第七話 声明と逆転
翌朝、カインが研究室に着く前に、ギルドの掲示板に一枚の文書が貼り出された。
「星砂鉄の品質に関する公式声明」という見出しで、エシュラー侯爵家の名義と、ギルド上位錬金術師五名の連署が入っている。
内容は簡潔だった。
星砂鉄はエシュラー侯爵領の固有の地質条件によってのみ産出される天然素材であり、その物性は産地に固有のものである。市場に出回りつつある代替品と称するものは、品質において本物に遠く及ばない。消費者は慎重に判断されたい。
リアが掲示板の前でカインを待っていた。
「見ましたか」
「今見た」
「昨夜のうちに準備して、今朝一番に貼り出したようです。ギルド内の職員のほとんどが出勤前に見ています」
カインは声明を最後まで読んだ。
文章は巧みに書かれていた。嘘は一つも書いていない。星砂鉄が天然素材であることは事実だ。産地固有の地質条件があることも事実だ。ただし「代替品は品質において本物に遠く及ばない」という部分だけは、根拠のない主張だ。
「五名の連署者は誰ですか」
「ブラントが入っています。あとは侯爵家と取引のある上位錬金術師が三名と、試験委員会のオルソンです」
「オルソンか」
昨日の異議申し立て審査で敵対した相手だ。その翌日に連署している。動きが早い。
「カインさん、これはまずいんじゃないですか。公開の場で先に「代替品は劣る」と言われてしまった」
「まずくはない」
「でも、多くの人がこれを読んで、信じてしまいます」
「信じた人は、後で覆る。その方が印象に残る」
カインは声明から目を離し、歩き始めた。
「ゴッホさんに連絡は行っているか」
「昨夜のうちに伝えました。今朝来ると言っていました」
「セリーヌさんには」
「同じく。ただ、セリーヌさんからは「自分は動かない方が良いか確認したい」と返事が来ています」
「今は動かなくて良い。今日の段取りを進める」
ゴッホが来たのは、それから一時間後だった。
老商人は声明の写しを手に持っていた。
「読んだ。先手を打ってきたな」
「予想していた」
「根拠のない主張が一箇所ある。「品質において本物に遠く及ばない」という部分だ。これは証明されていない」
「そこを使う」
カインは作業台から、完成した代替品を取り出した。
銀白色に輝く金属の塊だ。
ゴッホはそれを受け取り、しばらく眺めた。
「……これが、星砂鉄の代替品か」
「同等以上の品質だ。魔力伝導性はこちらが上回っている」
ゴッホは金属を持ち上げ、重さを確かめた。それから静かに息を吐いた。
「本物だな」
「本物だ」
「これをどう使う」
「声明への反論を、今日中に出す。ただし言葉ではなく、実物で」
ゴッホは目を細めた。
「公開の場で比較試験をするということか」
「そうだ。侯爵家の声明が「代替品は劣る」と主張するなら、実際に並べて測定すれば良い。測定結果は数字として記録に残る。誰も否定できない」
「場所は」
「ギルドの本部大広間を使わせてもらえるか、ランベール卿に申請する。昨日の公開審査と同じ形式で」
ゴッホは少し考えた。
「今日中に申請して、今日中に審査ができるか」
「声明が今朝出たばかりだ。今日中に動けば、印象として「即座に反論した」という形になる。時間を置けば置くほど、声明の内容が市場に浸透する」
「……わかった。申請の準備をしよう」
「お願いします。もう一つ頼みがある。声明に連署した五名の錬金術師たちが使っている星砂鉄の現物を、今日中に手に入れられるか」
ゴッホは眉を上げた。
「比較試験のためか」
「そうだ。侯爵家が流通させている本物の星砂鉄と、私が作った代替品を並べて測定する。結果は数字で出る」
「市場で買えば良い。少量なら今日中に手に入る」
「値段は」
「一塊で金貨十七枚ほどだ」
「それだけ出せる手持ちはあるか」
ゴッホは少し考えた。
「ある。立て替えておく」
「助かります」
ランベール卿への申請は、予想より早く通った。
カインが面会を申し込むと、ランベールはすでに今朝の声明を読んでいて、カインが来ることをほぼ予測していたような反応だった。
「声明について話しに来たのだろう」
「はい。今日中に公開の比較試験を行いたい。大広間を使わせていただけますか」
ランベールはしばらくカインを見た。
「比較試験、というのは」
「エシュラー侯爵家が市場で流通させている星砂鉄と、私が廃棄素材から作った代替品を並べ、同じ測定基準で品質を比較します。測定は昨日の審査と同じ形式で、セリーヌさんに依頼する予定です」
「セリーヌが引き受けるか」
「確認中です」
ランベールは指を机に置いた。
「カイン・ロウ、一つ聞く。今日これをやれば、侯爵家は本格的に動く。今の段階でそれを受けるつもりか」
「はい」
「根拠は」
「昨日の公開審査の記録があります。廃棄素材を使った品の品質は技術的に問題なしと、公式に証明されました。声明への反論を数字で示せれば、ギルドとして無視できない状況になります」
ランベールは長い沈黙を置いた。
窓の外を見て、それから手元の書類に目を落として、また顔を上げた。
「……大広間は使って良い。ただし条件がある」
「聞かせてください」
「試験委員会からの異議が出た場合、ギルド長として対処する必要がある。その場合、私が正式に関与することになる。それを理解した上でやれ」
「はい」
「わかった。許可する」
カインは立ち上がり、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼は後にしろ。まず終わらせてから言え」
ランベールの言葉は、以前ゴッホに言われたものと同じだった。カインは少し意外に思いながら部屋を出た。
セリーヌへの連絡はリアが行い、昼前に返事が来た。
「引き受けます。ただし、測定は完全に公正な形で行う。どちらかに有利な条件は作らない。それが条件です」
「もちろんです」
「では二時から大広間で」
準備の時間は三時間あった。
ゴッホが市場で手に入れた本物の星砂鉄が届いたのは昼の少し前だった。
カインはそれを受け取り、「価値創造の眼」で確認した。
「エシュラー侯爵領産・星砂鉄。強度:高い。魔力伝導性:標準的。市場価格:金貨十七枚」
自分が作った代替品の数値と比較した。
強度は同等。魔力伝導性は代替品の方が上。
(これで測定すれば、結果は出る)
リアが昼食を持ってきた。パンとスープと、焼いた肉が少し。
「食べてください」
「ありがとう」
「緊張しますか」
「しない」
「本当に」
「本当に。準備はできている」
リアはカインの向かいに座り、自分の分の食事を出した。
「私は緊張しています」
「良いことだ。緊張は集中力を上げる」
「そういうものですか」
「詐欺師の時は、緊張しない方法を研究していた。しかし今は、緊張の使い方を変えた。集中に変える」
リアは少し考えてから言った。
「カインさんは、前世の話をする時だけ、少し顔が変わりますね」
「変わるか」
「少し遠いところを見るような顔になります」
カインはパンを千切りながら、少し考えた。
「後悔がある。消えるものでもないから、たまに出るんだろう」
「後悔を、今のエネルギーに変えているんですね」
「そうかもしれない」
リアは静かに頷いた。
「良いと思います」
それだけ言って、食事に戻った。
カインも食事を続けた。
窓の外では、首都の昼の音が続いていた。
午後二時、大広間に人が集まり始めた。
今朝の声明を見た者たちの多くが、「比較試験が行われる」という話を聞きつけて来ていた。見学席はあっという間に埋まり、昨日の公開審査より多い人数になった。
傍聴席の後ろには、見慣れない顔も混じっていた。
市場の商人たちだ。
「星砂鉄」の価格変動は、市場全体に影響する。商人たちがこの試験に注目するのは当然だった。
さらに、冒険者ギルドの代表者の姿もあった。武具の強化素材は冒険者にとって直接関係する話だ。
審査台にはセリーヌが立ち、その横に技術評価部門の評価者が二名。
カインは二つの金属を持って審査台の前に立った。
一方は、市場で購入した本物の星砂鉄。
もう一方は、カインが廃棄素材から作った代替品。
見た目は似ている。どちらも銀白色に輝く金属の塊だ。大きさも揃えてある。
「では始めます」
セリーヌの声が広間に響いた。
「本日の比較試験は、今朝エシュラー侯爵家から発表された声明に対する技術的な検証です。声明では「代替品は品質において本物に遠く及ばない」と述べられていますが、その主張を測定によって確認します。測定は公正に行い、全て記録に残します」
セリーヌは二つの金属を手に取り、分析装置にかけた。
広間が静まり返った。
測定結果が表示された。
セリーヌはその結果を見て、一瞬だけ目を細めた。
「読み上げます」
セリーヌの声は落ち着いていたが、広間に隅まで届く、はっきりとした声だった。
「星砂鉄・強度測定値:八十七。カイン・ロウ製代替品・強度測定値:八十六」
ざわめきが起きた。
ほぼ同等だ。
「星砂鉄・魔力伝導性測定値:七十二。カイン・ロウ製代替品・魔力伝導性測定値:七十九」
広間が、静かになった。
その静けさは、驚愕の静けさだった。
強度はほぼ同等で、魔力伝導性は代替品の方が上回っている。
「声明に記された「品質において本物に遠く及ばない」という主張は、測定結果と一致しません。以上を記録に残します」
セリーヌは淡々と言った。
それだけで十分だった。
広間が一気にざわめいた。
「代替品の方が魔力伝導性が高い?」
「星砂鉄が金貨十七枚で、代替品はほぼゼロコストで作れるのか?」
「侯爵家の声明は間違いだったのか?」
ざわめきの中に、動揺した顔と、驚いた顔と、計算する顔が混じっていた。
商人たちが互いに話し合っている。
冒険者代表が何か書き留めている。
傍聴席の端で、ゴッホが腕を組んで静かにその様子を見ていた。
カインは審査台の前に立ったまま、広間の反応を観察した。
予定通りだ。
声明が出て、比較試験が行われ、数字で結果が出た。これは誰も否定できない。
侯爵家が「品質が劣る」と主張した代替品が、実際には同等以上の品質だということが、公式に記録された。
「カイン・ロウ」
セリーヌが呼んだ。
「代替品の材料と製造方法を、簡潔に説明してもらえますか」
「廃棄素材の原石から精製しました。エシュラー侯爵領の採掘物ではありません。原石は首都の廃棄物処理場から入手したものです。製造コストはほぼゼロです」
広間のざわめきが、また大きくなった。
「廃棄物処理場の石から、星砂鉄と同等以上のものが作れる?」
「それが本当なら、星砂鉄の値段は……」
「侯爵家の独占は……」
カインは静かに広間を見渡した。
ここにいる全員が、今日のこの場面を覚えているだろう。そして広間の外に出た後、この話を広める。
それが次の波になる。
試験が終わった後、広間に一人の男が現れた。
試験委員会のオルソンだ。
赤い顔をして、カインに向かって歩いてくる。
「待て、カイン・ロウ」
カインは振り返った。
「この試験は、ギルドとして認可されたものか」
「ギルド長の許可を得ています」
「そんな許可は聞いていない」
「先ほどランベール卿に確認していただいても構いません」
オルソンは顔を歪めた。
「このような試験で、侯爵家が不利益を受けた場合、誰が責任を取る」
「私が行ったのは技術的な測定です。数字に責任を取る必要はありません。数字は事実ですから」
「詭弁だ」
「測定結果のどこかに問題があるなら、具体的に指摘してください。セリーヌ・ヴォルフさんが測定し、技術評価部門の評価者二名が立ち会っています。測定の公正性に疑義があれば、正式に申し立てる手続きがあります」
オルソンは言葉に詰まった。
測定の公正性に問題はない。セリーヌが担当し、評価者が立ち会っている。手続きも正規だ。
「……覚えておけ」
オルソンはそれだけ言って、踵を返した。
昨日も同じ捨て台詞を言って去った。カインは静かにその背中を見送った。
リアが隣に来た。
「大丈夫ですか」
「問題ない。オルソンは動けない。動けば動くほど、侯爵家の意向で動いているという証拠が積み上がる」
「わかっていてもあの目つきは怖いです」
「慣れる」
「慣れたくないです」
カインは少し笑った。
リアが驚いた顔をした。
「……カインさんが笑った」
「笑ったことがないわけじゃない」
「めったに笑わないじゃないですか」
「今日は、予定通りにいった。それが嬉しい」
リアはしばらくカインを見て、それから一緒に笑った。
大広間が空になりかけた頃、ランベールが現れた。
試験の全過程を、どこかから見ていたのかもしれない。
「結果は聞いた」
ランベールはカインに近づいた。
「侯爵家は黙っていないだろう」
「そうなると思います」
「お前への直接的な圧力が来るかもしれない」
「来るでしょう」
「ギルドとして、どこまで保護できるかは約束できない」
「わかっています」
ランベールはカインをじっと見た。
「一つ確認する。お前は今日のこれで、何を目指している」
「市場に正しい情報を届けることです。星砂鉄の代替品が存在すること、その品質が本物に劣らないこと、廃棄素材からも価値あるものが作れること。これが広まれば、市場が変わります」
「侯爵家を潰すつもりか」
「侯爵家が自分で判断することです。正しい情報が市場に出れば、独占の意味は薄れます。その後どうするかは、侯爵家次第です」
ランベールは少し考えた。
「……推薦昇格の件、検討する」
カインは少し驚いた。
「昨日の審査と今日の試験の結果を見た。銀色見習いの立場では、これ以上大きな動きは難しい。金色見習いへの昇格推薦を、私が出す」
「ありがとうございます」
「礼は後でいい。まだ話は終わっていない」
ランベールは声を低くした。
「侯爵家が次に打つ手は、おそらくお前の個人的な立場を攻撃することになる。過去の経歴、転生者であること、借金の問題……何でも使ってくる可能性がある」
「承知しています」
「準備はあるか」
「ある程度は。ただし、全てを防ぐことはできません」
「正直だな」
「嘘をついても意味がないので」
ランベールは小さく頷いた。
「ギルドとして、公正な判断を続ける。それ以上のことは約束できないが、それは守る」
「それで十分です」
ランベールは踵を返し、広間を出ていった。
カインはその背中を見送りながら、静かに考えた。
今日一日で、状況が大きく変わった。
比較試験の結果は記録に残った。ランベールが推薦昇格を検討すると言った。セリーヌが協力者として動いてくれた。
しかし侯爵家の反撃はまだ来ていない。
本当の勝負は、これからだ。
エシュラー侯爵邸では、試験の結果報告がマルコに届いたのは夕方になってからだった。
「代替品の魔力伝導性が、星砂鉄を上回った?」
「測定結果がそう示しています。全て公式記録に残されました」
マルコは椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回った。
「……公式記録に、か」
「はい。セリーヌ・ヴォルフが担当し、評価者二名が立ち会っています。覆す手段はありません」
マルコは止まった。
「市場の反応は」
「まだ速報段階ですが、星砂鉄を扱っている商人の間で価格の見直し論が出始めているようです。また、冒険者ギルドが代替品への切り替えを検討し始めたという情報があります」
マルコの顔が、石のように固まった。
冒険者ギルドが動けば、星砂鉄の需要の大きな柱が一本折れる。
「……どうしてこうなった」
マルコは低く言った。
家令は返事をしなかった。
「一月前は灰色見習いだったはずの男が、一月でここまで動いた」
「はい」
「一手一手が全て、記録として残っている。こちらの動きを全部読んでいるかのように」
「……そう見えます」
マルコは再び歩き始めた。
「今夜、弁護士を呼べ」
「弁護士、ですか」
「あの男を法的に止める手段がないか、検討させる。直接的な圧力が全て跳ね返される以上、法律を使うしかない」
「承知しました」
「それから、公文書館への特別閲覧制限を申請する。カイン・ロウが見た文書への追加のアクセスを制限したい」
「それは……かえって怪しまれる可能性があります」
「かまわない。あの文書が使われる前に手を打つ」
家令は少し躊躇したが、頷いた。
「承知しました」
家令が退出した後、マルコは書斎に一人で残った。
暖炉の火が揺れている。
今日の比較試験の結果は、想定していたより大きな打撃だった。
品質が同等以上というだけでなく、製造コストがほぼゼロというのが問題だ。それが市場に知れれば、星砂鉄に金貨十七枚を出す意味を疑われる。
(詰められている)
マルコには、そう感じる状況だった。
しかし諦めるつもりはなかった。
二十年かけて積み上げた権力と財産を、一月で現れた転生者一人に崩されるわけにはいかない。
(必ず止める手がある)
マルコは手元の書類を見た。
弁護士への依頼内容を考え始めた。
錬金術師の権利保護規定、転生者の法的地位の曖昧さ、廃棄素材の所有権の問題……。
法律の隙間を探せば、何かある。
必ずある。
マルコはそう信じながら、夜が更けるまで書類と向き合い続けた。
一方、カインは夜の研究室で、翌日の動きを考えていた。
今日の比較試験で、星砂鉄の代替品の存在は公式に記録された。
次のステップは、その代替品を実際に市場に流通させることだ。
ただし、今すぐ大量に流通させる必要はない。
まず、冒険者ギルドと武具職人に少量を供給する。実際の使用実績を積み上げることが、市場の信頼を確立する近道だ。
「記録、実績、信頼。この順番で積み上げる」
カインは机の上のメモに書いた。
今日で「記録」の段階が完了した。次は「実績」だ。
侯爵家は法的な手段を探すだろう。しかし法的な攻撃には、法的な防御で対処できる。ランベールとセリーヌという二人の後ろ盾がある今、以前より立場は固い。
「カインさん」
扉がノックされた。リアの声だ。
「どうぞ」
リアが入ってきた。手に夕食の包みを持っている。
「差し入れです。今日は食べましたか」
「昼に食べた」
「夜は」
「……忘れていた」
リアは大きくため息をついて、包みを机の上に置いた。
「毎日言わないといけないんですか」
「必要なら言ってくれ」
「言います。毎日言います」
リアは椅子に座り、自分の分の包みを開けた。
「今日の試験、すごかったです。数字が出た瞬間、広間の空気が変わったのがわかりました」
「予定通りだった」
「予定通りに事が進んだ時、少し笑っていましたね」
「……そうだったか」
「そうでした」
リアは食事をしながら、静かに言った。
「カインさんが笑うと、なんか安心します」
「なぜ」
「普段は何を考えているのかわかりにくいので。笑うと、人間みたいだなって」
「普段も人間だ」
「それはわかっています。でも、普段はどこか遠いところにいる感じがして」
カインは食事に手をつけながら、少し考えた。
遠いところ。
自分では意識していなかったが、常に段取りと計算に頭が向いているせいかもしれない。前世も、詐欺師の時は常に先のことを考えていた。コンサルになってからも同じだった。
「気をつける」
「無理しなくて良いです。ただ、私はカインさんが笑う時間が、今後も続けばいいと思っているというだけです」
リアはそれだけ言って、食事を続けた。
カインも食事を続けた。
研究室の外は静かだった。
首都の夜の音が遠くから聞こえてくる。
しばらくして、リアが言った。
「次はどうするんですか」
「代替品を冒険者ギルドと武具職人に供給する。実績を積む」
「侯爵家は法的な手段を探すと思いますか」
「おそらく」
「来たらどうしますか」
「来てから考える。パターンはだいたい読める」
「本当に緊張しないんですね」
「する必要がないから、しない」
リアはカインを見た。
「私は少しします。カインさんのことが心配で」
カインは返事をしなかった。
何を言えば良いかわからなかったというより、言葉より先に別の感情が来た。
前世では、心配してくれる人間がいなかった。家族も友人も、最後は全員遠くなった。詐欺師という仕事の性質上、誰とも本当に繋がれなかった。
今は違う。
「ありがとう」
カインは短く言った。
リアは少し驚いた顔をして、それから静かに笑った。
「どういたしまして」
二人は静かに食事を続けた。
研究室の外では、首都の夜が更けていく。
明日も、動き続ける。
それだけは、決まっていた。
―――― 第七話 了 ――――




