の大降臨によって天使という存在自体を隠すことの意味は薄れている。
ならばと、いにしえの時代に使われていた降臨点のうち人族の目が少ないところを見て周り、これを機に再設置しようという目的で 1 小隊、複数名。
「こちらは神国へ」
ポロアスト大陸において大きな力を持つに至った神国の不興を買わないように 1 小隊 3 人。
統率に当たった大天使は帰還部隊を引き連れ、ダンジョンと神国へ向かう小隊は飛翔して、降臨点調査のための小隊は翼を隠し身をやつして、各地を目指し始めた。
ダンジョンへ向かった天使たちはほんの数日でダンジョンに到達し、進行を開始した。
草原地帯は飛行能力のある魔物が行手を阻もうと襲ってきたものの、天使の中でも精鋭で構成された部隊には問題にならなかった。しかし幻惑の森ではその天井の低さに捕まり、一気に進行速度が落ちる。
「・・・まさか人族の冒険者の真似事をしなければならないとは」
そう隊員の一人が言うが、そもそも彼らが本来目指していた世界の敵に辿り着くには軍勢でここを超える必要があった。それを分かってか、誰もさらに同意して不満を漏らすことはない。
とはいえさすが精鋭と評価すべき進行速度を彼らは維持して、1 週間ほどで幻惑の森を抜ける。見通しの悪い森では近距離戦闘の実力が求められる傾向にあるが、それを中長距離戦闘を得意とする天使たちはモノともせずに進んで行った。
荒野では再び飛翔しつつ先を目指すが、荒野後半の空の支配者たるドラゴンたちが空を犯す外敵を見過ごすはずもなく、荒野の攻略には若干てこずることとなる。
しかしさすがに空間という距離を得た強みがあり、グランドドラゴン、フレアドラゴンたちを順調に下しつつ 1 週間ほどで荒野も抜けた。
空がガラ空きの城下町は一息に飛び抜け、街並みが途切れた頃、彼らは一つの冒険者パーティと遭遇する。
「・・・降りるぞ」
小隊の長はただならぬ気配をパーティから感じ、加えて深部まで来たこともあって情報収集のためと、冒険者たちとの接触を図ることを決める。
空からやってきた天使たちに冒険者は身構えるが、先に天使が名乗ったため、やや警戒を緩めた。
「人族の冒険者たちよ。我らは異界の、世界の敵の討伐のためにやってきた天使である」
5 人の天使たちは弓を装備し、二人は更に短剣を腰に下げている。
「我らの目的に心当たりはないか?」
上からの物言いに気を悪くすることもなく答えたのは、煌々と光る橙を両の瞳に宿す一人の冒険者だった。
「こんにちは、天使のみなさん」
そして天使たちは、自分たちの目標がなくなったことを知った。
*** ハル ***
コアを取り込んで他に残滓や伏兵が無いことを確認すると、私はメンバーと今後のことについて話した。
話したと言っても私自身が私自身のために暫定的に考えている方針を、核心的なことには触れず伝えた形だけれど。
「えっと、よく意味が分からなかったんだけど、つまりソロジーは霧の里をポロアスト大陸とデディア大陸に対して開放しようと考えてるってこと?」
大雑把な説明の後、ディモンが真っ先に聞いてくる。
「そうだね。そのために人族領を回って、霧の里を経由して、魔族領も回る。最終的には霧の里を人族と魔族の融和の起点にするつもり」
「そ、壮大だな・・・」
ディモンはいつかパーティ結成の日に私がパーティの方向性を伝えた時のような、半信半疑という表情をしている。でもその表情からは、あの日よりも私の言葉を間に受けてくれていることが分かる。
そう考えると日々の移ろいに対してなんとも感傷的な気分が湧いてくる。気がする。
「キャスカが橋渡しをしてくれるなら、難しい話じゃないと思わない?」
ペイネがうーん、と唸って答える。
「そうかもしれないけれど・・・でも閉ざされた交流を再開させることにメリットが無いとしたら、反対する国も多いと思うわ。その辺りは?」
「メリットは実際のところ無いかもしれない。でもそれはそれぞれがそれぞれの立場で考えた場合で、この世界全体を思えばプラスになると私は信じてる」
そう。そこをどううまく説明するかが問題になる。
世界が何をもって “成功” したとみなされるのかが不明である現状、私は私の考えを正しいものとして信じ込んで物事を進めるしかない。しかしガイナが私を元の世界の知識を持ったまま転生させたのは、私の知識が役に立つからなんだろう。そういう事例が、ガイナの周りでは少なからずあるんだろう。
ならば私の選択は、世界全体を巻き込んで “調和” させること。そのために、暴走しないよう設定した上で力の一極化を図ること。
その力とは何か。極論すれば軍事力ということになるのかもしれないけれど、絶対の信仰対象としての神を確立するとか、情報統制権の集約でもいい。
そして私はその地理的な起点を霧の里に置こうと考えている。
私の考えの実現のためにはもう一つ、霧の里を開くことで達成が望まれる人族と魔族の歩み寄り以上に重要なことがある。
それは魔素や精霊素の循環を良くするということ。
ガイナの部屋で見たあの星が私が今いる星なのだと仮定すると、そこには言い知れない不穏があった。
ポロアスト大陸とデディア大陸を俯瞰した時、明らかに魔素や精霊素がそれぞれの中で淀んでいたのだ。
全体としては緩やかに世界を巡りつつも、ダンジョン内に点在していた魔素溜まりのように魔素が停滞しているところが各地にあって、それが私にはどうしても気になった。そしてその中の一つは、なんと迷宮に相当するところにあった。
きっとこの淀みはいずれ大きくなり、再び災厄をもたらす・・・そう思えてならなかった。
それぞれの大陸で停滞しがちな精霊素の種類が違ったり、そもそも循環しているにも関わらず種類ごとに分布の差異があること自体が問題なんだろう。
霧の里そのものも停滞の原因になっていそうだったので、霧の里を開くこと自体と、人族と魔族が両大陸で交わることの二面からこの問題に対処したい。
各国へ話を持っていく際には大陸ごとの生態系の違いからくる流通面への好影響を全面に押し出すくらいしかできないが、人は未開の地への興味を往々にして持つものだ。きっと徐々に交流は大きくなるだろう。
元の世界だってそれぞれの民族がそれぞれの土地で丸く収まっておけばいいのに、そうできない探究心が外の世界を求めさせる。外の世界との調和に失敗すれば戦争が起きることになるが、探究心は少なからず満たされる。
一応交流の一助にと画策していることもあるけれど、その案がどう転ぶかはよく分からない。
上手くいけば世界はより成功に近づけるはずだ。
「まぁ、なんとかなるよ。それに私、女神らしき人物のお墨付きももらったし」
みんなが私の案に対してどの程度不審がっているかは分からないけれど、ガイナが後ろ盾になってくれていることを仄めかして、とりあえずこの場は収めてしまおう・・・そう思って付け加えたら、みんな目を見開いて驚いた。
「ガイナのこと、ね」
キャスカの言葉にペイネとディモンはさらに驚きを重ねる。
「キャスカ、女神に直接名前を聞いたのかい?それにソロジー、いつの間にそんなことに・・・」
「そうよ、私たちにそんな素振り、全く見せなかったじゃない」
ペイネとディモンの言葉からは仲間としての不満が感じられる。
そう言われましてもついさっきのことだし、何なら私だってガイナの話には、「え、そんな急に、というか今更言われても・・・」と戸惑ったばかりだ。
「コアとの戦闘中にね。ともかくそういうわけで、多分方向性としてはこれで良いと私は思ってる」
「そっか、あの時・・・」
キャスカは何となく察したようだ。もしかしたら同じような経験があるのかもしれない。
「じゃぁソロジーは女神の言葉を得た・・・勇者ってこと?」
「そういう直接的な称号は何も言われなかったから、違うんじゃないかな。そもそも英雄だって魔王だって人が勝手に言い始めたことでしょ?」
答えつつ、いや違うかも、とも思う。ガイナは物語のための要素をいくつも世界に散りばめたと言っていた。英雄とか魔王とかの称号もそれに含まれるのかもしれないし、もしかしたらそれらの一つに勇者が含まれているかもしれない。
うん、とりあえずこの件は無視しておこう。考え出すとキリがない。
「ともかく、今後はひとまずポロアスト大陸を巡るつもり。ダンジョンもひと段落したってことになるだろうし」
「いいんじゃないかしら?そもそも一番初め、パーティを組んだ時に既に、ダンジョン攻略は通過点ってことは聞いていたわけだから」
「そうだったね。うん、僕も良いと思う」
・・・よかった。内心、もしかしたら自分の我儘にこれ以上付き合ってもらえない可能性も少しあるかもと思っていたから。
そしてもう一つ付け加えることがある。
「それと、キャスカ込みで話を進めていたわけだけれど、あなたも来てくれる?」
いなくても何とかなるが、どう考えたっていてくれた方がいい。
キャスカは私の目をじっと覗き込むように見据え、こくんと頷いて答えた。
「えぇ。あなたたちと行くわ。私をパーティに加えて頂戴」
その言葉に私は自然と笑顔になる。
「4 人も、いいかな?」
パーティメンバーにも確認するが、話の流れ的にそうなることを察していたのだろう、みんな頷いてくれた。
「じゃ、具体的な方針だけど、今から魔王エテのところに行って計画の説明をして、私たちはダンジョンを出ます。キャスカは人族領側のダンジョンには入れないから、霧の里のポロアスト大陸側で合流しよう。何か質問は?」
「私たちも霧の里から出ればいいんじゃないかしら」
あー、そうね。それも考えたんだけど。
「実は今天使がここに向かってるらしくて、その対応が必要そうなんだよね。だからそれ込みで私たちはダンジョンから戻ることにした」
「へぇ・・・天使・・・」
ディモンが気の抜けた声を出す。ふむ。そういえば天使の存在についてはガイナから聞いて把握したけれど、私も天使にはまだ遭ったことがあるわけじゃないな。
「うん、天使」
魔王エテは、延々と守護の役目を果たしてきたダンジョンという世界の平和の形、その代案である私の案に賛同してくれた。
聞けば、攻略者が出始めたために次の段階へ移行する必要性があることは分かっていて、私たちの案は都合の悪いものではないから、ということだった。
説明し直すのが面倒だから始めから屋敷で話せばよかったな・・・。
新たにデイブレイクに加わったキャスカとしばしの別れを告げ、私たちは本当に久しぶりに南ベースを目指した。
ちなみにガオランは舞台に残って修行するつもりらしい。
シェリーこと魔王ゲオス=4=ケルオスが消失していないことはガオランには伝えている。
私たちに付いて来てもいいけれど、本人としてはシェリーにはちゃんと力をつけて再会したいとのことだった。




