109 英雄の道標
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リーンッ・・・リーンッ・・・
その澄んだ音は天界や冥界にまで響き渡り、天使や悪魔にさまざまな憶測をさせることとなった。
果たしてこれは世界に平穏をもたらす鎮静の鐘か、或いは混沌を呼ぶものか。
「まさかビザールが・・・?」
天界の門番ドゥールーズが呟く。天使を喰らい、目的が達せられないと知るとあっさり引き返した悪夢のような存在。天界にまで届いたこの音にはどうにも、あの悪夢の残滓とでもいうべき気配が混じっているように感じられたのだった。
「いやしかし、それだけではない・・・」
そう、それだけではない。
ドゥールーズには、ビザールの気配以上にはっきりと感じられたものがある。
それは世界の異物たる存在に神経を尖らせていた彼ら天使たちだからこそ、余計にはっきりと音の根源から選り分けられた。
世界の異物とはすなわちダンジョンであり、あるいはダンジョンに由来する魔物たちである。
遥か彼方の時代から女神の言葉を集めてきた天使たちが危惧していたのは、この世界に決して馴染むことのないモノで、つまりは異世界に由来する異物の象徴たるダンジョンこそ最も警戒すべきモノであった。
精霊王に言わせれば女神の言葉から導かれる異物は異世界人ということになるのだが、人の生の短さを軽んじる天使たちは、構造物として、あるいはシステムとして存在し続けるダンジョンこそが脅威そのものと捉えていた。
そして今まさにこの考えが、一つの音によって裏付けられたのだとドゥールーズをはじめ多くの天使たちは確信した。
「聖戦の時・・・!」
女神の示唆する世界の崩壊を止めるための戦いは、天使たちにとって聖戦以外の何物でもない。
例えたった一人の闖入者に自分たちの力に対する自信を掻き乱されたばかりだとしても。
例えその舞台が天界ではないとしても。
彼らは赴かなければならない。
それが彼らの使命であり、天命であり、彼らが人族や魔族を超えた存在たる天使である理由なのだから。
ドゥールーズが門から離れず進撃の知らせが来るものと信じ待っている間、天界でも一際目を引く白亜の城の一室では大天使たちが意見を交わしていた。
「あれは確かに異物の音、これこそ女神様の危惧と言わずして、いつ我らの力を使うというのでしょう?」
「そうだ、こうしている間にも地上では世界の崩壊が始まっていることだろう。急がねば」
「しかし悪魔たちはどうする?奴らが気付いていないとも思えない」
「悪魔に構っている暇などないが、悪魔どもはどうせそれぞれで好き勝手に動くだろう。我らの力を結集したならば取るに足らない」
「道の問題がある。だからあれほど降臨点の開拓をと声を上げていたのに」
「どうやら音はポロアスト大陸中央からのようですね・・・イアが戻っていれば違ったのかも知れませんが、致し方なし。迷宮の降臨点からになるでしょう」
音の出処に倒すべき敵がいるという前提に対する反対意見は無く、確実に諸悪を断つための算段がつけられていく。
そして数刻の後には、地上への侵攻が決まった。
「やれやれ・・・そんなに意気込むようなことでもないでしょうに・・・」
眠たげな表情で会議室を後にする面々を見送ったオーパ=エックは、静かになった部屋で天を仰いでつぶやいた。
「それに私に天界の守りを一任するとは・・・これはこの先 500 年分は貸しですね・・・」
ビザール戦でも値千金の働きをした魔法陣の申し子エック。天使たちは、
「お前はどうせここから動きたがらないだろう」
と、天界に残る代わりに天界の守護をエックに押し付けることを一方的に決めたのだった。
「まぁ、いいんですけど。クルーズ様もこちらですし」
エックにとって安寧の地である天界への侵略をエックがみすみす見逃すわけもないだろうという、天使たちの裏返しの信頼をエックも理解している。
そして実際、エックは地上に降りるのは面倒だとも思っている。
「無駄足になる可能性だって、無いわけじゃあないですからね」
独り言を重ねるエック。特別な魔法陣を施した彼の両眼は、天井ではない何かを映していた。
天使たちが迷宮の降臨点を目指し始めた頃、迷宮では激しい戦闘が繰り広げられていた。
その中心で剣を振るのは再来のエンダである。
エンダの剣の切先には、いかにも悪魔といった様相の者達が多様な武器を手にしている。
機能が停止し、統率を失った迷宮。今まさに敵対している悪魔のような見た目の敵も、迷宮の中で新たに生まれた魔物だろうと、再来をはじめギルドから派遣された冒険者達は考えていた。
・・・しかし彼らは悪魔のような魔物ではなく下級とはいえ悪魔そのものであり、その実態はグロームを中心に活動するダブルホーンの構成員である。
魔王ケルオスの復活が中途半端な形で成された後、ダブルホーンに対して上位悪魔ファルから出された指令の一つに、人族の上位戦力の調査という項目があった。
ファルが遭遇した異端や天使の動向調査は殆ど進んでいなかったが、人族に関係するこの指令は手を付け易いとリーダーのファーラは考えた。なぜなら全てのきっかけである迷宮という恰好の舞台が既にあり、あとは足りない役者を配置するだけだったからだ。
ダブルホーンの中でも特に戦闘に長けたメンバーを選抜し編成したファーラ。
ギルド経由でいくつかのパーティを迷宮調査に潜り込ませる傍ら、この作戦の実働部隊たる戦闘員達は迷宮で本来の姿を解き放ち、迷宮の魔物を装って人族でも上位の戦力と激突することになった。
*** オヴァリ=エンダ ***
探索組による開拓が中々進まず、一方で僕たち地上組の応戦が要領を得始めていた頃、その人型の魔物たちは現れた。
獣人と呼ぶには禍々しく、悪魔と呼ぶには覇気とでも言うべきものに物足りなさを感じる、そんな姿の魔物。キメラが人を土台に体を作ったと言われたら、あぁそうなんだ?と納得してしまうかもしれない。
「迷宮にあだなす者たちに報いを!」
徒党を組んでいる彼らの一人が、はっきりと告げる。
(・・・明らかにこれまでの魔物とは違う)
僕だけでなく、その場に居合わせた誰もがそう思い、少なからず戸惑っただろう。何せこうもはっきりと人の言葉を話されては、ギルドの依頼に始まった迷宮での戦いが人対魔物から人対人という関係性に変わってしまうから。
対人戦。それは単に敵の知的レベルが高まるだけでなく、彼らの背景にあるもの全てを敵に回すことになる。・・・もしかしたら迷宮の中で、新たに国の先駆けのようなものが興っているのかもしれない。あるいは迷宮に生まれ落ちた新たな種族が地上の領土を求めているのかもしれない。
要するに、“ダンジョンの魔物” ではなく “ダンジョンが生み出した組織” と敵対している可能性が生じる。
そういった気掛かりもあるのに、もっと直接的に僕たちに影響するのは、対人戦は相当疲れるということ。それは身体もだけど、むしろ精神的な側面の方が大きい。
(いや、でも、僕たちがやることは変わらない)
自分に言い聞かせる。
人族に敵意を向けるのなら、今ここで倒す以外に選択肢はない。
「人族の平和のために・・・!」
自然と、魔物の言葉への返答が口から出た。
大仰な気もするけれど、僕はそう言葉にするのが自然に思えた。
・・・そして始まった戦いは壮絶の一言に尽きる。
彼らもそうなのかもしれないが、僕らは僕らでパーティのような集団を相手取った戦いは想定していなかったし、慣れていない。
お互いの前衛同士がぶつかってそれを中衛と後衛が支える構図から、いつの間にか似通った役割の者同士の一対一での戦いに戦局が移り変わっていった。
逆に、補助に回るノトや後から参戦したドラゴンロアのフェイムさんを除けば、直接戦闘に当たっている人数が同じであることにその時点で気付く。・・・たまたまだろうか?
「オラァぁぁぁ!」
片手剣を手に僕と対峙するのは敵対の言葉を最初に叫んだ一人。霧魔法、闇魔法、身体強化に長けていて、もしディモンと戦ったらこんな感じなんだろうかと思わせるような戦い方だ。ただ口調や態度が荒々しくて、その点は似てなさそうだけど。
(むしろ水魔法の方が相性がいいのか・・・?)
どの魔法が、どの攻撃が正しく敵の戦力を削ぐのか、戦いの中で試行錯誤していく。初めての敵との戦いはいつもそうだけど、この過程の有無が僕は重要だと思っている。
そしてそのためには守りの型が必要で、マルト流の真価が発揮される場面だと感じる。
・・・それにしても、どうにも違和感があるな。
何がどう違和感として感じられているのかうまく表現できないけれど、この敵そのものに理由があることはわかる。
片手剣。霧魔法。獣人?身体強化。背丈や骨格。声・・・。
剣を交え、魔法を交え、僕たちは戦いにのめり込んでいく。
周りで戦っているはずの仲間たちの気配が希薄になり、どんどん集中が増していく。
正直に言って、ここまで僕と対等に戦える “人” がいるなんて驚きだ。再来での日々は僕を確実に強くしたし、それを自分でも認められるだけの魔法技と剣技を身につけた自信がある。
今ならロッキンガム大祭で僕が負けることになったファーラさんにも勝てそうだ・・・。
そう考えて、僕はふとファーラさんのことを強く思い出した。そしてファーラさん同様グロームから参戦していたゴスさんのことを。
確かゴスさんは一回戦でソロジーに負けたんじゃなかっただろうか?あまりにも早い決着に、彼の戦闘スタイルはわからずじまいだった覚えがある。
けれど覚えていることもある。その背格好、雰囲気・・・。
そして僕は、違和感の原因に気付いた。
今まさに僕と戦っている彼こそがゴスで、ならば、必然的に彼らはダブルホーンということになる。
「ダブルホーン・・・!」
思わず、僕は僕の中に沸いた予想を言葉にして漏らしていた。
僕の言葉を聞き逃さなかった僕の目の前の魔物・・・いやその実態は悪魔だろう彼、ゴスがニヤッと笑った。
***
確実な証拠がないまでもエンダが迷宮から現れた新興勢力の正体を察して間もなく、武装して天界を離れた天使たちが迷宮の降臨点に降り立った。
突如として、それも続々と現れては南西を目指す天使たちに唖然とする人族の精鋭とその敵。
天使たちの殆どは真っ先に降臨した大天使の一人の指示に従い、地上に構うことなく迷宮からすぐさま離れていく。
とはいえ大天使とて迷宮の入口で繰り広げられていた戦闘を見逃したわけではない。
明らかに悪魔とわかる存在に対して、人族の戦力を鑑みた上で数名に助力を指示していた。
弓をつがえて人族側に回る数名の天使。遠距離戦を得意とする戦力が投入され、流石に分が悪いことを察した悪魔たちはすぐさま迷宮への撤退を決める。
退路を確実に確保しつつ迷宮へと引き返していく悪魔たち。
「ふん、さすがに下級悪魔。身の程を弁えているようだな」
この場に残った天使の中でも上位戦力にあたる一人が言う。
「ここで時間を取られるわけにもいかないか・・・。人族の戦士たちよ。悪魔への対処はお前たちで事足りよう。我々は聖戦へ赴く・・・!」
彼は冒険者たちにそう言い残し、留まっていた天使たちを引き連れて、他の天使たち同様南西へと向かった。
「何だったんだ?一体全体」
天使たちの背中がまだ見えているうちからグレイモアが疑問を口にする。
「迷宮の魔物を悪魔って言ってたようだが、あれが悪魔だったのか?ならば今の彼らは天使、なのか?」
ナユタが更に疑問を重ねる。
「天使・・・。実在したんだ・・・」
悪魔たちがいなくなり少し気が抜けたこともあるのだろう、ノトは少し遠い目をしつつ呟いた。
ドラゴンロアの面々も再来同様に突如現れた軍団に面食らっていたようだが、彼らは生来の豪胆さもあるのか、早くも悪魔との戦闘の追想に耽り始めている。
敵も味方も誰一人欠けることがない戦闘。これほどに珍しく、そして経験の糧として最上のものも無いだろう。ドラゴンロアは降って沸いた好機をすぐさま自分たちの力に還元することを優先した。
口々に意見を交わす再来のメンバー。普段なら真っ先にそこに加わるだろう一人、エンダは、珍しくじっと佇んでいる。
天使たちが降り立ったところをぼうっと眺め、そして両の掌をまじまじと見つめ・・・。
自らも精霊であり、この世界の精霊をみる力も再来の中では群を抜いているレイネだけが、エンダが一人ぼうっとしている理由に気付いた。
(光の精霊があんなに・・・)
レイネは目を見開いて、エンダを取り巻く精霊の流れを追う。
そしてレイネが感じた以上に、エンダは自身の身に起きたことを理解し、驚いていた。
(こんなに光が・・・暖かい・・・)
誰よりも精霊に愛され、誰よりも精霊に馴染む、オヴァリ=エンダという現代の英雄。
天使に付き従っていた膨大な数の精霊素が降臨点に集中し、そして地上という天界とは異なる環境に戸惑ったほんの一瞬。
残っていた天使たちも去った中、他でもないエンダが迷える精霊素の受け皿となり、もはやレイネだけでなくその場に居合わせた全ての冒険者が光の精霊素を視認できるほどにエンダが光を纏ったことは、英雄の肩書きを背負った彼が通るべき運命の一つであった。




