108 二度目まして?
*** ガイナ ***
私が創った世界に散りばめたいくつかのキーアイテム。
今まで一度も使われたことのなかったそれらのうちの一つが、初めてちゃんと使われた。
鍵の形のそれは私に繋がるためのもの。
アイテムの中では、世界に属する存在に対して直接的な力にはなりにくいもの。
(あら?さっきまでも何回かあった気がしたけど、もしかして勘違いだったのかな・・・)
今まさに "錠" を開いたそのアイテムは確実に役割を果たしているけれど、これまでも数回似たような気配を感じていた。勘違い・・・なのかな。
まぁそれはそれとして、やることは決まっている。
この "鍵" に私が付与した役割は、私を認識させ、私と対話することができるというもの。
創世の時から設定していた機能に私自身が背くわけにはいかない。
鍵が導いて、私の世界の住人が私の意識に浮かんでくる。
(・・・あれ、キャスカじゃない・・・?)
ついさっき鍵の力を不完全な形で使って私に語りかけていた気がしたから、てっきりまたキャスカだと思ったのに。
・・・というかこれ、神代晴だ。
転生のあの日から彼の存在の捕捉は途切れ途切れで、一応生きてはいるらしいけれどイマイチ何をしているか分からないなかったのに。
ようやく彼自身の言葉を聞ける。そう思うと、私は私の世界の是非を突きつけられるような心持ちになった。
私の世界の良し悪しを。
「久しぶりね」
年頃の女性の形で私の意識に現れたハルに、私は感慨深さを込めて声をかける。
指向性のあまり高くない存在として私の世界で過ごしていたのだろうハルだけれど、こうしてみるとその存在のあり方は世界そのものへの理解の高さを如実に表していると分かる。
「私の力が必要になった?」
無言のままのハルに更に問いかける。
「・・・えっと、あなたはこの世界の神か何ですか?」
そして口を開いたハルの言葉に、私は少なからず戸惑ってしまった。
*** ハル ***
鍵は初めから決まっていたかのように私の一捻りでどこかへの扉を開くと、私を隙間へと、形の無い情報の濁流へと誘導した。
そしてその過程で、隙間の隣で整然と敷き詰められているように感じた "情報群" すら、無数の情報の上澄みを見ていたに過ぎないのだと図らずも知ってしまった。
・・・これは “製作者” の意図だろうか?私が私自身に由来する全てでもってしても、この情報の密度という隔たりを超えてここに辿り着けたかどうか怪しい。
しかしだからこそ、私は鍵に導かれたこの道筋が、キャスカを否定した上で想定した終着点に繋がっているように強く感じられた。
道すがら新たに情報体としての自分の輪郭が確立されたことを自覚する頃、綺麗な声が私に投げかけられる。
「久しぶりね。私の力が必要になった?」
・・・もしかして二度目ましてですか?全く記憶に無いんだが。
疑問符が沸いてくるのをそのままにしていては話が進まない気がして、私は思うままを言葉に変える。
「えっと、あなたはこの世界の神か何かですか?」
私の言葉に、声の主が動揺した気がした。
「もしかして私のこと覚えてないの?そんなことあるかなぁ・・・。トラミに聞かないと」
そしてどこかに行こうとする気配を感じる。いやちょっと待て。こんな気味の悪い姿のまま放置しないで欲しい。
「ちょ、ちょっと!私といつ会ったって言うんですか!?」
私の声に少女の声を発する存在が立ち止まったような気がした。これも気のせいかも。よく分からない。
少女の声が答える。
「もちろん転生の時よ。この "鍵" のことだって、ヒントだけだけど伝えたでしょう?」
いや、何のことやら。さっぱり記憶に御座いませんが・・・。
「クレア=ソロジー。いえ、神代晴。もしかして元の世界に戻る手立ても、そのために私がお願いしたことも、全く覚えていないの?」
不安げな声で聞いてくるが、私も明らかな上位者に対して嘘をつけるほどの度量はない。
「そうみたいですね、残念ながら・・・」
そして私はこの世界のことを、本当の意味で私にとって異世界なのだと認識することになった。
元の世界にハルという存在が確かにあり、その上で世界を渡った存在という意味で。
ガイナと名乗った神か何かの少女が語る───
*** シェリー ***
コアとの綱引きには負けたものの、コアが俺の中で居場所を確保していたように、俺は俺で自分という明確な形を保ち続けることに成功した。そしてコアが迷宮の力を純粋に “力” として、乗っ取った俺の体に集めていくのが分かった。
コアの視界を覗き見ていると、外に待機していたデイブレイクがこいつを倒すべく動き出した。
俺が剣を交えたのはソロジーだけだったが、なるほど序列戦をパーティ単位で制しただけのことはあると思える動きを全員がみせていた。
しかしやはりというかソロジーは別格のようだ。
(こいつ、俺を相手に力を出し惜しみしてやがったのか)
そうとしか思えないほどの魔法技でコアを拘束し、味方全ての攻撃の優位性、潤滑性、さらに安全性までも生み出している。
(予想していたことが幸い当たったみたいだが、やはりコアはそれ自体が戦闘に向いているわけではないな)
攻撃を受けるばかりで攻めに回れないコアの様子は、ビザールと戦ったときと同じことを俺に考えさせた。
そしてそれは力を得たことで如実に浮き彫りになり、デイブレイクの・・・ソロジーの細やかな魔法がその綻びをきっちり突いている。
忌々しいことだが、俺はデイブレイクの戦闘を見ているうちにアポロア=パーソルのことを思い出した。
やつは俺以上に魔素に愛され、精霊に愛され、運命や異なる世界にすら愛されていた。それゆえに奴の魔法剣技は奴のエゴの全てをそのまま威力に換えたような傲慢な美と力に溢れ、敵である俺すら戦いの最中、不覚にも奴の力に微かに憧れの念を抱いてしまったほどだった。
(くそっ・・・死んで尚俺を不快にさせるとは)
奴に足りないものは仲間が完璧に補っていた。アタッカーを主軸にした理想的なパーティというやつだろう。
しかしパーソルたちを思い出したのはデイブレイクが彼らに似ているからではない。
むしろ程遠いところにある。
似ているとすれば、光と闇というベクトルの違いこそあれ、キャスカの方だろう。
デイブレイクはソロジーという守りと補助の要が攻撃すら魔法の効果範疇に収め、全ての力が無駄なく敵に注がれている。
味方の攻撃の道筋を守り、攻撃する味方を守り、尚且つそれらを補助して。そうやって一つの流れがもたらされている。
(あぁ違う、剣を下ろせ・・・火魔法じゃない、後ろへ飛べ、そこは土魔法だが形が悪い・・・)
・・・ついつい俺自身が戦っていたらと思って、不甲斐無いコアの側に立った見方をしていることに気付く。
もしかすると俺はデイブレイクというパーティの形に、パーソルの時とは方向性の違う、しかし同じくらいに惹き付けられるある種の理想を見ているのかもしれない。
回復だけは無尽蔵にも思えるコアとの戦闘が滞ってきた頃、デイブレイクは陣形を変えた。
前線の 3 人が引き、これまで補助に回っていたソロジーが刀を抜く。
(良い武器だな・・・)
漆黒の中に光を宿す刀という武器。カース流には向かないが、武器そのものに洗練された趣きがある。むしろ俺の今の小さい姿ならば、インディゴグレーのような大剣ではなく刀の修練に励んでみるのも良かったかもしれないとすら思えるほどに。
まぁ流通していないようだったから無理な話だが。
ソロジーは刀を抜いたものの攻撃はほぼ風魔法に割り振って、刀はコアの粗雑な攻撃を凌ぐために構えている。
・・・これだけの魔法技を持っているなら、それも頷けるというもの。
単に風刃という言葉では足りないほどの、超密度でありながら鋭さも備えた攻撃がコアを削っていく。
先ほどのキャスカの一撃もあって、次第にコアは攻撃に力を回す余裕が無くなっている。
(これでもまだ俺に体を譲るほど弱っているわけではないようだな・・・)
俺は俺でコアと共倒れにならないための方策が必要だが、どうにも今できることが無いこともあって、なんとなく悠長に構えてしまう。コアとの繋がりや俺の居場所から逆転の道筋を逆算しようと頑張ってはいるんだが。
ソロジーの過激にすぎる攻撃は緩むことを知らず、徐々にではあるがコアを消耗させていく。
ソロジーの持久力次第では、時間はかかるにしてもいずれコアは敗北するだろう・・・そう思って戦況を上の空で眺めること数刻。
ふと気付くと、ソロジーはその手に鍵を持っていた。
(・・・何だ?あれは)
明らかに戦闘とは無関係に見えるその "鍵" は、しかし俺の直感を信じるなら、この戦局に今まさに必要なナニカに思えるた。
ソロジーは鍵を虚空に持ち上げ、錠を開くようにおもむろに傾けた。
・・・瞬間、俺はソロジーの存在が希薄になったような不思議な感覚をコアの中で覚えた。
今まさにソロジーは確かにコアと対峙している。しかし彼女の存在がぼやけて感じられ、風魔法の細部がうまく言葉にできないレベルで荒くなったが気がする。
あの鍵は何だ?
不自然な魔素の流れだけは見えるというのに、それがどう不自然なのか正しく表現できない。
マジックアイテムか、はたまた異世界人のアーティファクトか。
コアの中に押し込められているせいで外界の事象に対する感度が格段に落ちているのが分かる。
(何から何までコアのせい・・いや、あの悪魔共のせいか?!)
苛立つ心とは裏腹に、俺は俺の中の冷静な部分が、ソロジーと鍵の間に生じている現象を解き明かせと叫ぶのを感じる。
あれは単なるアイテムではないと、俺の本能が告げている。
ソロジーは放心しているとさえ思える状態になって尚、コアへの攻撃の手を緩める素振りを見せない。
意地だとか決意だとか、そういうモノでは説明できないある種の慣性で動いているのだろう。
例えばそれは、死を悟った、守るべき者を背にした冒険者のように。
そして、ずいぶん長く感じられた放心からソロジーの両眼に活力が戻ったかと思うと、彼女は改めて目の前の敵を見据えて告げた。
「ごめんね。でも、さよなら」
・・・急激に募る消滅への焦燥。
ソロジーという得体の知れない存在を忌避したいという感覚。
降って沸いたような俺という生への執着───
俺はソロジーが刀を振り上げ、スローモーションのように切先が孤を描くのを、どこか他人事のように見ていた。
*** ガイナ ***
ハルと話しているうちに、なぜだかハルの輪郭は朧げなものからはっきりしたものへと変わっていった。
もしかしたらハルも概念的存在になっちゃった?なんて、ありもしないことを考えてみたり。
「私には、私の思うようにしか私を動かせませんから」
そう言って背を向けたハルは、もう既に私の世界には収まりきれない、そんな存在感を纏っていた。
・・・きっと私の選択は間違ってなかったんだと、私はハルの思惑なんてそっちのけで私の個人的な想いを巡らせていた。




