100 神隠し
*** ペイネ=ボウェル ***
キャスカが序列戦を突破して、けれどグッグさんに負けて再び序列戦で研鑽を積んでいる傍ら、人族領からは少女と少年が序列戦に参戦した。
少年は正直に言って序列戦にはまだまだ物足りない戦力に思えたけれど、少女の方は相応以上の実力を見せることになった。
少しずつ、あるいは一気に変わっていくダンジョンの情勢。
クレアがグッグさんに勝って管理者側に回ってからまだ 1 年も経っていないと思うと、この変化はかなり急に思う。
それはそれとして、私たちも屋敷周辺を漫然とうろついて日々を消化しているわけじゃない。
ディモンは空間魔法の開拓に四苦八苦している。自分の発動した、あるいは誰かの発動したディモンと親和性のある魔法の “隙間” への収納にはかなり慣れたみたいで、そのコツを漠然としたイメージではあるけれど私たちにも共有してくれる。
「えっとね、まず隙間の認知は人によって感覚が違うかもしれないから別として、この収める動作は魔法の発動の逆再生とは少し違うみたい」
「どう違うのかしら」
「前向きに歩くのと後ろ向きに歩くのが別の動作なのと同じような感覚かな・・・」
「ディモンまでクレアみたいなことを言い出したわね」
クレアがなんとも言えない絶妙な無表情で私のことを見る。この分かるような分からないような例え方がクレアっぽいと思ったんだけれど。
「それで具体的にはどうすれば収まるの?」
「その前にちょっと聞きたいんだけど、二人は一度制御した魔素を手放す時って、どうしてる?」
手放す時・・・というと、魔法を発動しきった後のことだろうか?
「あんまり意識していないけれど、必要分まで出し切ったらそこで途切れさせてる、かな?」
とりあえずいつもの流れを思い出して答える。
「私は魔法が安定するようにと思って、一回ごとに一応ロックをかけるための制御を追加してるよ」
うん?クレアがなんだかよく分からないことを言っている。
「どういうこと?」
「魔素の流れがきちんと伝わり切らなかったり後付けで撹乱されたりするのが嫌だから、私なりに余分な魔素の流れを余韻として付け加えてる」
「へぇ。ちなみにソロジー、その余韻って、その後どうなる?」
「どうもならない。魔素の本体が必要な制御を終えたらそのまま同時に霧散する」
ふんふん、とディモンが頷く。
「僕のやってる空間魔法が実際にこの隙間でどう機能しているのか、まだはっきり分かってないんだけど、魔法の形が初めから終わりまできちんと保存されていることが重要らしいんだよね」
そう言ってディモンは水魔法で水の球を作り、それを空間魔法で収めた。
収めたかと思うと、今度はまた魔素を操って取り出す。
水の球だけを見ていたら水魔法で作っても空間魔法で収めたものを取り出しても、大きな違いはないように思える。ただ魔素の流れを追うとなると、後者は遥かに緻密な制御を必要としているみたい。
「このウォーターボール、さっきのと同じに見える?」
ディモンが尋ねる。
「私には同じに見えます」
フレアが答える。
「私は、ちょっと分からないかな。取り出された時点でそれを構成してる魔素と水とが本当の意味で同じか私には確認できないから」
私も答える。一枚のコインを同じ形のたくさんのコインが入った袋に入れてまた取り出しても、それは同じコインに見えると思う。
クレアが答えないままでいると、ディモンはもう一度同じ動作を繰り返した。
「ソロジーは?」
再び尋ねられると、ソロジーも答える。
「魔素の流れは、取り出される直前と同じに思える。水それ自体がどうかはわからない。ただ精霊素の動きが違う」
「私にはどっちも水系の精霊素が働きかけているように見えたわ」
「そうなんだけど、空間魔法の方は実際には闇の精霊素が擬態したものだと思う。鏡魔法みたいに」
「そうなんだ、そう見えるんだ」
私もディモンもクレアほどは精霊素が見えていないけれど、それはそれでディモンとしては話を進める上で都合が悪いわけでもないらしい。
「僕はこの空間魔法、初めは対象をそのままの形でこの隙間に保存してると思ってたんだ。だけどそれだと、移動した先で魔法に必要な精霊素がいなかったらどうなるんだろうって思った。あとは取り出しに必要なはずの空間がなかったらどうなるんだろう、とか」
それは元のものが隙間にあるからそのまま・・・?あれ、どうなるかな。
「それでグッグさんに手伝ってもらって色々と試してみたんだけど、僕の結論としては収めるものがどういう性質だったかというよりも、その空間に対してどういう形でその現象が存在していたのかが重要らしい」
うん・・・つまり?空間魔法は現象そのものじゃなくて空間に対する相対的な意味情報を記録しているということ?
「それって空間魔法は魔素制御とは次元の違うモノってこと?」
クレアが前のめりになって聞いた。
「・・・うん、僕はそうなんじゃないかと思ってる」
クレアの両眼の光がいつも以上に深みを増している。これはあれだ、クレアが “ハマった” 時の感じ。
最近は少なかったけれど学校の頃もパーティを組んですぐの頃も、クレアは自分が興味のあることに対して一辺倒になることがたまにあった。そういう状態のことを私はハマったと勝手に表現している。
こういう時、大抵クレアはその時期を乗り越えると新しい能力を身につけている。
私はディモンの話を聞きながら、クレアが何に “ハマった” のかが気になっていた。
結局ディモンが言いたかったことは、空間魔法は一般に魔法として認知されている何かとは少し違う法則が働いているらしい、ということのよう。
それが何かはまだ掴み切れていないから、ディモンは空間魔法の上達と合わせて探っていく、と。
ディモンはそんな感じで空間魔法のことを調べつつ、グッグさんとの戦闘訓練で剣技と魔法の上達にも余念がない。
グッグさんはクレアに負けてから体の構成について思うところがあるようで、私たちを対戦相手に指定したりあるいは序列戦の誰かを引っ張ってきたりして、少しずつ宿るゴーレムの組成を変えているらしい。正直に言えばキャスカ戦で見せたあの鉄壁があれば戦闘面で不安に思うようなことはないと私は思うけれど、グッグさんとしては体一つでの強さに憧れがあるらしい。
一度精霊体として顕現してしまうと、物質としての体にこだわりが生まれることはよくあるんだと本人が話していた。
クレアはディモンとのやり取りをきっかけに、空間魔法と同じ次元にあるらしい魔法なのかなんなのかよく分からないものを探し始めた。
そのためなのか魔素体でいる時間が増えて、クレアと思って話しかけたら翼と尻尾が生えていた、なんてことがよくある。
「我にも用はないのか?」
ネフにはそんな風に言われてしまう。ネフに用・・・別にないなぁ。クレアの体の使い心地はどう?と聞いてみたいくらい。なんとなく聞いてないけれど。でもとても気になる。
おかげでクレアは魔素体にどんどん慣れていっている。見た目にそれが分かるわけではないけど、魔素制御の自然さが、既に私たちではその起こりと終わりを捉えられないくらいに極まっている。
私は擬似風魔法の可能性をこれまでクレアの側でたくさん見てきたけれど、今クレアが使っている魔法がそもそも魔素制御の範疇にあるのかどうかすら判断しかねる。
「これは空気の圧縮と解放でできるよ」
そう言ってほとんど火のような熱や、身も凍るほどの冷気を生み出したり、
「たまになら、こう、ほら」
バチッと一瞬光が放たれ、小規模な雷のようなものを生み出したり。
・・・クレアは何を目指しているんだろう。
トーキーオでパーティを結成したあの日、クレアはいつかのため、何かのために力をつけると言っていた。
私もディモンも壮大なことを言っているなと思ったくらいで、それが具体的な "何か" を表しているとは思っていなかった。もしかしたら魔王の復活や魔族との戦争、そういう想像はできるけれど現実には想定しにくいようなことを、最終的な目標に掲げることで旅の目的が潰えないようにしているのかも、と考えてみたくらいで。
だけどその時には私たちがダンジョンを攻略するなんて思ってもみなかったわけだし、魔王と知り合いになったりアポロア記の裏話・・・霧の里やダンジョンの始まりのことを知ることになるとも思っていなかった。
そして魔族が今となっては本当に人族にとって敵と言えるのか怪しいことや、魔王にも色々あること、クレアがいまだ当初の目標を持ち続けているらしいことを考えると、クレアには魔王の復活以上の何かが初めからみえていたんだろう。
そう思えて仕方ない。
クレア、いつの間にか私たちの、私の隣からいなくなったりしないよね?
*** フェイト=キャスカ ***
その二人組はおかしいところだらけだった。
美少女は体に不釣り合いな見慣れない形の大剣を虚空から取り出し、序列戦では一度も負けることなく・・・というかそもそもダメージを負うことすらなく最下層への挑戦権を手に入れた。
少年はあどけない、本当にまだ少年、といった見た目で、少女の剣術に似た、それでいて所々力任せな剣を振るっている。
少年は少女のことを師匠とかシェリーとか呼び、少女は少年のことをガオランと呼んでいる。
少年は序列戦一人目から躓いて先に進めていないが、シェリーはそれを非難するわけでもない。
どういう関係なんだろう。それ以上に、シェリーはどういう存在なんだろう。
始終威圧的なあの口調と、口調に合った無骨な武器。それに似合わない可憐な見た目。
長命な魔族やハイエルフ?転移者とか転生者?少なくとも人族領側からの参戦のようだから、魔族ってことはないと思うんだけど。
「おい」
3 回目にガオランがゴッソールに挑んでいる時、周りでその様子を見ていた私はシェリーに声をかけられた。
これまで私の戦闘を彼女たちは見ていなかったから、私が冒険者だとは分からないはずなのに、と思って身構える。
「何かしら」
「お前もダンジョンの魔物か?」
どうしよう、そうだと答えて攻撃されても困る。いやむしろ序列戦の先の扉のシステムを思えば攻撃されないのかな?どっちだろう。
「どうなんだ」
「違うわ。冒険者よ」
シェリーに返事を促され、私はついそう答えていた。
「それがどうかした?」
シェリーは私を見上げながら暫く考えて、そしてポツリと呟いた。
「・・・お前、転移者だろう」
唐突な言葉に、私は自分の目が見開くのを感じる。
「やっぱりそうか。じゃあ都合がいい。いや、悪いのか?まぁどっちでもいいか・・・」
っ!!!
突然シェリーは大剣を顕現させ私に斬りかかってきた。
舞台上のガオランは戦闘に必死で気付いていないが、観戦者の何人かはこちらを振り返る。
「何よいきなり!」
「あぁ?どうだっていいだろ、お前には関係ない」
私は常闇を纏い剣を構える。
「おら、来いよ」
大剣を無造作に構える少女。明らかにさっきの不意打ちには私が死ねるだけの威力があった。
理由はわからないけれど、彼女たちがダンジョンに来た目的次第では私が敵になり得るのかもしれない。
・・・やらなきゃやられる。自分に言い聞かせ、頭を戦闘モードに切り替える。
「剣を引く気はないのね?」
ふふんっ、とシェリーは笑い、私はそれを合図にシェリーに斬りかかった。
・・・。
・・・あれ?
・・・ここは?
今まさにシェリーとの戦闘が始まったと思ったのに、私は一瞬にして知らないところへと飛ばされた・・・のか?
土をきれいにくり抜いて整えたような道が目の前にあって、道には所々松明の明かりが点っている。
(もしかしてあの場で、舞台以外で戦闘したせい?)
それ以外に考えられる要素がない。
・・・どうしよう。観戦後はそのまま暗闇の城に出かけるつもりだったから装備はフルだけど、完全に何も情報が無いところに一人だと不安しかない。
と、とりあえず現状を把握しよう・・・。
荷物は食料込みでそれなりにある。
魔法は使える。常闇も出せる。
私の体には私が分かる範囲で異常は感じられない。
うん、最低限は大丈夫。
数分の間その場でじっとしていたけれど、何も起こりそうになかったので仕方なく私は目の前の一本道を進むことにした。
何もない道を暫く歩くと、一つの木製の扉に行手を阻まれる。
(開ける以外にできることはなさそうね・・・)
ギィ、と扉を押しあけるとそこは序列戦の舞台にも似た空間で、中央には一体の魔物がいた。
棍棒をもつ巨大な体、大きな一つ目。サイクロプス?
扉を開いて入ってきた私を、大きな目が真っ直ぐに見つめてくる。
ウオッガアアアア!!
胸を開き天を仰いで叫ぶ様子は、戦闘態勢に入ったことが明らかだ。
(常闇)
私は無言で常闇を発動し、そして目の前の魔物の討伐へと意識を集中させていった。




