096 上位精霊のプライド
*** ハル ***
キャスカが最下層への挑戦権を手に入れた。私たちと違って一人での参戦なので、彼女はそのまま扉を開くことができる。
ランガーが負けたのは何と言うかガッカリ感満載の試合だったので、特にコメントすることが無い。一応あれでもランガーはアンキスロライトからの挑戦を退け続けているんだから。
キャスカやその他の誰かがこの屋敷に来ることを想定して、私たちも魔王エテやグッグと対応を決めていた。
基本的には私たちも現状管理者側の立場なので、魔王たち同様屋敷で彼女を迎え入れることになる。ただ私たちの事情だとか人族側の事情については、グッグを倒せたらということになった。
「ゼンナよりソロジーの方が最適なんじゃない?最終試練としては」
そうグッグには言われたけれど、私としてはどっちでもいい。私は別に戦闘狂ってわけじゃないから。
・・・まぁ、ここまで至れる冒険者と手合わせしたい気持ちが無いと言えば嘘だけど。
「それは本来の管理者の務めだろう。あくまでもデイブレイクは暫定的な立場だ」
魔王がグッグにそのように告げたこともあって、私たちは観戦側と決まる。
もちろんキャスカが突然暴れ出すようなことがあれば私たちも戦うけどね。
ランガーが負けた翌日、最下層への扉は開かれ、キャスカが屋敷のドアをノックする。
見て見ぬふりをするのはそわそわして落ち着かないので、私たちもキャスカと対面することにしている。
「はいはーい」
私が真っ先に玄関に向かう。私と同室のペイネは先に応接室で待っていると言う。みんなは応接室に彼女を通した後で呼びに行くことにしよう。
「えっと、あなた、誰?」
キャスカは私たちがそうだったように、完全に武装した状態で扉の前に立っていた。
無防備を装っている私を見て面食らったようで、しかしそれでも警戒心は保ったまま問われる。
「私はクレア=ソロジー。普通先に名乗るものじゃない?」
眉根を寄せつつ、キャスカは答える。
「フェイト=キャスカよ。あなたが最下層の試練ってこと?あなたを倒せばいいの?」
随分物騒だなと思うが、思い返せば私たちの時は出迎えたのが一度遭遇したことのあったファスだったので、いきなり戦闘か?という雰囲気ではなかった。
私と初対面のキャスカの反応はおかしくない。
「とりあえず今はそのつもりはないよ。中でお茶にしよう」
そう言って私は彼女を屋敷の中に促す。
「今は、ね」
ファスの時に言われたことを同じように再現してみた。やっぱりこれ、聞く側は後で戦うんだって思うよね。
応接室かリビングかよく分からなかったけれど私たちが勝手に整えて今や立派に応接室になった部屋では、ペイネがソファに座っている。
絵になりすぎてヤバい。ふつくしひ。
・・・それはともかく、ペイネがキャスカに微笑みかけて挨拶をする。
「こんにちは、ペイネ=ボウェルよ」
キャスカはペイネの神々しさに当てられたのか数瞬ぼうっとしていたが、あぁ、とも、うん、ともつかない返事をして軽く頷くようにお辞儀をした。
お世辞抜きにキャスカも美人だけど、明らかにペイネは頂点にいる。
「とりあえず座って。人集めてくるから」
と告げて部屋を出ようとするも、
「いい、吾輩たちも揃っている」
と言いつつ魔王が部屋に入り、グッグ、ディモン、フレアが続いた。
「ファスがお茶も準備してくれるって」
グッグが教えてくれて、私はやることがなくなった。
正直この部屋がそこそこ広いとは言っても、キャスカからすればいきなり敵かもしれない 6 人もの人物に囲まれて圧迫感が強いことだろう。
よく見れば額に汗をかいている。
とりあえずフレアはファスの手伝いに回ってもらうことにして、大型の鏡に向かってコの字に配されたソファに各々腰掛けた。
ファスとフレアがお茶とお菓子を持ってきて下がると、魔王エテが口を開く。
「さて、何から話そうか」
私たちは傍観でもいいので、私はさっそくお菓子に手を付ける。ファスお手製のクッキーは見た目以上に美味しい。
「あるいは、何が聞きたい?」
問われたキャスカはしばし考え込む。
「とりあえず、あなたたちは誰で、どういう存在なんでしょうか」
「あぁすまん、自己紹介をしていなかったな。吾輩はエ=2=エテ。これはゼンナ=グッグ、それから」
「僕はリーデンローザ=ディモン。さっき入ってきたのはファスとフレア=ロージーだよ」
「うむ。それで吾輩とグッグが主にここを管理している」
「え、ちょっと待って・・・ください。“2” ってことは魔王?」
「いかにも」
キャスカは驚いているが、魔王だからといって斬りかかるようなことはないらしい。一応備えていたんだけれど。
「え?じゃぁこのダンジョンって魔王のものでその魔王がカンナバーラ領とかリフェン領を脅かしてたってこと?」
「脅かす、という表現が真に正しいかは分からんが、そうかもしれんな。ところでその二つはいつ頃成った国だ?」
「それは知らないけど・・・」
その後、アポロアとアマヤの二人と共にダンジョンを興したことを魔王エテが話し、その辺りでグッグとキャスカが試合をする流れになった。
私たちの時と同じ感じだ。
屋敷から移動し、二人が定位置につく。
「・・・それで、グッグ・・・さん、に勝てば続きを話してもらえるってことね」
「そうだね。ゼンナのことは呼び捨てでもいいよっ」
「気になるんだけど、あっちの 4 人は戦わないの?」
「彼女たちはちょっと立場が違うから。まぁそれもゼンナに勝てたらの話だね」
二人とも構える。
「いくよ」
グッグの合図で二人は動き出した。
ズズッ・・・とグッグの周りの土が隆起し、さらにそこには蔦のような太い植物が生えていく。
隆起した土はグッグの周りを檻のように囲み、そして時間が経つに連れて蔦の密度が増していく。
私の時は火魔法相手と思って取らなかった戦法だ。
ディモンとペイネとの模擬戦では何度か見た覚えがある。
いきなりの防御壁に攻めあぐねていたキャスカにグッグが声をかける。
「来ないの?開けてあげるよ」
蔦の壁の一部が開き、檻の入口のようにキャスカを誘った。
闇魔法を纏ったキャスカはファイアボールを次々に放つが、しばらく傍観していたせいで蔦の再生速度を超えて緑を減らすには至らず、そもそもキャスカから見て影になっているところには届いていない。
一箇所だけ開かれた蔦の檻は明らかな罠だが、残念ながらこの罠は移動型だ。グッグを中心にじりじりと動いていける。
意を決したように急激に加速し檻に飛び込んだキャスカ。
手にした片手剣でグッグに斬りかかるが、グッグも剣で応じる。
フラクタルは私の手にあるが、グッグは私との戦闘後、霧の里産の中でも特に質のいい剣を見繕って自分のものにしていた。
ガインッ!ガガッ!ギィィン!!
衝撃が音となって響き渡る。
人族領でも最大の武器職人が集まるレイドレの一角を担うハコバスさんを感動させたほどの逸品が、霧の里では日々鍛え上げられている。その中でも最高の一振りとなれば業物以外の何物でもない。
そして、
「くっ!」
剣に気を取られれば、檻の蔦が体を狙い、周りを気にすればグッグが隙をついてくる。
正直に言えばまだグッグは遊んでいる。
なぜなら彼女の本質は彼女が操るゴーレムそのものにあるのだから。
「ハァッ!」
闇の魔法を強め剣にまで纏わせたキャスカ。緩急の狭間、一瞬の隙を見極めグッグの剣を避け、グッグを狙う。
ゴッ・・・。
鈍く、嫌な感触を連想させる音が鳴る。
グッグの体を正しく叩いた、闇の剣とでも呼ぶべきキャスカの剣は、しかしグッグの体を裂くには至らなかった。
「ふふっ、よかった」
グッグはニッと笑い、そして剣を投げ一気に畳み掛ける。
「ゼンナさぁ、自分が本当に強いのか、最近気にしてたんだよね。実は」
ドッ!ゴッ!と、ゼンナが殴りかかるたびに鈍い音が続く。
キャスカは剣で応じているが、その剣もいつまでもつか。
「でも、なんか今日は気分がいいわ。だってやっぱりゼンナ、ちゃんと上位精霊っぽい活躍ができてるわけだし!」
・・・そんなに私に負け続けてるのが気になってたのかな?
迫る蔦、土の壁。
崩せないゴーレムの体。
そのうちに剣を折られたキャスカは、腰に下げている刀を抜くことなくグッグに敗北した。
闇魔法も解け、倒れ伏すキャスカ。
あの殴打は相当やばい。すかさずペイネが回復に向かっている。
「対個人戦でのグッグさんの安定感はすごいね。それに実際には、最上位でないパーティの 1 個くらいなら一人で相手できそう。私たち相手の時もまとめて来れば、とか言ってたし」
「ねぇソロジー、グッグさんに一回も負けてないソロジーが言っても説得力に欠けると思う・・・。まぁ実際その通りではあるんだけど」
「だよねー」
「それどっちの意味?」
うん、いやホントにグッグは強い。さすが上位精霊。
フレアがいつも萎縮して接しているのも分かるというもの。
「あ・・・」
キャスカが気がついた。
「負けたわ・・・」
ガッカリしているのか悔しいのか、両方か。キャスカは静かにうなだれている。
「ここも序列戦と一緒なの?」
「そうだよ。もうちょっと強くなってから再戦してね〜」
グッグが答え、キャスカはうなだれたまま舞台を、屋敷を後にした。
「序列戦で鍛え直せ、ってことね・・・」
そう言い残して。
一応最下層への挑戦権は持っているわけだから、序列 1 位を奪い返されない間はいつでもどうぞ、という説明をペイネが伝えている。
まぁグッグに勝てない間、私たちが何者なのかとか、キャスカとしては非常にモヤモヤする微妙な関係になってしまうけど。
それに私たちとしても彼女に深入りできないからモヤモヤが募るんだけど。
そんなこんなでキャスカと私たちはようやく出会った。
キャスカももう一踏ん張りだね。
それから、私もただキャスカを見ていたわけではない。
一つ割と重要そうな発見があった。
キャスカの闇魔法。あれは精霊だった。精霊体には成れていないようだし位も高くなさそうだけど、精霊の核とでもいうべきものに相当するところがあった。
それを彼女は彼女自身と重ね合わせていた・・・ように見える。
魔素だけじゃなく、精霊も体に取り込めるってことだろうか?そういう例はみたことがない。
もし実際にそれができるとすれば、私はフレアの力を間接的にではなくて直接私のものにすることができる。どう違うのかというと、感覚的にはゴーレムを外から操るか、それともゴーレムに入って操るか、くらい違う。と思う。
とりあえずはフレアと色々試してみないと・・・。
それからしばらくの間、序列戦ではキャスカが 1 位から 3 位の間をうろうろしつつも、徐々に闇魔法の制御能力を高めていった。
そしていつの間にか、もう一つの勢力が序列戦に迫っていた。
「ねぇクレア、クレアはあの二人、どうみてる?」
ペイネに聞かれる。あの二人というのは絶賛爆進中の、少女と、いたりいなかったりする少年のことだ。
少年はなぜか居ない時がある。どういう理由でそうなっているのか、私をはじめ管理者の誰にも分かっていない。
「うーん、よくわからない。深度から言って実力が確かなのははっきりしてるけど」
「私、ちょっと怖いのよね。あの女の子」
「どう怖いの?」
「何というか、底知れないというか・・・。」
暗闇の城では彼女が魔物を吸収したように見えたことが何回かあった。
空間魔法か、あるいはそれ以外の何かか。
もう一人の少年のことにしても、確かにあの少女には得体の知れない何かがある。
キャスカ同様早くここまできて欲しいような、ずっと暗闇の城で足止めを喰らっていて欲しいような、複雑な気分。
そんな私やペイネが感じている不穏など関係なしに彼女たちは恐ろしい速度でダンジョンを進み、暗闇の城すら大して苦でもなさそうに攻略していった。
・・・というかあの子、加速度的に強くなってない?
そしてついにはレイラーンを下し、序列戦に参戦することになったのだった。
「ようこそおいでくださいました。私はゲーティ、この舞台の管理者です」
「えぇ?おかしなことを言うんですね。こんなダンジョンの深奥で舞台だなんて」
「そんなことをおっしゃらずに、まぁお聞きください」
きっとそんなやりとりをしたことだろう。知らんけど。
そう言えば今はキャスカも序列戦にいる。どうしても舞台以後は人族領側、魔族領側のダンジョンが交わることになる。
・・・大丈夫だよね?
うんまぁいつかはこうなるんだし、遅いか早いかだと思おう。
キャスカも思ったほど好戦的じゃなさそうだし、少女もここまで断片的に観察した限りではそういう感じではないように見えた。うん、大丈夫。多分。
しかし私が気楽に考えていたのとは裏腹に、二人の遭遇をきっかけに厄介な一つの局面が生み出されることになった。
・・・厄介な、というのは控えめな表現かも知れない。
そう、実に面倒な事態が待ち受けているだなんて、この時の私たちは予想していなかった。




