111 運命共同体
*** ハル ***
少女ガイナは、前もあなたに話したことなんだけど、と前置きした上で語った。
「あなたは私の世界で、私の世界をうまく回すために活躍してもらう、そういう役目を私から託されていたはずなの」
「ただそれがどういう結末になるかは私にも分からない。私にできるのは舞台を用意するだけで、代わりに舞台にはいろんな装置を・・・物語のきっかけを散りばめたつもり」
「あなたを転移させたのは私だけど私じゃなくて、ともかく言っても分からないと思うから説明は省くけれど、あなたは元の世界で死んだの」
「死んだって言っても、異世界に転移するよう私が仕向けたから、今あなたは生きているし、それから元の世界に戻ることもできる」
「元の世界に戻るにはこの世界が “成功” しないといけない。これも説明は省くけど、あなたと私は少なからず運命を共にしているの。だから私は、あなたの命を救った御礼という名目で、あなたにお返しとして私の世界を良い方向に導いて欲しい・・・」
ふむ。
なんというか、一言で言うとヤバいな。
私が元の世界で死んだらしいことは異世界転生の謂わばお決まりだから、まぁそうなんだろうなと思っていた。むしろ元に戻れる可能性があるとの知らせは素直に嬉しい。話し振りからは私に選択権があるようだし。
ヤバいと思ったのは私自身の境遇ではなくこの少女のことだ。
・・・運命共同体だと?神にも等しい上位存在が人間ごときに行く末を左右されるだなんて、どういう理の世界で生きてるんだか。
今から RPG プレイしてもらうけど、バッドエンドだったらお前も死ぬから・・・ってことだろう?多分。全くもって恐ろしい。
しかしこの少女は自身の置かれた状況に対してそれほど悲観的な様子もない。
というかさっきから、声だけだった少女の姿まで見えているんだが?
そして少女はというと、声から想像されたまま、成長した暁には清楚系の最上位に君臨できるだろうと容易に想像できる容姿の持ち主だ。
少女から視線を移し、あたりを見回す。ここは彼女の部屋だろうか?机の上に置かれた、地球のような星らしきものが入った球が無性に気になる。
・・・まさかこれが “世界”?
赤道付近の二つの大陸、大規模に循環する魔素、精霊素。雲に隠れていようと、これは紛れもなく私が生まれ育った星・・・そうとしか思えない。
「それって、私が直接関わるのは決定事項なんですか?」
意識をガイナとの会話に戻す。ガイナの話だと、世界そのものがうまくいきさえすれば別に私は関係ないように聞こえる。そもそも何が “成功” なのか、話している本人が分かっているのかどうかも怪しい。
「私の中では決定事項です。だって、そのためにわざわざ助言を与えてこの世界に転生してもらったんですから」
そう言って微笑んでいる。
いや、だからその助言をもらってないという話なんだが。
「・・・あ、まぁ、結局今伝えてるので・・・予定調和かな」
本人も気付いたようで更に付け加えた。
もう一つ聞くことがある。
「もしかして、あなたの言う運命を共にするっていうのは、この世界が失敗に終わったらあなたが消滅して、それに伴って私が今いる世界も・・・ってことですか?」
「えっと、そういうことになりますね」
あらあら、とでも言い出しそうな雰囲気で答えられた。
これはあれだ。やっぱり私が主人公でしたパターン、だ。
遂にその確証を得たことに嬉しいような気持ちと、反面、一気に世界の運命を背負った・・・背負わされたのだと気圧される気持ちが湧いてくる。
ガイナの言い分は簡単にまとめると、
「最終的に世界が上手くまとまれば成功で、世界の中でそう仕向ける事ができるだけの情報は転生者であるあなたに託したから、お願いしますね。ちなみに失敗したら私も、それから世界もおしまいです。ついでに言うと何が成功かは不明です」
ということになる。
いやどうしろと・・・。特に最後のところがまずい。一応、平和な終わりが望ましいらしいことをガイナは言っているが。
・・・というか、ガイナと同じ立場の人物がいることや他の世界の存在を、こんなに簡単にほのめかしていいのか?ナユタさんやキャスカの例があるから予想できたことではあるけれど。
彼ら転移者の元の世界は成功したから残っているってことなのだろうか?それともまだ判定前とか。
うーん。
悩んでも仕方ない。私は私の世界のことを考えよう。
「ところでガイナさんは、今ガイナさんの世界に起きていることはどれくらい把握していて、各出来事の世界にとっての善悪はどれくらい分かるんですか?」
いつまでもここに留まれてしまいそうな気配があるけれど、戻らないといけないことは分かったので必要なことを確認する。
よくぞ聞いてくれました、とでも言いたげな顔でガイナが答える。
「私が把握できるのは、大きな規模で共通に意識されたモノです。例えばそれは一昔前ならアポロアとか魔王ゲオス=4=ケルオスとか。今ならそうね、オヴァリ=エンダが筆頭かしら?正直に言って、あなたは私が転生の際にマークしていなかったら、私の包囲網に引っかかったか微妙なラインです」
へぇ。つまりよく分からないってことだろうか?
「善悪というより快不快の方向性でなら、なんとなく分かりますよ。例えばエンダは快で、あなたのお仲間のペイネ=ボウェルも快ね」
ボウェルが大規模に意識されてる・・・?なんだろう、得体の知れない組織の気配を感じる。
「それで、今この世界には不快を一心に集める存在がいるのでしょうか」
「えぇ、一つあるわ」
一呼吸置いてガイナが答える。
「迷宮の意思よ」
・・・うん、そうだろう。そうだと思っていた。だけど分からないことがある。
「誰がコアを敵視しているって言うんですか?コアはほんの少し前に誕生したと、私は認識しているのですが」
私の問いにガイナは、そんなの決まってるでしょ、とでも言いたげな軽さで答えた。
「天使たちよ」
・・・天使。やっぱり実在するんだ。
アポロア記の記述通りだ。ならば悪魔や精霊の王も、この世界にはいるのだろう。
そしてアポロアの時代に存在したとされる悠久の時を生きる伝説たちも、あるいは。
私が今やるべきことも分かった。とりあえず一度帰還しよう。
それが私のためであり、ガイナのためであり、そして私の世界のためのようだから。
それに、
「また来ますから」
ここへの道筋はすでに覚えた。そしてそのために身を置くべき “体系” も。
ガイナは今やはっきりと私と目を合わせて言う。
「無理を押し付けているのだと、実は承知しています。・・・本当よ。だけど私はあなたを、あなたを選んだ私自信を信じてるの」
その自信を少しでも分けて欲しいと思う。
「私には、私の思うようにしか私を動かせませんから」
そう告げて私は彼女の部屋を去った。
*** フェイト=キャスカ ***
(何が起きているの・・・?)
目の前で繰り広げられる光景に、私は次の攻撃のための予備動作も忘れて呆然としてしまう。
「ごめんね。でも、さよなら」
少しぼうっとしていたように見えたソロジー。しかし戦闘に意識を集中し直したかと思うと一言告げて、それからは一方的な展開だった。
これまで風魔法らしき魔法を主体に戦っていたソロジーは、気付けば風魔法を解いていた。
そして新たに構築され、刀を振りかぶるのと同時に行使されたらしい魔法は、確かにそこにあるのだということはダンジョンコアが削られているために理解できるけれど、私には視認できないものだった。
私こそが特別だと思っていた。
今この場では私だけが、私同様この世界の異物であるコアを葬り去れるのだと。
(何だって言うのよ・・・ソロジーも “そう” ってわけ?)
考えられるのは彼女も何かしら特別な存在なのかもしれないということと、そもそもこの世界の問題にはこの世界だけでも対処できるようになっていたのかもしれないということ。
いずれにしてもソロジーの不可視の攻撃は瞬く間にコアを削り、コアの存在感を希薄にしていき、そして遂にはコアを虚空へと消してしまった。
チリーンッ───
そして、この戦いの始まりを告げたあの音に似た音が、ソロジーを起点に凛と鳴る。
「・・・どうなったの?」
後方で次の攻撃のタイミングを待っていたデイブレイクの一人、ペイネがソロジーに尋ねる。
ソロジーはしばらくの間コアの消えた虚空を見つめていたけれど、何かに納得したように一つ頷くとペイネを振り返って答えた。
「うん、安心していい。コアは倒したから」
えっと・・・?本当にあの耐久力お化けのコアが、さっきの攻撃で倒されたの?
「どうしてそう言えるの」
つい聞いてしまう。
「コアを魔素の塊として取り込んで、それからダンジョンに還元した。まぁ全部じゃないけど」
「そんなこと・・・」
そんなことを、あなたがどうしてできるって云うの・・・?
私の気持ちを察したようにソロジーは続ける。
「この世界の神様みたいな存在にどういうわけだか遭遇して、私は私の力を理解した。その結果ってことだよ」
神様。
その単語は私の脳裏に、あの軽やかな声を思い出させる。どこかあどけないあの声を。
「それは “あの少女” のこと?」
私の問いに、ソロジーは口元を寄せて耳打ちして答える。
「そう、ガイナのこと」
そうだ、ガイナだ。あの少女の名前。
・・・ソロジーの返答は実際のところ、私にとってどういう意味があるんだろうか。
分からないけれど、私は無性に悲しくなり、何故だか寂しくなり、ついには底知れない虚しさが襲ってきて涙が頬を流れ始めた。
そして私は、彼女の慈愛と慰めを感じさせる表情の中に不自然な余裕があることに気付いてしまい、一つのことを確信した。
「あなたも・・・あなたも転移者だったのね」
他の誰かには聞こえないように私も彼女の耳元で囁くと、私が本当の名前を知らない彼女は、私をまっすぐに見てゆっくりと頷いた。
*** シェリー ***
ソロジーの振るった刀は俺にすら知覚できない何らかの魔法でコアを削り、削られ断片化したコアはソロジーの制御下に組み込まれていった。
コアの中、最奥に潜んでいたというか押し込められていた俺は次第に体の制御権を取り戻しつつあるのを感じたが、それよりも早くソロジーがコアを侵食していく。
(俺ごと回収しきるつもりか?)
そうなると、どうなる?ソロジーの中でコアは今や純粋な魔素に分解されているようにみえる。
俺もそうなってしまうというのか?
ついさっき遭遇したばかりの、ぽっと出もいいところのこんな若い冒険者に、混沌の魔王たるこの俺が消されるというのか・・・?
奴らはコアが暴露したせいで俺が旧時代の魔王であると知っているようだ。ならば尚更、俺を救い出す必要性を感じることなど無いだろう。むしろ彼女たちたちにとって好都合か。
どうにかでき・・・そうにないな・・・。
そもそも攻撃の仕組みが解析できないせいで対抗手段に至れない。一体あの攻撃は何だ?天使や悪魔の究極魔法陣に類するものでもなさそうだが、あらゆる敵を下してきた俺が知らない魔法となると見当もつかない。
この 1000 年で新しく開発された魔法ということもないだろう。
ついに侵食が俺にまで及び、俺はなす術もなくソロジーの中へと組み込まれた。
・・・。
・・・。
いや普通に意識があるな。どういうことだ?
「あ、気が付いた?」
・・・ソロジーか?
「多分大丈夫と思って分離してみたんだけど、どうかな」
「それは俺をコアから、という意味か?」
「そう。なんならコアの自我も残してあるんだけど」
俄には信じがたいが、わざわざ嘘をつく意味もないだろう。今俺はこいつに生殺与奪を握られているのだから。
「俺をどうするつもりだ」
「どうして欲しくてそう聞いてるのか、聞いても?」
「どうして欲しいも何も、解放されるのが最善と答える以外にないな」
いやそもそもそんなことを聞くこの過程自体に意味があるのだろうか?俺に選択の余地など無いように思うが。
不可解な心持ちでソロジーの返答を待っていると、思わぬ方向に話を振られた。
「ちょっと聞きたいんだけど、『いずれ理の方からやってくる。真実が開かれる』って、何のことか分かる?」
「何だそれは」
「デンス=トレスっていう猛者から聞いたことなんだけれど、あなたなら何か知ってるんじゃないかと思って。アポロアの時代の覇者であるあなたなら」
デンス=トレスと言ったか?・・・まさかデンストレスのことか?
いやきっとそうに違いない。こいつのような、ソロジーのような強者ならばヤツと遭遇していても不思議ではない。
そうか、奴もどこかにいるのだな・・・。
それにその言葉に、思うところがないわけでもない。俺の中にずっとある違和感がそれと関係しているような気がする。
「その文言はともかく、デンス=トレスではなくデンストレスだろう。デンストレス=1=ガンフォート。破壊を象徴する魔王だ」
心の声とでも呼ぶべき状態で話しているにも関わらず、俺はソロジーが驚いたことを感じた。
主人公は別にキャスカでもエンダでも、なんならディモンでもいいんです。
スポットの当て方と捉え方次第なのだと思います。




