097 奇妙な存在
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天界に殴り込んだホムンクルスと天使たちとの戦闘は熾烈を極めた。
光を司る天使に対して、人族を模していわゆる四大元素に相当する火、水、風、土の魔法を宿されたホムンクルスたち全てが集約された彼の戦闘は、ある意味で天使と人代表の戦争と言えるかも知れない。
ドゥールーズの合図を受け、一人また一人と門に集う天使たち。
「人風情が私たちに仇なすとは」
「何世紀ぶりかな、戦いなんて」
「いや馬鹿にはできないね、あれは」
等々、すでに始まっている戦闘、ホムンクルスに対してそれぞれの所感を口にしつつ参戦していく。
天使は光に属する魔法を操り、武器は弓を得意とする者が多い。光系の魔法も弓も、どちらも近接戦闘よりは中長距離での戦闘に向いている。
一方のホムンクルスは魔法剣士であり、近中距離型だ。
剣で応戦する前線の天使数名の間を縫って飛来する光と弓。眼前の敵の攻撃だけでなく、ホムンクルスはそれら遠距離の攻撃も異常な速度で躱しあるいは剣で叩き落としていく。
「くっそ、こんなのがいきなり現れるとはなっ!」
開戦からずっと戦線に立ち続けているドゥールーズは吐き捨てるように言う。
いつもの彼の飄々とした余裕は感じられない。
「ドゥールーズ様、我々は・・・」
「待機だ!黙って見てろ!」
彼のところに集まっている数名の天使たちは、ドゥールーズの語気に萎縮してしまう。
ドゥールーズは初め侵入者に対して剣での近接戦を試みていたが、それは悪手と言わざるを得なかった。
門番であり天使たちの中でも上位の戦力である彼、インディ=ドゥールーズの全力を持ってしても侵入者を害するには至らず、即座に彼は自身の役割を時間稼ぎとみなす。
「引け!ドゥールーズ!」
いの一番に駆けつけたダ=ガスの声に少し安堵し、ドゥールーズは最前線を離れる。
剣が本職のガスに矢面を任せ、自身は距離をとって得意とする弓に持ち替えた。
しかしドゥールーズにとって誤算だったことは、自分の射撃とガスの剣戟ですら侵入者を倒せないという事実だった。
「お前、名前は何という!?」
ガスが叫びつつ問う。
「・・・」
侵入者は答えない
「名前だよ!名乗れ、強者よ!」
「名前などない」
「ハッ!そんなはずあるか!」
「必要がない」
「そうかよ!」
普通人族には誰も名前がある。それは現代では当たり前のことだ。まして力を持てば、恐れや憧れといった他者の感情が少なくとも異名を産むものである。
ガスは目の前の “人” が到底 “人” とは思えず、その奇妙な感覚は戦闘の興奮状態と混ざり合って、彼に言葉を紡がせた。
「じゃぁ名付けてやろう。ビザール!天界に不穏をもたらす歪な存在よ!」
「ビザール・・・」
ホムンクルスは自身の名となったその単語を繰り返し、不敵に笑った。
戦況が動いたのは応援の剣士が更にたどり着いた時だった。
剣士より圧倒的に数の多い弓兵は少なからず集まっていたものの、ガスのような上位者同士の戦闘に正確に弓を放てるのはその時点でドゥールーズだけであり、それを分かった上で待機に回っていた。
そんな中、ガスには一段劣る剣士が最前線に加わった。
剣士は数合の斬り合いで剣を持つ手首を落とされ、一気に心臓を突かれる。
「ガハッ・・・」
そしてそのまま息たえた彼は、敢えなくホムンクルスによって吸収されてしまった。
「なっ・・・!」
目の前でその様子を見ていたガスは思わず後退り、集まっていた全ての天使も驚愕する。
そして理解する。
この侵入者は単なる人ではない、ガスが名付けた通りに奇妙な存在である、と。
「アレ、何なわけ?」
丁度到着したばかりの、ドゥールーズに並ぶ弓使いコスモスはその光景を指して問う。
「俺にも分からん。ただ、明らかにまずい」
「どうまずいの?」
「あいつは今まで四大元素系の魔法しか使っていなかった。しかし天使を “吸収” したのだ」
「光魔法を使えるようになるってこと?」
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。だが分からないか?あいつの異常な強さはきっとあの吸収が要因だ」
唾を飲み一呼吸置いて、ドゥールーズは予想を口にした。
「俺らが負けて取り込まれるほど、あいつが強くなる可能性が高い」
そして彼の予想通り、ほんの少しではあるが、ガスが押され始めた。
(くっそ、こいつ、疲れってものを感じないのか?)
大剣使いのグラディア=ディウスが加わったにもかかわらず天使側の優勢が得られない状況の中、ガスは徐々に焦り始めていた。止まることのない剣と魔法の応酬にいつまで耐えられるか・・・ビザール側ではなく、自分たち側の不利を的確に把握した上での自問自答である。
最前線に立てる剣士は現状、ガスの他にはディウスくらいで、他の面々は天界から離れていたり持ち場を離れられなかったりする。少々腕が立つくらいではむしろ害悪であることはすでに証明されていた。
そしてその前線に合わせられる弓使いも、ドゥールーズとコスモス以外ではついさっき駆けつけたクラァくらいだろう。
他の弓使いたちはガスとディウス二人が崩れた時、一斉掃射できるように待機している。
光魔法は遠距離では精密さを欠くため、それもガスたちが応じている間は封じられている形であった。
ガスが特に危険視したのは、ビザールの無尽蔵とも思えるスタミナでも多彩な魔法技でもなくその足運びだ。
剣技自体は上級者のそれだが、達人と言えるほどのものではない。しかし明らかに足運びは熟練であり、異常に高い身体能力と噛み合ってガスやディウスの剣の流れを崩すだけでなく、援護をさせない、離れすぎず近すぎない位置を確実に押さえていた。
天使たちには知る由もないが、これはひとえにホムンクルスたちがそれぞれ剣や槍、斧など得物こそ違えど、基本設計として立ち回りや身のこなしは画一的に生み出されていたためである。
(これじゃ、まともに障壁の展開もできない・・・後衛が後衛として立ち回れない。それどころか、俺かディウスがやられたら本当に手がつけられなくなる可能性が高い)
時間の経過とともにそのことがはっきり自覚されるようになり、ガスは戦闘に必要以上の緊張を強いられることとなった。
緊張すれば力が逃げる。必要以上に疲れる。そして、綻びが生まれる。
風魔法に不意に足をとられ、体勢制御のための翼の動きはディウスとの位置関係のため制限され、そうして完全に防御方法を失ったガスの右足がビザールの剣によって切り飛ばされる。
「うぐ・・・」
「ガス!」
ディウスがすぐさま立ち位置を代わろうと動くが、手負いのガスは展開に対応できない。
「クソッ・・・!」
ガスは刹那の時間が永遠にも引き延ばされたような感覚の中、迫る剣筋を見ていた。
「・・・あ?」
そしてその刹那は、いつの間にか永遠にも似た連続的停滞に置換されてしまっていた。
(意識と知覚だけがやけにはっきりしている。走馬灯とは違うようだが)
状況がうまく把握できない中、幸いこれはビザールの仕業ではなさそうだということが、目の前で同様に殆ど停止しているビザール自身の様子から明らかだったので、ガスは少し安堵した。
(ひとまずは一旦仕切れたか。それにしても "奴" が動いてくれたとは)
ガスはものぐさな彼が腰をあげたのだと直感的に察し、そしてこの猶予が解かれた瞬間のための思考を始めた。
「・・・ふーん、とりあえずこんなものでいいか?」
そう言って戦況を止めたのは、ともすれば堕天使かと問いたくなるような見た目の天使、オーパ=エックである。
「それで?当分は保つと思うけど、後は任せていいわけ?」
「あぁ、助かった」
「そう。じゃぁ私はまた寝てるから。維持もよろしく」
エックはそれだけ言うとトボトボと歩いて何処かへ行ってしまった。
ドゥールーズはつい今し方エックの発動した魔法陣の美しさに見入りつつも呆れてしまう。
これほどの才を持ちながら、どうして彼は天使としての務めにこうも消極的でしかいられないのだろう、と。
しかしエックの魔法によって最前線の 3 人は動きを極度に遅められ、しばしの猶予がもたらされた。
展開された魔法の範囲内に効果が及んでいることを考えると、こちらからの干渉も難しそうだが、少なくとも対策を練ることはできそうだ。
エックから預かった魔法陣の核となるスクロール。集めた部下に魔力を込めさせてしばし。
「消費される魔力の程度は?」
「集まっている戦力全体で見て、2 週間ほど保てるかどうかというところでしょうか」
「何?たったそれだけか?」
「陣それ自体が消耗されている気配がありますから・・・」
「そうか」
2 週間を短いと見るか長いと見るか。ドゥールーズとしては短いと感じた。
なぜなら最高戦力たる魔王を除けば、その間に集合できるこの戦いにとって意味のある戦力はケイティくらいと思われたからだ。
魔法陣の効果が途切れた瞬間に合わせて弓や攻撃魔法を放っておくという案も、ガスとディウスが残っているので実際的ではなく、ある意味でこの時間は単に問題を先送りにしただけだ。
(根本的な解決策が見つからなければどうしようもない、か・・・)
天使長でもある魔王は、天使たち共通の認識として、世界の敵が現れた時のための力として常に万全を保っておく必要がある。
というか侵入者一人撃退できないようでは天界の守護を預かる者としての立場がない。
(そういえばビザールはコアを探していると言っていたな)
コア、と聞いて思い浮かべられるものは多くない。
地上に降りたまま戻ってこないイアの事などを鑑みれば、コアとはおそらく現迷宮のダンジョンコアのことなのではないかとドゥールーズは推察した。
(ならばそれを・・・コアとやらを探すのが先決か)
「侵入者ビザールの求めるコアを探す。陣が切れた後に応戦できるだけの人員を残して、情報収集の班を割り振る」
「人属領での捜索は降臨点が少ないため難航すると思われますが?」
人族領へ調査に赴いているイアがこの場にいないことも、問題を大きくしている。
「致し方ない。神国の巫女に助力を仰ぐことも検討しよう・・・」
こうして、おそらくダンジョンコアと思われるビザールの探し物の捜索はガイナ教を巻き込んで急遽開始された。
元々天使のお告げについてはガイナ教でもごく限られた者しか知り得ない情報であり、人族側では表向き、ガイナ教が独自に迷宮の再活性化についての見解を出した形である。
しかしたった 2 週間で探し物のありかが見つかるはずもなく、このお告げはガイナ教徒、ひいては人族に対して、ガイナ教が直接動くほどに迷宮再活性化が重大な問題であるという不安を広める結果だけを残した。
当初の見立てよりやや時間はあったものの、ビザールを押し留めていた魔法陣展開から 17 日目、ついにその効果が切れる。
ケイティだけでなく、近接戦闘に参加できる人員としてルルリラが戻れたことがこの猶予における一番の収穫であろう。
足運びに隙のない相手では、最前線に立てるのはせいぜい一人か二人である。ルルリラの参戦によって、天使たちの戦力は持久力的な意味合いを増したことになる。ルルリラは回復にも長け、より前線を強固にしてくれるだろうと思われた。
そしてもう一つ、この期間で天使たちには用意したものがあった。
「バリスタ、発射用意!」
それは天使が数人がかりで引く巨大な投射機構である。
クロスボウのような形状に巨大な槍が装填されている。この槍はそれ自体が一つのアイテムであり、光魔法の蓄積によって威力と速さを増し、一射の下に敵を殲滅する兵器だ。
槍に込められる魔力は実に天使 1000 名分にも及ぶが、問題は最低でも最大値の 1/5 以上は魔力が込められていなければ、ビザールを討つのに必要な速さが得られないと思われたことだった。
探索に回らなかった天使たちは魔法陣の維持とこのバリスタの用意に尽力し、誰もが少なからず憔悴している。それほどに、このバリスタに搭載された槍は天使たちの魔力を消耗させた。
タイミングはルルリラに合わせる算段であり、事前に打ち合わせも済ませている。
・・・あらかじめドゥールーズとコスモス、ケイティが放っていた弓が、まさにガスを斬り伏せようとするビザールの剣と右腕に向かう。ビザールが弓の対処に数瞬の間を割いている僅かな時間でルルリラはガスを突き飛ばし、勢いそのままにディウスに覆いかぶさって伏せさせた。
「放てぇっ!」
ドゥールーズの合図で張り詰められた弦の緊張が解ける。
・・・キュン!
・・・ズッ・・・ビュゴォォォォォオアアアア!!!
殆ど目では追えない速度でバリスタから放たれた光の槍はビザールを穿ち、そしてその衝撃は強烈な暴風となって周囲を襲う。
「クッ・・・」
吹き付ける一陣の風を凌ぎ、槍の着弾点を誰もが見遣る。
「なんという・・・」
ドゥールーズとともにバリスタについていたコスモスが声を漏らす。
「よもやこれ程のバケモノだったとは」
クレーター状に陥没した衝撃の中央にすでにガスの姿はなく、左脇腹に大穴を開けながらもディウスとケイティと剣を交えるビザールの姿があった。
すぐさま援護に回れる上位陣が弓矢を構えるが、思うように狙いが定まらない。
ビザールは少しずつ、しかし確実に腹の傷を癒しながら、更にキレを増した立ち回りで二人の剣士を翻弄していた。
「あぁ、治った・・・」
弓兵の一人が呟く。
その一言は、この戦闘に加わった天使の絶望を代弁しているかのような悲壮を含んでいた。
ザンッ・・・。
脇腹を庇うように添えていた左手が剣を持ち直し、そして次の一合ではディウスが両断される。
「掃射!」
それよりも早くドゥールーズによって出されていた合図は、ビザールにケイティを振り向く余裕を与えないほどの弓矢と魔法の雨を降らせた。
絶え間なく降る攻撃の効果を確認するにはどうするのが最適なのだろう?
ドゥールーズはクレーターがさらにその倍ほど深くなったところで一斉掃射を止めさせた。
ケイティは幸運に見舞われたようで、初弾の爆風に乗って戦線から外れクレーターを脱していた。
天使たちが固唾を飲んで注視する中、立ち込める白い粉塵が晴れたそこには、傷にまみれながらも人外のバケモノたるビザールが屹立していた。
「・・・おい」
ドゥールーズが再びの掃射を指示するよりも早く、ビザールが言葉を発する。
「おい」
「なんだ、バケモノよ」
「ここにはコアはないようだな」
・・・何を今更、初めからそう言っているだろうと思いつつも、ドゥールーズにはビザールの意図が読めない。
「初めにそう伝えただろう」
「そうだったな。勘違いだったようだ。帰還する」
呆気に取られる天使たちは、しかしこの災厄を許すことなどもはや出来はしない。
「どこへ行くつもりだ」
「コアのもとへ」
「お前を生かしておくと思うか?」
ビザールは不思議そうに首を傾げ、天使たちを突き放す言葉を放った。
「もはや私の敵ではない。私の目的には不要だ」
そして天使を数体取り込んだホムンクルスの覇者は、門をくぐり天界を去っていった。




