095 基礎が全て
*** フェイト=キャスカ ***
結局のところ私が結論として辿り着いたのは、常闇の運用性能をあげる方法だった。
雷の運用には限界がある。手持ちも増やせるわけではない。そうなると、現状で一番汎用性の高い闇魔法での解決方法を探すしかないと判断した。
「常闇」
「ここに」
暗闇の城を徘徊するデーモンを見つけ、戦闘態勢に入る。
常闇を発動し、纏い、感覚を研ぎ澄ませていく。
単に常闇を私に重ね合わせるだけでも、これまでは十分な身体能力の向上が得られていた。だけどこの重なっている状態には無駄が多いということに、これまでの戦闘、特に序列戦で気付いた。
ログラム戦、アンキスロライト戦のような持久戦や広範囲戦の時は、出力こそ十分でも持続時間が心もとなく、次第に疲れてしまったり、綻びが出たりする。
ではどうすればこの欠点を正せるのか?私は自分自身に問いかける。
・・・思い出せ私。転移の際に少女にもらった能力以上の、私の最大のアドバンテージを!
異世界のあらゆる戦闘の知識を!マンガとか聞きかじりばっかりだけど!
そうして一度この世界のことから離れて考えてみると、私のやるべきことは案外すぐに分かった。
どういう種類のストーリーでもレベルアップパートには大雑把に二種類あると思う。基礎を叩き込むか、後付けで力を取り込むか。
基礎は大事だ。そもそもの地力を底上げしてくれたり、それだけで他を超越したり、あるいは基礎に戻ることで応用の手がかりを手に入れたり。
大体の場合強者は力の集約か精密性がずば抜けている。魔法使いも武術家も。
私にはどちらも足りない。ただ力があるだけ。
そしてどんなに力を持っていても、それを正しく表出させなければ意味がない。
要するに基礎がなっていない。
私の好きな『魔銃戦記エンダリオン』でも、主人公のファリンは自身の力の根源たる魔と銃との対話と邂逅を経て、3 段階の力の解放を得ていた。
魔も銃も元々ファリンに備わっていて、その本質を知るための機会が戦いを経るごとにファリンに訪れたわけだけど、極論を言ってしまえばそれらは最初からファリンの中にあった。
自分の力を正しく知ることが大事なんだ。
私の場合は常闇を知ることが、それだ。
だから私は常闇を “ちゃんと意識して、目的を持って” 纏う練習を始めた。
そしてそれは驚くほど効果があった。
両手剣を携えたデーモンが私に気付く。
ウォォォォ!と雄叫びを上げて剣を振りかぶり、同時に火魔法での牽制を数発放ってくるけれど、魔法はわざわざ止まって対処が必要なほどの威力じゃない。
水魔法で薄くシールドを展開してファイアボールを鈍らせ避けて走り、デーモン本体を目指す。
両手剣の振り下ろしの威力は計り知れない。しかし今となっては私の剣が勝る。
常闇を剣に纏わせ実体ではなく影で支えるように両手剣を受け止める。
ゴッ・・・鈍い音を立てて交わった剣。デーモンは返す刀で横薙ぎに私を狙うけれど、遅い。
「ハァ!」
右足、左足と常闇の補助強度を操って懐に深く潜り、きれいに敷き詰められたタイルが割れるほどの強さで地面を踏みつけて、剣をガラ空きの胸に突きつける。
ゴアアォ・・・ウォォ!
デーモンは呻き声を上げ、口から鮮血を吐いて倒れた。
うん、いい感じ。
常に全力で常闇を発動している必要はないし、力の分布だってきっちり操ればいい。
元々常闇とは彼が顕現して以後ずっと対話してきただけあって、私の意図をかなりよく汲んでくれるし、私も常闇への理解が深まっている。おかげでこの方法を始めてからの成長は自分でも驚くほどはっきりわかる。
なんで初めからこうしなかったんだろうと不思議に思うくらいだけど、力をつけるって案外こういうものなのかもしれない。
ファリンも同じように思ったことだろう。
常闇を私の表面に膜状に展開することで、アンキスロライトの水の檻にも対抗できるだろうと考えている。
推進力は舞台を足がかりに影で補助して得られるはず。ただ、かなり短期での決着を目指さないといけないかな。
城を何往復もして自信がついた頃、私はまた舞台のある城の裏面に戻った。
「お帰りなさいませ」
私が帰るや、そう言って出迎えたのはゲーティだった。
「あなたたちって、私たちのこと監視してるの?」
「いえ、わたくしは単に扉の開閉に敏感なだけです」
「そう」
丁寧な笑顔を作る闘技場の管理者。何だか嘘くさい。というか胡散臭い。
「ところで、あなたが訪れた際には試合を申し込むようにとログラムから頼まれています」
「ログラムって、序列 5 位じゃなかった?」
「いえ、今は 3 位です」
へぇ、やっぱりそれくらい強かったんだ。
「いいわ、受ける。今すぐ?」
ゲーティは少々お待ちを、と言って下がり、次に戻ってくる時には序列戦の魔物たち用の扉からゾロゾロとデモンゴーレムたちを引き連れて現れた。
「よろしく頼む」
「うん」
舞台の上でログラムが構える。私は常闇を発動する。
「・・・腕をあげたようだな」
「格上に言うセリフじゃないわ、それ」
試合開始。
ログラムは前回同様剣を使っていて、でも少し違うところもある。
明らかに影魔法を多用して私の足止めや牽制を狙っている。
常闇を発動している私に対して影魔法なんて・・・そう思って突っ込んだら、思ったよりも影魔法の圧が強くて私は考えを改めた。
常闇は闇魔法の範疇として影魔法も内包しているけれど、専門ではない。ログラムはそれこそ “専門” なんだろう。
私は常闇の効果を足元に集中させてログラムの影に対抗しつつ、体の方では剣を捌いていく。
正直に言って私は剣は素人だけど、どうもログラムも素人くさい。剣術的な意味で言えば、もしかしたら城下町の武装したアンデッドたち、その上位勢が一番 "それらしかった" かもしれない。
ともかく攻撃に流れがあまり感じられなくて、おかげで常闇を大して割り振っていない体でも反応できる。
そしてふと気付く。
「・・・前より随分強くなってない?」
「お互い様だろう」
明らかにログラムは前回の試合よりも強くなっている。まぁ私もそうなんだし、何かきっかけがあったのかもしれない。
主に影魔法の強さが増していて、本体の強さはそんなに変わっていないようにも思うけれど。
「でも、私の方が上だから」
自分に言い聞かせるようにログラムに告げてから、私は一気に常闇の出力を上げる。
常闇とのシンクロ率が上がるにつれ感じるようになった、何とも形容し難い暗い気持ち。それがスッと湧いてくるけれど、戦闘に対する集中によって無理やり押さえ込む。
地面を踏みつけて反動に備え、両手で握った剣を逆袈裟斬りに叩き込む。
「くっ!」
ログラムは剣と影で止めにかかったけれど、お構いなしに私は剣を振り切り、ログラムの脇腹から肩口にかけて大きく太刀筋を作った。
「ぐっ・・・」
衝撃で剣を手放したログラムに私は追撃を 2 度喰らわせ、ログラムは場外で再構成される。
「・・・解除」
別に必要はないけれど、何となく口にして常闇を解く。気持ちを暗闇に引っ張られそうな、そんな感覚があった。
試合が終わり舞台を降りると私の疲労感も消えていく。
試合を見ていたアンキスロライトと目が合い、どうすんの?と言われた気がした。
私は首を振って今日ではないことを伝え、あてがわれている部屋を目指した。
常闇は私が使役している闇の精霊だ。
だけどその精霊自体は私に付随しているものではない。この世界のものだ。
もしかしたら精霊としての格とか位が上がると、逆に私が影響されるようなこともあるんだろうか?
シンクロ率の高い時のあの感覚は、そういうことを考えさせられる。・・・いわゆる、闇にのまれる、といった類のものかもしれない。
久しぶりに、常闇を収めたまま私は眠った。
翌日は気分もすっかり落ち着いていたので、満を持してアンキスロライトに挑戦した。
彼女もその気だったらしく、私が舞台へ赴いた時にはすでに舞台の向こうにいた。
「さ、やりましょう?」
「えぇ。今日は勝たせてもらうわ」
時間が早いせいだろうか。珍しく観客がいない。
剣を構え、常闇を発動し、そして舞台に上がる。舞台上で、なんて悠長なことはアンキスロライト戦では言っていられない。
速攻だ。
舞台にアンキスロライトが上がるやいなや最速で距離を詰める。
「気が早いね、どうしたのさ」
彼女はそう言って水魔法を発動するけれど、私には答えられる程の余裕はない。
ほぼ全力で常闇を纏い、水嵩が増してしまう前にできるだけ舞台を駆け抜けると、今回は一馬身くらいのところまで詰め寄れた。アンキスロライトはそこから動く気はないらしい。
影で舞台を掴むように前進して剣を振る。予想よりも剣が軽い。
アンキスロライトには届かないものの、彼女の周りの空気の層をいくつか突破した。
いける。
私は同調率を一気に上げアンキスロライトに迫る。
対するアンキスロライトは私の作戦を察したのか、周りの水の支配は弱めて近くの水に力を注いでいるようだ。
確かにそれだと私の常闇にも対抗できる。・・・でも、それはむしろ願ったり叶ったり。
バチチチッ・・・
私はこの舞台がある空間、その扉を開く前からずっと溜めていた一つの魔法を解放する。
ジジジッ!バジジジジッ!!
目を晦ます光と共に目の前の水の壁を貫いたそれは、私の得意な雷魔法。長々と溜めて用意していた甲斐があった。
数瞬のスタンを私は完璧に捉え、不意打ちに嵌ったアンキスロライトを今度こそ剣で薙ぎ倒し、私は序列戦 2 位の座を奪った。
なんだかんだ言ったところで、アンキスロライトをたったひと工夫で倒せるとは思っていなかった。用意していた戦略その 2 がうまく決まった形だ。
できれば真っ向勝負で勝ちたかったけれど、それはもし挑戦されたらということにしよう。
ひとまず今は勝てたこと、そのための方策が実を結んだことを喜びたい。
「あーあ、昨日のを見てる分にはまだ勝てそうだったんだけどな」
「むしろ相性の悪かった私が頑張ったところを褒めてくれてもいいんだけど?」
「それは認めるわ」
何だろう。案外あっさりしている。
ヒラヒラと手を降って扉に向かうアンキスロライトを見送って、私は久しぶりに上機嫌で舞台を降りた。
いよいよ明日は序列 1 位に挑むつもりだ。
*** リーデンローザ=ディモン ***
昨日は朝早くからフレアに起こされて、何事かと思って応接室に行くとソロジーが既にその試合を見ていた。
序列 2 位戦だ。
ソロジーの強化プログラムを経て水魔法の絶対量を増やしたアンキスロライトは、今の僕でも勝てるか怪しい。勝てるとは思うけど。
そのアンキスロライトに対して闇魔法での一点突破を狙うキャスカは戦略を決めきり、序列 2 位戦はキャスカの勝ちで終わった。
そして翌日、ついに僕たち以外に初めてランガーが力を発揮する場面が訪れた。
・・・はずなのに、なぜかランガーは一瞬で負けていた。
何で?
「あー、馬鹿だなぁ・・・」
ソロジーは何か分かったらしい。
「ねぇ、何だったの?」
「見栄を張ったというか調子に乗ったというか」
えっと、つまり?
鏡の向こうではランガーが何やら喚いている。・・・よく見ると彼の側にはいつもの鏡がない。
うん、分かった。見栄を張っている、というソロジーの言葉ではっきり分かった。
ランガーはここ最近鏡なしでいつもの魔法を使えるようになった。そのことを実践で試そうとしたら思ったほどの効果が出なくて呆気なく負けた。
そういうことだろう。・・・いっそ気付きたくなかった。
ともかく、そんなこんなでキャスカは魔族領ダンジョン初の踏破者になり、最下層への挑戦権を得た。
ランガーを打ち負かしたキャスカは微妙な表情のまま舞台降りて自室に向かったようだ。
何だろうこのがっかり感。
「ランガーは実は実力も才能もちゃんとあるのにどこか抜けてるというか、ガラも悪いけど憎めないというか、そういう魅力?があるよね」
いつかそう言ったソロジーの気持ちが僕にもようやく分かった気がした。




