104 ナイトメア
*** キャスカ ***
(ほんとに嫌になるわね・・・)
心の中で何度も呟いたことを、また呟く。
サイクロプスから始まった戦闘は既に 20 回を超えて、回数を数えるのも面倒になってきた。
現れるのはサイクロプス、ゴーレム、キメラ、ワイバーン、スライム、ゴブリンと色々で、ただ確実に回を追うごとに強さが増している。
一番厄介なのはキメラとスライムで、ダンジョンで遭遇した魔物たちとは全然違う動きをするから対処しにくい。キメラは頭が何個かあったり、スライムは不定形と見せかけてしっかりした形が部分的にあったり、大体動きに一貫性が見出しにくいせいだ。
(私を倒そうっていうわけじゃないのかしらね?)
(それは私にも検討がつきません)
常闇も私同様、状況はよく分かっていないまま戦っている。
私を倒したい、ただそれだけなら初めから一番強い魔物を出して終わりだろうけれど、そうしないのは何か別の理由があるのか、そもそもできないのか。
雑念を抱えつつも目の前の敵は確実に削り、そしてまた一体のドラゴンを消滅へと追いやった。
ガコン───
次の扉へと進もうと思っていたら、先に私がこの空間に入るときに通った扉が開かれた。
毎回先へ進んでいたけれど、何かの仕掛けかしら?扉の方を見ると一人の剣士が立っている。
(もしかして別の誰かが取り込まれたとか?)
そう思って剣士を観察していると、一度だけ姿を現したシェリーの紛い物がまた現れた。
「よう、元気そうだな」
ここへ私を放り込んだ張本人にそんなことを言われ、怒らずにいられる人はいないだろう。
「何よあんた!それにまた別の人が来てるじゃない!」
「あぁ待て」
私の事など気にも止めないで、そう告げたのは私にではなく男の剣士にだった。剣士は戦闘の構えをとり、魔法を構築して今にも攻撃しようとしている。
無論私も警戒を解いてはいないけれど、この分身に対して攻撃しても意味がないことを私は知っている。いや、剣士は私を攻撃しようとしているのかもしれないけれど。
「俺はここにはいない。お前の目的はここに無い」
「ならば先へ進むだけだ」
「先へ、ね。こいつを・・・キャスカを倒せたらな」
「はぁ?なんで私があんたに加担しないといけないのよ!」
「ここでは俺がルールだ」
あー、もう!あったまにくる!
どうして私がこんな訳のわからない状況に巻き込まれて、その上その元凶の肩を持たないといけないのよ!
「ねぇ剣士の人、こいつはあなたにとっても敵なんでしょ?協力しない?」
そうしよう。それにこの人からは普通じゃない雰囲気を感じる。歴戦というか、そういうものを。
「コアのため、お前を倒すしかないようだ」
・・・私の名案は一蹴された。
私に冒険者と戦えってこと?ここまで対人での真剣勝負は何だかんだで無かったのに、急に生き死にをかけろってこと?
考えが即座にそこに至って、私の中の冷静な部分と苛烈な部分が頭と感情を埋め尽くすのが分かる。
それを察したのか、私にとって都合の良い情報をシェリーは追加した。
「剣士はホムンクルスだから、元々、それから今も魔物ってわけだ。どうだ?戦う理由ができただろう?」
その言葉で私の苛烈が一気に冷静を塗り潰していった。
本当に彼はホムンクルスなのか?この世界でホムンクルスと呼ばれる存在がいるなんて今まで聞いたことがないから、シェリーの嘘かもしれない。
「ふん、余計なことを」
と思ったけれど、本人が肯定したので嘘ではないらしい。
(キャスカよ)
(何)
(妙に嬉しそうだな)
そんなこと、ないけど。むしろ明らかな強敵と戦うことになって・・・あれ、どうしてだろう。気が昂ってるせいか、常闇が言うように何故かこの状況が楽しいと思えてしまう。
シェリーがふっと気配ごと姿を消し、閉ざされた空間には私と剣士が残った。
「・・・フェイト=キャスカよ」
特に必要もないけれど名乗ると、男も名乗った。
「迷宮のホムンクルス、ビザール」
迷宮?
・・・もしかしてここも迷宮?まぁそれはどうでもいいか。最終的にシェリーに行きつけば分かるから。
「いくわよ」
「ふん」
そして私たちの戦闘が始まった。
・・・。
ビザールは多彩な魔法攻撃に正確な足捌きでの剣劇を織り交ぜるスタイルで、常闇を纏った私とは相性が良いと数手でわかった。
火球も風刃も光線も、常闇の影に減弱される。剣捌きがあまり上手くないことも相まって、私は私の得意な距離で・・・つまり影で強力に捕縛できるほどの近距離で戦える。
今更ではあるけれど、常闇の影をうまく活かすには近接かつ防御型という偏った戦闘スタイルが一番だとようやく分かってきた。
常闇という素晴らしい力を手に入れたはずなのにどうにもしっくりこないとずっと思っていた原因は、これまで敵対した武器を使う相手はその扱いが当然のように上手かったことと、そして大体の敵が私より大きかったため距離を取らざるをえなかったことだろう。
けれど問題もある。常闇で捉えて尚、尋常じゃない力で抗って私へと剣を振り魔法を放ち続けるビザールの、持久力の底が見えない。
もう何分、いや、何十分こうして戦っている?
ほんの数秒が嫌に長く感じられるせいで、時間感覚がすぐに狂ってしまった。
戦いの中で剣捌きが上達していることを感じられるほど私は剣を振っているけれど、それは相手も同じようで、図らずも高めあってしまっていることが無性に私を苛立たせる。
(あぁ!くそ!)
心の中で悪態をつき続けても表情の乏しいビザールからはもちろん返ってくる言葉なんて無い。
あぁ、そういえばホムンクルスなんだっけ、なら仕方ないか。
常闇を纏える時間が修行の成果でとても長くなっているとはいえ、それも永遠ではない。なら先に状況を私側から打開しなければ、この持久力お化けに屈してしまうだろう。
じゃあその打開策は?
次々と放たれる魔法を闇魔法で相殺しつつ、脳のどこかが焼き切れるんじゃないかと思えるほどに考えを巡らせる。
闇魔法?現状で限界。
雷魔法?距離が近いから無理。
身体強化?既にやってる。
・・・またあの惨劇を、今度は一人で繰り返すの?
トレントの森でパーティメンバーが次々と倒れていった、あの悪夢が脳裏に蘇る。
一人は死に、そして残った私たちだって死んでいてもおかしくなかった。
その時に似た絶望感が、たった一体の魔物相手だと云うのにに同じように湧いてくる。
シェリーの中という環境への不安、何一つ打開策が無いのに少しずつ削られていく状況、それらを背景にした精神状態。
・・・そして思い当たる。
(あの時、私は願った)
確かに願った。強く、そして明確に。
何に願った?何を願った?・・・決まっている。
(どうした、キャスカ)
常闇という力は、私自身が窮地で無理やり私の中から掘り起こしたのかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。
それを、もう一度試そう。
必死に攻撃を捌く常闇に魔法を通じて、はっきりと、しかし静かに答える。
(神頼み、よ)
そして私は常闇の出力を最大限に上げビザールを弾き飛ばし、願いを届けるための距離を、間を、刹那の時間を生み出す───
強く、深く、形の分からない声の主、記憶の中の少女を心に宿し、闇より暗い輪郭の深淵を覗くように心の中で少女に叫ぶ。
(私がこんなところで終わるなんて、私が許せない・・・!あなたの世界のルールを私に!私のルールを世界に・・・!)
半分はヤケクソに、でも私は私の考えを信じて、強く願う。いっそ強要と思える程に強く・・・。
ビザールが足に力を込め、再び距離を詰めようとする様子がスローモーションで視界に映っている。
一秒にすら程遠い瞬きほどの時間に・・・しかし私は神を見た。
「あら、キャスカじゃない。どうしたの?」
呑気な声が心に浮かべた暗い輪郭から響く。
(私のルールから、枷を外して!)
うーん、今ならできるかな?と小さい呟きが聞こえる。
「うん、せっかく私の世界に来てくれたんだし、ヒントだけ。私は私の世界から、何も奪ってなんかいないわ。あなたたちは自由なのよ・・・」
そして輪郭は心の虚無に溶けていった。
何も奪ってない?それはつまり本当に私の限界が "ここ" ってこと?
なら目の前の存在は?
序列戦の先にいた彼女たちは?
魔王カンナバーラや魔王ガルネリアは?
彼らが強者である理由は他の誰かが弱者である理由と同じところにあるってこと・・・?
(違う、そうじゃない。やっぱりここは “私の異世界” なんだ)
常闇が不思議がるけれど、気にしない。
結局私の中に全てある、そう考えよう。私は私の既成概念を壊そう。
思いは力。
願いは力。
想像は力。
そこに制約なんてない。
それを、この世界の神様が今、確かに保証してくれた。
神様に嘘はない。
なら・・・見えているものを疑って、聞こえるものも、感じられるものも、私に由来する全てを疑って・・・。
・・・うん、できる。
闇に手を伸ばし、闇の手を取る。
力がもたらされ、力の源に体を預ける。
そして私は、常闇という存在をその根底から私の概念で捉え直し、彼だった存在を完全に私に取り込んだ。
常闇が消え、ただ純粋な力となった深淵の闇。
意味を付与した闇魔法を体に巡らせ、体表には私が願う力そのものである闇の紋様を描く。
「いくよ、"ナイトメア"」
引き伸ばされた思考が現実の時間を思い出し剣を投げ捨て、一気に迫り来る敵に向けて私は闇に覆われた刀を抜いた。
*** ハル ***
シェリーの話は到底信じられるようなものではなく、しかしだからこそ逆に信じられる気がした。
重要なところを隠しているみたいではあるけれど、状況と一応矛盾していない。
「そもそもシェリーはなんなのさ!」
同じように話を聞いていたガオランが問う。
「知らなくていい」
「そんな、そんなのってないよ!僕は本当に仲間だと思って・・・」
「お前の都合など知るか」
シェリーの言葉はキツく、無情だ。
この少女シェリーは何者かによって存在をライナの迷宮と一体化させられ、そしてその問題の解決のため力を求めてダンジョンを訪れたのだと言う。
しかし迷宮の意志 "ダンジョンコア" と力の奪い合いというか駆け引きというか、そういうものがあって、迂闊に力を付けられないとも考えているらしい。
キャスカを取り込んだのはコア打開のきっかけを探してのことで、ビザールという男の剣士を取り込んだのは、ビザールが元々迷宮に由来するホムンクルスで、外身の力が及ばない以上取り込む以外に対処法がなかったから、と。
もし外の自分が倒された場合にコアの力が表出するのか、ダンジョンの中に迷宮ができるのか、ダンジョンが迷宮を取り込むのかその逆か、不確定要素が多すぎる・・・と。
うん、なるほど分からん。しかし状況と矛盾は無い。
ただどうしてもおかしい点もある。
「今見えてる "外側のあなた" が見た目の割に強すぎるってところが腑に落ちないんだけど」
これにはシェリーは答えず、
「知らなくていい」
とだけ言う。
いや、知らなくていい、じゃなくてさ。そこがむしろ一番重要じゃない?だってコアの力を仮にシェリーが全て自分のものにできた場合、シェリーの “本当の目的” のための力をシェリーは得ることになるわけだから。
私の考えを知ってか知らずか、シェリーはだんまりを決め込んでいる。
「クレア」
ペイネに声をかけられる。じゃぁ結局どうするつもりなのか、という意図を感じる。
「どう思う?」
当事者を前にして私はデイブレイクのメンバーに意見を求める。
「・・・私はシェリーの言う通り迂闊に動けないと思うわ。癪だけど」
ペイネは慎重派。
「僕はその剣士次第かな、と」
「どういう意味で?」
「剣士ビザールが迷宮の魔物だとして、たった一体でコアの力を満たせるとは思えない。ダンジョン一つを構築するほどの魔素がそんなにすぐ集まるかな?」
ディモンの言わんとすることは分かる。けれどこれまでもシェリーはビザール以外のところでコアに力を注いできたはずだ。最後の一雫かもしれない。それに魔物が少なからず魔素で動いているからといって、迷宮やダンジョンのシステムが魔法由来とも限らない。
「それに本当にシェリーの言う通りなら、どうして初めから迷宮で力を取り戻そうとしなかったのさ」
「お前の言わんとすることはわかるが、俺にも事情があってな」
ディモンは自分達の行動指針というより、状況そのものへの見解だけを言葉にした。
ネフは黙ったまま、フレアは簡潔に一言だけ。
「私はこの少女の魔法は好きになれそうにありません」
どういう・・・いや、聞かなくてもなんとなく言いたいことは分かる。
シェリーが伴っている精霊素はどうにも動きに統率が取れすぎていて、その自然さが不自然だ。魔法への親和性の高さと比例して、精霊素との相性の悪さというか精霊素の機嫌の悪さのようなものを感じる。なんとなくではあるけれど。それが精霊そのもののフレアにはより強く感じられたんだろう。
さて、私としては実は意見は決まっている。
待ち、だ。そしてその間にできることが少なからずある。
そもそもシェリーの話の真偽がどうであれ、事実として彼女の内に二人は取り込まれているんだろう。彼女に私たちも取り込まれるパターンだけは避けたい。コアとの駆け引きはシェリーが自分で言ったことだから、私たちがよっぽど攻めない限りは取り込まれないままでいられるだろう。
なら最終的に彼女の中でどういう駆け引きがあったとしても、その結果に対処するのが最善だと判断する。もしかしたら取り越し苦労で、私たちにとっては何事もなくこの件が解決する可能性も一応あるから。
「確認だけど、シェリーは現状私たちと敵対する気はそんなにない、と」
「そうだな、中で忙しい」
「それで、中の決着がついたら暴れるかも、と」
「どうだかな」
私は刀を下ろし方針を伝える。
「待機だね。勘だけど、すぐに結果は分かる」
シェリーは私の言葉に僅かに眉根を歪め、デイブレイクは入口側の扉前に移動して陣取った。
軽食を一度挟みつつ待つこと数時間。
部屋に戻ることなく舞台脇であぐらをかいていたシェリーが何度か不快そうに唸っていたが、おもむろに立ち上がると宿していた魔素が乱れ、あたりに漏れ出し始めた。
もしかするとシェリーはコアの敵性をぶつける対象として、むしろ私たちが現れたことを都合よく思っていたのかも、なんてことも考えつつ、私たちはことの成り行きを見守っていた。
修正しつつ気付いたのですが、104 話は全体の流れの把握的な意味でかなり重要です。




