098 理不尽系
*** オヴァリ=エンダ ***
僕たち再来とドラゴンロアが中心となって、迷宮の新たな入口からの魔物の流出に応じること 3 週間。僕たちもドラゴンロアもだいぶ迷宮の魔物との戦闘に慣れてきていた。
迷宮の入口付近の構造が把握できて、ドラゴンロアと再来がお互いのパーティの得手、不得手をおおよそ掴めてきたからだ。
魔物の種類こそ違えど、迷宮から現れる魔物たちの強さは、ダンジョンの城下町から暗闇の城くらいに出てくる魔物に近いと思う。城下町周辺のケンタウロスやミノタウロスのように集団では襲ってこないのが救いだ。
しかし僕たちが一番気にしていた存在がついに再び姿を現した。
初めてこの入口が開かれた時、夕景の中佇んでいた、人の姿をした彼だ。
「うぉっ」
巡回中、最初に彼に気付いたのはグレイモアさんだった。
いつかのようにふと気付けばそこに居た、という感じで彼は現れ、そして僕たちは彼の力が増していることをはっきり感じていた。
「コアは戻っていない。ここではない・・・」
彼はそんなことを言う。
「お前は何者だ?どこから現れた」
グレイモアさんが問う。彼は小首を傾げ、
「私はビザールと名付けられた。どこからと問われれば、魔素の狭間からだろうか」
・・・どういう意味だろう。
分からないことがある時、その状況は自分たちが弱い立場にいる可能性を示唆している。彼は僕の、僕たちの知らない事を知っている。
「ところであちらには何がある?」
そう言ってビザールが指さしたのは、方角で言えばライナから西、どちらかと言えば南西方向だった。
「それを聞いてどうするんだ?」
僕も問う。
「手間は省きたいと、先ほどそう考えたのだ」
「先ほど?」
僕の疑問には答えず、ビザールはもう一度、何がある?と繰り返した。
「アンナー山かな」
何を律儀に答えてるんだろうと自分でも思いつつ、僕は答える。
「山・・・いやむしろ地下には何がある」
地下?地下ならばダンジョンだろうか?
迷宮から出てきたかもしれない彼が、ダンジョンに用があるのだろうか。
・・・何とも言い難いとてつもなく不安な気持ちが込み上げてくる。
「お前は僕たちの敵なのか?」
「敵とはどういう存在を言うのか?私には味方などいない。それは全て取り込んでしまった」
「要するに、敵だな」
グレイモアさんがスッと臨戦態勢に入った。
そうだ。どう考えても彼という存在は異質だ。確証はないけれど、僕の冒険者としての勘が彼を野放しにしてはいけないと告げている。
「無駄は省きたいと・・・いや、大差ないか」
そう言って彼も剣を抜いた。
恐ろしい程の速さで駆けグレイモアさんに迫ったビザールは水魔法と風魔法でグレイモアさんの足を掬い、そして態勢の崩れたところに盾での突進を合わせた。見た目からは想像できないほど大きな衝撃が生まれ。グレイモアさんは戦線から剥がされる。
「下がって!」
レイネさんの言葉に考えるより早く体で反応した僕がバックステップを踏むと、ビザールは見えない力によって地面に押しつけられた。
僕はビザールの直上に土魔法で超重量の岩を生み出し、それをレイネさんの重力魔法の効果圏内に落とす。
この複合魔法は完全にうまくはまった時でないと予備動作が大きくカウンターの危険があるけれど、威力は絶大でフレアドラゴンすら一撃で沈めることもできる。
・・・しかし僕の予想を裏切って岩は彼の肘鉄によって砕け散り、あろうことか小さくなった岩はレイネさんの魔法を突き抜けて僕たちに飛来した。
ガガガガッ、ドガガッ!
僕とナユタさんが盾になって岩を弾く。
重力魔法での拘束を振り切れてこそいないものの、ビザールはその場に立ち上がった。
「何なんだ一体・・・」
僕は剣を構えビザールを見据える。
そして再び足を出そうとしたところへ、聞いたことのない声がどこからか響いた。
「あ゛ーん?おいどうなってんだ?」
新手への危機感から、思わずビザールから目を切って振り返ってしまう。
・・・振り返った先には若い女が立っていた。
整った顔立ちの彼女は魔族然とした出で立ちで、もしかすると悪魔かもしれないと僕は思った。
「なぁレデルカよぉ」
そう言いつつ彼女は更に後方を振り返るけれど、レデルカと呼ばれた人物は見当たらない。
「クッソ、あいつ逃げたな・・・まぁその気持ちは分かるが・・・」
「また狭間の者か。いや、お前もコアの簒奪者ではないようだな」
明らかに油断している僕に対して斬りかからないまま、ビザールはビザールで何か独り言を言っている。
ノトは万全じゃない。レイネさんはビザールにかかりっきり。グレイモアさんは吹き飛ばされて少し遠い。
「俺が」
そう言ってナユタさんが新手の彼女に刀を向ける。
「あ゛ー。お前もなんか変だな。まぁでもあたしが用があるとしたらお前じゃなくてあっちの・・・」
言い終わらないうちに彼女の眼前には六芒星の魔法陣が展開され、漆黒のエネルギー弾が超速で放たれる。
ドッドドドドド!!!
放たれたそれは僕を素通りしてビザールを襲い、しかしいつしかビザールの姿は消えていた。
「チッ。溶けたな」
彼女が舌打ちする。
そして僕はふと、自分の体がとても軽いことに・・・今まで見えていなかった精霊らしきものたちがはっきり見えていることを自覚した。
「やつの残滓に好かれたか・・・」
彼女は僕を睨みつけつつ呟いた。
やつの残滓?ビザールからこの精霊のような何かが溢れたとでも云うんだろうか?
無言で左手を僕に向け、新たな魔法陣を展開する彼女は完全に僕たちの敵だ。
僕はかつてないほどに魔法の力が漲るのを感じ、悪魔かもしれない彼女に剣を向ける。
「仕方ない、とりあえずヤるか」
怠そうに誰にともなく口にして、彼女は再びエネルギー弾を放った。
「うおぉぉ!」
僕は身軽になった体を目一杯動かして、剣と火魔法で全ての弾道を遮る。
・・・やれる。すごく調子がいい!
問題は綺麗な女の人相手に戦うのは躊躇われることだけど、何も殺す必要はない。ただ強者相手では捕縛の方が格段に難しいというのも事実。
「エンダ!光だ!」
戻ってきていたグレイモアさんが叫び、僕は光魔法の一つ、閃光爆発とでも呼ぶべき魔法を構築する。
数秒の溜めの間に距離を詰め、敵の攻撃は剣と火魔法でいなしつつ、構築が終わるとともにそれを放った。
ガッッッ・・・・・・
鮮烈な光が弾け目が眩むけれど、指向性を持たせていたので即座に視界も戻る。
見れば彼女はエネルギー弾をそのまま壁にしたような漆黒の盾に身を隠して、僕の光魔法から身を守っていた。
「エンダ・・・。お前 "再来" か?」
彼女は盾を崩さず僕に問いかけた。
「あぁ、そうだ」
彼女は怠そうな表情から一転して不機嫌と苛立ちを顔にした。
「あ゛ーマジでツイてない・・・英雄とか勇者とか理不尽系はなー・・・」
「何のことだよ」
「はっ」
鼻で笑うようにそう言ったきり彼女はそれ以上の言葉を残さず、展開した魔法陣からのエネルギー弾を全て地面に向け放って土埃の弾幕を作ると、そのままビザールが消えたように姿を消してしまった。
「何だったんだ、どっちも・・・」
メンバーの無事を確認してから、僕は思ったままを口にした。
「あの女は魔族とか悪魔とか、そういった類か?明らかに人族とは相容れない雰囲気だったが」
ナユタさんが尋ねる。僕たちも人族領でしか生きてこなかったので、異世界人のナユタさんと同程度の感想しか持てない。
「ビザールと名乗った彼は、精霊素との距離感が歪で仕方がなかったわ。あんなに集まってるのに、全く好かれている様子ではなくて。だからエンダに移ったのかしら?」
珍しくレイネさんの長文を聞いた。それは多分、急に僕の体が軽くなった要因なんだろう。
「それにしても強かったな・・・」
グレイモアさんは初手で弾かれた悔しさのためか表情が怖い。
ともあれ暗闇の城すら超える難度の敵、それも一気に 2 人を相手にするという局面を何とか僕たちは乗り越えた。
タイミングや運が良かっただけかもしれないけれど。それでもいい。
・・・彼女が言った理不尽系という言葉が気になるところだけど、それも僕たちが生き延びたことと関係しているんだろうか?
見回りの残りの担当時間は再び彼らが現れないか警戒して過ごし、夜を迎えると僕たちはギルドに一通りの顛末を伝えに戻った。
***
序列戦に登壇したシェリーとガオラン。二人パーティの場合、最下層への挑戦権には二人ともが序列戦を制することが求められる。
シェリーは小間使いとしても用立ててきたガオランへの指導の成果がどれほどのものか、自分の試合はともかく楽しみに思う気持ちが湧くのを感じていた。
暗闇の城の王の間に構えるレイラーン戦から遡ること数日。
迷宮でド素人のガオラン相手にカース流を指南する少女シェリーこと魔王ケルオスは、ガオランが予想よりはマシな程度にカース流の型を覚えつつあることに満足していた。
・・・基本となる型を何も持っていないガオランが、一つの型を覚えられるかどうかはケルオスにとって未知であった。すぐに吸収していくか、はたまた全くその意味を理解できず身につかないか。
当初ガオランの型への抵抗は本人が口にするよりも強く、その原因が少しの間分からず諦めかけたケルオスだったが、迷宮にガオランを取り込み本格的な指導を始めて少し経った頃、外から取り込んだケンタウロスを唐突にぶつけてみた時に突破口が見えた。
「おい、お前、いつまで無意識に体を任せるつもりだ?」
「はい師匠!そんなつもりは全然ないんですけれど!」
本人がどういうつもりかはともかく、型を覚えさせるという視点に立って観察していたケルオスには、今の対応・・・ケンタウロスへの対応は落第点だった。
「いいか、お前の身体能力が高いのはもう十分分かってるんだ。その上でそれを取っ払って型を身につけろって話をしてるのは分かるよな?」
「えぇ。もちろんです師匠!」
返事は良いんだがな、と内心思いつつケルオスは続ける。
「俺はどうもその辺を別個に考え過ぎていたみたいだ・・・。ガオラン、お前は未だに身体強化が感覚任せに過ぎる。型を扱うならそれにあった身体強化ってのがある。そもそも型に入るために普段からすべき体の動かし方ってものもある」
「つまり・・・どういうことでしょうか、師匠」
「つまりだな」
そう言って適当に見繕ったケンタウロスをもう一体送り込む。
ケルオスの分身体は襲いかかるケンタウロスの足元に滑り込むや、大剣の刺突と斬撃をケンタウロスが持つ剣の隙を縫うように、あるいは剣すら押し負かしながら繰り返した。
ただでさえ少女より遥かに大きい上に機動力の高いケンタウロスが少女の剣撃に圧倒される様子は、ガオランにとってある種の舞のように感じられる。そしてケンタウロスは打ち倒され、迷宮に吸収されていった。
「いつ見てもすごいです、師匠・・・」
「お前、今の俺の動きの意味が分かったか?」
ガオランは師が自分のために一戦、見せるための戦いをしたことは分かっていた。そして自分なりに感じたことを答える。
「えっと、余計な所に力が入ってない、ってことですか?」
弟子の答えに師匠は一つ頷く。
「及第点だが不十分だな」
そして大剣を 2 度、3 度と振り、大剣の流れに合わせて体を動かす。
「いいか、余計な力を抜くってのは、当たり前のことだ。でもそうじゃない。力は抜くんじゃなくて抜けるんだ。それは副次的なもので、必要なことだけを研ぎ澄ますことが真に重要なんだ」
分かるか?とガオランの顔を見つつケルオスは続けた。
「そして必要な力ってのは、いつだってたった一本の道筋で語られる。敵がどう動こうが、環境がどうだろうが、関係ない。それをひっくるめて、一つだけだ。一つだとどうなる?」
「えっと、動きが繋がる・・・?」
ケルオスはこの回答には満足気に頷く。
もう一度剣を振り型を見せ、そしてガオランを向き直る。
「お前にやらせてるこの型ってのが一連の流れなのはそういう理由だ。順序の違いこそあれ、必要だから流れでやらせてる。型を覚えるために流れがあるんじゃない。流れを自分のものにすることこそが型なんだ」
「・・・なんとなく分かりました、師匠!」
「それで言うとお前の動作は相変わらず行き当たりばったりで見ちゃいられない。これまでは敵を倒すことに主眼を置いていたが、きっちり強くなりたいなら型を侮るな。型に嵌まれ。型を信仰しろ」
「宗教なんですか」
ケルオスは怪訝そうな顔になる。
「俺は宗教なんぞ信じてない・・・。だが、わかるか?俺という存在が俺の思う俺であることは俺にとって絶対の基準だ。それを俺が信じている限り、俺は俺でいられる。それを信仰と俺が勝手に呼んでいるだけだ」
ケルオスは自分に言い聞かせるように言葉を並べた。
「まぁいい。とにかく流れだ」
これをきっかけにガオランの体は次第にガオランの意志に対して素直さを見せ始め、そして型の習得も捗り始めたのだった。
ダンジョンから地上への帰還を決めて少しした頃のことである。
二人は地上では商隊から最低限のものを揃えるとすぐダンジョンに戻り、最速で深部を目指した。そして適当にダンジョンの魔物を吸収しつつ暗闇の城最上階でレイラーンを倒し、序列戦の舞台へと足を踏み入れた。
「ねぇシェリー、僕こういうの、よく分からないんだけど」
ガオランは序列戦という突然現れたダンジョンのシステムに戸惑いを隠せない。
「気にすんな。よくあることだ」
ケルオスの・・・シェリーの煙に巻くような答えにも、ガオランは気を悪くした様子はない。
「そうなのかな。でも何だか楽しみだね」
何が嬉しいのか、満面の笑みで言ったガオランにシェリーは、色々な意味合いをまとめて簡潔に一言返した。
「足を引っ張るなよ、付いてこい」
そして二人の序列戦が始まった。
「俺は宗教なんぞ信じてない・・・。だが、わかるか?俺という存在が俺の思う俺であることは俺にとって絶対の基準だ。それを俺が信じている限り、俺は俺でいられる。それを信仰と俺が勝手に呼んでいるだけだ」
自画自賛ですがこのセリフとても好きです。




