102 神様の椅子
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エンドランドラゴンを引き連れての旅路が終わり進行速度を上げていたビザールは、賢者の町を素通りして 1 週間ほどでコアの気配があるダンジョン入口に到着していた。
南ベースには一つの商隊とパーティが 2 組滞在していたが、少し離れているため誰もビザールの存在に気付いた様子はない。
「ここだ」
ビザールは地下へと続くぽっかりと開いた大きな穴の縁に立ち、見通すことのできない洞窟の奥を探るように見る。
そしておもむろにダンジョンに足を踏み入れた。
結論から言えば、ビザールにとってダンジョンの大部分は大した脅威になりえなかった。
それは当然と言えば当然だろう。そもそも迷宮とダンジョンの両方を知る者がいたならば、全盛期を比べれば迷宮の方が難度は高いと答えたはずだ。
迷宮の中でも深部の魔物であるホムンクルスのさらに集大成と言うべき個体にとっては、たとえそのベースが不完全な状態であったことを考慮しても、ダンジョンの魔物たちは大きな障害ではなかった。
ただ、初見の魔物ばかりが跋扈している状況の下、ビザールは少なからず慎重に進んでいたことも事実である。
・・・ダンジョンに似つかわしくない穏やかそうな羊の群れ。遠くから殲滅。
遠目にも明らかに蠢いている、林に擬態した動く木の一団。遠くから殲滅。
大きな白い虎。もちろん遠くから殲滅。
徹底的に近接戦を避けることで予測不可能な反撃の機会を減らすビザールだったが、そもそも遠距離での火力が十分にあって初めて為せる技である。草原を超え、森を超え、荒野に至るまで、殆どすべての戦闘は魔物が視界に入った時点で終了していた。
荒野のドラゴンたちは流石の耐久力で火と風を主体とした遠距離魔法攻撃に耐えていたが、それもいざビザールが近接戦闘に移行すると数分と保たずに倒されていくことになった。
そして冒険者たちを散々苦しめたナイトゴーレムですら、彼から漏れ出す魔素の密度に当てられて、対峙することを嫌うかのようにそそくさと道を譲った。
「何あれやっっっばい」
城下町の一角でアンデッドを従えるユニバーサは、配下から新たな冒険者の報告を受け、軽い気持ちで対象の様子を探りに行って開口一番感想を漏らした。
そしてアンデッド軍に対して、この新たな戦力には極力関わらないよう指示することになった。
ザ・デスのフォルト亡き後を継いだユニバーサはアンデッド軍の生存を第一に考え、最低限の領土確保と手頃な手駒を増やす目的での戦闘以外は極力避け、アンデッドたちは技術屋集団的立ち位置になろうとしていた。
墓地を中心としたアンデッドにとって快適な空間の構築に精が出る日々、これが案外悪くない。
そんなアンデッドたちからするとビザールのようなどうしようもない強者は悪夢以外の何者でもない。そして往々にしてこういう手合いはアンデッドを消滅させる手立てを持っているものだと、フォルト指揮下の頃に少なからず学んでいたのである。
ダンジョンを間借りする立場のアンデッドたちの戸惑いなど露知らず、ビザールは城下町も突き進み、櫓状の門を超え、そして飛来したゴーレムを返り討ちにした。
あっという間に城までのジメジメとした道のりを踏破したかと思うと、暗闇の城を一気に駆け上がっていった。
「よく来たな、冒険者よ」
「なんだ、まともそうなのもいるではないか」
「随分な言い草だな」
「私の中の迷宮がずっと疼いていたせいだろう」
「・・・迷宮と言ったか?」
「それがどうした」
「いや、些末なことだ。私がお前の真価を問うには不要な考えである」
短いやりとりで火蓋の落とされたレイラーンとビザールの戦闘はビザールに軍配が上がり、ラダム解放後も戦局を押し返されることなくビザールが勝利した。
軽快に進んだダンジョン攻略ではあったが、ダンジョンの魔物はビザールにとってあまり都合の良い存在ではなかった。
迷宮でも天界でも、それから人族領でもビザールは倒した存在の魔素をある程度吸収できていたが、ダンジョンではダンジョンそのものの持つ性質のせいか、吸収できる割合が極端に低かったからである。
特に中長距離では討伐した魔物から得られるのはその血肉だけであり、荒野や城下町、暗闇の城に入って近接戦が増えたことでようやく吸収できる量が誤差の域を超えたかどうか、という程度であった。
そういうわけでビザールはダンジョン攻略開始前の、いわゆる四大元素系と光魔法を身に宿した状態で序列戦の扉を開くこととなった。
*** ハル ***
キャスカが突然いなくなってからまだほんの数日。
私はキャスカの安否を心配していられなくなるほどに、かつて感じたことがないレベルの戦慄をその剣士から感じ取っていた。
例によって大きな鏡で少年の序列 10 位戦を見ていたとき、ふと気付けば外野が慌ただしくなり、そして画面外でいつの間にかキャスカが消えていた。
その時の様子はなぜかランガーが詳しく教えてくれたのだが、どうも少女シェリーがキャスカをけしかけて戦闘になり、そして神隠しのようにキャスカは消えたのだそうだ。
具体的に教えてくれたのはいいが、何一つ具体的な説明になっていない気もする。
しかし番外戦について私たちにとやかく言う権利は無いわけで、私としては色々と話を聞きたかったキャスカがいなくなったことを非常に惜しく思う気持ちと、シェリーへの好奇心とがない混ぜになってしまった。・・・まぁそれはほんの数分のことで、ランガーが多分大丈夫と言った言葉通りにキャスカの行方についてはあまり気にしていないんだけど。
考えられる可能性は多くない。
シェリーが転移者で元の世界の魔法を使った。
アイテムをどちらかが使った。
シェリーが空間魔法使いでキャスカを隔離した。
その辺りだろう。それ以外だとしても、流石になんの予備動作もなく人一人、それも純粋に戦闘能力の高い人間を一瞬で消せるとは思えない。
気にしていないというのはちょっと正しくない。気にしているが、別にどうだっていいと思っている。
キャスカは確かに魔族領のことを知っているだろうけれど、それもこの先数年の霧の里の扱い次第では大した情報ではなくなるし、精霊がらみの魔法についてもグッグとフレアとの試作の数々で目標への目星はついている。
単に、私たち以外で初のダンジョン攻略者だし仲間意識があるとか、美人だからお近づきになっておいて損はない、くらいの気持ちだ。
それに多分何処かにはいるんだろうという肯定的な楽観視もしている。
思えば私は生死感や出会いと別れ、人間の関係性について、この世界に生を受けてから感覚がかなり自然派になった気がする。
自然派というのは適当に充てがった思いつきの表現で、四字熟語で言えば諸行無常とか無為自然とかそういう感じだろうか?人間性が冷たいと云うのとも、全てがどうでも良いと云うのとも違う。全てを受け入れつつ、けれどそれらの裏切りも喪失もその瞬間に許せる準備を終えているような心持ち。
それがキャスカに対しても当て嵌っているに過ぎない。
シェリーは舞台を後にしてから自室に篭っているようだ。
少年ガオランは数日おきに序列戦に挑んでいる。
鏡では各自の部屋までは流石に覗き見れないし、私もいつも鏡の前に張り付いているわけじゃない。それにやっている自分で言うのもどうかと思うけれど、良い趣味じゃない。
そういうわけでちょっと彼女たちから意識を逸らしていたところに、その剣士が現れた。
男の剣士は冒険者然とした格好で、片手剣と盾を装備していた。
まず気になったのはかなり軽装なことと、一人だということ。そしてそれ以上に気になったのは、鏡越しでもわかるほどの魔素の密度だった。
「うわ・・・」
思わずそう呟いてしまうほどの。
例の如くゲーティが現れるが、彼はゲーティを意に介した様子もなく周囲を見回している。
確かに序列戦の舞台を初めて見ればその異様に注意を奪われもするとは思うが・・・。
一応説明を聞いていたのだろう、ゲーティに何かを話しかけている。そして何が気に食わなかったのか、唐突に剣を抜いてゲーティを斬り伏せた。
「ちょっ!何やってんのあいつ!説明聞いてなかったわけ?!」
いつの間にか隣で鏡を見ていたグッグが声を上げる。
ゲーティはというと舞台の端で再構成されている。
ダンジョンの中でも異質な領域。舞台のある空間ではダンジョンに属する存在は全ての傷が癒え、瞬時に無かったことになる。余所者がその恩恵を受けられるのは、勝敗判定を兼ねた舞台上だけだ。
男は説明外のことを確認するかのように魔法を撒き散らし、壁という壁、扉という扉を攻撃し始めるが、その全てが無効化されている。
ちなみに私もこっそり試したことがある。おそらくダンジョンそのものが持つ機能なのだろう、空間そのものに干渉することは全くできなかった。
「あいつ、何がしたいわけ?」
グッグが苛立ち混じりの声で問う。壊れないと分かっていても、真の管理者である彼女にとっては、ダンジョンを攻撃されるのは自分の家を攻撃されるような感覚なのかもしれない。
「道中も全然魔物のことなんかどうでもいいみたいに進んでたしさぁ」
小さくて薄い精霊体の分身でダンジョンのことを時々見ているというやつだろう、そんなことも言っている。
「軽装だと思ったけど、全然戦利品を持ってないのか」
「そうよ、あいつ、フレアドラゴンの鱗とか牙すら無視してったのよ?」
ダンジョンに潜るにはそれなりに費用が掛かる。
質の良い薬品を、装備を揃えるため。質の良い香辛料、保存食、地上での借宿を得るため。そして怪我や衰えによる引退後を見越した備えのため。
例え最低限で良いと考えるような人物だったとしても、戦利品に全く手を付けないのは不自然だ。戦いのみを求めていたとしても、先立つものはどうしても必要になる。少なからず発達した文明の中で生きるということはそういう性質を孕んでいる。
ではその文明外から来た場合は?
彼ほどの強者ならば名が知れていそうなものだけれど・・・。
それに彼の目的も分からない。
「あいつ、何か探してるのかな」
「なんでそう思うんですか?」
グッグを見る。
「だってこれまではずっとまっすぐ来てたのに、舞台から動こうとしない」
「それは来たばかりだからでは?」
「先に進みたいなら、ゲーティの話を聞いた時点ですぐに序列戦を始めればいい。でもそうしようとはしていない」
確かに言われてみれば。彼の目的がダンジョン攻略や更なる強者との戦闘なら、言われた通り序列戦を演じてみればいいだけの話だ。
暗闇の城の王の間からの “ゲート” を体験したなら、この空間が通常の理から外れたところにあると納得しても良さそうなものだし。まぁそんなことを言ったらそもそもダンジョンという超構造自体がおかしいんだけど。
でも、なら尚更、その目的が舞台にあるとは思えないし、目的たる存在のことをどうやって知っているのかも謎だ。
「さすがにそれはないんじゃないですか?」
「じゃあなんであんなに同じ方向ばっかり攻撃してんのさ。ゼンナには・・・少年か少女を追ってるように思えてきたよ」
気付けば男の攻撃は一つの扉に集中し、そしてそれはシェリーとガオラン用の部屋の扉だった。
「ねぇソロジー。ゼンナ、すっごく嫌な予感がするんだけど」
奇遇だね。私もだよ。
額に汗が浮くのを感じる。
圧倒的な力を持った少女。
消えた異世界人。
魔素で埋め尽くされた男。
どれ一つとして繋がりを感じられないそれらの要素が、今まさに世界を揺るがす物語の鍵として混ざり合おうとしているような予感。
なんの裏付けも無いただの直感が、私の中に芽吹いた不安を急激に増大させている。
・・・そしてその場に居合わせている私。
ここか?
ここなのか?
私を転生させた存在に今こそ問いたい。
遂に私の物語が始まろうとしているのか?と。
その椅子から見下ろす世界で、ここ以上に物語を孕んだ場が存在しているのか?
・・・と。
「ねぇあんた、怖い顔してるよ」
ゼンナに覗き込まれ、ハッとして私は頬に手を当てる。
頬を伝った汗、口角が上がったまま引きつった口元。
・・・大丈夫。落ち着け私。
今でも、今でなくても、この先ずっとそうでなくても、きっと大丈夫。
私はずっと準備してきた。
そして、私の仲間たちも。
「グッグさん、エテさん」
グッグと、いつの間にか私たちの背後で鏡を見ていた魔王エテに告げる。
「そろそろ管理者、辞め時かもしれません」
私の言葉に魔王は、
「あぁ、そうかもしれんな」
と、単調な声で答えた。




