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偽りの錬金術師、貴族経済を解体します  作者: みかん


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第五話 予測外の一手

月曜日の朝、カインが研究室に着くと、リアがすでに来ていた。


作業台の前に座り、何か書き物をしている。カインが入ると顔を上げ、すぐに立ち上がった。


「侯爵邸、どうでしたか」


「予定通りだった。専属の提案を断り、公文書の件を伝えた」


「侯爵はどんな反応でしたか」


「怒るかと思ったが、怒らなかった。「次の手を打つ」という空気だけが残った」


リアは眉をひそめた。


「予測していない角度、というのが気になります」


「俺も気になっている」


カインはコートを椅子にかけ、作業台に向かった。


リアが書いていたのは、ギルド内部の動きのメモだった。


「昨日調べた分です。侯爵家の代理人がギルド内で接触していた人物は、主に三人です。上位錬金術師のブラント、記録管理部門のデルク、それと試験委員会の副委員長のオルソン」


「それぞれの関係は」


「ブラントは以前からエシュラー侯爵家と取引がある人物で、高価な素材を優先的に回してもらう代わりに、ギルド内での侯爵家への便宜を図っていると言われています。デルクは記録管理の担当で、閲覧履歴へのアクセス権を持っています。オルソンは試験委員会の副委員長です」


カインは聞きながら、静かに分析した。


ブラントは利権の共有者。デルクは情報収集のための接触だろう。カインが公文書館で何を調べたかを、閲覧記録から確認しようとしたはずだ。


問題は、オルソンだ。


試験委員会の副委員長に接触する理由は何か。


「オルソンへの接触の内容は?」


「そこまでは調べられませんでした。ただ、接触の翌日に、次回のランク昇格試験についての通達文書が修正されたという話を聞きました」


「修正?」


「試験の審査基準に、新しい項目が追加されたそうです」


カインは作業台の前の椅子に腰を下ろした。


(次のランク昇格試験を、潰しにきたか)


これが「予測していない角度」の一手だ。


技術でも法律でも個人的な圧力でもなく、試験制度そのものを変えることで、カインの昇格を阻む。


「追加された審査基準を確認できるか」


「試験委員会の掲示板に出ているはずです。見に行きますか」


「行こう」



試験委員会の掲示板は、ギルド本部の一階の廊下にある。


木製の掲示板に、様々な通達や試験案内が貼り出されている。カインとリアは掲示板の前に立ち、最新の通達を確認した。


「これです」


リアが一枚の紙を指さした。


「次回ランク昇格試験(金色見習い以上を対象)の審査基準改定について」という見出しで、新しい条件が記されていた。


カインはそれを読んだ。


追加された審査基準は二つ。


一つ目は「使用素材の出所の証明」。使用する素材が正規のルートで入手されたものであることを、書類で証明しなければならない。


二つ目は「第三者機関による品質審査の通過」。ギルド公認の第三者機関が品質を審査し、承認を得ていない品は試験に使用できない。


カインは静かに読み返した。


一見すると、どちらも合理的な基準に見える。素材の出所確認は不正防止のため、第三者審査は品質保証のためと説明できる。


しかし実質は、カインの活動に対する狙い打ちだ。


「使用素材の出所の証明」という条件は、廃棄素材の使用を事実上禁止している。廃棄素材は「価値なし」として処分されるものであり、正規の素材として書類を発行する制度がない。


「第三者機関による品質審査」という条件も問題だ。ギルド公認の第三者機関とは、実質的にアルケミアの関連組織だ。その機関がカインの品の審査を拒否すれば、どれだけ高品質なものを作っても試験に出せない。


「……きれいな罠ですね」


リアが静かに言った。


「ああ。表面上は合理的に見える」


「こういう形で来るとは、思っていませんでしたか」


「試験制度への介入は、ある程度予測していた。しかしこの二点を組み合わせてくるとは、思っていなかった。なかなか考えられている」


カインは掲示板から離れ、廊下を歩き始めた。


「どうするんですか」


「対処法はある。ただし、正攻法ではない」


「どういう意味ですか」


「規則の変更に対して、規則の範囲内で対抗する。それが最も有効だ」



研究室に戻ったカインは、考えをまとめた。


問題点は二つ。廃棄素材の「出所証明」と、「第三者機関の審査」だ。


廃棄素材の出所証明については、解決策がある。


廃棄素材使用申請書だ。カインはこれまで毎回、廃棄素材を使用する前に申請書を提出してきた。申請書には素材の種類、量、取得日時、担当者の確認印が記されている。これは実質的に「廃棄素材の出所を証明する公式書類」として機能する。


問題は、これが「正規の素材の出所証明書」として認められるかどうかだ。


第三者機関の審査については、別の方法がある。


ギルド公認の第三者機関が審査を拒否した場合、その拒否の理由を公式に記録として残すことができる。「技術的な問題ではなく、外部の圧力によって審査を拒否された」という事実が記録に残れば、それはギルドの公正性を問う材料になる。


(どちらも「事実を記録に残す」という方法だ)


カインは、罠を逆手に取る方法が見えてきた。


試験委員会に異議申し立てをする。新しい審査基準が、特定の個人を狙い撃ちにした不公正なものであるという申し立てだ。


異議は通らないかもしれない。しかし申し立てをすること自体が、記録に残る。


さらに、異議の審査の場で、廃棄素材使用申請書を「出所証明書として認めるかどうか」についての公式な判断を引き出すことができる。


「認める」という判断が出れば、廃棄素材の出所証明の問題は解決する。


「認めない」という判断が出れば、その理由が記録に残り、外部圧力の証拠になる。


どちらに転んでも、カインに有利だ。


「ゴッホさんに連絡する。今日中に会いたい」



ゴッホの店でカインは状況を説明した。


老商人は、腕を組んで聞いていた。


話が終わると、ゴッホはため息をついた。


「試験制度まで手を回してきたか。さすがにマルコも、本気になってきたな」


「想定より一歩踏み込んできた」


「異議申し立ての件は、一人でやるつもりか」


「人手が要るなら、頼む」


ゴッホは少し考えた。


「異議申し立ての審査には、通常、複数の証人や参考人が必要になる。お前の錬成品を使って実際に恩恵を受けた人間の証言があれば、説得力が増す」


「当てはあるか」


「ある。まず、水の浄化装置を導入した下層区画の住民の代表者。次に、音響増幅結晶体を買い取った楽器職人のバルデ。それから、武具強化素材を使用した冒険者の組合長だ」


「三者の証言があれば、「技術的に問題のある品ではない」という実績を示せる」


「そういうことだ」


カインは頷いた。


「連絡を取ってくれるか」


「明日中に動く」


ゴッホは立ち上がり、帳簿を手に取った。


「それから、もう一つ動いておくべきことがある」


「何だ」


「下層区画への浄水器普及を、もっと加速させろ。あの活動は、お前の「社会的な有用性」を証明する最も直接的な実績だ。試験委員会が審査基準を変えても、下層区画の人々への貢献は否定できない。それが後ろ盾になる」


カインはゴッホを見た。


老商人は商人の顔をしながら、しかし真剣な目をしていた。


「あなたは私が思っていたより、策士ですね」


「商人は百手先を読む。それが仕事だ」


「ありがとう」


「礼はいい。勝ってから言え」



翌日から、カインとリアは浄水器の量産を加速させた。


廃棄素材の集積所から、腐食した銅片と割れた魔石の破片を最大限に集める。以前は実験的に作っていたものを、今回は本格的な量産体制で進める。


リアの術式安定化の技術が、ここで大きく生きた。


一つ一つ手作業だった以前に比べ、今回は術式のパターンを確立した上で作業しているため、スピードが三倍以上上がっていた。


一日に十個を超える浄水器が完成した。


ゴッホが手配した輸送役が、それを下層区画へと届けていく。最初の一週間で、八十個の浄水器が下層区画の各家庭に届いた。


下層区画での反応は、予想以上だった。


「今まで子どもが毎月のように下痢をしていたのに、この二週間、一度もなかった」


「水の色が全然違う。今まであんな水を飲んでいたのかと思うと怖い」


「この装置、どこで手に入れられる?」


ゴッホが集めた声を、カインはリアと一緒に聞いた。


リアは何も言わなかったが、目が赤くなっていた。


「リア」


「……大丈夫です」


リアは顔を向こうに向けたまま言った。


「ただ、これが当たり前になるといいな、と思って」


カインは少し考えた。


当たり前になる、というのは良い目標だ。誰かの特別な才能や努力に頼らなくても、正しい価値が普通に流通する世界。


「そのために動いている」


「はい」


リアが振り返った。目はまだ少し赤いが、表情は落ち着いていた。


「私も、もっと頑張ります」


「今で十分すぎるくらいだ」


「いいえ。まだできることがあります」


リアは作業台に向かい、また術式の設計を始めた。


カインはその背中を見て、少し考えた。


リアは侯爵家への借金という枷を抱えながら、それでも全力で動いている。金銭的な解放が目的のはずが、今はそれ以上のものを目指している様子だった。


(良い仲間を得た)



異議申し立ての手続きは、五日後に試験委員会の審査室で行われた。


審査室は本部の二階にある中程度の大きさの部屋で、長テーブルの一方に委員会の三名、もう一方にカイン、ゴッホ、リアが座った。傍聴席には、ゴッホが集めた証人たちが並んでいた。下層区画の住民代表、楽器職人のバルデ、冒険者組合長のドリスの三名だ。


審査委員会の主席は、副委員長のオルソンだった。


五十代の小太りの男で、最初からカインを見る目が敵意を隠しきれていなかった。カインの能力には、そういった情報も見えてしまう。


「カイン・ロウからの異議申し立て、審査を開始する」


オルソンが事務的な口調で言った。


「申し立ての内容は、新たな審査基準が特定個人を狙い撃ちにした不公正なものであるとのことだが、具体的に述べよ」


カインは立ち上がり、静かに話し始めた。


「新しい審査基準の一つ目、「使用素材の出所証明」についてです。私は今まで、廃棄素材を使用する際には毎回、正規の廃棄素材使用申請書を提出してきました。これは担当者の確認印を含む公式書類です。この書類が「出所証明書」として認められるかどうか、委員会の公式見解を求めます」


オルソンは眉をひそめた。


「廃棄素材の申請書は、廃棄処分の許可書であり、正規素材の出所証明ではない」


「では、廃棄素材を使用した錬成は、審査基準の改定後は試験に使用できないという解釈でよろしいですか」


「そうなる」


「その解釈を、公式記録として残していただけますか」


オルソンの顔が硬くなった。


「……記録する必要があるかどうかは委員会が判断する」


「異議申し立ての審査において、委員会の判断は全て記録されることが規則で定められています。第七条第三項です」


カインは手元の書類を開き、該当箇所をオルソンに示した。


オルソンは書類を確認し、口を引き結んだ。


「……記録する」


「ありがとうございます。では続けて、第三者機関の審査についてです。ギルド公認の第三者機関が審査を行う場合、審査の拒否はどのような理由の場合に認められますか」


「技術的な問題がある場合だ」


「技術的な問題がない場合、拒否はできませんね」


「……そうなる」


「もし拒否がされた場合、その理由は公式記録として残りますか」


「……残る」


「わかりました」


カインは着席した。


これで十分だ。


廃棄素材の申請書が「出所証明として認められない」という判断が記録された。これは、廃棄素材を使った錬成師を試験から排除するという事実の記録だ。


そして第三者機関の審査について、技術的な問題がない場合の拒否はできないという確認が取れた。


次のステップは、第三者機関に審査を申し込み、その結果を見ることだ。


「傍聴の方々に発言を許可していただけますか」


オルソンは嫌そうな顔をしたが、規則上、傍聴者の証言を拒む理由がなかった。


「許可する」


下層区画の住民代表の老女が立ち上がった。


「私たちの区画に、この方が作った浄水器を届けてくださっています。おかげで子どもたちの病気が減りました。技術的に問題のある品とは到底思えません」


楽器職人のバルデが続いた。


「私の工房で使っている音響増幅結晶体は、この方が廃棄素材から作ったものです。品質は市場のどの製品より優れています」


冒険者組合長のドリスが立ち上がった。


「組合の仲間が武具強化素材を使用しています。星砂鉄の強化素材より持続時間が長く、コストも低い。技術的な問題など一切ありません」


三人の証言が終わった。


審査室は静かになった。


オルソンの顔は、何とも言えない表情をしていた。


「……審査は以上か」


「最後に一点」


カインは再び立ち上がった。


「今回の審査基準改定は、エシュラー侯爵家の要請を受けてオルソン副委員長が主導したものであると理解しています。もしこれが事実であれば、試験制度が外部の政治的圧力によって歪められたことになります。委員会として、その事実関係についても記録していただけますか」


室内の空気が固まった。


オルソンの顔が真っ赤になった。


「……それは事実無根だ」


「わかりました。「事実無根である」という委員長のご発言を、記録に残していただけますか」


「っ……」


オルソンは口を開いたまま、言葉が出なかった。


「事実無根」と記録に残せば、後でそれが覆った時に嘘をついた証拠になる。かといって「事実である」とは言えない。


長い沈黙の後、オルソンは絞り出すように言った。


「……本日の審査はここまでとする。結果は後日通知する」


カインは静かに頭を下げた。



審査室を出ると、ゴッホが隣に来た。


「うまくやったな」


「記録に残すことが目的だった。それはできた」


「オルソンの顔が見ものだった」


「必要以上に追い詰めるつもりはなかった。記録が残れば十分だ」


「しかし、これで侯爵家も黙ってはいないだろう」


「そうなる」


カインは廊下を歩きながら、次の段取りを考えた。


試験委員会の審査基準は変えられないかもしれない。しかし記録が残った。廃棄素材を使った錬成師を試験から排除するという事実が、公式に記録された。


この記録は、後に使える。


問題は、次のランク昇格試験に出られない可能性があることだ。それはカインの立場を強化する計画に遅れをもたらす。


(別の方法で実績を作る必要がある)


試験以外で、ギルド内での地位を上げる方法。


カインは考えながら歩いた。


リアが追いついてきた。


「カインさん、今日のは……すごかったです」


「何が」


「証人の方々の証言。あの方たちは本当に、カインさんに助けられていた」


「品が良かっただけだ」


「そうじゃないです」


リアは真剣な目でカインを見た。


「あの浄水器を、誰でも買えるような価格で作ったのはカインさんです。儲けようと思えば、もっと高く売れたはずです。でもそうしなかった」


「材料費がゼロだから、高く売る理由がない」


「……本当にそれだけですか」


カインは少し考えた。


本当にそれだけかどうか、自分でも確信がなかった。


前世で人を騙すことで生きてきた。その後悔が、今の行動の根っこのどこかにある気はする。しかしそれを言葉にするのは、何か恥ずかしいような気がした。


「それだけだ」


リアはカインを見て、それから小さく笑った。


「嘘が下手ですね」


「詐欺師だったのに?」


「詐欺師は、自分の感情についての嘘は下手なんじゃないですか」


カインは返答に詰まった。


リアは笑いながら先に廊下を歩いていった。



その夜、予期しない訪問者が研究室に来た。


セリーヌ・ヴォルフだった。


黄金錬金術師のローブを纏い、研究室の扉を軽くノックしてから入ってきた。


「少し話せるかしら」


「どうぞ」


セリーヌは部屋を見渡した。以前来た時より、棚が増え、作業台に道具が増えていた。


「今日の異議申し立ての審査について聞いた」


「情報が早いですね」


「ギルド内で知らない人はいないわ。オルソンが真っ赤な顔で部屋に戻ってきたのを、みんな見ていた」


セリーヌは椅子を引いて座った。


「一つ提案があるのだけれど」


「また勧誘ですか」


「違う。今度は対等な提案よ」


カインはセリーヌを見た。


以前来た時と、目の温度が少し違う。前回は探るような目だった。今回は、少し違う。


「聞かせてください」


「第三者機関の審査の件、私が担当しましょうか」


カインは少し驚いた。


「黄金錬金術師が、第三者審査の担当に?」


「私はギルドの技術顧問を兼任している。技術審査を行う権限がある」


「侯爵家の圧力を受けているはずの審査機関の中で、なぜあなたが動けるんですか」


「私はエシュラー家とは取引していない。以前から、あの家の素材の価格設定には疑問を持っていた」


「なぜ今まで動かなかった」


「動く理由がなかった。廃棄素材から価値を生み出す者が現れるまでは」


カインはしばらくセリーヌを見た。


この女性は、打算で動いているのか、本心で動いているのか。


「価値創造の眼」を向けた。


「セリーヌ・ヴォルフ。黄金錬金術師。本来の目的:錬金術の技術を最高の形で発展させること。現在の状況:ギルドの腐敗と貴族の介入に閉塞感を感じている。カインへの評価:本物の才能と、自分が取れなかったアプローチを持つ者として認識している。信頼性:高い」


(本物だ)


カインは静かに頷いた。


「お願いします」


「条件は一つ。審査の過程を完全に公開すること。密室ではなく、全て記録に残す形で行う」


「それは私も望むところです」


セリーヌはわずかに笑った。


「では、来週の水曜日に審査を行う。品を準備しておいて」


「わかりました」


セリーヌは立ち上がり、部屋を出ようとして、ふと足を止めた。


「カイン・ロウ、一つ聞いていいかしら」


「どうぞ」


「あなたは最終的に、何を作りたいの?」


カインは少し考えた。


「世界を変えるものを作りたい。ただし、見た目が派手なものじゃなくていい。誰かの生活が、昨日より少しだけ良くなるものを」


セリーヌは少し沈黙した。


「……良い答えね」


そう言い残して、部屋を出ていった。



翌日の朝、エシュラー侯爵邸では、マルコが家令からの報告を不機嫌な顔で聞いていた。


「審査の内容が全て記録されたこと、セリーヌ・ヴォルフが第三者審査を引き受けたこと、下層区画への浄水器普及が加速していること……全て、昨日一日での動きです」


マルコは指を机に叩きつけた。


「セリーヌまで動いたか」


「はい。黄金錬金術師が味方についたとなると、ギルド内での圧力が難しくなります」


「わかっている」


マルコは椅子を引いて立ち上がり、窓の外を見た。


曇り空だった。今にも雨が降り出しそうな、灰色の空だ。


(あの男は、一手一手を全て「記録」に変えている)


これに気づいた時、マルコの背中に冷たいものが走った。


カインは戦っているのではない。記録を積み上げているのだ。


記録は残る。証拠は消えない。どれだけ権力を持っていても、記録を無かったことにはできない。


(このままでは、じわじわと追い詰められる)


マルコは拳を握った。


「星砂鉄の代替品の開発状況はどうなっている」


「まだカイン・ロウが着手した形跡はありません。水晶片の強化素材が競合品として出てきていますが、星砂鉄そのものの代替品はまだです」


「それが出る前に、こちらも手を打つ必要がある」


「いかがいたしますか」


マルコはしばらく考えた。


「……リア・サンドールの借金の件、どうなっていた」


「カイン・ロウが補助研究員の給金から返済を進めているようです。このペースでは、あと三ヶ月で完済される見込みです」


「完済される前に動く。借金の管理部門を通じて、返済条件の見直しを行え。利率を上げて、完済時期を遅らせる」


「……それは法的に問題があります。契約当初の条件を一方的に変更することは」


「できないと言っているのか」


「できないというより、記録が残ります。カイン・ロウは全てを記録に変えています。この動きも、彼に知られれば証拠として使われます」


マルコは黙った。


長い沈黙の後、舌打ちをした。


「では、どうすれば良い」


「今しばらく、様子を見ることをお勧めします。セリーヌ・ヴォルフの第三者審査の結果次第で、ギルド内の勢力図が変わります。その結果を見てから動く方が得策かと」


マルコは不満そうだったが、頷いた。


「……わかった。ただし、待つだけではない。「星砂鉄」の価値を上げる方向で動く。代替品が出てきた場合に備えて、本物の希少性をさらに高める施策を考えろ」


「どういった施策ですか」


「採掘量をさらに絞る。そして同時に、星砂鉄を使った「限定品」をギルドの上位者に売り込む。「本物」の価値を強調することで、代替品との差別化を図る」


家令は頷いた。


「承知しました」


マルコは窓から離れ、机に戻った。


書類を広げ、計算を始めた。


(まだ終わらない)


しかしその計算の端に、小さな不安が張り付いていた。


カインという男は、こちらが一手打つたびに、それを上回る形で動いてくる。


その先が、まだ読めない。


それがマルコにとって、これまでの商売人生で感じたことのない種類の焦りだった。



―――― 第五話 了 ――――


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