099 結局何だったんだろう
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天使の降臨点に自身の存在を捻じ込み遺跡から姿を消したビザールは、そのままコアを感じた方向にゆっくりと進んでいった。
(不自由な道筋だ・・・)
ビザールはともすれば途切れてしまいそうな魔素の繋がりに身を任せ、やがて一つのスポットに降り立った。
ライナの遺跡とは打って変わって熱気が立ち込め、今まで気にしたこともなかった装備の不快感をビザールは感じた。
「暑い・・・」
思わず呟いた。
見渡せばそこかしこに葉の多い木が生えている。蔦や背の高い草が生茂り、葉っぱばかりが目につく。
どこからともなく聞こえる獣の鳴き声、ザワザワと伝わる獣の気配。
・・・ビザールは熱帯の降臨点に降り立っていた。
(どういうことだ?コアの気配が遠いままだ)
絶対的な距離としては少なからず近付いているようだが、コアとはまだまだ距離のある地点。天使の降臨点をなぞるように辿っただけのビザールには、降臨点が少ないという事情は知る由もないことである。
ライナから南西を目指した先、唯一の降臨点である未開の熱帯に辿り着いたのは必然であった。
天使の道を利用するやり方は非効率的かもしれないとビザールは考え、気配のする方への移動手段として自らの足を選ぶことにした。
熱帯。そこは有象無象の野生が折り重なって複雑な生態系を織りなす大自然である。
しかしそうは言っても迷宮の覇者であるホムンクルスには、せいぜい羽虫が鬱陶しいのと同程度でしかない。
ガサガサと草木を分けて進むビザールは、襲いかかる多様な獣をものともせずコアを目指す。
コアを目指す彼の道のりは、たとえホムンクルスといえど簡単なものではなかった。いや、ホムンクルスは大して苦にしなかったかもしれない。
まず真っ先に立ちはだかった障害はガガ峰を擁する山脈である。
山脈にはエンドランドラゴンを頂点とした龍系あるいは飛行系の生き物達と、標高が高いゆえの気温や環境に適応した地上の生き物たちが跋扈している。
・・・しかし悲しいかな、迷宮の守護者たるドラゴンすら一閃の下に倒したビザールにとっては、エンドランドラゴンですらまともに敵対できるレベルにはなかった。
ビザールに気付き排除に向かった若いエンドランドラゴンは、生まれて初めて圧倒的な強者を前にした絶望感を自覚し、戦うことなくビザールに屈服していた。
ビザールはと言うと、ドラゴンのことなどお構いなしに先を目指す。
ビザールにとって大きな問題だったのは、熱帯の寒暖差や魔素溜まりの存在だろう。
先ほどまで汗ばんでいたかと思えば急に自身の手中にある魔素の濃度が下がったりしたし、山を登り始めると次第に手足が凍え始めた。
暑い、寒いなどという感覚とは無縁で生きてきたホムンクルスだったが、ドラゴンに由来する思考という苦痛は逆算的に感覚への解釈を生み、解釈の結果はそのまま、感覚がもたらす快不快を言葉通りに実感するという無駄を生んでいた。
(苦痛にも色々あるのだな)
ビザールはドラゴンの言葉を思い出しながら、刻々と変化する環境を進んでいく。
エンドランドラゴンすら屈服する強者に突撃するような生き物は早々いない。いるとすればそれは相当に程度の低いそれこそ羽虫のようなものか、あるいはタガの外れた戦闘狂いだけだろう。
酔狂な熱帯の上位者が数体ビザールを襲ったが、当然のように返り討ちに終わっていた。
ホムンクルスにまかり間違って仕掛けてしまったエンドランドラゴンの一体はというと、何を思ったのかそのまま彼に同行していた。絶対の強者への畏怖か、はたまた迷宮内の魔物たちがそうであったように彼が残滓を内包す迷宮というシステムに感応するものがあったのか・・・。
エンドランドラゴンは掛け値なしにガガ峰を含む山脈の覇者であり、その影響は計り知れない。もしもエンドランドラゴンが遠くの空で目撃されるようなことがあれば、麓の町や村の民は数日外出を控えるだろうし、獣たちですら大人しく木陰を求めるだろう。
エンドランドラゴンが山脈から降りてくるなどという事態は、当然、脅威以外の何物でもない。
熱帯から山脈を越えた先、ダンジョンへと至る道中には一つの町がある。
賢者の町である。
一人の大賢者の隠居に付き添った人々によって築かれたこの町は、ここ数年でそれまで以上に話題に登ることが多くなった。
それはインドールの風が数十年の活動に終止符を打ち、彼らと入れ替わるように台頭した英雄の再来と目される再来のエンダ擁する “再来” と、あまり明るみになってはいないものの中上流階級に多数の会員を持つ通称 “見守る会” の象徴たるボウェルが活動している “デイブレイク” の二つのパーティが理由である。
再来のエンダもデイブレイクも、メンバーの起源はこの賢者の町にある。
そんな賢者の町には一早く不穏な動きを見せるエンドランドラゴンの情報が寄せられており、ギルドを中心に最悪の事態が想定されていた。
「エンダリテさん、私たちでも大丈夫でしょうか?」
賢者の町のギルドマスター、エンドリオ=エンダリテに声をかけたのは若い冒険者、アリア=ソロジーである。
(お前たちというか、決め手はお前なんだが・・・)
エンダリテは美少女から美女へ移り変わろうとしているアリアの不安げな顔を見つつそんな事を思い、しかしそれはそれとして表向きの答えを返す。
「あぁ、最近のお前たちの活躍は知っている。それに中心になって当たるのは俺とファッガ、アルド様だ。今回招集した 3 パーティは援護に回ってもらうのに最適な選択だと考えている」
もたらされる情報を吟味するに、考えたくないことだが山の覇者は町を目指して進んでいるようだった。
それに対して賢者の町では筆頭戦力であるギルドマスターのエンダリテ、副マスターのファッガ、元インドールの風の賢者アルドを中心とした防衛戦を準備している。
戦場は町の南を流れる川を挟んだ向かいの平原を想定し、いざの時の住人の避難先にはフカウィの湖を指定していた。
(しかしなんだって山からわざわざ降りてくる・・・)
エンダリテはファッガやアルドと幾度かそのことを話し合ったが、結局理由はわからずじまいである。
そして最初の目撃情報から 10 日、住民たちの願いを裏切る形でエンドランドラゴンは姿を現したのだった。
「おい!誰かいるぞ!」
防衛戦に参加する 3 パーティからなる小隊。そのうちの一人がエンドランドラゴンを背に走る一人の男の姿を指摘する。
男はドラゴンから逃げているように見えるが、反対にドラゴンを引き付けているようにも見えた。
「当初の計画どおりに対処する!あの男にはファッガが対応してくれ!」
エンダリテが短く指示を出す。
「アルド様」
「うむ」
ドラゴンの姿が石ころくらいの大きさから次第に近づいて、ついに牛くらいになったタイミングでエンダリテはアルドに一声かけた。ドラゴンの前を走っていた男はいつしか脇に逸れ、離れたところにある橋、小隊が背にする川にかかる橋を目指したようだ。
ファッガはそちらに駆け出している。
男から目標を変えたのか、まっすぐ小隊を目指すドラゴンに向け、アルドは溜めに溜めた魔法を放った。
ドッ!ジュゥゥゥゥウウウウウーーーーー!!
太く白い一条の光となってドラゴンを襲ったのは、武術大会以後改良を重ね続けていたイレイザーカノンである。
アルドは武術大会でエンダとソロジーがイレイザーカノンを駆使する姿を見て、イレイザーカノンのさらなる可能性を感じ一層研究に力を入れていた。その成果の一つがこの、ギガントカノンとでも呼ぶべき兵器級の威力を備えた魔法だ。
「おぉ、うまいこと当たってくれたの」
「凄まじい・・・」
ギガントカノンは構築に多大な集中と時間を要するため使いどころが限られる。今回もこの 1 発以外には放てないだろう。だからこそその 1 発が正しくエンドランドラゴンに命中したことにアルドは安堵していた。
傍らに立つエンダリテは恐ろしいほどの威力の魔法に伝説のパーティの実力を改めて感じ、しかし同時に、その攻撃を受けて尚進撃を止めないドラゴンの生命力を恐ろしいと思っていた。
ギガントカノンはドラゴンの右前足から右の翼を打ち抜いたようで、地に落ちたドラゴンはぎこちなく駆け出している。
「行くぞ!尻尾とブレスに気を付けろ!」
そして小隊は近接戦へと駆け出した。
(面倒ごとは避けるに限る・・・)
遠目に開始された戦闘を横目に橋を渡るビザールには、どういう理由でかずっと付いてきたエンドランドラゴンの行末を気にするつもりはあまりなかった。
ドラゴンは迷宮の魔物ではない。迷宮を守らせるわけでないなら、特に必要な存在ではないからだ。むしろ今回の人族の待ち伏せはドラゴンのせいだろうとも考えられるため、ある意味で厄介払いできた形でもあった。ここで道を分かつとなれば、結局ドラゴンの目的はわからないままではあるが。
「おい、そこのお前!」
ビザールがかけられた声に振り返ると、猫系獣人の男が自分を追いかけて走っていた。
「なんだ」
「お前があのドラゴンを連れてきたのか?!」
「あれは勝手に付いてきた。何の縁もない」
「ならばなぜ襲われていない!」
「それはあれに聞けばいいだろう」
ビザールは声を掛けられはしたものの、大した用ではないらしいと判断し足を早める。
「お前の目的は?!どこを目指している!」
獣人の男は付いて来れないらしく、大声で問うた。
ビザールは開いた距離を詰めさせることなく、
「求めるものの方へ」
と答えてダンジョンの方角を指差し、そのまま町を素通りしていった。
「何だあいつ・・・」
置いていかれたファッガは一人呟き、戦線へと戻って行く。
「尻尾がくるぞっ」
「ブレスだ!防御!」
「こっち回復頼む」
「バフ頼む・・・」
「アルド様が撃つぞ!」
アルドの初撃で弱った右半身に攻撃を集中し、ドラゴンから徐々に継戦能力を奪って行く小隊は、圧倒的強者に対して主戦力であるエンダリテとアルドを中心に大きな負傷を出さず善戦していた。
召集された 3 パーティはいずれも補助に長け、エンダリテが補助を身に受けやすい体質であることがうまく機能しているようだ。
「おい!背後に回るな!」
誰かが叫ぶ。
ドッガァ!!
それとほぼ同時にエンドランドラゴンの尻尾が振り抜かれ、一人の冒険者が吹き飛ばされた。
「・・・」
声もなく地面を転がるその冒険者は上半身を潰され、たった一撃で明らかに瀕死に陥っていた。
3 パーティの全員が改めてエンドランドラゴンの脅威を実感する。そしてこれまでうまくやってこれたのが、ひとえに最前線を受け持ったエンダリテとアルドのおかげだったのだということを。
「アリア!」
小隊の硬直を察し、瞬時に指示を飛ばしたのは駆けつけたばかりのファッガだ。
「はい!」
アリアは声の意図を理解し、瀕死の冒険者のための回復魔法を準備する。
回復の魔法は光る玉の形に塊り、アリアの動作に合わせて冒険者へと飛んだ。
「・・・うっ」
光に包まれ、潰された上半身が元の形を取り戻していく冒険者。
アリア擁するパーティにとってもはや日常の延長となったその光景は、しかし他の 2 パーティにとってエンドランドラゴン戦の勢いを取り戻す十分なきっかけだった。
(聞いていた以上だな)
エンダリテは作戦の要にもなりうると思っていたアリアの実力に関心しつつ、かなり弱ってきたドラゴン討伐への道筋を想定する。
アルドのイレイザーカノン、炎魔法。エンダリテの剣術。そして・・・。
「アリア、攻撃に回れ!いけるだろ!」
エンダリテはタイミングを見計らい、あらかじめ作戦に組み込みそれとなくアリアにも伝えていたアリアの攻撃への参加を促す。
・・・エンダリテはアルドから、アリアの冒険者への推薦を聞いたあの日以後、たびたびソロジー姉妹のことを話されていた。
保護者のような立場でアリアに付き添って王国の大祭へと赴いたアルドが、町に帰ってくるとアリアとペイネのある種ファンになっていたことを、エンダリテは密かに面白く思っていたのだった。
しかしそこは賢者アルドの威厳である。エンダリテはアルドの言葉を半ば以上に信じ、アリアの攻撃転用の可能性をここ一番で支持したのだった。
「え、でも」
戸惑うアリアにエンダリテは発破をかける。
「いける!やれ!」
「・・・はい、いきます!カイシオさん離れます!」
「おうっ行け!」
リーダーのカイシオもアリアを送り出した。
アリアの攻撃手段は少ない。
直接的なものはせいぜい姉を模倣した擬似風魔法くらいだろう。
しかしそれとは別に、回復魔法を応用した魔法を密かに練習していた。
(ディスオーダー・・・!)
そう名付けた魔素の流れはエンドランドラゴンに潜り込み体内の魔素の循環を乱し、やがてドラゴンの意識を撹乱していく。
グギャアギャギャギャ!!
ドラゴンは身をよじり魔素の循環に意識を集中させようとするが、時間と共に流れ込むアリアの魔素に抵抗しきれない。
(いける!)
アリアはこれまでの戦闘で散々ドラゴンを弱らせた、その主役たるエンダリテとアルドの貢献に感謝しつつエンドランドラゴンとの駆け引きに集中する。
回復魔法を暴走させ体内の構成を無秩序へと促すソレは、アリアが知るところではないがクレアもかつてたまに使っていた。クレアは結局、直接的な攻撃の簡便さと強力さのために最近は使わなくなったが。
グルルルッガルルッ!グルア!
小隊から意識を逸らしつつ暴れ回るドラゴンには隙が生まれ、隙を見逃すほど冒険者たちも甘くはない。
「補助頼む!」
ファッガが叫び、ファッガとエンダリテはドラゴンの前面に回る。
「行くぞ!」
「おう!」
そして二人はドラゴンの頭に斬りかかった。
ファッガは獣化の度合いを高め両眼に殴りかかり、鼻を、首を殴打する。
「はああああぁぁぁぁっ!!!」
ドラゴンがファッガの攻撃に怯んでもたげた首に、エンダリテは盾を手放し両手で持った剣で渾身の一撃を叩き込んだ。
ズドッ・・・。
・・・数十分にも及ぶ戦闘の末、ついにエンドランゴラゴンは首を落とされ討伐された。
「「うおぉぉぉ!」」
エンダリテのとどめが決まったことを見届けた冒険者たちは勝鬨をあげ、そして興奮が次第に覚めると、エンドランドラゴンの素材を余すことなく利用すべく解体に取りかかった。
フカウィの湖に避難していた住民たちにも冒険者の一人がドラゴン討伐の一報を届け、近年稀にみる戦果であるドラゴンの肉を主役に、その日は急遽祭が開かれることとなった。
「アルド様、わたくしはアルド様の言葉とはいえ、侮っていたようです」
肉を焼く匂いが立ち込める広場の片隅に腰掛けたエンダリテは、隣に座るアルドに話しかける。
「そうかの」
「えぇ。アルド様が姉妹揃って、とおっしゃったのは、何も誇張ではなかったのですね」
「まぁの。ワシもこの年で驚かされることがまだまだある」
そうして二人は冒険者パーティの中でも話題の筆頭にあるデイブレイクや、そのリーダークレアの妹アリアのことをあれこれと話しつつ肉祭りを楽しんだのだった。
全然関係ないようなそうでもないようなことを呟くのですが、物語の中でもどこでも、人は成長すると採れる選択肢が増えて判断の材料も増えて、考えや行動が総合的になるよねと私は思っています。
何が言いたいかというと、話が進むにつれ細部をいちいち細かく説明してもしょうがないよね、という私の考え(諦念)をストックを修正しつつ感じているということです。
物書きとしての才能のなさなのでしょうか。




