103 静かな開戦
新章です。
*** シェリー ***
ドンドンと乱雑に扉を叩く音がする。音自体は扉の遮蔽効果が強いのか言うほど大きくないが、不規則に鳴らされ続けて単純に不快だ。
序列戦下位者からの試合の申し込みは室内のベルで連絡があると聞いているが、何か別の用でもあったのだろうか? ベルは壊していないが。
「何だ?」
そう言いつつ扉を開けると、一人の男が扉に向けて攻撃を放っているところだった。
「危ねぇな」
俺は瞬時に大剣インディゴグレーを取り出し攻撃を弾き返す。
男は俺が出て来たことに気付くと、攻撃をやめた。
見たことのない男だ。何の変哲もない剣士・・・ではないのだろうな。ガオランをも上回る魔素を宿しているが、ガオランに似て精霊には愛されていないと見える。
初めて目にするはずのこの男を、しかし俺は潜在的に知っているように思った。
(・・・お前絡みか?)
コアに問う。
俺であって俺でない存在。大抵、世界との不和を感じる場合、その原因は俺と混じり合った迷宮たるダンジョンコアにある。
(ホムンクルスでしょう。かつて迷宮にいた者たちとは一線を画する存在に昇華しているようですが)
・・・ふむ。この場合俺はどう反応するのが正しいんだ?
元々迷宮の力であったホムンクルスが自ら迷宮に力を返しに来たと考えれば、万々歳だ。目の前の男はここまで遅々として進まなかった魔素集めを、一気に進めることができそうな力を秘めて見える。
一方でもしこいつが迷宮それ自体に用がある場合、俺は明らかに邪魔な存在だろう。じっと俺を見てはいるが、いつ襲い掛かって来るかも分からない。
「おい、ホムンクルス。お前の目的は何だ?」
「言うまでもない。迷宮のコアを返せ」
返せ、か。
「そうしたいのは山々なんだが、俺にも方法が分からねぇ。お前はコアの力になりに来たわけじゃないのか?」
「コアは我らの源であり我ら自身であり、そして我らの盾」
何が言いたい。
「そうか、残念だな。今はそのどれにもなれないようだ」
沈黙が流れる。ホムンクルスは暫くの間俯いていたが、俺に向き直ると剣を向けた。
「仕方ない。ならば、お前を裂いてコアを取り出そう」
・・・おい何考えてんだ。俺と混ざってるのが分からないのか?
そんなことをしたら・・・うん?どうなるかは俺にも分からんな。どうなるんだ?まぁどうだっていいか。俺を殺させるわけにはいかない。
ガオランは部屋にいる。足手纏いになるのは明らかだから放っておくか。
こいつを取り込んでもいいが、中の俺の強さがはっきりしていないという問題がある。それから取り込んでいるキャスカのことも。
とりあえずは外の俺で何とかならないかやってみるとしよう。
「臨むところだ」
俺も剣を構え直した。
男は剣技より立ち回りに重点を置いた攻撃を主軸に、火魔法、風魔法を好んで使うようだが、土や水も使えるらしいし、なんなら光すら扱えるときた。
(ホムンクルスってのはみんなこうだったか?俺の記憶違いか?)
どう考えてもこいつは普通じゃない。
(通常は一つの魔法を使う程度でした)
(そうだよな・・・)
コアが知らないなら、俺を復活させた何らかの影響ってことなんだろう。
はぁ・・・幼女になったことに始まって、あらゆる面倒が俺に付き纏っている気がする。それもこれも悪魔どものせいか?まぁ封印を解いたことにだけは感謝しているが。
などと悠長に思考は巡らせているが、実際戦闘面ではかなりヤバい。
カース流の間合いではあるが、大剣での距離感がこいつの立ち回りにも都合の悪くない範囲のようで、俺の剣を弾きつつ魔法技主体の攻撃に切り替えてきた。内包して従えている魔素の量が尋常じゃないために、大技はヤツにとって自滅に繋がるだろうから使っていないものの、小さい風刃や火球でも気が抜けない。
カース流は受けではなく攻めの流派だ。こいつの多彩な攻撃を流派の型の攻撃の中で受けきれているのは俺の天才性あってのことだろう。しかし流石に、技だけで受け切るには物量が圧倒的だ。外側の俺の力。全盛期を思えば 4 割と言ったところか?思わぬところで確認ができた・・・のはいいが明らかにジリ貧。
(ホムンクルスに弱点は無いのか?というかお前、今 "どっちについている?")
コアからすれば俺がどうなろうが問題ではないだろう。その辺、どう考えてるんだ?
(このダンジョンに呑まれる事態だけは避けたいですね)
・・・微妙な物言いだな。要するにコアも俺という器を失ってどうなるか分からないのか。なら少なくとも今は敵ではないな。
「おいお前、俺の中のコアはお前との戦闘は望んでいないみたいだぞ」
とりあえず伝えてみる。
「それをどう確かめる」
まぁそうなるよな。確認は無理だ。
「・・・くっ」
こいつまだ余力があるな。俺の言葉を弱気と取ったのか、魔法の密度がさらに高まった。
それにしても、魔法ひとつひとつは強力だが、いかんせん扱いが雑だ。複合魔法も殆ど使っていないし魔法を編み上げることも苦手と見える。
俺の封印を解かれた時と、迷宮の機能が死んでこいつが生まれたと思われる時期が近いなら、こいつはまだまだ未熟な存在なのだと考えても辻褄が合う。
要するに経験不足だ。
(それだけに口惜しい・・・俺が引かねばならんということがっ!)
それでもどうしようもない力の差というのはある。俺は致命的な巻き返しの機会を男が手繰り寄せる前にと見切りをつけ、男を迷宮に取り込んだ。
迷宮はその性質上、迷い込んだ者をひと所に閉じ込め続けることができない。
いずれ深部へ、内側の俺へと到達するだろう。
ホムンクルスにはキャスカの時のような動揺は無い。まぁ遭遇して以後ずっと表情に乏しいわけだが。
彼は眼前に伸びる道を静かに見据え、そして深部へと歩き出した。
(そもそもホムンクルスは迷宮の魔物。迷宮の構造自体に戸惑うはずもないか)
男を取り込んだ入口はキャスカへと続いている。
キャスカと迷宮の魔物との戦闘がまだ始まったばかりだったことを思うと、俺は楽しみを減らされた気分になる。
最善の帰着点は迷宮内の俺が直接男を倒すことだろう。普通は迷宮内で斃れれば迷宮の力に還元されるが、迷宮の魔物に彼を倒せるとは思えない。しかしキャスカと遭遇してキャスカに倒され迷宮に取り込まれるのも、コアとの駆け引きを考えると都合が悪い。そんな予感がある。
俺が倒し俺が直接取り込む形になんとか持っていきたい。そうなるとキャスカとの戦闘を見張ることになるか・・・。
(こんなことなら先に小箱を探しておくんだったな・・・)
ダブルホーンに託した案件ではあるが、俺の目的を思えばそちらを優先した方が良かったのかもしれない。
真の強者となるまで、そしてモナルカと再会するまで、俺も倒れるわけにはいかない。
*** ハル ***
私は剣士が現れたことをきっかけに、すぐさまデイブレイクを招集して出発を告げた。
ペイネもディモンも久しぶりにリーダーらしく私が方針を伝えたためか、意気込んで準備に取り掛かってくれた。
「じゃあ、また」
「あぁ。好きな時に来るがいい」
「死ぬんじゃないわよ?」
魔王と、それから随分親しくなったグッグに簡単に挨拶をして屋敷を出る。思えば管理者として挑戦者を待つ日々も案外悪くなかったけれど、言ってみればこれは停滞だ。
いつまでも留まっていて本当にそのまま動けなくなってしまっては困る。何せ私たちは魔王たちのように長命ではないのだから。動かないうちに寿命がやってきてしまうことだって、あり得る話だろう。
「それで、クレア。その剣士を倒しに行くってことなのかしら?」
「剣士かもしれないし、シェリーかもしれない。あるいは別の何かかも」
「別の何か」
「うん」
私の適当な説明にもメンバーは嫌な顔をせず、むしろ気を引き締めている。
あぁ、本当にこのメンバーで良かったと、私はまだ何も始まってすらいないけれど感慨深く思った。
「我もようやく活躍できるか?」
私は既に魔素体で、体はネフに預けている。
「期待してる」
つまり私たちはようやく、一般的なパーティ単位である 5 人編成になったと言える。
前衛兼斥候のディモン。前衛のフレア。中衛の私。
ペイネは遊撃だから前寄りの中衛で、ネフは闇魔法の汎用性を考えて後衛寄りの中衛ということになる。
うん、バランス悪いね。まぁバフと回復に回れる私とペイネが真ん中にいるから問題はないと思うけれど。
屋敷を出て扉を開ければ、目標はすぐそこだ。あらかじめ舞台で戦闘があったことは伝えているし、直前に鏡で二人の戦闘が継続していたことは確認している。
「行くよ」
そして私は舞台への扉を開けた。
・・・。
「あぁん?」
そう言って扉の方を向いたのはシェリーで、そこにはシェリーしかいなかった。
「何だ?お前らも冒険者か?一体どうなってる」
シェリーは大剣を下ろし、いかにも面倒ごとがやってきたと言いたそうな雰囲気を醸し出している。
このパターンは予想してなかったな・・・。いやでも、少し前にキャスカが消えたことを考えれば寧ろまず想定しておくべきことだったのかもしれない。
全ての要素がシェリーの中に収まっているのか?それとも既に別の “舞台” で事態は動いているのか?
シェリーの神隠しに巻き込まれるべきか、あるいはシェリーと敵対し倒すべきか。
分からないことは聞いてみるに限る、か。仕方ない。恥ずかしいのは無知ではなく無知で居続けることだと思う。状況次第だけど。
「私はクレア=ソロジー。キャスカと男はどこに消えた?」
「ソロジー・・・聞いたような聞いていないような」
シェリーは質問に答えず、首を傾げている。
そこへ別の扉からガオランが現れた。
「もしかして、デイブレイクの?」
「そう、デイブレイクの。ガオラン、あなたはこのシェリーのことを知っているの?」
「知っているって、何をさ」
キャスカを消したこと、男を消したこと。
ガオランが答える前にシェリーが答える。
「あぁ、そいつは何も知らんぞ。聞くだけ無駄だ」
「シェリー、一体何のことを言っているんだ?」
シェリーはガオランにも答える気はないらしい。
「じゃあもう一度聞くけど、キャスカと男はどこ」
「ふん、お前も中々やるようだが、今はどうしようもない」
要領を得ない答えだな。
「あなたを斬れば出てくるってことでいいわけ?」
「お勧めしないね。俺のためにも、お前のためにも」
状況をおそらくお互いに把握しきれていない中、シェリー側に情報の優位性があるのは明らかだ。
もう少し様子を見るべきだったかも、という思いと、ここでシェリーを足止めするには丁度いいタイミングだったという思いが鬩ぎ合う。しかしそれは言っても仕方のないことだった。
幸いシェリーにはあまり敵意がない。逆にその理由を知りたいけれど。
「冒険者のよしみってことで聞きたいんだが、この先には何がある?」
シェリーが問いかけてくる。
「それは自分の目で確かめるべきことだね」
「俺は資格を持ってるはずだが」
「ダンジョンのルールには逆らえない」
私が答えると、ちっ、と舌打ちしてシェリーがガオランを横目に見た。
!
ガイィン!!
私は瞬時にガオランの方に飛び、ガオランに向けて振り抜かれた藍と灰をない混ぜにしたような大剣を刀でいなした。
「シェ、シェリー・・・?」
背にしたガオランの表情は見えないけれど、その声ははっきりと戸惑いを表していた。
「ほう、いい刀だな」
刀を知っているのか。いや、それよりも。
「迷いが無いんだな」
こいつは今、"条件" を満たすためにガオランを殺そうとしたのだ。ガオランを見る目に殺意が宿ったような気がしたのは、私の気のせいではなかった。
「何を迷うことがある。俺はこれでも今急ぎでね、お遊びを終わらせようとしただけだ」
「シェリー、何のことなの?!」
叫ぶガオランに向け、シェリーは冷酷に告げる。
「お前は俺の道中の、ただの暇潰しだ。まぁ、存外楽しめたことには礼を言おう」
「そんな・・・」
魔素の動きでわかる。ガオランが崩れ落ちるように地面に膝をついた。
デイブレイクは数瞬の間に、シェリーを囲むように 3 角形に配置している。私以外が少し距離をとっているのは、完全な未知の敵に対して私が危険と判断した際の合図を送ったためだ。
ガオランとシェリーのやりとりには演技臭さは感じられない。
・・・つまり、どういうことだ?
ダンジョンを目指したのはシェリーの目的のため。その目的は不明。ダンジョンを攻略ないし進もうという意志はある。
そしてガオランは単に将来有望な若い冒険者。
そういうことだろうか?本当にガオランがただ状況に紛れ込んだだけだとしたら、その身には女神派のルダをも上回る素質が宿っていることになる。
「それで、私があなたを斬るべきでない理由にはなっていないわけだけど」
鍔迫り合いを保ったまま私は眼前の少女を睨む。
「説明してもいいが・・・そうか、お前を斬っても意味はないんだったか?まぁ俺の生存にも関わるからな・・・仕方ない、引け」
そう言うとシェリーは大剣を緩めた。
最大限の緊張を保ったまま私も刀を引く。さっきまでの殺気は落ち着いている、ように思える。
そしてシェリーは、本人の言うところの生存のための状況説明とやらを始めた。
ガオランはシェリーの言葉からまだ立ち直っていない。
あっ!★か感想を置いていってよね!
お姉さんとの約束、忘れちゃダメだぞっ☆!*
* お姉さんとは架空の人物であり、投稿者とは全く関係ありません。




